3-3 第85号拠点制圧作戦1
暗い視界から一転。僕の前に四角い枠の光が差す。
それは下からゆっくりと上へ大きくなっていき、そしてその先にあるものを照らしていた。
ゴゴンという音を立て、目の前のシャッターが5秒かけて開き、その先にあるものを照らした。
目の前にあるのは、拠点化されたリスポンポイントだ。
ここは69号拠点。僕はここから敵拠点の攻略に向けて出撃する。
リスポンポイントは一つにつき10機の車両兵器と50人の歩兵を10秒ごとに輩出していく。
今もなお友軍が再出撃し、戦場へと移動していた。
「お待たせー」
ハヤテがその友軍から分かれてこちらへと向かってきた。
「そう言えば、お前いつもの装備じゃないんだな」
こちらへと向かい、開口一番にそう言うハヤテ。
一瞬何のことかと思ったが、すぐに思い至る。
僕が乗っているのは、今まで使っていたMULSじゃない。
「装備?ああ、そうそう。百錬っていうんだ」
ダンジョン攻略に使われる、現実世界に初めて生まれた歩行戦車、百錬だった。
なんで僕がこんなものを持っているかといえば。僕たちが休暇に入る直前、設計者である大矢さんに、データが配布されたからだ。
実機と同じ構造の百錬のデータは既に渡されているので、こちらはゲーム用に再調整を施されたものになる。
簡単な違いは、現実で動かすためにいろいろ犠牲にした百錬を、ゲーム内の素材や技術を使って他のMULSたちと遜色ない性能に引き上げたことか。
実機のデータも使えなくはないが、ここではただの木偶人形にしかならない。
「ダンジョン攻略組に配布されたんだ。せっかくだし。使おうかなと」
「ふうん」
「ん。じゃ、作戦の説明。よろしく」
「はいよ」
そして、ハヤテは説明を開始した。
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んじゃ、作戦の説明を始めるぞ。
今回の目標は第85号拠点の攻略だ。
敵の南西中規模拠点の中核に当たり、ここを制圧できれば南西部の趨勢は決したといっていい。
南西一帯を制圧している敵拠点のそこに楔を打ち込めることができれば、その一角を削り取ることができて敵の再出撃制限を大きく下げることができる。その結果、こちらの戦力的優位によって完全制圧ができるわけだな。
概略を説明するぞ。
85号拠点は市街地の真っ只中にある自然公園がそれになる。そこへまとまった戦力を投入する場合、そこへとつながるメインストリートから侵入しないと地の利を生かされて各個撃破される。
この拠点を攻略する前段階作戦として、まずその前にある、メインストリートに繋がる75号拠点の制圧がこれから始まる。ここを橋頭保として85号拠点の制圧が始まるわけだ。
中央部には戦車隊が集中し、突撃の機会を伺っている。俺達は敵軍の勢力圏の外延部に当たる左翼から圧力をかけ一時的に制圧。75号拠点に集中している敵戦力の火力を分散。こちらへと誘引して戦車隊の援護を行うのが仕事だ。その後拠点を制圧したら敵の他拠点を無視して85号拠点を半包囲。内部の敵部隊を誘い出して手薄になった所を拠点化した75号拠点から再度突撃をかけ、制圧。その後は残存拠点を各個制圧して南西地区一帯を開放する。何か質問は?
「やっちゃいけないことは何かあるか?」
絶対に75号拠点以外の拠点を制圧するな。今回の作戦は敵を目標拠点からいかに引き出すかにかかってる。下手に制圧して敵戦力を目標拠点に集結させて、敵を引きこもらせるな。
「了解、他には?」
敵に妙に強力な対空能力を持ったプレイヤーが居やがる。航空支援とヘリの投入は無理だと思っとけ。
「了解」
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「僕はどこに行けばいい?」
僕はハヤテに聞いた。今日ここにきて詳細もわかっていない。ハヤテなら最初から見ているうえ、僕の戦い方も知っているのである程度の指示ができるだろう。
そして、それは僕の想像通りだった。
「左翼の制圧に並行して俺たちの援護を頼んでいいか?」
ハヤテはそう言った。
「お前らっていうと、機甲猟兵の?」
僕はハヤテの恰好を見て、そう言った。
その恰好はさながら現代風の甲冑だ、背中にはメカメカしたものがあり、腰には羽根状のパーツと丸いパーツが集中している。
機甲猟兵。メタルガーディアンとは別のゲーム“ペネトレーション・タクティクス”と呼ばれる、早い話が歩兵版MULSのプレイヤーのことだ。
機動甲冑と呼ばれるパワーアシストスーツに身を包み、それに搭載されたパルスレーザーで引き起こす小規模で連続した水蒸気爆発の推進力と、ワイヤーによる高度な三次元戦闘を行う、ハイスピード三次元機動アクションゲームになる。
普通とは違う、非常に高速でスタイリッシュなこのゲームはミリタリー系ゲームの中でも異色ではあるが、『それでもミリタリー系で遊びたい人』向けとして結構な人気がある。
操作も自分の体と思考認証によるものなので、MULSに比べればそこまで難しいものでもない。
専門のMULS、汎用と数の機甲猟兵といったところか。
もっとも、その進行速度は浸透戦術の名の通り既存の陸上兵器を圧倒して上回っており、戦車の頭上で対戦車ミサイルをぶっ放したり、複数人で高所を取って、敵歩兵たちに対して制圧射撃を行ったりと、比較的有利に戦うことができるのもプレイヤー増加の一因だろう。
まあ、設定上重いものは装備できないので、弾薬の携行数や装備に制限がかかるし、屋内では速度の優位もあまり生かせないのでそのあたりでバランスをとっているってところか。歩兵のライフル弾で致命傷を負うほどに貧弱でもあるため、耐久力そのものはそこまでないのもそうだろう。
MULSに対してはお互いにうざいというのが共通認識だ。機甲猟兵の攻撃はMULSに有効打を与えられないし、MULSの火器はそうそう機甲猟兵を捉えることができない。逆に、MULSにとってはセンサー類を破壊されるため関わりたくはなく、機甲猟兵にとっては機関砲の火力は当たれば死ぬし、比較的当たりやすいし、近づきすぎれば叩き落されることもあるので近づきたくない。
そんな感じだ。
「おう」
「MULSと連携っていうと、アレか」
「おう。アレだ」
ハヤテはそう言った。そうか、アレか。
「わかった。誘導よろしく」
「はいよ。こっちだ」
ハヤテは頷き、僕とMULSを先導して拠点から飛び出した。
向かった先は最前線一歩手前のちょっとした広場だ。
敵の機関銃弾などが飛び込んできているが、致命傷には程遠い流れ弾が飛んでくるくらいの距離。
そこに、機甲猟兵とMULSが集結していた。
といっても、MULSが9機、機甲猟兵が100人ほどか?戦線に並行してMULSが平行に並び、その周囲に機甲猟兵が集結している。
僕はその中のMULSの一機として並んだ。
ハヤテと、そしてほかの機甲猟兵たちが僕の足ものへと集ってくる。
「時間は?」
「そろそろだ」
そうハヤテに聞いたとき、指揮役のプレイヤーから連絡が届いた。
『こちらCP。作戦を開始する。各員。攻撃を開始しろ』
その言葉と同時に、全体の空気が変わった。
今まで散発的だった攻撃が一斉に始まり、喧騒と爆炎が一気に広がっていく。
無人機が宙を舞い、そこからの情報で敵味方ともに前線でバタバタと倒れていくが、倒れた端から友軍がその穴を埋め、撃破されたプレイヤーは再出撃して前線へと向かっていくのがわかる。
上空では戦闘機が飛び交い、お互いの地上支援の阻止を行っていた。
作戦が始まっても、戦線は膠着して動かない。
だから、その戦局を動かすために、僕たちも行動を起こす。
ハヤテが一歩、前に出てきた。他のMULSの前にも、同様に機甲猟兵が一人出てくる。
「頼んだ」
そう言って腰のワイヤーを射出し、僕はそれを手で掴む。
ハヤテはその後に起こることに対して身構えた。
それを確認し、僕はローラーを回す。右足を前に、左足を後ろに。
起こるのは、機体中心を軸とした超親地旋回。
手に持ったワイヤーに引っ張られ、ハヤテが僕を中心に回り出す。
それはさながらハンマー投げのようだ。
機甲猟兵の機動はワイヤーアクションが主流だ。なぜなら、パルスレーザーによる推進は比較的低出力で、翼膜と合わせてもその自重を支えるのが精いっぱいだからだ。
そして、機動力を確保するには高さがいる。ワイヤーの強みを生かすためにはそれは必須だ。
但し、それは敵もわかってる。だから、機甲猟兵が強襲しそうな場所はマークされているし、その警戒ポイントの外から突撃すると、高度が稼げず速度が足りない。結果、狙い撃ちにされる。
そうやって、機甲猟兵の突撃を防ぐのだが、それを越えて突撃させる手段もないではない。
それが僕たちのやっていることだ。
機甲猟兵を、敵の警戒ポイント外から投げ込むのだ。
大砲に乗っけて人間大砲よろしく打ち込むことはできない。上空からの降下は上空の状況じゃ無理。
だから、僕たちの出番だ。
回転を続けるにつれ、徐々に機甲猟兵に遠心力がかかっていく。それはそのまま速度となり、それを打ち出す力となる。
原理的には、古代の投石機に近いかな。遠心力で速度を乗せて、打ち出すのだ。
それは古典的だが、とても効果的であり、遠心力を味方につけられる僕たちMULSの出番だった。
僕たちは機甲猟兵を打ち出した。
山なりの軌道を描き、その頂点で機甲猟兵が推進器を点火。そこから一直線に敵陣めがけて飛んでいく。
それに合わせてミサイルが一斉発射され、機甲猟兵のデコイ兼火力支援として敵陣にたたきつけられる。
そして、10人の機甲猟兵は素の真っ只中へと飛び込んでいった。
僕はそれを確認しながら、さらに一歩出てきた機甲猟兵からワイヤーを受け取る。
僕は同じ要領で回転し、そして再び機甲猟兵を発射した。
『ワーイ』
『ウェーイ』
『イヤッフー』
機甲猟兵たちがそんな掛け声と共に打ち上げられていく。
同じことを何度も繰り返し、その場にいる機甲猟兵を戦地へと送り届けていき、合計100を超える機甲猟兵が戦地へ送り込まれたとき、僕の足元に機甲猟兵が居なくなった。
これで打ち止めだ。後の機甲猟兵たちは、既に混乱状態にある敵陣地へと侵入するのも容易なので、僕たちがここにいる理由は無い。
だから、僕たちも前線に出て戦おう。
僕は機体を前進させた。
とりあえずここまで書いた。後は知らん。ボダじゃ、ボダするんじゃ。…できればね。