3-11 今日の作業
今日は二回目のMULS突入作戦だ。
機体数が大幅に増えたので、今日は午前と午後で二回に分けて突入が行われる。午前で15機、午後に予備として控えていた15機だ。
明日、明後日も同じ工程が続き、そこで晴れて僕たちは本格的なダンジョン攻略に乗り出すことになる。
まあ、とりあえずは第1階層の探索が主になっていくだろう。探索についてのマニュアルも用意しているというし、骸骨どもの攻撃は殆どMULSには通らなくなった。
危険ではあるが、不注意が即死に繋がるような事態にはならなくなったのは、僕たちMULSドライバーにとっては朗報であった。
ダンジョンの入り口にMULSが辿り着き、そのままその中へと突入していく。
問題はない。既に入り口周辺の落とし穴は全て調査済みだ。これで何か事故が起こるようなことは考えられなかった。
最後の一機がダンジョンに飲み込まれていく。
まだまだ始まったばかりだが、これからダンジョン探索が始まるのだ。
一方そのころ。
「準備はどうなってます?」
「問題ありません。いつでもどうぞ」
「了解。動かします!離れてください!」
僕はその掛け声と共に、MULSを立ち上がらせた。
システム全て問題なし。
「問題は!」
「ありません!」
近くの整備士の声にそう答える。
この機体は今ダンジョンに突入しているMULSとはちょっと違う。
足回りが強化され、上下方向に対する加重耐性が上がった物。
早い話が、ミコトさんと初めて出会った時の、ミコトさんが乗っていた機体と同じものだ。
開発と修正も終え、最終テストとして先行量産機の一機を僕は与えられたのだ。
僕は軽く機体各部の状態を確認する。細かな点検項目を潰し、予定されていた最終テストの一部をすべて消化する。
全て問題なかった。
「では、最後に背部装備の装備テストをお願いします」
最後に、整備士がそう言う。
「わかりました」
僕はそれにそう答え、MULSを目的の場所へと向かわせた。そこには、MULSのコクピットほどの大きさの箱が鎮座している。
それは背部装備と呼ばれる、MULSの装備品の一つだ。文字通り、MULSの背中に、ランドセルやリュックサックのように背負う形で装備される。
その機能は非常に多彩で、そのMULSの運用の方針を決める重要な代物なのだが、今回のそれは非常にシンプルで、かつ明確だ。
その機能は”収容”。中に物を入れ、保管する。
つまりはコンテナだ。嵐の中で輝く白い悪魔の規格外品が背負っているような、アレだ。
それが今目の前に据えられていた。
「では、装備します」
「お願いします!」
その声を確認し、僕は背部装備に対して背を向ける。
そして機体をしゃがませ、背部の背部装備用のアームを下げさせた。
それはまっすぐに背部装備に伸びていき、その一辺ににある、固定金具へと伸びていく。そこにアームの先端が接触し、そこでしっかりと固定される。それをしっかりと確認して、僕はアームを引き上げた。
ゆっくりとアームが引き上げられ、そしてそこにあるコンテナも持ち上がる。一番上まで持ち上がり、そこにある固定金具で最終的に固定され、その背部装備はしっかりとMULSに装備された。
システムチェック、問題なし。
ちなみにだが、背部装備を装備したので後部ハッチはそれに塞がれて開けなくなってしまう。が、問題は無かった。上部ハッチがあるので、出る分には問題ないのだ。
「問題ありません」
「了解です。それでは、行ってらっしゃい」
整備士と最後にそういうやり取りを行い、僕は隣で同じ作業を行っていたMULSに声をかけた。
「じゃあ、僕たちも行こうか」
そのMULSも、僕の乗っているMULSと同じもの。乗っているのはミコトさんだ。
「うん」
ミコトさんはそう答え、僕は乗ったMULSを前進させた。
試験場から出て、バリケードのゲートを抜けて、ダンジョンの入り口までたどり着き、そしてそれを通り過ぎて突き進む。不整地のそこを突き進んで、僕たちは目的の場所にたどり着いた。
「ここみたい」
「だね。じゃあ、始めようか」
「うん」
そう言って、僕は手に持った、今回持ってきた装備を地面に突き立てた。
それはMULS用の槍だった。MULSの腰ほどの長さしかなく、握りの端の方はΔ状の三角形になっており、軸に対して垂直につかむことができる構造になっている。
穂先は槍の全長の5分の1を占めるほど長く、また不自然なほどに横に広く伸びていた。
更に言うと、その穂先は緩く湾曲しており、僕がその槍を引き抜くと、土砂を救い上げることができる構造になっていた。
その槍の名前は、多目的工作単槍という。
うん、早い話がスコップである。
僕はそれで地面をひっかき、そこにある雑草灌木の類を根こそぎ撤去していく。
ある程度引っこ抜いたら、今度は地面が水平になるように均していく。
これはそこまで難しくはない。MULSには不整地でも問題なく動けるよう、高度な起伏認識用のセンサーが搭載されている。
ミリ単位での検知精度を誇るそれを使えば、それこそミリも残さないようなレベルで水平を出すことが可能だった。
僕はそれも利用し、地面を均していていった。
「じゃあ、ミコトさん。お願い」
「うん、わかった」
ある程度均したところで、僕はミコトさんにそう言う。ミコトさんはその言葉に肯定し、MULSから荷物を降ろした。
僕も背部装備を降ろし、中にあるものを確認する。
鉄パイプのようなものと、何かの機材が収まっている。
僕らはそれを取り出し、組み立てた。
出来上がるのはちょっとした櫓のようなものと、その中に納まる機械。
機械の電源をMULSに繋ぎ、最後に機械の上部に鉄パイプのようなものをはめ込めば準備は完了だ。
「じゃあ、動かします」
「お願いします」
ミコトさんの言葉を聞き、僕は目の前の機械を動かした。
櫓の中にある機械は、唸り声をあげて上に取り付けられたパイプを下へ下へと押し込んでいく。
それは地面に到達すると、そのままその下へとパイプを押し込んでいった。
僕はその光景を眺めながら、今の光景に至るまでの状況を思い出していた。
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「「ボーリング、ですか?」」
僕とミコトさんは、二人してミオリさんの説明に聞き返していた。
ボーリング…、あの、玉ころがしのアレのことなのか?
「そうよ。といっても、スポーツのボウリングじゃないわよ?」
「うっ」
ミオリさんにそうくぎを刺される。どうやら顔に出ていたらしい。
しかし、そっちじゃないなら何のことだろうか。
「ダンジョン一帯の地質調査をお願いしたいの」
ミオリさんは説明した。
ボーリングというのはミオリさんの言った通り、地質調査の一種だ。
地面に穴を掘り、ある一定の位置の地層を集め、保存する。
簡単に言ってしまえば、こういうことになる。本来は水脈や油田の調査、もしくは単純なその土地の歴史を知るためのものとして行われているものだ。
しかし、それを今、何故行わなければならないのだろうか。
「実は、昔この辺りで地質調査を行っていた記録が見つかったの」
「記録、ですか?」
「ええ。丁度、地下にあるダンジョンを通る場所で行われたらしいの」
「てことは、ダンジョンは昔から知られていたってことなんですか?」
ミオリさんの言葉をまとめるとそうなる。
「それがどうもそうじゃないらしいの」
しかし、ミオリさんはそれを否定した。
ダンジョンを構成しているのは、骸骨の原材料である骨粉だ。当然、ダンジョンとそのあたり一帯はそれで満たされているので、そこを掘るポイントでボーリングを行えば、必ず資料に残るはずだった。
しかし、当時の記録によると、そのようなものは影も形もなく、いたって普通の結果しか出てこなかったらしい。
つまり、その時にはまだダンジョンは出来ておらず、そして今に至るまでのどこかでダンジョンができた。ということになる。
しかし、そのようなことが起こり得るのだろうか、何もない地面が、いきなり骨粉のような未知の物質へ大量に置き換わるようなことが。
「専門家が言うには、どうもそうじゃないらしいわ」
ミオリさんは、僕の疑問にそう答えた。
「違う?どういうことです?」
「詳しい話は調査が終わってからね。今回のこれは、そのあたりをはっきりさせるための調査なの。引き受けてもらえないかしら」
「まあ、やる分には問題ないですけど」
「じゃあ、お願いするわ」
「わかりました」
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というわけで、目の前の機械はボーリングマシンであり、また今の僕たちはその作業をMULSに乗って行っているのであった。
何故僕たちがやるのかといえば、ダンジョンが近くにあるので民間人は使えず、また自衛隊員にさせようにも危険であるので、僕たちに任せることになったらしい。
更に言えば、ボーリング作業はここだけではなく、さらに複数のポイントで行われる予定であり、その完了時間がいつになるかは未定だった。
うん、早い話が、体のいい厄介払いである。
僕は未成年でダンジョンに入れるのはいろいろと問題があり、ミコトさんは問答無用でダンジョンに飛び込んだ前科持ち。
ダンジョン攻略から外すのは当然のことだった。
まあ、僕はそれに不満はない。もともと僕がここに来たのはミコトさんが無茶をしないようにするためだ。ダンジョン攻略そのものにはあまり興味がなかった。
ただまあ、この作業にも問題がある。
「暇だ…」
僕がするのは、全身を地面に埋没させた機械に鉄パイプを再度取り付け、更に地面に押し込ませていくくらいのものだ。それも、進む速度はゆっくりでありその作業を行うのもそれに伴って一時間に数回あるか無いか。
それ以外はずっとその様子を眺めているだけだ。暇でしょうがなかった。
まあ、それをダンジョンに突入させられている彼らの前では言えないのだろうが。
「あの、イツキ君」
そんな折、ミコトさんが話しかけてきた。
「どうしたの?ミコトさん。何かあった?」
「そう言うわけじゃない、けど」
何かあったわけではないらしい、じゃあ何なのだろうか。
「その、ごめんなさい」
いきなり謝られた。
「ミコトさん、何のことかわからないんだけど」
「その、この間の、お兄ちゃんのこと…」
この間…。僕たちが休暇を終えて帰ってきた時のことか、そして、ミコトさんが僕に謝る程度にはひどいことをした大矢さんの馬鹿な行為。
「あ」
アレか、僕とミコトさんをくっつけと、結婚しろと迫ってきたあれか。
「別にいいよ、気にしていないし、大矢さんの馬鹿なことは今に始まったことじゃないし」
「あ、うん、そうなんだ」
「うん、別に嫌じゃなかったし」
「!?…。いやじゃ、無かったの?」
ミコトさんがその言葉に食いついた。
まあ、うん、僕も男だ。いやじゃないと言ったらウソになる。
もっとも、
「だからっていいとも思ってないけど」
「あ、そうなんだ…」
心なしか、ミコトさんが肩を落としたような気がした。
その様子を見ながら、僕はミコトさんと約束した時のことを思い出す。
あの時、僕は何があろうとミコトさんについていくと言ってしまった。
傍目に見ても、あとから思い返してもプロポーズのそれみたいだ。
実際、僕自身あの時恋に落ちたかもと思いもした。
しかし、それは錯覚だ。
つり橋効果というやつだ。あの時僕は死にかけた。そのときに感じたことを、僕は恋心と錯覚したのだ。
冷静に考えれば、そう言う結論になる。
だから、僕はミコトさんのことは興味はないはずなのだ。
僕は自分にそう言い聞かせていた。
「うん、気にしないで。僕も気にしないから」
「あ、うん…」
それっきり、黙って目の前の鉄パイプが埋没していくさまを眺めていく。
会話はない。僕と彼女、二人とも進んで話すようなキャラでもないので会話も弾まない。というか無い。
ただまあ、気まずいというものでもなかった。
ミコトさんはこちらの答えにしばらく戸惑った様子だったが、しばらくしたら落ち着いた。
沈黙が続くが、特に不快感は感じなかった。
ここがダンジョンなら無理に話をしないといけないかもしれないが、ここはダンジョンの外で、何の危険もない作業である。
なら、それに任せるのもアリというものだ。
それから、僕たちは日が暮れるまで作業を続けた。
うーん、なんか個人的にはここ最近満足いかないような気が。