2-25 約束
ダンジョン内で遭難した後の詳細を報告し終えた時には、既に夕日も沈み、月が僕を元気に照り付ける時間になっていた。
夕食もとっていない。遭難中は昼食もとっていなかったので、僕のお腹は栄養を寄越せと元気に腹をよじらせていた。
既に食堂はその機能を停止し、ご飯が出てくることは無い。
しかし、ミオリさんから携帯糧食を支給されたので、今日はそれが晩御飯だ。
僕は、食堂のドアを開けた。
「おかえり」
そこには、大矢さんがいた。せわしなく手を動かし、目まぐるしく視線を動かしている。
何かに集中して作業をしているところらしかった。
「何してるんですか?」
「エロデータのモザイク消し」
「ここでしないでください」
大矢の馬鹿は相変わらずだった。
かっかっかと大笑いする大矢さん。
「冗談だよ。百錬の仕様修正に伴って図面が変わるからさ、その図面の作成」
「図面ですか?」
「そう。君の報告で、骸骨が通気口から侵入してくるってあっただろう? それ対策+NBC防護用にフィルターを追加することになったのさ。他にもあるけど、主だったのはそれだね」
そこで、大矢さんの目が僕の手元を注視する。
「今から晩飯かい?」
「ええ、朝から何も食べてないので」
「じゃあ、飲み物を取ってこよう。座ってなよ」
「いいですよ、自分でします。大矢さんは作業に集中した方がいいんじゃないですか?」
「ちょっと休憩するくらいさせてよ」
そう言って、給湯器の方へと向かっていく大矢さん。
しばらくして、3つの紙コップと袋をもって帰ってきた。
紙コップの二つはお茶。もう一つは水。
「ほい。加熱用」
そう言って、大矢さんはレーションの中に水を入れた。
中にある加熱剤が発熱し、10分もすればあったかいご飯が食べられるだろう。
「んで、できるまでコレ食べてなよ」
そして、袋を渡した。中は菓子パン。
僕はすぐに取り出し、あっという間に平らげた。
大矢さんからお茶を渡され、それをゆっくりと飲む。
ひと心地がついた。
「妹のこと。ありがとうな」
そのタイミングを見計らって、大矢さんがそう言った。
妹、誰のことだ?
一瞬そう思ったが、すぐに思い至る。大矢さんより若く、そして女性。その上で、大矢さんが僕にそう言う可能性のある人物。
「ミコトさんのことですか?」
「うん。何だ、あいつやっぱり姓の方は名乗らなかったのか」
「やっぱり?」
「まあ、私の妹って、進んで言いたいかい?」
「…わかっているなら馬鹿な事は控えたらいいんじゃないですか?」
「そりゃ無理だ」
即答する大矢の馬鹿。あっはっはと笑いまでついてきた。
しかし、不意にその笑い声が消える。
「本当にありがとう。正直、死んでも不思議じゃなかった。本当に、ありがとう」
大矢さんはそう言う。実際、一度死にかけた。死ぬ機会は山ほどあった。
大矢さんがそう言うのも不思議ではなかった。
「一つ、質問良いですか?」
僕は、疑問に思っていたことを聞いた。
「なんだい? 答えられる範囲なら答えるよ?」
「ミコトさんがMULSのプログラムを作ったって、本当なんですか?」
彼女が嘘を言っているとは思えなかった。
けど、彼女がMULSの制御プログラムを作る動機が無かった。
僕たちみたいなメカオタクならともかく。彼女がそうだとは、…思えなくはないが、考えにくかった。
「…あいつは、そんなことまで話したのか。」
「はい。それで、その話は本当なんですか?」
「……その質問に答えるには、はいといいえの二つだけじゃ答えられないな。そうだと言えるし、違うとも答えられる」
なんとも煮え切らない、答えにならない答えを言う大矢さん。
「どういう意味ですか?」
「プログラムを作ったのは、彼女だ。けど、それを作らせたのは、私なんだよ」
大矢さんは、はっきりとそう言った。
「私は物理専門でね。メカトロニクスや人工知能、プログラミングはその構造や理屈は理解できても、実際にそれを構築することはできないんだよ」
「……そして、彼女はプログラミングができた」
「その通り。昔からそういったのが得意でね、つい頼んでみたんだよ。“MULSのプログラムもやってみない?”って。そしたら、見事に作り上げてしまった」
「じゃあ、彼女に責任は…」
「責任? あるわけないだろう? まったく、馬鹿な妹だよ。全部私のせいにすればいいんだ。あいつが自分で作りたくて作ったものじゃないのに、そんなことまで自分のせいにしなくていいのに」
大矢さんの言葉は、後ろ半分はすでに僕の耳には聞こえていなかった。
僕は席を立つ。
「ちょっと、出てきますね」
僕のその様子に、大矢さんは少し驚いた顔をしたが、納得したように頷いた。
僕は、食堂を飛び出した。
僕はミコトさんを探した。幸い、それはすぐに見つけることができた。
彼女は外にいた。野ざらしで膝をつき、月の光を浴びながら佇むMULSの前で、静かにそれを見つめていた。
ヘッドギアを外した頭は髪を肩口で切りそろえられており、それが月明りできらきらと反射している。
その後ろにいる鋼の巨人と相まって、その光景はなかなかに幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「ミコトさん」
僕は、彼女に近づいた。
「樹君」
「なにしてるの?」
「何もしていない。ただ、見てた」
彼女はそう言った。そして、しばしの静寂。
僕は、その静寂を破った。
「ミコトさん。僕は、離隊が許可された」
僕が食堂に入る直前のことだ。ミオリさんに、そう言われた。
『ダンジョンの事故によるトラウマで、再度の突入は不可能』
そういうことにすることで、合法的に徴兵から逃れようという魂胆だ。
そして、それは様々な思惑が絡み合い、実現が可能なことだった。
「そうなの!? よかった!」
ミコトさんが嬉しそうに言う。
僕はそれに、同じように喜ぶことはできなかった。
「ミコトさんは、どうするの?」
僕はミコトさんに聞いた。僕はここから出ていけるが、彼女はどうするのか。
「…私は、変わらない」
ミコトさんはそう言った。
「ここでMULSに乗って、テスト品をテストして、ソフトウェアをアップデートしていくだけ」
「そして、またダンジョンで何かがあった時。君はダンジョンに飛び込むわけだ。僕を助けに来た時のように」
ミコトさんが固まった。
そうだ、彼女なら、そうするはずだ。大矢さんの会話で僕はそう確信した。
彼女はたぶん。それをやめない。それをやめることができない。
理屈で理解することができても、心から納得することができないのだ。
だから、たぶん、同じことをする。
「たとえそれで、死んだとしても」
「そう、ね。たぶん。樹君の言う通りだと思う」
ミコトさんは、それを肯定した。
「私は納得ができない。どれだけ言葉を言われても、私自身が納得できない。どれだけ理屈の正しさを突きつけられても、詭弁にしか聞こえない」
ミコトさんはそう言った。
「樹君。ごめんなさい。あの時言われたことはうれしかった。だけど、それを受け入れることができない」
「だから、“次”があったらまたするのか」
「……ごめんなさい」
頭を下げてそう言うミコトさん。
「謝らなくていいよ」
僕はそう言った。
そうだとも。彼女はやめない。何かがあれば、率先してその問題に突っ込んでいく。
それを彼女はやめられない。止まらない。
だからこそ
「僕もそこに、付いていくから」
僕はそれについていくと、そう決めた。
「……え?」
僕の言葉を予想できなかったのか、呆けた顔をするミコトさん。
僕は繰り返した。
「君が無茶をするなら、僕はそれについていく。君が死地に飛び込むなら、僕も一緒に飛び込んでいく。君が危険な場所に行くのなら、僕はどこまでもついていく」
「そ、そんなの駄目!」
ミコトさんは僕の言葉に、慌てて静止の声をかける。
「そんなの、ダメ。私のせいで、樹君が危険な目に遭う必要なんかない」
ミコトさんはそう言う。
「知ったこっちゃないよ。僕は君についていく」
知ったこっちゃなかった。
目の前で、ミコトさんの表情が目まぐるしく変わっていく。
ミコトさんが危険を冒して誰かを助けようとすれば、僕を危険にさらすことになる。
僕を危険に巻き込まないようにするには、ミコトさんは見捨てないといけない。
その矛盾を解消しようと、彼女は必死で頭の悩ませていた。
その目まぐるしく変わっていく表情に僕はおかしくなり、彼女を愛おしく思った。
ぼくは、このころころと変わる表情を見ていたい。
ずっとそばで、見ていたい。
ああ、恋に落ちるというのはこういうことを言うのか。
「あはははははっ!」
「樹君、笑っている場合じゃない!」
僕は笑った。彼女は怒った。
それすら、僕には楽しかった。
「ミコトさん。確認したいことがある」
僕は、ミコトさんにそう訊ねた。
「……何?」
思いっきり笑われ、若干不機嫌になったミコトさんが応える。
「今日、ミコトさんがダンジョンに飛び込んだ時。君一人で、ダンジョンから脱出できたと思う?」
ミコトさんは、ますます眉にしわを寄せた。
「たぶん。無理」
ミコトさんは、顔を渋らせてそう言った。
僕は、それに追加で疑問を投げかける。
「じゃあ、何で僕たちは脱出できたんだろうね?」
彼女の顔がさらに険しくなった。
「樹君が、いたから」
彼女は絞り出すようにそう言った。
僕はその言葉が聞きたかった。
「そう、僕がいたから。単独じゃなく、チームを組んだ。だから、生きて脱出できた」
だから、
「僕は君についていく」
一人だと彼女は死ぬだろう。僕がいれば、それは防げる。
危険かもしれない。けど、彼女の無謀を許すつもりはない。
本来ならそんな無謀なことをさせないように止めるべきなのかもしれない。
けど、僕がここにいるのはその彼女の無謀の結果だ。
彼女の行動の結果である僕に、彼女を止める意志は欠片もなかった。
だから僕はついていく。MULSに乗って、目につく脅威を叩き切る。君が安全に動けるように。
「君が胸を張って、自分の責任を果たしたと思えるまで」
だから、
「ミコトさん。僕を、君のそばにいさせてほしい」
僕は、ミコトさんに手を差し出した。
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ミコトは逡巡する。樹の手を取ることは、樹を危険にさらすということだ。
しかし、樹がいなければ、ミコト自身を危険に晒す。
どちらを選べと言われても、選ぶことができなかった。
なにより、彼女は今選ぶどころじゃなかった。
樹の言葉が、彼女の中で反芻される。
(なに、その、ま、まるで、プロポーズのような……っ!?)
未だ少女の域を抜け出ていない彼女にとって、また今まで一度もその手の経験をしてこなかった彼女にとって、その事実はあまりにも刺激が強すぎた。
顔に血が集まるのをミコトは感じた。そして、それに不快感を持っていないことも。
それを喜べたのかはわからない。しかし、不快では絶対にありえなかった。
パンクしかけた頭で必死に物事を整理する。
ダンジョンに一人で突入することは、樹の言う通り無謀だ。
その上で、彼がいれば危険ではあれど、少なくとも無謀ではなくなる。
合理的に言えば、受け入れても問題は無い。というか、受け入れるしかない。
しかし、それは樹を危険に巻き込むことになる。
それは許したくなかった。自分のわがままに、彼を付き合せるつもりは毛頭なかった。
だが、樹はミコトが何と言おうとついてくるつもりだった。その先に何があっても、だ。
それは、しっかりと伝わった。
なら、まあ、うん。
(受けた方が、放置するよりも安全)
そう、安全だ。勝手についてこられて、勝手に動かれて勝手に死なれるよりも、事前に連携ができた方がよほど安全だ。
絶対に、樹にそばにいてほしいとか言った感情は無い、はずだ。
ミコトは自分に、そう言い聞かせた。
「そ、その。これから、よろしくお願いします」
ゆっくりと、若干怯えを含んだ感じで、樹の手に重ねられる。
樹はそれを見て、安堵の表情を浮かべた。
「ありがとう。これからよろしく」
樹がそう言う。
二人の約束を、MULSと月明りだけが静かに聞いていた。
はい、というわけで歩行戦車でダンジョン攻略。これにて一区切りとさせていただきます。
長かった。ちゃちゃっとかけるだろうと思っていたら年を越しそうになってしまいました。
書いてくほどにいろいろ気になることが出てくる始末。たまんねぇー。
けどもういいや、好きに書きます。自分の欲望の赴くままに、好きに書いていきます。細かいツッコミ?知ったことか。
まあ、書くのは年明けにね。
話はまだ続けるつもりですが、話をどうつなごうか考えてるので少なくとも正月は更新しません。はい、建前です。疲れた。遊びたいんじゃ。
来月できればいい方かな?
歩行戦車でダンジョン攻略、コンセプトはヴァンツァーで攻略する世界樹の迷宮。まだまだ続けていくつもりです。まあ、ゲーム的に言えばまだまだガチでチュートリアルしか終わってないので、やめさせたくはないです。
失踪するかも?しませんよ。しないかも、するかもしれない。まあ覚悟はしておけ。
貴方は続きを待ってもいいし、待たなくてもいい。
では、皆さまご愛読ありがとうございました。よいお年を。