3-4 第85号拠点攻略作戦2
僕が前線へと辿り着いたとき、そこにいたのは通路を挟んで対峙するMULSの一団だった。
通路の向こう側にいるのもどうやらMULSらしく、MULS同士で通路を挟んで打ち合いをしているようだった。
僕は味方のMULSを見た。
その一団のMULSは全く同じ装備で組み上げされており、見るからにのっぺりとして特徴らしい特徴がなく、しかしながらまあそれなりには見栄えする機体。
全員が同じ装備なのは珍しいが。まあ、この機体なら複数いるのも納得か。
その機体の名前は“テディ”。操作性に重きを置いたMULSで、オートバランサーを標準装備。とにかく搭乗者の操縦の負担を減らすための装備が山盛りで、まず転倒するということが無い。
非常に初心者向けの機体であり、実際に一番最初に操縦できるMULSだった。
チュートリアル向けにこれ一機で一通りのことは何でもできるように作られており、そしてそれ故に熟達すると物足りなくなってくる中途半端な機体だ。
このMULSに乗り込み、操縦に慣れ、ドライバーの意図を無視して発動する安全装置が煩わしくなったら、ようこそMULSの世界へ。まずはコケない事から始めましょう。
そんな機体だ。
つまり、彼らは初心者だ。
彼らは複数の小集団に分かれて通路を睨み付けており、遠目に見ても連携して戦っているのがわかる。
が、あまりにも消極的だ。建物を盾にして前に出ない。
(サバゲ経験者だったのかな?)
屋外で生身の肉体とトイガンで遊んでいたのだろうか、それは歩兵の立ち回りに見えた。まあ、MULSの装甲も決して厚くは無いので消極的になるのは間違ってはいないのだが、他のプレイヤーならさっさと突撃してしまうので、このままだとこの戦線が押し上げられず、他の部隊の迷惑になる。
(ま、先達がご指導するとしますか)
そう思いながら、僕は彼らに近づいた。先達、先輩、いい響きだ。敬うがいい。
僕が近づいたのに気づき、ビルに隠れた小集団の先頭にいるMULSがこちらを向く。
僕はそれに右手で応え、弾薬庫からMULS用の手投げ弾を取り出し、とりあえず通路の向こう側に投げ込んだ。種類は煙幕。すぐさま煙が噴き出し、こちらの様子が見えなくなる。
そして、手に持った特殊な20㎜機関砲を通路の反対側へと投げ込んだ。
そこには歩兵がいて、僕の投げ込んだ機関砲を見てこちらの意図を察する。
ついでに弾薬庫から弾倉をいくつか投げ出し、その周囲へと投げ込んだ。
すぐに機関砲に捕り付き、何処からか持ってきた土嚢を機関砲の周囲に手早く積み込んでいく歩兵たち。
並行して握把として機能していた部分が展開して三脚に切り替わる。
それは即座に20m機関砲をぶちかます機銃座へと機能を変え、そこに歩兵が群がっていた。
銃座に座り、弾倉を叩き込み、その砲口が通路の向こう側を向く。
僕が持ってきたのは、歩兵でも扱えるようにリバーシブル機能が追加された20㎜機関砲だ。彼らにはその火力で援護してもらう。
その間に、僕はファルカタと呼ばれる剣状の近接武器を取り出した。いつも僕が使う剣だ。
そこで、目の前のMULSがこちらの意図を察したのだろう。驚く様子が伝わる。
僕はそれに、見えないだろうが笑顔で答えた。
(ついて来いよ。わかるだろう?)
声には出さないが、伝わったのだろう。こちらを制止しようと手を伸ばしたのがわかる。
が、止まってやらん。ついて来い。ここは押す時だ。
銃座と化した20㎜機関砲が火を噴くのと同時に、僕は通路に飛び出した。
機銃座の発砲に反応し、そちらへと火線が複数飛び込んでいく。しかし、土嚢とバリケードで強固に防御されたそこにはそう簡単にダメージは与えられない。
そして、そこへ集中している間に僕は通路を突き進む。
碌な抵抗がないまま、僕は通路の大半を突き進んだ。通路の終端ではさすがに気づいたが、その距離ではもう遅い。
僕は敵の密集した通路に飛び込んだ。
目の前に突然飛び出した僕に、敵は若干混乱している。煙幕を投げて視界を塞ぎ、突撃するのは格闘技能持ちの十八番だろうに。こいつはそれを知らないらしい。
ま、それは僕にとって都合がいい。
僕は剣を振り、敵の手首を叩き潰した。その先にある機関砲が地面に落ちる。
これでこいつは無力化された。開いたもう片方の手で拾うことができるが、戦闘中に機体のバランスをとりつつ前屈して落ちた銃をこいつが拾う間に、僕はいろいろとできる。
目の前の敵の向こう側から、MULSがこちらへ銃口を向けようとしたのが理解できた。
想定済みだ。だからこそ僕は目の前の敵を倒さなかった。僕は再度ローラーダッシュ。背後へ後退し、超信地旋回。
目の前には、反対側の通路で待機していた敵MULSが、こちらへと銃口を向けたところだった。その背後には2機のMULSが控えている。
再びローラーダッシュ。僕はそちらへ突撃する。
背後は気にしなくていい。どうせ敵は攻撃できない。僕を撃つには、手首を切り落とされて無力化された味方が射線にいて、邪魔になるからだ。
そして、僕には目の前の敵を攻撃できる。
発砲するが、この距離じゃあ僕を倒すには威力が足りない。
僕はそいつに切りかかった。手っ取り早くコクピットを貫いて撃破する。
爆炎を上げてそのMULSは倒れた。そして、その向こうにはこちらへ銃口を向けたMULSがもう一体。
その距離は、僕の目の前のMULSが倒れられる程度には開いている。
ああ、しまった。これじゃ攻撃できない。
目の前のMULSを踏みつければできないこともないが、バランスの悪いそれは乗るにはの転倒恐れがある。
ゲームシステム的に10秒間撃破オブジェクトとして残り、その後爆発四散するのだが、10秒あれば僕のMULSはずっと機関砲で打ち据えられることになる。さすがにそこまでの耐久力はMULSにはない。そして、今の僕には剣しかない。目の前の敵を倒す手段がない。
つまり、詰みだ。僕はここで撃破され、再出撃する羽目になるのだ
あーあ、後輩にいいとこ見せようと思ったのにな。
「とでも言うと思ったか」
僕は機体を沈ませた。
膝を曲げ、内部にある人工筋肉のストロークを限界まで引き延ばす。
そして、伸びきったそれを全力で縮めた。
結果は機体の上昇と、それに伴う上方向への加速だ。
「跳べえええ!」
その勢いそのままに、僕はMULSを跳躍させた。
目の前のMULSの残骸を飛び越し、重力につかまり、落下する。
その先には、僕をみくびって棒立ちしたまま射撃をしていた敵MULS。目の前の状況についていけないのか、射撃を続けてはいるが逃げ出さない。
僕はためらいなく。その胸部へ剣を振り下ろした。
胸部装甲に沈み込み、撃破判定を与える。
目の前のMULSが倒れ、3機目の敵MULSが目の前に現れる。
こちらの動きに目に見えてうろたえているのがわかり、射撃すら行われていない。
助かった。正直、今の僕はそれどころではなかったから。
「……っふ」
口から、不意に空気が漏れる。
「ふっふっふっふっふふふははははははは」
それは連続し、つながり、いつしか笑い声になっていた。
機体が軽い、そして思い通りに動く。レスポンスに遅延がない。
着地の衝撃でフレームが壊れない。人工筋肉は僕の命令を柔軟に聞き入れ、そのパワーと速度を十全に発揮する。
この一カ月、僕たちはMULSに乗っていた。
それは現実に出てくるため、いろいろなものを犠牲にしていた。
故に、その性能はゲームの中のものと比較してもあまりに劣り、歩いて撃てればそれでいいという割り切った代物だった。
剣で殴れば腕が壊れ、跳躍すれば足が壊れた。
しかし、ゲームの世界ならどうだ。
思い通りに動く、思い通りに反応する。
走って跳躍しても壊れず、殴りかかっても壊れない。
何よりも、人が死なない。
どれだけ壊しても、撃っても、撃たれても、誰も絶対に死なない。
「あはははははははははははは!」
最高だ。
ようやく目の前のMULSがこちらに銃口を向けた。だが遅い。
僕は機体を横へと投げ出す。片足の力を抜き、バランスを意図的に崩してもう片方の足で地面を蹴り、サイドステップの要領で横へとずれる。
敵の銃口が響いた時には、僕はそこにはいなかった。
そのまま跳躍。今度は剣を振りかぶる。
機体の上昇と、落下。それに合わせて、剣を振る。
自機の落下速度も合わせた攻撃が敵機を襲った。それは狙い違わず敵の胸部に吸い込まれ、その胸部装甲を腰まで一文字に切り裂いた。
当然、撃破だ。倒れ、スクラップとなる敵MULS。
その時後部センサーが動きを捉える。反対側の通路で遊兵と化していた敵部隊が動き、こちらへ攻撃ができるように展開したのだ。
数は3。火砲の数も3。当然、僕が機関砲を持っていても撃ち負ける。今は持っていないので何をいわんや、だ。僕一人だとさすがに分が悪い。
だが残念。
敵の一機がこちらへ向かって前進し、交差点へとその身を晒した。
瞬間、発砲音と同時に複数の火線がその敵機へと吸い込まれていった。吸い込まれた個所からは火花と破壊音が飛び散り、装甲を削り、そして破壊して内部へと敵の機関砲弾の侵入を許してしまう。
瞬く間に、その機体は撃破された。
そして、その敵機が地面に倒れ伏したと同時に、交差点の中へとMULSが侵入してくる。
機種は“テディ”。後方で引きこもっていた初心者たちだ。僕の突入に合わせ、前進してきたらしい。
数は6。全員、通路の向こうにいる敵MULSへと銃口を向けている。
2対6。撃ち合えばどうなるか。
もう聞くまでもないな。
瞬く間に残りの敵機が倒され、残った敵勢力は歩兵たちが追い立てていく。
これで、このエリアは制圧された。リスポンポイントを制圧していないのでいずれここは奪還されるが、しばらくは大丈夫だ。
ふと、視線を感じた。確認すると、初心者のMULSがこちらをじっと見ていた。心なしか恨みがましい視線を感じる。
まあ、僕に巻き込まれる形で前線に飛び込む羽目になったので、まあその視線はさもありなん。
(ただなぁ、それがMULSの戦い方なんだよなぁ)
高い運動性能と装甲の防御力で敵に肉薄し、近距離から打撃を与えて敵勢力を制圧する。
それがMULSの基本的な戦い方だ。もちろんそれだけではないが、MULSといえば、コレだ。
遠距離から機関砲弾を撃ち出すだけの砲台なら、そこらの戦闘車両で事足りる。
動いてこそのMULSなのだ。
ただまあ、フォローは入れておくべきだろう。通信を開き、目の前の初心者MULSに声をかける。
「グッジョブ。助かりました。ただし、攻めるときは攻めないとダメですよ。MULSは歩兵じゃないんですから」
僕の声を聴き、目の前のMULSが反応する。何か言いかけようとするが、次に肩を落としてひらひらと手を振ってきた。
了承の意味だろう。声を出さないのが気にはなったが、まあいいか。シャイなのだろう。
後方から補給部隊と追加の戦力が到着する。戦力が増強し、もうちょっとやそっとじゃここは制圧されないだろう。
手早く補給を済ませる。初心者たちはそのまま前進するみたいだ。
僕はどうしようか。もちろん、次の戦場に参加するのは当然として。
ここを選んだのは近いのもあるが、1カ月もプレイしていなかった僕がちゃんと戦えるかのリハビリを兼ねてもいた。
だが、先の戦闘を見る限り、僕は想像以上に動けていた。
僕はこの時知らなかったが、現実の百錬を操縦していたのが原因らしい。
現実のMULSはまだまだ貧弱。歩くことすらおぼつかない。
それが天然の、いわゆる矯正ギプスの役割を果たし、僕の操縦技能を引き上げていたのだ。とか?
まあ重要なのはそこじゃない。僕は今、十分に戦えるということだ。
じゃあ、どうしようか。
そう思案していたところに、通信が入る。
『こちらCP。75号拠点の制圧に成功した。繰り返す。75号拠点の制圧に成功した』
『ウオオオオオオ!』
その声と同時に、複数の歓声が通信の向こうから聞こえてきた。
作戦の橋頭保が確保された。後は、そこを起点に85号拠点の制圧か。
「じゃあ、やることは決まったな。」
次の目標に進路を向ける。方向は南。
ここから西へと向かえば75号拠点に集結できるが、そこは激戦区。戦車が主体となって大口径主砲がひっきりなしに飛び交う戦場だ。
僕たちMULSドライバーが突入しても流れ弾で撃破されるだけなのが目に見えてる。
だから、主力は戦車隊に任せ、僕は陽動に動くとする。
南から南下し、主目標である85号拠点の横っ腹まで進んで圧力をかけるのだ。敵はこちらを無視することはできないはずだから、こちらへ誘い込むことができるはず。
最悪、こちらと85号拠点を結ぶ通路を爆破して封鎖してしまうのも手だ。こちらからの戦力の投入ができなくなるので、それはそれでアリだ。
但し、ここから先は敵の勢力圏だ。四方八方からこちらも攻撃されるため、諸刃の剣である。
「よしっ」
気合一発。気を引き締める。
僕はそこへ向かった。
うむ。楽しかった。偉い撃ち殺されまくったけど。
おかげで今週末は一文字も進んでねーや。
追記、
ファッ!?日間ジャンルランキング一位!?
評価ありがとうございます!