1-3 ランクを上げる
かるーく戦闘回
ドコココココココッ!
軽快な破砕音が左手方向から発せられる。回避行動をとった自機のいた場所に鉛の雨が飛び込み、通過してその先のコンクリート壁を削り取っているのだ。
鉛の雨の発生源は開けた道路の向こう側。先ほどの銃撃はお互いを認識した“あいさつ代わり”なのだろう。こちらを追撃するでもなくあっさりと出てきた路地へと飛び込んでいた。
追うようなへまはしない。敵の武装は、軽快な発砲音と連射レートから威力を犠牲にして発射レートを上げたサブマシンガンなのがわかる。これらはもともと非装甲、軽装甲のターゲットを標的にした非対称戦用の装備だが、中程度の装甲を持つ対MULS戦でも非装甲部位であるセンサ類や関節部への攻撃でその機能を無効化ないし低下できるうえ、至近距離なら攻撃を集中して装甲を破砕することができる。
要約すれば、近距離戦に強い装備なのだ。むやみに追いかけて曲がり角で待ち伏せされて、そのまま撃破されることがわかっていて追いかけるわけにはいかない。
こちらも路地へと身を潜ませる。
「逃げてすぐ引き返さない。しばらく敵は仕掛けて来ないか。」
ひとまず敵は逃げた。誘いに乗らなかったからといって、挑発に警戒しているこちらにそう時間をおかずに仕掛けてくることはないだろう。しばらくはやってこないはずだ。
「敵の情報を確認しないとな。」
そう言いながら、僕は機体のディスプレイに先ほどの機体の画像を表示した。リアルタイムで録画されているメインカメラの映像から、先ほどの邂逅時の画像を出力したのだ。
「軽い発砲音と高い連射力。サブマシンガンは決定的。」
それなりに鮮明な画像では、敵の情報もよくわかる。
両腕には小さな箱上の何かが持たされている。まず間違いなくサブマシンガンで、画像の方もそれを裏付けていた。
そして、両肩に丸い膨らみの追加装備。
「誘導弾? 投擲弾?」
いや違う。そのふくらみから伸びた二つのチューブの先がサブマシンガンについている。
「ドラムマガジン。弾薬量を底上げしているのか」
敵は重度のトリガーハッピーらしい。まあ、間違った選択じゃない。
サブマシンガンは少ない火力で瞬間火力を稼ぐために高レートの発射間隔に設定されている。必然、それだけ弾をドカ食いするので、半端な弾薬保有量じゃすぐに息切れするのだ。
この機体の場合、それを二丁装備なのでさらに悪い。あっという間に尽きる継戦能力を補うためには、増設で弾薬量を底上げする必要があるのだ。
「軽量MULS向けの蹂躙装備? 機体の方は・・・?」
今度は機体の方に注目する。こちらはこれといった特徴のない人型二脚。外見から、軽量高機動向けの、ほどほどに装甲厚を減らした、けどやっぱり防御力も欲しいよねと欲張ったような”なんちゃって高機動機”に分類される代物。言い方はアレだが使用するユーザーは多いことをフォローしておく。
こいつは標準的な機体に比べると、やっぱり装甲の薄さで撃ち負けることが多い反面、機動力の面では軍配が上がる。そこに、それなりにはある装甲が加わり撃破される前に逃げ切るという機会が多くなる。
逆に軽量高機動機と比べると、装甲の厚さで撃ち勝てるし、相手の動きにそれなりについていけるので逃がさない。
装備の方は先ほどの通り。
つまり、まとめるとこうなる。
「非装甲、軽装甲狩りに特化してそれ以上は逃げるか奇襲する。」
なかなか姑息な奴である。悪くはないが。
さて、相手の戦術はわかったが、じゃあどうやって動こうか。こちらの装備は何だったっけ?
武装はいつも通り、左手に20㎜の標準的な機関砲。右手にシールド。右側の下肢に増設したハードポイントに、剣状の近接武器を固定している。肩武装や背部装備は装備しない。
機体の方も、ごくごく標準的な人型二脚。そこそこ厚い装甲にそこそこ早い機動性。RDの加速性が非常に悪い以外はまあどれもそこそこな器用貧乏。もとい、全状況対応型な機体だ。
さて、どうしようか。
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聴覚センサが敵を捉えた。
十分に加速した敵機はまっすぐにこちらへと直進している。通路のど真ん中を派手に、だ。
敵が先に補足したのに、そのアドバンテージを潰すような戦術。罠か?
まあいい。こっちのペースに引き込めばいいだけの話だ。
すぐさま路地裏に身をひるがえす。しばらくして、敵は何の躊躇もなく同じ場所へと飛び込んでくる。もらった!
敵が飛び込んできて、目の前を通り過ぎる。全周確認用のセンサーがこっちを捉えただろうが、もう遅い。
「こ、ん、に、ち、わぁ!死ね!」
肉薄、射撃。敵の斜め後ろから、衝突しろとばかりに前へと前進し、両手のサブマシンガンから射撃を開始する。狙いはつけない。敵の方さえ向いていれば当たる。
敵の反応は早かった。前進から即座に右足のRDを停止、逆転。左足はそのまま。結果は機体の右旋回。
その結果右側面をこちらに晒すことになるが、そこにはシールドが装備されている。こちらの射撃を防ぐつもりだ。サブマシンガンの火力はどうあがいてもシールドを突破することはできない。有効だ。
が、それはシールドに守られている部分の話。腕を保護する程度の大きさしかない。それではその巨体を隠すことはできない。こちらを見ている頭部を打ち抜いて視界不良にしてやろうか、それとも脚部の出力ユニットにダメージを与えて歩けなくしてやろうか。
口角が上がる。舌で唇をなめる。さて、どう料理してやろう。
そう思った矢先。敵が動いた。さらに右旋回。
こちらに正面を晒すつもりのようだ。すばらしい。やっぱり胴体の装甲を破壊し、コクピットを穴だらけにするのが一番いい。
この距離は私の距離。敵の火器がこちらを破壊する前に、こちらが敵を破壊する。
さらに敵は右旋回徐々に正面が晒されていく。その速度はゆっくりとだが加速している。
早く、早く!さあ、早くこちらにそのbodyをこちらに晒すのだ!隠すなんてもったいない!焦らすな!もう待てないぞ!
そして敵が正面を向く。そのbodyを、その中心にある搭乗員が晒される。
「守ってばかりじゃ勝てないもんなぁ!負けんけどな!」
どこへとかける訳でなく、思わずそう叫んだ。いかん。興奮する。まあいいや。
射撃開始。敵のbodyの装甲はこちらの銃弾を軽快に弾いている。問題ない。予定通り。
どうせ敵は、せいぜいが35mmの単射砲くらいしか持っていない。十分に競り勝てる。
そして敵は旋回したまま、左手に目を向ける。それは回転の外側に、遠心力に逆らわないように外へと向いている。つまり、左手を振りかぶっていた。
そこには銃ではなく、剣が握られていた。
血の気が引いた。
射撃は中止。即時後退。間に合わない!
旋回の加速も合わさり、敵の一撃がこちらを襲う。幸い、機体そのものには大した損傷が無かった。が、もちろんただでは済まなかった。
ひしゃげた銃が左手方向の彼方へすっ飛んでいく。右手のサブマシンガンが、敵の攻撃に当たり破壊されたのだ。純粋に、火力が半分になった。
「ふひ、ふひぃ…。いひひひひひひ…」
やばい。楽しい。私はゲームを楽しんでいるのだ。ここで決着がつくのは面白くない。
慌てない。まずは距離をとる。敵に射撃武器がないなら徹底的に引き打ちして嬲り殺してやる。
敵はどう動くだろうか。
敵は勢いを殺さない。もう一度右旋回。左手は振りかぶっている。もう一度、切りかかるつもりだ。
馬鹿なのか? 機動性はこちらが上。すでに後退して間合いの外。当たるわけがない。
敵はこちらのツッコミも気にせず旋回中。そしてもう一度正面を向く。
敵は剣を投げつけた。
「フヒィ!?」
思わず叫ぶがどうにもならない。敵の剣はこちらにまっすぐ飛んでくる。見てから回避?このゲームでそんなん出来るか。
それはこちらの左足に当たった。
鉛玉とは比較にならない超重質量。それはたやすくこちらの装甲を割り砕き、中のフレームや出力ユニットを切り進む。
止まった時には、左大腿部をすっぱりと貫通していた。
当然、左足の力は失われる。バランスを取ろうとするも。無理なのはわかっている。
結局、私の機体は尻餅をつくように擱座してしまった。
敵は旋回をやめていた。左手に残った銃で照準、射撃。
シールドを掲げて防がれてしまった。構うか、撃ちまくれ。センサーを破壊すればまだ持ち直せるはず。
敵は左足のハードポイントから、標準的な20mm機関砲を抜き放つ。そしてRD。
こちらに距離を詰めてきた。
「ッチ!」
照準を頭部から脚部へと切り替える。近づかれればその分マトは大きくなる。目をつぶってても当たるのだ。ついでに威力も大きくなる。どっちにしろ装甲は抜かれるのだが。
クソが、判断が遅かった。破壊する前に肉薄された。
前に掲げたシールドを、敵は左に振りぬいた。その先にはこちらの左手。つまり、残ったサブマシンガンが外へと弾かれた。
ゴリッという音がコクピットに響いた。モニターには敵のMULSが画面いっぱいに映っている。その手には機関砲が握られており、それは画面の少し下、頭部の下にあるコクピットに押しつけられている。
「イヒヒヒヒ…。ヒハッハハハハハハハ!」
思わず笑い声が出た。ここまで完璧にやられたのは久しぶりだ。
「ハハハハハアッ。お見事ぉ!」
敵は射撃した。装甲は意味を成さず、チカリと目の前が光ったと思ったらすぐに暗転した。
負けたのだ。楽しかった。
あと1話でテンプレートはおしまいです。本編頑張ります。