3-10 帰還?それとも
十分な休暇を終えて、僕は基地へと帰ってきた。
門をくぐり、手続きを済ませ、荷物をまとめる。
そして、僕はある場所に向かった。
「おお」
その光景に、僕は思わず声を上げる。
そこは基地の一角だ、僕たちが休暇で出ていくまで、そこには何もなかった。
しかし、そこにはある設備が建設されていた。
地面は野ざらしではなくコンクリートが敷き詰められ、そこから鉄骨が上に向かって伸びている。伸びた先にはさらに鉄骨が組まれており、それは地面と水平に走り他所で伸びている鉄骨と組み合わさって梁と化していた。
その梁の上にはトタン敷きの屋根が乗っかっており、その下にあるモノを紫外線や雨滴から防ぐ役割をしていた。
それは見たまんま、車のガレージのような様相をしていた。そして、実際のところその機能と役割はそれで合っている。
クルマのガレージと違うのは10m近くある高い天井と簡素なクレーン設備。そして、そのガレージに納めるクルマその物だった。
そのクルマはただのクルマじゃない。それにはタイヤも履帯もついてはいない。
それを一言で表せば、そこにあったクルマは人の型をしていた。
それは人の形をしているが、人の骨格とは大きくかけ離れ、しかし人とおなじ動きを取ることができる。
装甲板を身にまとい、機械仕掛けで動く人類科学の一つの結晶。
歩行戦車。通称MULS。
そいつが直立して立っていた。
ここは拡張されたMULSの駐機場。元は野ざらしだったそこは、僕たちがいない間にしっかりとした拠点設備へとその姿を変貌させていたのだ。
「おおおお」
そして、変貌させていたのは設備だけではない。
そこにある格納庫は、5機で一つの格納庫を使用していた。それが15棟建っている。そして、その殆どにMULSが格納されていたのだ。
計算では75機のMULSを格納できるはずだ。その殆どなので、つまりはそう言うことだった。
「おおおおおおお」
50を超えるMUKSが並んでいるさまは、僕にとってとても壮観に見えた。
「やあ、樹君」
格納庫とMULSを眺めていた僕に、声をかけてきた人がいた。
その声の主は大矢 光彦という。目の前に並ぶMULSの開発者だ。
「あ、大矢さん」
「おかえり、といった方がいいのかな?」
大矢さんの言葉に、僕は少しだけ考え込む。
僕たちは望んでここに来たわけではない。言ってしまえば刑務所にぶち込まれるようなものだ。刑務所にただいまを言うのもおかしいだろう。
しかし、ここにはおそらく長い事過ごすことになる。僕にとっては、最初は強制であれ、今となっては半ば自分の意思でここにいる。
なら、まあ。
「それでいいんじゃないですか?」
僕の返答に大矢さんは笑った。
「ははは、まあ慣れるしかないね。おかえり」
「えーと、ただいま。です」
軽くそうあいさつを交わし、僕は再び目の前の光景に目を向ける。
「なんか、増えてないですか?」
目の前にあるMULSのことだ。僕たちが突入した時には30機。うち5機は全損して25機しかなかったはずだ。
しかし目の前には50を超えるMULSがいる。どういうことだ?
「ああ、MULSが新しく納入されたのさ。追加で35機。今のところ合計60機だね」
大矢さんはそう言う。そうか、あれからの追加分か。
「改造の方は終わったんですか?」
「ああ、テストの方も順調だ。と、噂をすれば」
そんな話をしているうちに、一機のMULSがこちらへとやってきていた。
機体名はアトラス。永水さんだ。
「あ?樹君じゃないの。おかえり」
「ただいま戻りました。何やってたんですか?」
僕の問いに、大矢さんが答えた。
「改造したMULSがちゃんと機能するかテストしてもらったんだよ。その様子だと無事に終わったみたいだね」
「ええ、これで骸骨相手に安全に対処できます」
永水さんはそう答えた。
「そうですか」
「ああ」
「ちなみに、どんなテストだったんですか?」
「骸骨相手に5分間棒立ちして好きにさせる」
永水さんはさらりとそう答えた。
今回のMULSの改造は、骸骨たちが骨粉をコクピット内に侵入させてMULSドライバーを窒息死させないためのものだ。
実際に通用するかどうか確かめるのは、今後の為にも確かに必要だ。
しかし、
「あの、テストですよね?失敗したらどうするつもりだったんですか?」
「その時は殴って倒せばいい。自分だって格闘技能は持ってるんだよ?」
永水さんはあっけらかんとそう答えた。いや、まあ、その通りだけどさ。
「どっちにしろ自分がするしかないだろうさ。骸骨相手に実際に通用するかは確かめておかなければならない。いざというときに機能しなかったじゃ意味がないからな」
「そういうものですか?」
「そういうもんだよ。元自衛官の自分がやらずにほかの誰かに任せるのかい?」
そう言われたら言い返せない。
「むう」
「ま、自分だって死ぬ気はないから心配無用さ。ところで大矢博士」
僕との話はこれまでとばかりに打ち切り、目の前のMULSは大矢さんの方を向く。
「なんです?」
「アトラス、やっぱり作れませんか」
永水さんはそう言った。アトラスとは永水さんがゲームの方で使っている人外機のことだろう。永水さんは人外機乗り。僕たちと違って普通のMULSの操縦は専門じゃない。
できることなら、いつも乗り慣れている人外機が乗りたいのだろう。
「うーん。今は無理かな」
しかし、大矢さんはにべもなく言い放った。
「やっぱ無理なんですか?」
「無理じゃないよ?まだ設計してないけど、まあ今の百錬と同じ性能位のものは作れるんじゃないかな」
「じゃあ、何が問題なんです?」
「えーと、まず仕様を決定します。いろいろなところから許可を取ります。そしてその間に仕様に見合った図面を起こします、部品の選定をします。許可が取れたら作ります。」
つまり、
「時間と金と政府の許可がないと作れないよ?」
そう言うことだった。永水さんの要求は、今のところ無理みたいだ。
「そうですか」
目の前のMULSは肩を落とした。
「悪いね」
「いえ、無理なのはわかっていましたから」
そう言って永水さんは持ち直す。
「ところで、樹君はどうしてここに?」
大矢さんが聞いてきた。
「MULSを見に。基地に入ったらなんかできてたので探索も兼ねて。ところで、僕たちはとりあえず何するんですか?ダンジョンには入ってますから、ほかの人達が突入するまではすることないですよね」
僕たちというのは、僕を含めたダンジョンに初めて突入した人たちのことだ。目の前にあるMULSは、今のところそれ以外のMULSドライバーがダンジョン内で経験を積むまでは彼らに集中運用される。
その間、僕たちは何をすればいいのだろうか。
それに答えたのは永水さんだ。
「とりあえずは電脳の中で操縦訓練になると思うそ。実機が無いんじゃどうしようもない」
「やっぱそうなりますよね」
「まあ、どうしようもないからね」
実機がないのはもうどうにもならなかった。今のところは、工場から早く機体が届くのを願うばかりだ。
そう思いながら、僕は何気なく周囲を見渡す。
「ミコトならここにはいないぞ」
いきなり、大矢さんがそう言った。
「いきなりなんです?」
「いや、探しているのかと思って?」
「別に探してはいませんが」
「まあまあいいじゃないか樹君。…それでさ、ミコトのこと、君はどう思ってるのかな?」
大矢さんは何の脈絡もなくそう聞いてきた。
「いきなりなんですか。思ってるって、いったい何のことですか」
「異性として興味があるのかどうかという意味さ」
またこの馬鹿はこんなところでこんなことを聞いてくる。永水さん助けて…、あ逃げやがった。
僕の前を永水さんの乗ったMULSが通り過ぎていく。
永水さんは、僕のことを見捨てたのだ。
「さあさあ樹君。君はミコトのことをどう思っているのかな?早い話が、好 き な のか な ?」
逃げた永水さんに呪詛を投げつける僕の前に、大矢の馬鹿が迫ってくる。
大矢 ミコト。目の前の馬鹿の妹で、MULSの制御プログラムの開発者で、そしてダンジョンの中で死にかけていた僕を命も顧みずに助けに来てくれた張本人。
そいつに、好意を持っているかどうかだって?
「…わかりません」
僕にはそう答えるしかできなかった。
「ありゃ?わからない?」
「ええ」
「…別に嫌いじゃないんでしょ?」
僕の答えに一瞬考えながらも、大矢さんは再度そう聞いてきた。
僕はそれに答える。
「ええ、まあ」
「じゃあいいじゃないの。結婚しなよ」
「…は?」
大矢の馬鹿の発言に、僕は一瞬思考が停止した。
「大矢さん。今なんて?」
「だから私の妹と結婚しちゃいなYO。って別にいいじゃん減るもんじゃないし」
「いや減る減らないの話じゃないでしょう。何だってんなことを僕に言うんですか。理由を言ってください理由を!」
「だってこのままじゃ美冬と同じことになっちまうもの」
「は…、美冬さんと…?」
大矢さんはそう言った。八坂 美冬。材料工学の研究院でダンジョン素材の解析にこちらに来ている人で、どうやらこの馬鹿と幼馴染らしい。
その人とミコトさんが同じってどういうことだ?
「同じってどういうことですか」
「このままじゃ行き遅れるってことだよ!」
大真面目に、大声で叫ぶ大矢さん。そんな目の前の人物に対して僕は、
「…はあ?」
とあきれることしかできなかった。
そんな僕をよそに、一人まくしたてる大矢の馬鹿。
「だってそうじゃないか、友達もおらず年の近い異性もいない中で一人黙々と研究に没頭してきたのが美冬だぞ。今ミコトはそれと全く同じ道を歩もうとしているんだ。つ、ま、り、30手前になっても誰とも結婚できない人間にミコトもなるかもしれないんだ。そりゃ、個人の自由はあるし?結婚するのが幸せとも限らないよ?けど、兄として妹には人並みに幸せな人生送ってほしいと思うのはおかしいかい?おかしくない?どっちにしろできないからしないって開き直るような状況は喜ばしい事じゃないだろう?じゃあもう無理やりにでもそう言う状況に仕向けるしかないじゃないか。頼むよ、私の兄心を組んでくれないかい樹くんー」
「いきなり何言ってるんですかあんたは。ちょ、近い、近い、離れてください!」
迫ってくる大矢の馬鹿を押しとどめて、僕はその背後に視線を向ける。
「大矢さん。とりあえず、後ろを確認してください」
僕は大矢さんにそう促した。
グルンと後ろを向く大矢さん。その先には、ミコトさんと、さっきの話にあった美冬さんがいた。
「ねえ、恭介。行き遅れって、誰のこと?」
目に見えない陽炎のような気配を纏いながら、美冬さんがそう聞いてきた。
そして、大矢の馬鹿はそんな気配を気にしなかった。
「いよう。行き遅れ。今日も元気にボッチってんな」
馬鹿は空気を読まなかった。
にっこりと口角を吊り上げる美冬さん。両手が伸び、馬鹿を逃がさないとばかりにしっかりと掴む。
「あだだだだだだだだだだ!」
そして、馬鹿の体がバキバキと悲鳴を上げ始めた。
「大矢さんは人をおちょくらないと生きていけないんですか?」
人の形を失おうとしている大馬鹿に対し、ぼくはそう毒づく。
先の話と言い、今回の馬鹿と言い、もう少し他人への配慮というものを理解してほしいものだ。
「その、ごめんなさい」
そんな僕の独り言に応える人がいた。首を振り向けて確認する。
ミコトさんだった。顔は赤く上気しており、困ったような表情をし、しかしまんざらでもないような表情をしていた。
たぶん、先の大矢の馬鹿の会話を聞いていたのだろう。馬鹿は大声でばか騒ぎしていたから、聞こえていないという方がおかしかった。
「あの、おかえりなさい」
そんな顔で、ミコトさんは僕にそう言った。
そんな顔をされて、僕はいったいどういう反応をすればいいのだろうか。
「…ただいま」
その表情を見た僕は、そう答えることしかできなかった。