3-6 第85号拠点攻略作戦4
「いよっしゃあああ爆破成功うおおおおお!脳汁どっばどばああ!」
通信越しにハヤテがハイになっているのがそのテンションからよくわかった。
ハヤテがこちらの、東側の85号拠点へと連なる通路の爆破に加担していたらしい。
これで敵は東側のリスポンポイントを利用して85号拠点へ戦力を送ることができなくなった。残るのは85号拠点の残存戦力と、その後方の95号拠点。その二つから排出される戦力でこちらの攻勢を凌がなければならなくなった。
あとは、こちらがその戦力の投入速度を上回る勢いで敵戦力を削り取り、制圧してしまえば作戦はすべて終了。後は残った拠点の削り取りといったところか。
「お疲れさま」
「おうよ。褒めたたえろ」
「はいはい凄い凄い」
僕はおざなりに返事する。
ここは85号拠点の東側の通路があった場所。ビルが爆破され、通路が瓦礫で封鎖されてしまっている。
ここにはもう戦略的な価値はないため、ちょっと休憩ができる程度の余裕があった。
「で、これからどうする?」
僕はハヤテに聞いた。ここでボーっとしているのもつまらない。
というか、更に攻めるのが定石だ。
今、僕たち攻略組は目標である85号拠点へと攻勢を強めている。側面から圧力を加えてきていた僕たちは、敵拠点を孤立化、こちら側の戦力と分断した。
だから僕たちの仕事はこれで終わり。ではない。
現状は戦局が変わり、一時的に敵の勢いを削ぐことができただけに過ぎない。
ここで止まると、更に後方の拠点で集結され、95号拠点周辺から次々と戦力が投入されて前線でつぶしあいの泥仕合になる。そうなると、僕たちの働きが無意味なものになってしまう。
だから、僕たちは前へと進まないといけない。さらに圧力を高め、敵の戦力をさらにこちらへと引き付ける必要がある。
ただし、ここからはもう一つの選択肢がある。
「んー。戻るか?」
ハヤテはそのもう一つの選択肢を選んだ。
「というと、敵の襲撃に備えるのか」
敵の75号拠点への攻勢に備えるのだ。勿論、ルール的に防衛側が、既に攻略組に制圧された拠点を最奪取することはできない。
しかし、敵の目的はそこじゃない。敵の目的は、僕たちと同じだ。
攻勢をかければ、そこの敵はこちらへ戦力を向けざるを得ない。攻めてくる敵勢力に対処するために戦力を割けば、それだけ拠点攻略への戦力を割かれることになるからだ。
だから、それに備える必要がある。ここまでは順調だったが、ここで戦力が分散して防衛側に押し返されれば、すべてが水の泡になる。
それは避けるべきだった。
「じゃあ、僕もそうしようかな」
僕はその提案に乗っかることにした。
「別に前線に出てもいいんだぞ」
「今日はもういいや。久々に激しく動いて疲れた」
一カ月のブランクがあり、また現実のMULSに慣れてしまっていたので、逆にゲーム内のMULSの動きは僕に少なくない疲労感を与えていた。
ついでに、新しく試した戦術は機体を激しく動かすので、その影響もあっただろう。
もう満足。これ以上、暴れるつもりはなかった。
「じゃ、戻るか」
ハヤテがそう言った。
「そうだね」
僕がそれに答えた時。
僕の元へ鉛玉が飛び込んできた。
それはこちらの胸部へと吸い込まれ、少しそれて張り出した側面装甲へと当たる。外へと向かうベクトルを与えられたそれは、外へと開く要領で固定具から外れ、根元からはじけ飛んだ。
「敵襲!」
近くにいた誰かが叫ぶ。そしてそれを境に、静かだった周辺が戦場へと姿を変えた。
敵の攻勢だ。手始めに、前線への補給線と化していたここへ攻勢をかけてきていたのだ。
僕もすぐに思考を戦闘用に切り替える。先ほどの攻撃を分析。その方向と、距離を計算してその攻撃の元を推測する。
僕は声を張り上げた。
「射撃技能持ちがいるぞ、狙撃手だ!気を付けろ!」
射撃技能持ち。僕の格闘技能持ちと同じで、特に射撃に関して技能を持つプレイヤーの呼称だ。
それそのものはぶっちゃけプレイヤー全員が持っているため、改めて呼ぶ場合は特に射撃に関して秀でた能力を持つプレイヤーのことを指す。今回の場合もそれだ。
狙撃手。読んで字のごとく、役割も同じ。遠距離からの射撃に特化し、その狙いは正確。
操る肉体がMULSになってもそのあたりは同じで、ただし巨体になった分、扱う火力も相応に大きくなっている。
基本的には長銃身化した35㎜単射砲を両手で保持し、広い有効射程と両手保持による安定した火器制御により得る広範囲の攻撃範囲で味方の火力支援を行う機体だ。
35㎜は僕たちのよく使う20㎜機関砲よりも1.5倍しか大きくなっていないが、その質量は約3倍。それに長銃身化による火薬の加速時間の延長により、装甲に物を言わせて突撃するということをためらう程度には一般的なMULSの装甲を引っぺがす火力を持っているためなかなか侮れない。
その代わり、狙撃手にありがちな高い隠密性は無い。MULSの巨体に派手な発砲煙は隠れて動くのには向ていない。
だから、そいつの存在はすぐに確認できた。
そいつは通路の向こうから、その機体を晒していた。
それは僕のよく見知ったものだった。
「百錬…!」
それは僕が今乗っているものと同じものであり、ダンジョン攻略へと徴兵された人しか持っていないものであり、そして徴兵される基準を超えた人達しか乗っていないということだ。
その基準は、VRMMO“メタルガーディアン”の総合ランキング100位以内。
つまり、目の前の狙撃手は、トップランカーの一人だ。
そして、その機体のほかにも、見慣れた機体が敵としてこちらへとやってきている。
鳥脚に、4つの機関砲を胴体から直接伸ばした、人型を大きく逸脱したシルエット。
見間違うことは無い。僕はそいつを倒して総合ランキング100位入りを果たしたのだ。
「アトラス!」
プレイヤーの実名は永水恭介。元自衛官で、徴兵されてすぐに知り合った一人だ。
永水さんもこちらを認識したのか、こちらへ照準し、発砲。
あいさつ代わりなのだろう。慌てて回避した。
永水さんは人外機乗りだ。人外機乗りとは読んで字の如く。人型を逸脱したシルエットを持つMULSを操縦するプレイヤーの総称だ。
VRMMO“メタルガーディアン”において、永水さんのような人外機乗りは総数が非常に少ない。
何故かといえばそれはMULSの操縦方式に原因があり、基本的に、MULSの操縦は人間の動きを模倣するようにできているからだ。鳥脚型や四足歩行、車輪や履帯駆動の関節構造の歩き方なんて、すぐには理解できないだろう。
簡単に言ってしまえば、人外機乗り向けの操縦方式ではないのだ。できなくはないが、その習熟には時間がかかる。おまけに、がんばって熟練しても普通の人型MULSに比べて総合能力そのものは低い。その為、あまりなろうと考える人間がいない。いるのは殆ど趣味の人間しかいない。
ただし、じゃあ使えないかといえば、そう言うわけでも無い。
目の前のアトラスがいい例だ。
鳥脚は機体重心を利用した柔軟な運動性能と引き換えに、構造の簡略化によるタフさと出力ユニットの高出力化によるハイパワーと高加速ができ、両腕を排して弾薬の補給など柔軟性を失った代わりに得た積載猶予で4門の機関砲を装備している。単純にMULS4機分の火力だ。
柔軟性を捨てて火力と出力に優れた機体だ。そのくせ、防御力は一般的な中型二脚と据え置き。
その代わり、一度弾切れを起こしたら後方に下がらないといけないし、近接格闘能力は本来無いに等しい。永水さんは蹴り飛ばしてくるけど。
総評すれば、とにかく瞬間的な射撃戦能力に特化している。持ち前のパワーと装甲で強襲し、4門の火力を叩き込み、すみやかに撤収する。それを繰り返す。後はその見た目通り対空能力に向いていることか。
ここに来た時のハヤテの説明であった異常な防空能力持ちはアトラスのことだろう。この人は防空狂いでも有名だ。
まあこんな感じで、とにかく機能特化している機体が多いのだ。なので、侮っていたら人外機乗り一機で部隊壊滅とか普通にある。
プレイヤーの能力も極端だ。下手に手を出して碌に扱えないか、逆に特性を知り尽くした超ベテランか。
この二機のほかにも、通路の向こう側からわらわらと防衛組のMULSがやってくる。
こちらの戦力はそこまで多くない。ここは既に敵に制圧されたと考えてよかった。
だが、そう簡単にくれてやるつもりもない。可能な限り損害を与えて遅滞してやる。
そう思うまではよかった。
「くっそ、二人がかりか!」
ここまで暴れまくったのが原因なのか、百錬に乗っていて徴兵組から見れば要マークだからなのか、とにかく百錬に乗った射撃技能持ちとアトラスを駆る永水さんは二人がかりで襲い掛かってきた。
計五つの火線と、プレイヤーの技量は僕を敵へと近づかせることを防ぎ、その装甲を削っていく。
剣しか持っていない僕には、彼らを攻撃する手段がない。
そして、更に事態は動く。
「もう一機!?」
もう一機のMULSがこちらへと攻撃を開始していた。
その機体は普通の人型二脚だ。ただし、そのカテゴリーは軽量級に分類される。
とにかく運動性能に特化していて、装甲は薄いか無い。機体重量を軽くするために積載量も犠牲にしている場合が多く、持てる火力もそうはない。
その代わりに得た運動性能はかなりのもので、現に今僕の左側へかけて強襲と射撃を行っている。
手に持っているのは発射レートに特化したサブマシンガン。一発あたりの威力はそうない。
ただし、今の僕にはそれはあまり意味がない。
「っ。装甲がない!」
先の射撃技能持ちの狙撃により、百錬の特徴の一つである大きく前へと張り出した側面装甲が引きはがされていた。
当然、それをあてにしていたMULSの側面装甲は無いに等しい。
手に持ったシールドでは守れない。二人のトップランカーの攻撃を防ぐのに使っている。
だから切りかかる。それしか方法がないから。
しかし、
「くそ、避けた!」
敵は持ち前の運動性能でこちらの斬撃をあっさりと回避してしまった。
そして、僕の機体は剣を振り下ろして無防備な状態。
射撃が開始された。
狙いは違わず僕の胸部側面。装甲がない場所に、それは難なく潜り込む。
視界が暗転する。そして、四角い枠の光が差してくる。
それは下からゆっくりと上へ大きくなっていき、そしてその先にあるものを映し出す。
それは出撃した69号拠点。
僕は撃破され、再出撃したのだ。
「……。あー…。くっそ…」
僕はコクピット内で頭を抱え込む。
3対1が卑怯だとは言わない。それも戦術だ。
今回は完全に自分のミスだ。調子に乗って、剣一本しか持ってなかった。
遠距離への対策を立てていなかったのだ。これは僕のうかつさが原因だ。
まあ、やったことは仕方がない。次なければいいのだ。
気を取り直し、武装を整える。今度はしっかり20㎜機関砲も持っていく。
通信が飛び交っている。その中には、こちら側で敵の攻勢が強まっていることも含まれていた。
一次的にだが、攻略組が防衛に回ることになる。
「よし、行くぞ!」
気合一発。僕は、再び最前線へと走り出した。
とりあえず戦闘パートはこれでおしまい。…せっかく歩兵他の連携を視野に入れていろいろ設定考えたのに、結局MULS同士のドンパチになってしまった。
そして週刊ランキング一位というね。ふへへへへへへへへ。
いや、うれしいですよ?喜んでますよ?
けどまさかそんなんなるなんて思ってなかったですよ。
でもうれしい。いやっふー。(´▽`*)
頑張ります。