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歩行戦車でダンジョン攻略  作者: 葛原
チュートリアル
28/115

2-24 結果


「君が責められるいわれはない」


呆けている彼女に、僕は重ねてそう言った。

彼女は自分を責めていた。

自分の行動の結果で、僕が危険な目に遭い、彼らが死んでしまった。

そして、同じことがこれからもずっと起きていくかもしれない。

それが、自分の行動の結果で起きたことだと、自分の責任だと。

そう思い込んでいる。

僕は、それが間違っていると断言した。


「なん……で……?」


いきなりの言葉に、何を言われたのかわからないのか、辛うじてそれだけを口にするミコトさん。

だから、僕ははっきりと言った。


「僕が死にかけたのも、山郷さんたちが死んだのも、他のMULSドライバーが徴兵されたのも、全部。それは君のせいじゃない。」

「嘘っ!」


ミコトさんが声を荒げた。


「そんなの嘘に決まってる! 私は、私がMULSの制御プログラムを開発した。それが無ければ、MULSが現実になることもなかった。ゲームとしてさえ、社会に出てくることも無かった! それが無ければ、貴方たちが徴兵されることもなかった!」


頭を抱え、取り乱し、今までその心のうちに抱え込んできていたものを、吐き出すかのように喚き散らす。


「私が作ったのは、人殺しの道具なの!」

「そうだよ」


僕はそれを肯定した。

ミコトさんは僕の返答に一瞬キョトンと呆けた顔をする。そして、般若のように顔を怒り一色にし、僕につかみかかってきた。


「じゃあ何でそんなことを言うの。なぜ、私が悪くないって言えるの!」


そう怒鳴り散らし、そこで限界が来たのだろう、顔をくしゃくしゃにして泣き出し、僕の胸で泣き出してしまう。

僕は肩に手を置いたまま、されるがままに胸を貸した。


「君がゲームで作ったのは、現実でも通用する陸戦兵器の制御プログラムだった。それを、君は開発してしまった」


しばらくして彼女が落ち着いたのを見計らって、僕はそう口にした。

その言葉に、びくりと肩を震わせる。

僕はその肩を撫でて落ち着かせながら、言葉を続けた。


「けど、君がしたのはそれだけじゃないか」


僕が続けた言葉に、ミコトさんは疑問符を浮かべる。

僕は苦笑しながら、言葉を続けた。


「君がしたことは、道具を一つ、作っただけなんだよ。あの人風に言えば、道具の作り方を、君が見つけただけに過ぎない。MULSの正式名称。わかるよね?」


僕は彼女の返答を待たず、答えを言う。


「Multi Unit Link Systems。日本式に言うと、多目的高性能機械の統合制御システム群。ゲームの設定では、これは元々産業用に開発された代物だったでしょ」


林業や解体業用に、ショベルカーの先端部のアタッチメントを容易に換装して作業効率を上げようと画策したのがその原点。

その内にショベルのアームが双腕になり、傾斜地の登坂用に腰を持つようになり、そして足がついて今のMULSの原型が出来上がった。

それを戦闘に転用し、発展したのがゲームにおけるMULSだ。


「道具っていうのは、使い方次第って。よく言うでしょ。君が作ったMULSの制御プログラムは、ちゃんと使えば立派な工業製品だ」


道具は道具。それ単体では人を殺すことはできないのだ。


「でも、私が作らなければ、国も徴兵なんて選ばなかった」


彼女はそう言う。


「その通り」


僕は肯定した。


「だから、悪いのは国なんだよ」


僕はそう言い放った。

僕の返答に、あんぐりと口を開けて呆然とするミコトさん。なかなか可愛い顔をしていた。

…コホン。僕は続けた。


「国が悪いんだよ。僕たちを徴兵してダンジョンに放り込んだのは、日本というこの国だ」


それを選択したのは、日本という国だった。


「そしてそれを黙認し、沈黙し傍観し。なるに任せて僕らの徴兵を肯定したのがこの国の国民だ。誰が悪いって? 悪いのは、この国の国民共全員なんだよ」

「そ、んな…事…」

「ああ、もっと言えばダンジョンが悪い。あんなものがこの世界に来なきゃこんなことにはならなかった。もしくは気を利かせて引きこもっておとなしく資源だけ差し出してれば、こんなことにもならなかったかもね」

「そんなこと、やっちゃ駄目!」


僕の言葉に、否定の言葉を投げつけるミコトさん。


「そんな、人のせいにするようなこと」


目を泳がせながら、自分に言い聞かせるように言う。

僕はそれを愛おしいと思った。

彼女は真面目なんだ。ドがつくほどの大真面目。

真面目だから、自分のやったことに責任を感じている。

それを、その責任を、どうにかして果たそうと頑張っていた。

それがとても愛おしく、そして、僕はそれをどうにかしたかった。


「人のせいにして何が悪い」


僕はそう言い切った。


「え?」

「ミコトさんが、何で国と国民が選んだ結果にまで責任を持たないといけないのさ」

「え…と……それ…は……」

「それこそ責任転嫁だよ。そいつらこそ、自分の責任を人のせいにしているんだ。国と国民の全員が、それをたった一人の人間に背負わせてスケープゴートにしているだけだ」

「だけど、それを拒否した人だっている!」


ミコトさんがそう言う。

確かに、徴兵に声をあげた人がいる。最後まで反対した人もいただろう。

けど、


「僕は今ここにいる。それが結果だ」


結果が全てだった。頑張ったという結果が欲しいだけだったのなら、それこそ責任逃れのためのポーズでしかない。


「結果が伴っていない以上、他の人と同じくらいの責任はあるんだよ」

「そ……んな……」


呆然と、ミコトさんは声にならない声を出す。


「それにね、」


僕は、それに構わず言葉を続けた。


「僕にだって、責任はあるんだよ」

「…え?」

「僕の行動次第で、山郷さんたちは生き残っていたんだ」

「それは、どういう…?」

「ミコトさんも、記録は見ただろう?」


山郷さんたちが襲われたとき、三体の敵を倒しきれずに取りつかれ、殺された。

火力が足りなかったからだ。あと一門。火器を使えれば全員生き残ることが出来たはずだ。

MULSがあと一機、あの時動かせれば全員が生き残ることができたはずだったのだ。

つまり、


「僕が落下の衝撃で意識を失っていなければ、山郷さんたちは全滅せずに済んだんだよ」

「っ! それは違う!」


ミコトさんは、声を荒げて否定した。


「そんなの間違ってる! そんな、そんなこと言っても仕方がないじゃない! そんなことが責められていいはずがない!」


彼女ははっきりとそう言った。


「そうだろうね」


僕は肯定した。


「だから、君は悪くないんだ」


だから、僕はそう言い放った。


「ゲームで遊んでいたら徴兵されるなんて、一体誰が予測できるのさ。そんなことで、君が責められていいはずがないんだ」

「そんな、そん…な…」


うわごとのように呟く彼女を、僕は抱きしめた。

頭をなでながら、言葉を紡ぐ。


「別に、君に責任がないわけじゃないよ。ただ、他の全員にも同じだけの責任はあるんだ」


だから


「必要以上に、自分を責めないで」


僕は、それが言いたかった。


「っ、ふっ…く。……」


僕の肩が濡れていく。


「あああああああああああ」


彼女が落ち着くまで。僕はその、あまりにも細い背中を抱きしめ続けた。


-----------------------―――――


それからしばらくが経った。


「落ち着いた?」


僕は、ようやく泣き止んだミコトさんにそう聞いた。

目元は赤く、鼻も赤く、未だにスンスンと鼻を鳴らしてはいるが、その目はしっかりとこちらを見ていた。


「うん。ごめんなさい。ありがとう」


ミコトさんはそう言う。

多少なりとも、気持ちの整理はついたみたいだ。


「これから、どうする?」


ミコトさんは聞いてきた。

僕たちのMULSは、両方とも足が壊れて歩行不能。僕の機体に至っては腕もボロボロ。

弾薬は残さず使い果たしたし、予備の部品も何もない。


「歩いていくしかないだろうね」


MULSに乗っていく手段はもう残されていなかった。


「敵は、どうするの?」


道は未だ半分を過ぎてもいない。場所は未だ第二階層。

あと一階層分。今までと同じ道のり分を進まなければならなかった。

当然敵も湧いて出てくる。特に、上に上った直後。


「逃げるしかないだろうね。もしくは敵が湧いていないことを祈るしかない」


望みは薄いが、やるしかなかった。


「ごめんなさい。私のせいで、MULSが壊れて…」

「ミコトさん」


僕は言いかけた彼女の言葉を遮った。


「それは無しだ。君を助けるための必要経費だった。だから、君のせいじゃない」

「…うん」


納得はできないのだろうが、ミコトさんはそう答えてくれた。


「とりあえず、上に行こう。ここにいても仕方がない」

「そう、ね。わかった」


そう言い、一歩踏み出した時のことだった。

後ろから、何かが蠢く音がする。地面にある、骨粉が擦れ合う、ここ最近よく聞く聞きたくない音。

音のする方は、先ほど僕が殴り飛ばしたコアの落ちた場所だった。


「化け物め、もう再生を始めたのか」


コアになるまで剥いてやったというのに、やっぱりアレだけじゃ倒したことにはならないらしい。

心なしか、表情のないそこには憤怒の表情が伺える。はは、ブチ切れたのか? ざまあみろ、あっはっはっはっは。


「逃げるよ!」


僕はミコトさんの手を取った。泣きはらした目じゃ、よく見えないだろう。


「逃げるって、どこへ!?」

「上に行く! ここにいるよりはまだましだ!」


僕たちは走り出した。

ちらりと背後を見ると、骸骨が上半身を再生したところだった。

そのまま、両腕を使ってこちらへと這ってくる。

完全な再生よりも、こちらの殲滅を優先したらしい。

その速度は、僕たちよりも早かった。


僕たちは駆ける。上の階層への入り口まで、もうあと少し。

けど、背後からは今にも辿り着きそうな距離で這いずる音が聞こえてくる。


そして、僕たちが上層への入口へたどり着こうとしたとき、そこから“ソレ”がやってきた。

形は人型。だけど、それは人の骨格をしていない、異形の巨人だった。

目に当たる部分からは赤い光を発し、それが目だというかのように、それはこちらをじっと見つめていた。

両手には武器を持ち、片方には盾、もう片方には、剣状の細長い武器を持っている。

“ソレ”が、僕たちを認識したのが、直感的にわかった。手に持つ武器をこちらへ向ける。


「伏せろ!」


僕は叫び、ミコトさんを押し倒し、覆いかぶさった。

“ソレ”が攻撃を開始する。

空気の震える音が響き、暴力がこちらへ突き進む。

それは僕たちの方へ突き進み、…そして僕たちの頭上を飛び越え、今にも僕たちに襲い掛かろうとしていた骸骨へと突き刺さった。

一発ではない。二発、三発。立て続けに突き刺さる。20㎜機関砲弾の重質量。

やがてそれが胸部へと辿り着き、打ち砕き。内部のコアが破壊され、その骸骨は物言わぬ骨粉になり果てた。


僕は、目の前の異形の巨人を見る。


大きく張り出した肩に足。胴体と腕は細く見えるものの、決して華奢ではない。


「MULS」


それは人類がダンジョン攻略のために作り出した機械歩兵。

人型戦車、通称MULS。


それが僕の目の前にいた。

救助隊だ。助けが来たのだ!


「いたぞ、見つけた!」


目の前のMULS。機体名(Name)アトラス。永水さんがそう叫ぶ。

そして、背後でも動きがあった。

骸骨が数体、そして、その後ろからも追加で来ている。


「敵襲! 殲滅しろ!」


そう叫び、アトラスは機体を進ませた。

その後ろからも、MULSが続き、飛び出してくる。

2機、3機、4機……合計10機のMULSが飛び出し、僕たちを通り過ぎ、骸骨たちから守るように通路をふさいだ。

整列した5機のMULSが膝をつき、残りの5機がその後ろから機関砲を構える。


「撃てえ!」


そして、攻撃が始まる。

10門の機関砲による全力射撃。

それはあまりに頼もしく、蹂躙的だった。

僕たちが苦戦した骸骨たちが、見る間に砕け、崩れていく。

まさしくあっという間の短時間に、敵は殲滅されてしまった。


その様子を眺めていた背後から、エンジン音が響いてきた。

見ると、4輪駆動車がこちらへと向かって来ている。

そこには、ミオリさんが乗っていた。

ミオリさんはこちらを確認し、車を降りてやってくる。


「ミオリさん」


僕はそう声をかけたが、ミオリさんはそれを無視した。

そして、僕の隣に立つミコトさんの前に立つ。

乾いた音が鳴り響いた。ミオリさんが、ミコトさんの頬をひっぱたいたのだ。


「楽しかったか? 悲劇のヒロインを演じて危険な場所に飛び込んだのは」


ミオリさんは、そう言葉を放つ。

ミコトさんは、何も答えない。


「一歩間違えればあのまま死んでいたかもしれないんだぞ! 分かっているのか! 何故、確認が待てなかった!」


ミオリさんは、彼女の独断専行を怒鳴りつけていた。事実、あの落とし穴が即死級のトラップだった場合、死体が一つ増えただけに過ぎなかった。

そう考えると、ミコトさんの行動は軽率どころか無謀一歩手前だ。

常識的に考えて、ミコトさんの行動は間違っているとしか思えない。


けど。


「ミオリさん。ちょっといいですか」

「樹君。ちょっと黙ってなさい。今取り込み中です」

「重要な案件です」


僕はミコトさんを背に隠すように、ミオリさんの前へと出た。


「…。何だ。その重要な案件とは」


ミオリさんが聞いた。

だから、僕は答えた。


「彼女があの時来なければ、僕は確実に死んでいました」


彼女の無謀な行動が無ければ、僕は死んでいた。

たぶん、それは事実だった。


「だから、ミコトさんを責めないでください。お願いします」


僕は、ミオリさんにそう言って頭を下げた。

沈黙があたりを包み込む。

それを破ったのは、ミオリさんだった。


「他の班員はどうした?」

「自分以外の、全員の死亡を確認しました。データーを転送します」

「わかった。…お前たち! 聞こえていたな? 状況は終了。撤収する!」


ミオリさんが、周囲を警戒しながらこちらの様子をうかがっていたMULSドライバーたちにそう命令する。

どうなるのかハラハラとしていた彼らの様子が、MULS越しにも安堵したことが伺えた。


「あ、あの!」


そんな中、ミオリさんに向け、ミコトさんが声をかける。


「勝手な行動をして、すみませんでした」


そう言って、ミコトさんは頭を下げた。

ミオリさんはそれを厳しい目で睨み付けたが、すぐに深いため息をついた。


「…早く乗りなさい。置いていくわよ」


その言葉に、二人慌てて車に乗り込んだ。

クルマが発進し、それをMULSが護衛する。

上層へと昇り、そこで待機していたMULSと合流し、そして、僕たちはダンジョンから脱出した。


最初に飛び込んできたのは、薄く朱の混ざった青色。

それは夕日。もうすぐ沈む太陽が、空を赤く染め上げ始めた時のことだった。


薄く赤くなり始めた空が、僕を優しく迎えていた。


それは、山郷さんたちが二度と拝むことができないものだった。


あと一話。今日の18時に投稿します。

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