3-2 お祭りが始まっていた
ヘルメットについたフェイスガードを取り外し、中の顔を見せてくるハヤテ。
それはいつも見ていたハヤテのアバターのものだった。
「お前、ハヤテ。どうしてここに? 学校は?さぼったの?」
僕はちょっと混乱した。今日は平日。こいつは学校をさぼったのだろうか。
「おお、樹よ。そんなことも忘れてしまうとは情けない。お前、縮んだ?あまりのその小ささに脳の容量も足りなくなったんじゃないの?」
「おうテメェ踏みつぶすぞ」
僕は捕り付いたハヤテを捕まえようとしたが、ひらりと躱してこちらの攻撃圏外へとあっさり逃げてしまった。
「っち。んで?なんでお前、ここにいるの?平日なのに」
あっさりと逃げられたことに舌打ちしながら、僕は聞いた。
「いや、だって、今ゴールデンウィーク中だし」
ハヤテはあっさりとそう言った。
「…。もうそんな季節だったのか」
「そ、ちょうど一カ月くらい?その間お前、こっちに一切顔出さなかっただろ」
まあ、うん。その間、ずっと百錬をデータも実機も乗りまわしまくっていた。
ゲームの方も忘れていたわけじゃないが、日中さんざん乗りまわしたうえでさらにと言えるほど僕は底無しでもなかったのだ。
おまけに大矢さんに勉強を教えてもらっていたのもある。
「そしたらフレンドのログイン確認でいきなりログインしてきただろ?久々だし顔も見にきてやろうかなと。元気そうで何よりだ」
「まあ、いろいろあったけど、元気だよ」
何度も死にかけたけどね。声には出さない。
旧友との再会を喜びながら、僕は少し気になったことを尋ねることにした。
「でさ、ちょっと思ったんだけど、妙に少なくないか?」
この電脳スペースに入っているプレイヤーの数のことだ。平日ならちょっと少ないくらいたが、祝日というのなら普段に比べて圧倒的に閑散としている。
「…いっくんほんとにボケたの?大丈夫?MULS壊す?」
「壊すな。最近ずっと基地にこもってたから俗世のことが頭から消えてるんだよ」
「へいへい。何度も言うぞ?今は、ゴールデンウィークだ」
ハヤテの言葉に、ちょっとだけ頭を回す。
ゴールデンウィーク。その間に、ゲームであることといえば……あ。
「洗礼か」
「ご明察」
ハヤテは満足そうに頷いた。
洗礼。御大層な名前が付けられているが、実態は何でもない。ネットゲームでよくあるイベントのことだ。ただし、ゴールデンウィークに起こるイベントだけは特別に“洗礼イベント”と名付けられている。
というのも、とある理由で春先に新規プレイヤーが急増し、そして彼彼女らが初めて迎えるイベントが大抵この時期になるからだ。
とある理由というのは何のことは無い。非電脳化処置者の電脳化がこの時期に集中するから。
何故かといえば理由は依然話した通り、二次性徴を終えないと電脳化処置はできないと法律で定められているからだ。
基本的には電脳化処置は16歳になってからならできるが、中学卒業後にまとめて行われるのが慣例となっている。そうした方が諸々が安く済むからだとか。
結果、3月あたりから新規の電脳処置者が急増し、ゲームの新規参入者がこの時期に集中する原因になっているのだ。
そして、その間にゲームのチュートリアルを進めてゲームに慣れだした頃がこの時期になり、そしてそれに合わせて初心者向けのイベントが開催されるために通称として”洗礼“なんて名前が付けられていたのだ。
ゲームによって洗礼イベントの内容は様々だ、生産系ゲームなら自分の作ったものの品評会、一般的なファンタジー系ものなら特定イベントをみんなで攻略。
特殊なものだと先達が使い古した装備を新規組に与えて対戦したりとか。
そして、メタルガーディアンは他のゲームと結託し、専用のイベント用マルチスペースを用意してイベントを行っている。
その内容といえば、
「内容は、いつもの通り?」
「おう。新参者によるイベントスペースの完全制圧ミッションが発令されてる。もちろん、敵はみっちり有志のベテランぞろい」
これだ。
よく言えば調子に乗った奴等に冷や水を浴びせて上には上がいることを教えてあげる。
悪し様にいえば、先任による新参者に対するある種文字通りの“洗礼”だ。
この日ばかりは皆嬉々として新入りたちを嬲り殺しにしていく。
プレイヤーの中には本気でイカレタ動きをする奴もいるため、基本的にはプレイヤーにできること、できなきゃいけない最低ラインを教えるという意味もあるのだとか。
ただまあ、これだけだとあまりにも新参者にかわいそうで、かつここでプレイをやめる可能性もあるため、ルールの方がそれ向けに専用のものになっている。
内容はいたって簡単。まず、イベント用のマルチスペースにはプレイヤーの出入りが可能なリスポンポイントが複数設置されている。
初期設定は、リスポンポイントは東西南北の各一カ所のみが攻撃側の出撃ポイントで、それ以外は全て防衛側に制圧されている状態だ。
そして、ゲーム開始後にすべてのポイントを制圧してしまえば攻略側の勝ち。イベント終了まで持ちこたえれば防衛側の勝ちというものだ。
プレイ歴1年を満たない新参者は強制的に攻略陣営に配置され、それ以外は最初防衛側に配置される。
これだけ聞くと攻略側が圧倒的に不利だが、防衛側は一度制圧されたポイントは再制圧できなかったり、投入できる戦力に制限があるなどある程度の調整がされているため安心だ。
いざイベントが始まれば、最初はポイントの数に対して圧倒的に防衛戦力が足りないために新参者でも簡単に制圧でき、逆に制圧が進んでいくとポイントごとの敵の密度が高くなるために難易度が上がっていく。
なので、最初は新参者がどれだけ拠点を制圧できたかで今年のプレイヤーがどれだけやれるのかを観戦するのが先任たちのイベントの楽しみ方になり、また新参者たちの実力を測る試験と化している。
ただし、完全制圧を新参者たちだけでできるかといえば、それは不可能だ。
新参者とベテランでは技能のほかに、武装の類も圧倒的開きがある。というか、個人ごとに最適化されている。
自分の体を十全に扱える百戦錬磨の戦士たちに対して、まだ支給された装備すら満足に扱えない者たちだけで攻略なんかできるはずもない。
なので、ある程度新参者たちが制圧し、戦線が膠着し始める2日後を境に、制限が解放されて全員でイベントに参加することになる。
後はみんなでお祭りだ。新参者たちは制圧側で強制だが、友軍としてベテランたちが戦線を押し上げ立ち回りやプレイスタイルを自身のプレイで教えていったり、逆に徹底的に罠を張りまくってうかつさを教えてあげたり無効化されたり。
とまあ、これが僕たちの洗礼イベントだった。
「去年は僕たちが新参者だったよね」
「大変だったよなぁ。あれは」
僕たちは去年新参者としてこのイベントに参加していた。
それはもう大変だった。味方の戦闘機が雨あられと降り注ぎ、戦車の群れが一発も撃たずに僕たちを引き潰していく。
それでもポイントの制圧をしようと無人の場所を探し出したと思ったら、そこにはトラップの花畑。
わざわざ立体駐車場に上ったMULSが空から降り注ぎ、なけなしのチームワークで組んだ隊列があっという間に瓦解する。
歩兵を追いかけたら罠にはまり、ビルを爆破されて生き埋めにもされた。
それはもうありとあらゆる全力でもって制圧され、その実力のほどを脳裏にたたきつけられた。
まあ、そのおかげでできることがわかり、僕がトップランカー入りするための丁度いい指標になったんだけど。
まあ、昔懐かしい思い出話はそれくらいにしておこう。
「今年のはどんな感じ?」
「なかなかすごいぞ。初っ端から中央部を制圧しようとした奴らがいた」
「え、本当?」
僕はちょっと驚いた。今でこそわかることだが、このイベントにおいて、目につく拠点を片っ端から制圧してくことはあまり好ましくない。
それがどういうことかというと、イベントスペースの四隅に設けられたポイントから、近い順に制圧するのが普通だろう。
そうするとどうなるかというと、周囲をじわじわと占拠され、結果として中央部に戦力が集結してしまう。
敵としては全戦力をそこに集中することができてしまうため、結果として拠点が少なくなるほどに攻略の難度が跳ね上がっていくことになる。
対して、中央部を先に制圧してしまうとどうなるか?
東西南北に新たに中央に出撃拠点ができれば、それを起点として周囲のリスポンポイントを制圧していくと、いずれ味方の勢力範囲が広がり、結果として敵は四方に戦力を分散せざるを得なくなる。
そうなってしまえば後は簡単で、ゆっくり勢力を削っていきながら、ある程度制圧した時点で各個撃破すればいい。
制圧しただけ敵の戦力も集中するが、その時には既に集結した戦力を有効活用できるだけのリスポンポイントが無いため、完全制圧も夢じゃないのだ。
「で、制圧できたの?」
「いや。まあ、最終決戦予定地だからな。イベント開始当初から要塞化を始めている中央拠点の制圧は無理だった」
「あ、そうなんだ」
「ただその周辺部の拠点が制圧できたらしくてな。最終決戦を中央で行うにはちょっと無理っぽい。だから、今年は中規模拠点を5つ作って防衛してるみたいだ」
「中央は取れなかったけど、分断はできた、と」
「今年の新人は有能だぞ」
「みたいだね」
このゲームは個人の技能よりも、数のほうが重要なファクターを占める。
単純な話、撃って当たりさえすれば、後はライフルの数と、それを扱うプレイヤーの数が多いほど攻撃力が高くなるからだ。
ゲームを始めたての新人の頃は、どうしてもワンマンアーミーを夢見て単独行動をしたがるプレイヤーが多い。
このイベントで新規組がいいようにあしらわれるのは、基本的には連携もとれず、独断専行をして各個撃破されるのが殆どであるが故なのだ。
だから、仲間と連携し、計画を立て、実行する能力があるやつがこのゲームでは基本的に強い。
そして、今年の新人の中にはその基本を既に身に着けているやつらがいるらしい。
将来が楽しみだ。
「今はまだ新参者だけで攻略中なの?」
「いや、昨日で終わり。今は皆でお祭り騒ぎ。丁度新規の獲り残したリスポンポイントも制圧して戦線が膠着し始めたくらい」
んでよ。とハヤテが続ける。
「南西のポイントがこれから攻勢をかけるんだけどさ、ちょっと制圧していかないか?」
ハヤテは何のこともなしにそう誘う。
ゲームのプレイヤーである僕に、その質問は無粋というものだ。
「作戦は?」
僕はハヤテにそう訊ねた。
今年はいろいろと豊作だ。ゲーム的に