3-1 僕は会う
「ただいまー。」
玄関を開け、そう呼びかける。
返事はない。
僕は気にしなかった。
いつものことだ。母さんは今頃、夕食の支度に近くのスーパーにでも行っているのだろう。
父さんが帰ってくる時と同じだ。父さんが返ってくる日はいつもこうやって盛大に掃除を行い、その結果僕が帰ってくる頃に晩御飯の準備をしに買い物に出かける羽目になるのだ。
そして、今日は父さん代わりに僕がその役だった。
僕は、実家に帰ってきていた。
事の顛末は、僕たちが最初にダンジョンに突入してからさらに翌日のことだ。
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「休み、ですか?」
久々にミーティングルームに集められた僕たちは、ミオリさんにそう告げられた。
「そうだ」
ミオリさんは頷いた。
「先の作戦により、ダンジョン内の状況と、敵の情報が大量に手に入った。その情報量は当初の予定を大きく超え、現在情報の整理と分析が行われている」
僕が生きて帰ってきたからだ。
先のダンジョン突入において、僕たちのチームはその予定のタスクを処理できず、代わりに落とし穴に落ちるという形で一層下の階層の探索を強制された。
その結果、僕のいた班は僕を残して全滅。
あわや僕も同じ道をたどろうとしたところで、ミコトという少女に助けられ、何とか生きて帰ることができた。
その際にダンジョン内から持ち帰った情報は、出現する魔物が骨粉で形成されたゴーレムであることなど、今までのこちらの想定を大きく外すモノだったのだ。
「それに伴い、ダンジョン攻略における計画の修正が必要になった。それにはMULSの改造も含まれており、現行機の全てを改造に回すため、現在の状況ではダンジョンの探索は不可能という結論に至った」
魔物たちはその攻撃でMULSを破壊することは難しい。しかし、通気口を通してコクピット内に侵入し、搭乗員を窒息死させることができる。それを防ぐための改造だ。
既に大矢さんが対NBC防護フィルター搭載型に仕様変更し、既にロールアウトした機体も含めた全機が改造を受けることになっているらしい。新たなMULSの製造も並行で行われている。
「その為、貴君らには当初の予定であった突入第二陣の実機訓練を中断し、一時帰省を許可することになった」
ミオリさんはそこまで言って、ふっと息を吐いて軍デレモードを切った。
「というわけで、皆さんは来週から一週間の休暇になります。訓練は続けますが、休暇中に何をするか予定を立てておくといいでしょう」
『いやったああああああああぁ!』
「さらに、今までの皆さんの働きに対して、給料も支給されます」
『いよっしゃあああああああぁ!』
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とまあ、こんな感じだ。
正直、実家にこんなに早く帰れるとは思ってもいなかった。それが向こうの都合だとしても。
給与の方も、明細には結構な金額が振り込まれていた。正直こちらも想定外。
ただ、元自衛官の永水さんがいうには、別におかしくはないらしい。徴兵はあくまでも強制的に働かせるためであって、給料が発生しないのは強制労働というらしい。
徴兵がある国や、あった時代の国もそのあたりは変わらないとか。
余談だが、給料の内訳は、基本給が普通の自衛官と同じくらいらしい。
それに加えてMULSの操縦技能に対しての手当と、ダンジョン攻略手当で金額が嵩上げされていた。
その金額は、新入社員の初任給よりもはるかに多かった。
正直、こうした形でもしっかり結果で示してくれるとこちらとしても安心する。
国がやったことは、無理やり軍人に仕立て上げたことに対して単純にお金を払っただけだ。
ただ、死体はお金を使わない。僕たちを使い潰すつもりなら、最低賃金だけ払って義務を果たしたと言い張るだろう。
少なくとも、僕たちにはしっかりお金を使い、経済を回すこともしろと言外に言われているということだ。
つまり、僕たち徴兵されたMULSドライバーたちは道具として使い潰される目的でかき集められたわけじゃないというのがわかる。
それは、少なくとも僕には少なくない安心感を与えていた。
「まあ、そのお金の使い道がわからないんだけどね」
いまだ未成年の僕にこんなン十万も渡されても使い切れないんだけどね。無理に使おうとしたら金銭感覚がマヒして絶対に何かの依存症になる。
まあ、お金は貯えておける。何か入用になった時まで寝かせておこう。
廊下を進み、僕は見慣れたドアを開け、中に入った。
中に入ると、ちょっと埃っぽい。きれいに整頓されており、その部屋はしばらくの間使われていなかったことがわかる。
僕の部屋だ。約一カ月ぶりだ。
「ふう」
持って帰った荷物やお土産を放り出し、まずはベッドに飛び込んで一息つく。ここから富士までは結構遠い。ちょっと疲れた。
ただ、疲労困憊とは程遠い。外に出かけるのはせっかく帰ってきたのに面倒くさい。
何もしないというのも暇だった。さて、何をして暇つぶししようかな。
「やっぱ、コレか」
僕はデバイスを起動した。中にあるソフトウェアを起動する。
起動したソフトウェアは、VRMMO“メタルガーディアン”。
人型戦車、通称MULSに乗り込み戦うゲームで、僕たちが徴兵される原因になったモノ。
(MULSに乗ってきたのに、帰ってからもMULSに乗るのか)
そのことに気づき、ちょっとだけ笑った。それだけ見れば、ちょっとしたワーカーホリックだ。
まあ、命を懸けた仕事とただの遊びを同列に扱えないんだけどね。
VRMMO“メタルガーディアン”の起動プロセスが完了する。
僕は、電脳スペースの中へと没入した。
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最初に自室で機体の再設定を行った後、僕はとある電脳スペースへと出撃した。
その電脳スペースに入った時、最初に飛び込んできた情報は音だった。
爆音がMULSの聴覚センサーを叩き、揺さぶる。
それに続いて視覚情報が入ってくる。
目の前に広がる光景は市街地だ。ただし、そこかしこに弾痕が穿たれ、崩壊した建物も多い。
今もどこかで爆音が轟き、発砲音が響き渡る。たまに誰かの悲鳴も聞こえる。
さながら、どこかの紛争地帯の荒れ果てた市街地というのが表現として一番近いかもしれない。
「ここは相変わらずだなあ」
そんな呑気な言葉をつぶやき、僕はその光景に懐かしさを感じた。
マルチスペース。紛争地帯。
それが、この電脳スペースの名前だ。
僕たちが遊ぶVRMMO“メタルガーディアン”。このゲームは知っての通り、MULSと呼ばれる人型兵器を操作して戦争するゲームだ。ゲームの内容もMULSの操縦に特化されており、それ以外の不要なシステムは実装されていない。
例えば、戦車に乗ったり、歩兵になって戦場を駆けたりといった機能は存在しないということだ。
さて、以前僕が言ったことを覚えているだろうか。
MULSは貧弱だ。
戦車と対峙すればその装甲を抜けず、逆にその主砲はこちらをスパスパと抜いてくる。
歩兵と対峙すればその隠密性で発見できず、孤立してしまえばトラップを仕掛けられてあっさり無力化される。
戦闘機と対峙すれば相手のキルマークにしかならない。
これらはすべて設定として語られているものではない。全て、実話としてあるものだ。もちろん、データであるNPCを相手とした話ではなく、プレイヤーの操るキャラクターとの話だ。
気付いただろうか。VRMMO“メタルガーディアン”では戦車や戦闘機に乗ることはできない。なのに、プレイヤーキャラクターとして戦車や戦闘機が登場する。
言っていることが矛盾しているのだ。
そして、それを解消するのがマルチスペースと呼ばれる電脳スペースだ。
このマルチスペース。役割を簡単に言うとなると、それは他のゲームとの共有空間になる。
歩兵は歩兵ゲームの、戦車は戦車ゲームの、戦闘機は戦闘機ゲームの。
そう言った、複数のゲームが共有してある種もう一つのゲームを形作る。
それがマルチスペースだ。
一昔前、それこそ電脳スペースができる前のVRゴーグルとコントローラーを使用していた頃のゲームではそんなことはできなかったらしい。ゲームの根幹を成すシステムがゲームごとに特徴づけられていたため、そんなことはできないのだとか。
じゃあ何で電脳スペースではそんなことができるのかといえばそれは簡単な話で、単純にゲームを構成する根幹システムが共有化されているからだ。
その共有されている根幹システムとは何かといえば、それは“現実”だ。
電脳スペースに僕たちの意識を飛ばすには、その負荷と違和感を抑えるために僕たちを構成する物理法則が必要になる。
そして、その物理法則こそがこの電脳スペースを構成する根幹システムであり、ゲーム以外の全ての電脳スペースで共有されているものだった。
プレイヤーを動かすシステムは違うかもしれないが、それは自分のキャラクター分だけで済むし、他のキャラクターのデータは基本的に外側のテクスチャのみで済む。攻撃の類も基本は機動データと速度のみで済むし、被弾したときにだけそこからさらにダメージ計算をすればよく、それも結局は物理法則の共有化によりデータのやり取りが容易だった。
その為、僕たちの社会ではゲームのリンクというのは比較的容易だった。ファンタジーの世界でSFメカが動き回ることもできるのだ。
そして、僕のいるこのマルチスペース、紛争地帯はその中でもミリタリーなゲームが集まって構成された電脳スペースだった。
簡単に言ってしまえば、あまりにもSFやファンタジーなゲームと共有化してしまうとバランスやイメージが崩壊するので、それを避けるための措置だ。
その中でも紛争地帯と呼ばれた電脳スペースはプレイヤー同士の交流を目的としたスペースで、特にこれといったルールも、管理もない。
おかげでこのようにそこかしこでプレイヤーが暴れまわる混沌空間と化していた。
無差別にトラップを仕掛ける人、ペイント弾で壁にイラストを描くもの、弾痕でイラストを描くもの、目につく奴らを片っ端から撃ち殺していくもの、非殺傷武器でとにかく気絶させていくもの、何でもござれ。このスペースを作ったやつは絶対にこうなることがわかっていたんだろうな。何せ、紛争地帯と名付けたわけだから。
まあ、それでもプレイヤー同士である程度の秩序がマナーとしてあるのが救いか。
とにかく、そんな場所に僕は来ていた。特に何をすることもないし、ここではたとえ撃破されても何のペナルティもない。ここ一カ月やっていなかったので、リハビリも兼ねてここへ来ていた。
中の様子は相変わらずだ。若干、プレイヤーの数が少ないくらい?
そんな時、横から接近する物体をMULSが感知した。
それは早く、こちらの反応が追いつかない。
それは僕のMULSに捕り付いた。胴体上部、頭部に捕り付いたため、その姿が大映しで移される。
それは全身を現代風の甲冑に身を包んだ歩兵だった。
「よう。久しぶり」
その歩兵が声をかけた。ここ一カ月聞かずにいた、けどよく知っている懐かしい声。
「ハヤテ!」
僕の学友、そして悪友。南雲疾風がそこにいた。
というわけで再開します。けどゴメン。すぐに失踪するかも。
僕が悪いんじゃないよ? あの会社が悪いんだ。