3-9 友達と再会する
「かんっぱーい!」
景気のいい掛け声と共に、金属製の容器がぶつかる音が響いた。
ぶつかったのは市販の缶飲料の容器の音。中身は普通のソフトドリンク。
缶を打ち鳴らした相手は、リアルで再会したハヤテだ。
ここは地元のとある場所にある自販機スポット。田舎などでよくある、自販機だけが密集しておいてあるだけの広場みたいな場所だ。お互いの家から近いため、ここは待ち合わせに最適だった。
そして僕が何故ここにいて、何故乾杯なんぞやっているのかといえば。
「作戦成功―!何とかなるもんだな!」
先のゲームにおけるイベントにおいて、85号拠点の制圧に成功したからだだった。
これで南西部は解放されたも同然だ。そこを起点に周辺の拠点を制圧。一帯を切り崩したら、後は純粋な戦力投射量の差で防衛側は押し負けてしまう。
実際、今のところ順調に制圧を推し進めることができていた。こうなったらもう、南西エリアの勢力図を覆すことはできない。
これで防衛組の拠点を一つ潰すことができた。この調子なら、今日が終わるころにはすべての拠点が制圧されることだろう。
洗礼イベントの特殊なルールは、初心者対ベテランを想定して決められているものだ。それがベテラン対ベテランの勢力図になった場合、どうなるかは目に見えたことだった。
ちなみに、これで全拠点が攻略組に制圧されたらイベントは終了かというと、別にそういうわけでも無い。
終わったら再び、ベテランと新規組が分かれてもう一試合だ。それが期限いっぱいに続く。
今の戦場が終わったら今度は防衛組で参加するのもいいかもしれない。
「いやー。爆破がうまくいって良かった良かった。もう頭のなかドーパミンがドッパドパっていうね」
ハヤテはそう言う。先の参加で、かなり重要な仕事を任され、成功させたことがよほどうれしかったらしい。
「ははは、よかったじゃん。こっちは後からマークされてあまり動けなかったからなぁ」
僕の方はケチョンケチョンだ。最初こそ剣一本で切り込んでメッタメタに叩き潰しまくっていたが、次第にマークされて警戒されてしまった。
MULSによる格闘は、基本的に奇襲が主だ。少なくとも、銃撃を加えられても格闘圏内に近づくまで装甲が持たないと話にならない。
来るとわかっている格闘技能持ち(ストライカー)は、その戦術を潰すのは比較的容易だった。
そして、機関砲での攻撃は剣での攻撃に比べればさほど高くはない。
機関砲による銃撃はMULSにおける最も一般的な攻撃手段だ。素人でも安定してダメージを出すことができる攻撃だ。
そして、それ故にどんなにプレイヤーの実力が上がっても決して火力の上がらない攻撃でもあった。
だから、近接格闘ができない僕の攻撃力は一般的なMULSドライバーと同じ程度にまで下がり、故に劇的な活躍はできなかった。むしろ、マークされて十全の実力を発揮できなかったといっていい。不完全燃焼もいいところだった。
「はははドンマイ。ちっこいからって油断したなバーカ」
「わーこんなところにしゃべるゴミ箱があるぞー?ちょっとこの缶ゴミ捨てさせてー?」
ハヤテの口に空き缶をねじ込もうとするが、体格差でたやすく回避されてしまった。恐るべきはその身長差である。
「っち。くっそ恨めしい。ちょっと縮め。忌々しい」
「イツキの呪詛は相変わらずだな」
「やかましい。こっちとしては結構必死なんだよ」
「はははドンマイ。諦めろ」
「諦められるかクソッタレがあああああ!」
「あはははははははは」
別に本気で怒っているわけでも無い。単純にふざけあいの延長線上なのはお互いに別っていることなので、まあじゃれあいの範疇だ。
まあ、ちょっと熱が入って傍目には喧嘩に見えなくもないだろうが。
「あ、そうそう、イツキ。聞きたいことがあるんだけど」
こちらの蹴りを防ぎながら、ハヤテは僕にそう聞いた。
「あ?何?」
じゃれあいはここでおしまいらしい。とりあえず、僕は蹴りあげた足を戻した。
「いや、イツキさ、こっちにはいつまでいるんだ?」
ハヤテは僕にそう聞いた。
「ああ、今日から一週間ぐらいいるよ。基地の方でいろいろやることあるから邪魔だし帰れって」
僕はハヤテの問いにあっさりとそう答える。別に隠すほどのことじゃなかった。
「…やっぱ、コレで終わりじゃないのか」
僕の問いに、ハヤテはそう答えた。その言葉の意味は、僕にも理解できた。
「…ああ。ダンジョン攻略はまだ続く。僕たちの仕事は終わりじゃない」
ダンジョンの探索はまだ本格的に始まってもいない。その為の準備を今進めている段階だ。
これで僕たちを開放するというのなら、わざわざ徴兵する必要がない。
「何とかして無かったことにはできないのか?」
ハヤテはそう聞く。徴兵を取り消す手段は無かったのか。
その問いに、僕は肯定することができた。
「まあ、僕自身は、何とかできたと思うよ」
「マジで!?どうやって!?」
ハヤテは僕の答えが意外だったのか、詰めよってさらに聞いてくる。
僕はその勢いにのまれかけながらも、とりあえず答えた。
「…ダンジョンにMULS、つまり、僕たちが先週突入したの、知ってるよね」
「ああ。ニュースでやってたな」
「その時、僕も突入したんだ」
「!?…マジか…」
「ああ。で、まあ、その時、ちょっと事故があってな」
「事故?何があったんだ?」
僕はそこでちょっと考える。果たしてそのことを言ってもいいのかと。
ちょっと考えて、結論を出した。
まあいいや。言っちゃえ。
「ちょっとしくじって僕以外のチームの全員が全滅した」
「・・・は?」
僕はあっけらかんと話す。その答えに、ハヤテはついていけなかった。
「んでまあ、そのトラウマで…」
「いやいやちょっと待て、ちょっと待てイツキ」
ハヤテは僕の話を聞かず、こちらの肩を掴んでガタガタとゆすり始めた。ちょっと待って。頭が揺れる。やめろ。
「全滅って、リアルで…。それって、お前」
「ああ、そうだよ。みんな死んだ」
「はあ!?」
あっけらかんと話す僕に、ハヤテは驚愕する。
その僕の答えに頭が追いつかないのか、そのまま固まってしまった。
「ハヤテ。続き、いいか?」
「あ、ああ。」
「おう。で、そのトラウマでもうMULSには乗れない。ダンジョン攻略は出来そうになって、そうでっち上げて徴兵取り消しにできるって話だった」
「…そうか、じゃあ、イツキはもう行かなくて済むんだな。よかった」
ハヤテの言葉に、僕は頷かない。
その様子をハヤテがいぶかしんだ頃に、僕はその問いに答えた。
「実はな、ハヤテ」
「おう」
「その話、蹴ったんだ」
「はあ!?」
僕の言葉に、ハヤテは再び驚愕した。
「待て待てちょっと待て、ちょっと待てお前」
「おう」
「お前、死にかけたんだろ、仲間全滅して、ほうほうの体で逃げ出して、ダンジョンから生きて帰ったんだろ」
「おう」
「んで、そのおかげでもうダンジョンに入らなくてもよくなったんだろ」
「おう」
「だけど、それ蹴ってもう一度ダンジョンに入るってことか?」
「そうだよ?」
「いやお前そうだよじゃねーよ。何でそこでその申し出を蹴るんだよ!?」
ハヤテはそう僕に追及する。まあそうだ。死ぬかもしれない危険な作業、誰もやりたがらない仕事。強制された労働。逃げられるなら、逃げた方がいいに決まってる。
ただ、僕にはダンジョンに再び潜る理由があった。
「…僕がダンジョンに入って死にかけたのは、さっき話したよね」
「ああ」
「で、その時、僕自身も実際死にかけたんだ」
「…マジか」
「マジだ。まあ、結果として生きて帰ってこれたけど、その結果が得られたのは、ある人が僕のことを助けてくれたからなんだよね。ただ、助けてくれたのだけれど、それ自体無茶をしたらしくてその人も死にかけたんだよ。それを僕が助けて、何とか脱出することができたんだ。ただ、その助けてくれた人は同じことがあったらもう一度するって、たとえ死んでもするって言ったから、無視できないだろ?このままじゃいつかその人死んじゃうし、それを無視して僕一人逃げ出すなんてことできないじゃん。だから、僕もそれについていって、その人を助けられたらいいなって」
僕はそう言った。ハヤテは黙ってその話を最後まで聞いていた。
そして、ハヤテが口を開く。
「なあ、一つ聞いていいか?」
ハヤテは尋ねた。
「何よ?」
僕は促した。その答えを聞いて、ハヤテは質問する。
「その助けてくれた人って、女だったの?」
「は?」
ハヤテの問いに僕は若干混乱した。
そんな僕の状態を無視して、ハヤテは一方的にまくしたてる。
「いやだって、話を聞いている限り、そういう風に聞こえるんだけど」
「いやいやいやいや。なんでそうなる。別に女の子だなんて言ってないじゃん」
「いつ俺が女の子に限定したよ。あ、つまりそういうことか。なーるほど」
「勝手に決めつけんな」
「じゃあ、ムサイおっさんについていくって?え?いっくんそんな趣味あったの?」
「勝手に決めつけんな女に決まってんだろうが!人勝手にホモ扱いすんな!あ、」
気づいた時には遅かった。ハヤテの顔が、ニッタアアアといやらしい笑みに代わってくる。
「そっかあ、女のためにいっくん戻るんだぁー。へーぇ。ほーぉ」
「いや、あの、ちょっと、ハヤテ?」
「いやあ、樹君も春だねえ。青春だねえ。女のために、危険な場所に飛び込んでいくのかぁ。うひゃあラブストーリィー」
「ハヤテ、死ね!」
「女のたーめ、見捨てらんなーい。女のたーめ、見捨てらんなーい。あはははははははは」
「黙れええええええ!」
ハヤテはからかいながら逃げ出した。その口をふさごうとするが、うまくいかない。
結局僕が疲れてへたり込むまで、ハヤテは逃げ切った。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「あははははははははは」
「くそが、いつか仕返ししてやる」
「あははははははは」
ハヤテは笑っていた。
そして、ひとしきり笑うと真剣な口調で答えた
「じゃあ、仕返ししに帰って来いよ」
ハヤテの言葉を数瞬後に僕は理解した。
「ああ、必ず帰ってくる。覚えてろよ」
僕はそう答えた。ハヤテはその答えに満足し、こちらに拳を向けてくる。
僕はその拳に自分の拳を合わせ。付き合わせた。