1-4 予想外の事態
とりあえず、これでテンプレ終了。
「思ったよりも弱かったな。」
戦闘を終えて、自分のプライベートスペースを読み込むまでの待機時間。
先の一戦。No.99との戦闘は意外とあっけなく終わったがゆえの感想だ。うまい具合に敵がこちらの戦術にはまってくれたのもあったが、何より先のNo.100との一戦が恐ろしかったのが原因だ。
「アレだけは別格だったもんなぁ。」
4門の機関砲と鳥足の加速性で徹底的に”引き打ち”するのかと思えば、逆に突っ込んできて蹴り飛ばして来やがった。
機体の重量そのものを生かした攻撃はこちらの近接武器とシールドをひしゃげさせ使用不能にし、あっという間に機関砲一本で戦うハメになった。
その後は鶏に追いかけられる児童のごとく逃げ回る羽目になり、最後の最後でようやく勝利をもぎ取れたのだ。
今まで戦ってきた中であいつだけ、アトラスだけは技能が一つ抜けていた。敵を蹴飛ばすなんて僕でも難しい。
さて、それはさておきどうしようか。時間的にはもう一戦できるだけの余裕はある。
1対1のアリーナじゃなく、コンピューター含めたフリーミッションに出てもいいし。逆にMULSのカスタマイズに時間をかけてもいい。
いっそ行けるところまでアリーナを駆け上ってみるかと思い始めたところで、データの読み込みが完了する。
読み込んだ世界には何もなかった。
………は?
壁も、天井も、床も、白一色で何もない。壁と床の境界も曖昧で、下手すると無限に白い空間が続いているようにも感じる。
何だここ。こんなの僕の部屋じゃないぞ。
見渡す限り白いまま。他には何も…あった。
いや、あったというより、いた、か。
白いワンピースに身を包み、白い髪をした何か。見た感じ、少女だとは思う。よく見たら椅子に座っている。全身白色でわかりにくい。
「和水 樹さん。」
そいつが僕の名を呼んだ。
「あなたはお亡くなりになりました。」
そいつは僕にそう言い放った。
はあ、そうか。僕は死んだのか。
未だにパニックに陥っている自分の脳にその言葉が染み渡る。
「一つ、質問良いですか?」
ふとその言葉が口から洩れる。
「どうぞ」
彼女は促した。
だから僕も聞く。
「死後の世界って、ずいぶんポリゴンが荒いんですね」
ゲームのテクスチャで構成されたアバターに、僕はそう言い放った。
その言葉を聞いた少女は椅子を降り、頭をこつんと自分の手で叩きこちらを上目遣いに見ながら舌を出して、
「……てへぺろ!」
そう言い放ちやがった。
白い空間も椅子も服もアバターも、全部拡張パーツとして公開されているもので、つまりここはこいつの個室。僕はそこに無理矢理連れてこられたってことだ。
「てへぺろじゃないよ。どうやって僕をあんたの個室に連れ込んだのさ。てか何で僕の本名しってるんだよ。誰だよお前は。Name隠してるんじゃないよ。」
「待った待った。そんなに一気に質問しても答えられないよ。焦っちゃだ・め・よ?」
「初っ端からふざけたやつが何言ってやがる。」
そういわれて一呼吸置く。実際、こちらの質問にすべて答えられてもこちらが理解できなかっただろう。
数度の深呼吸をし、再び聞いた。
「あんた誰だ?」
「運営関係者。」
「…運営?」
「そ。このゲームの開発、管理を行う人間ってこと。まあ、末端だけどね。」
「…ここに運んだのは管理者権限?」
「そうその通り。理解が早くて助かるよ。ついでに名前も似たようなものだね。」
「なぜ僕を?」
「君にお願いがあったから。」
…お願い?僕に?
「僕にお願いって何ですか。」
「ランキングを下げてほしい。具体的には、総合ランキングを100位以下に下げてほしい。」
訳が分からない。
統合ランキングとは、このゲームでは実質アリーナでの対戦ランキングのことだ。もう一度対戦し、大敗すれば楽に下げられる。
問題は、なぜそんなことをわざわざしなければならないかだ。
「何故そんなことを?」
「詳しくは言えない。」
「それで要求を聞くと思うんですか?やっとの思いでトップランカーになったのに。それを捨てろと?」
「今日、日付が変わるまででいい。その後はどれだけ上げてくれても構わない。今日だけ。今日だけだ。」
「それは運営の方針ですか?」
「違う。これは私個人の独断で運営は関係ない。」
「つまり権限の私的利用ですか」
そいつは答えない。
「話にならない。何のためにそんなことを…」
「君のためだ。」
そいつは言い切った。いつの間にか、そいつからふざけた雰囲気は消え、真剣になっていた。
「これは私のエゴだ。君を巻き込みたくない。ただそれだけだ。」
「巻き込む?何に巻き込まれるっていうんです?」
「それには答えられない。明日になればわかることだけど、その時には手遅れになる。」
相変わらず訳が分からない。肝心な部分はぼかしている。
「お願いだ。お願いします。」
頭を下げられた。
しばしの沈黙。次に口を開いたのは僕だった。
「今日一日だけでいいんですか?」
「いいの!?」
まあ、よくよく考えれば大した要求じゃない。順位の上げ下げはこのゲームじゃよくあることだ。また上げればいい。
頭を下げられてまで、取っておくことに価値があるものではなかった。
「要求してきたのはそっちだろうに。何言ってるんだあんた。」
「ありがとう!」
飛びついてこちらの手を取り感謝の言葉をかけてくる。そこまでしてこちらの順位を下げたかったらしい。
原因はわからない。“巻き込まれる”の言葉が気になるが、明日になればわかると言う。
なら、ランクを上げるのは明日まで待つとしよう。
「で、ですね。話は変わりますが。」
「はい?」
おもむろに僕はそいつの頭を両手で包み込むように抑え込む。いつはされるがままになっており、少し顔がゆがんだ。にへらと笑ったままだ。
「最初のアレはやっぱり変だと思うんですよ。」
「アレ?」
「最初に『あなたは死にましたー』って。アレ完全に要らなかったですよね?おかしいですよね?」
「え?あの、えーと?」
「しかもアレ、前々からしっかり準備してましたよね。ノリッノリでこっちをドッキリさせようとしてましたよね。」
「そ、それはほら、いきなり連れてきたらやっぱり緊張するでしょ?だからちょっと冗談をかまそうと…。」
「それでも、いきなり『お前は死んだ』って冗談でもひどいと思うんですよ。本気でびっくりしたんですからね?」
「そっそれはー…。」
僕はそいつの口の中に両手の親指を差し込む。そのまま、ゆっくりと外側に向かって引っ張り始めた。
「お仕置き。しますね?」
「まってまってまって!それについては謝るから。悪かったから。」
聞く耳もたーぬ。
そのまま両手を外へと引っ張る。
二人しかいない個室の中でそいつの声が「えぁーーー!」と木霊した。
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「ただいまー。」
「おう。お帰り。」
僕がランクを下げた翌日。僕が学校から帰宅すると、そこには父が待っていた。
珍しい…。と、そういえば昨日帰ってきてたんだった。
父は自衛官。この国、日本の軍人だ。この国では、国軍を自衛隊。その構成員を自衛官と呼んでいる。もともと、一世紀近く前の戦争で負けた日本が軍隊を解散された後に、諸事情でできた軍隊ではない”自衛隊”という扱いだったらしいが、それが組織されて間もなく軍に変わったらしい。以来、日本軍は自衛隊を自称している。
それについては、なかなかに複雑な事情が絡み合っているらしく。学校の授業でもあまり取り上げられる機会がない。
父の階級はわからない。役職もわからない。解っているのはよく家を留守にしていて、たまに返ってくるとしばらく家にいた後ふらっと仕事に行き、またしばらく帰ってこなくなることくらい。
「なあ、ちょっといいか。」
父がそういった。何だろうか。父がいるテーブルの対面に座る。
「なに?」
「“大穴”って言って、何のことかわかるか?」
大穴。これだけだと何のことやら。
だが、該当するものが一つあった。
「富士山の麓にできた、あの大穴のこと?」
「そうだ。それのことだ。」
1年前、この国を震え上がらせる大事件が起きた。
その事件の元は“大穴”と呼ばれる、民家ほどなら難なく飲み込める大きさの巨大な洞窟だ。
それが突然、富士山の麓に入り口を晒した。
もちろん。これだけだと話題にはなるものの、世間を震え上がらせることはできない。
こいつはただの洞窟なんかじゃなかった。
化け物を腹に抱えた、黄泉の扉だったのだ。
後の政府発表で“魔物”と呼ばれる存在。そいつが1年前、いきなり沸いた。
それは生き物のようであり、無機物のようであり、そして何より、それは巨大であった。
陸上最大の生物、“象”よりもはるかに大きく、そして集団で洞窟の外へと殺到した。
目の前にある家畜を潰し、家屋を破壊し、そして人もそれらと同じ運命をたどった。
政府が事態を把握し、非常事態宣言を出し、自衛隊に防衛出動要請を出した時間は、1世紀近く戦火にさらされたことがなかった国としては驚くほどに早かったものの、それはただの慰めに過ぎない。
近場の駐屯地から即応した部隊が展開し、制圧しようとするもそれは難航する。
魔物どもは大きく、故に自衛隊の隊員が持つ火器類では有効打を与えることができなかったのだ。
そのため、かろうじて魔物の行動を足止め、ないし一時的にでも行動不能にできる重火器類を搭載した車両部隊が前線に赴き敵の足止めを行い、その間に歩兵部隊が市民の避難誘導と防衛線の構築を行った。
そうして魔物の進行を抑え、近隣部隊の合流による戦力の増強が揃い、特科部隊と航空機による火力支援の効果が認められ、反攻作戦が成功したのが約三日。
たったそれだけの時間で、日本どころか世界中がパニック一歩手前の状態にまで混乱することは。おかしいことだろうか。
敵意を持つ、まったく未知の“何か”が日常生活のすぐそばからいきなり湧いて出て、それが平和を脅かしたのだ。しかも、軍隊でなければとても対処できないような質と数で。発生原因すらわからずに。
混乱しないほうがおかしいだろう。下手をしたら、明日はホワイトハウスの裏手に湧いて出てくるかもしれないのだから。
その後も湧いて出る魔物たちを駆逐し、発生元を調べ、事件の発生から一週間。ついに大穴が人類の前にお披露目されることになる。
魔物どもは大穴の中から湧き出しており、それ以外の場所では発生が確認されていないことから、事件の中心はこの大穴にあると政府から発表があった。
その後、内部を調査すると発表があった後、一切の情報が出なくなった。
それから約一年がたつ。未だに情報は出ていないものの、落ち着きを取り戻し、むしろ存在が日常に忘れ去られようとしている。
大穴とは、それのことだ。
「それがどうかしたの?」
「うん。まあ、な……。」
いきなり口ごもる父。目を合わせようとしない。どうしたんだろうか。
しばらく待っていると、父はちらりとこちらを気まずそうに見、大きくため息をついた。
「俺たちの無能のツケが、なんだってこんなことになるんだよ。」
多分、自分を責めた言葉だろう。意を決したように、父はテーブルにあるものを置いた。
それははがきサイズの小さな、そして紅い紙。
父がテレビを付けた。そこでは、政府が生中継で政府発表を行っているところだった。
『以上のことから、政府は以後、この大穴のことを“ダンジョン”と呼称し、またダンジョンの特異性から、自衛隊による制圧は困難と判断。特殊な技能を持った民間人の協力が不可欠であり、また事の重要性から個人の意思尊重を認めることはできず。誠に遺憾ながら、この特別法案を通すこととなりました。』
「イツキ。すまん。」
『特殊な技能というのはVRMMO“メタルガーディアン”における人型戦車、MULSの操縦技術であり、その技能を有している人の中から、統合ランキング100位以内の100名がこの法案の対象者となります、既に―――』
「お前には、ダンジョンに行ってもらう。」
テレビの画面が切り替わった。
『えー、今回発表された特殊技能保有者動員法案。事実上の徴兵制の復活は――――』
頭に浮かんだのは、昨日、ランキングを下げるように言ったあいつのことだ。
明日解る。その時には手遅れ。か。
成程ね。
クソが。
さて、始まりますです歩行戦車でダンジョン攻略。
国家のために徴兵され、未知の異世界”ダンジョン”の攻略されることになるロボットゲームのプレイヤー約100名。
何故彼らなのか、どうやって攻略するのか、
自由気ままに書いていきます。