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歩行戦車でダンジョン攻略  作者: 葛原
チュートリアル
27/115

2-23 定め


私は機体を前へと進めていた。


背後では喧騒が聞こえてくる。

樹君が戦っているのだ。

その様子を後部カメラ越しに見ると、敵に囲まれないように動きながら、手につく範囲の敵を攻撃し、その数を減らしていっていた。

その様子は危なげは無いが、決して安心はできなかった。


(急いで行かないと)


私は機体を前へと進める。その歩みは遅い。


(まさか、ここにきて限界が来るなんて…!)


落下の衝撃でアブソーバーが損傷し、長時間の探索で繰り返し荷重がかかった私のMULSの脚部はそろそろ限界へと達しようとしていた。

先の戦闘で、無意識に荷重を脚部へかけてしまったのが原因だった。

加重を支えるシャフトそのものは問題ないのだが、それを固定するロック機構が限界に近いのだ。

本来の使用法とはかけ離れた使用を続けたせいで、そう遠くないうちにそれは破損しようとしていた。

そうなると内部のシャフトは固定から外され、自由に動くことになる。当然、上下方向から適切に加重を受け止めるということができないため、あっという間に破損し、折れてしまうだろう。

そうなったら、もう、歩くことは不可能だ。そして、歩けないMULSは敵にとって格好の餌食だ。

そうならないように歩く。可能な限り、脚部にダメージがいかないように。

それは探索時に比べてはるかに遅い。

しかし、ここでMULSを擱座させるわけにはいかなかった。

ゆっくりと、しかし確実に歩を進める。

後方では、もう間もなく戦闘が終わろうとしていた。

残るは3体。それも、四肢を欠損させて動くことは出来そうにない。

後は砕くだけ。樹君は、敵を殲滅することに成功したのだ。

後顧の憂いは断った。後は上に行くだけだ。そしてダンジョンを脱出する。


それだけのはずだった。

私と樹君の間に、それが湧く。

骸骨。こちらへと牙を剥く。悪意の塊。

何もないそこにある、地面からそれが湧き出した。

それは周囲をぐるりと見まわし、樹君のMULSと、そして私を見た。


その骸骨は私を狙った。ゆっくりと、しかししっかりした足取りで歩み寄ってくる。


私はそれを確認し、急いで上への階層への入口へと向かった。

急げない、けど急ぐ。急がないといけない。

気持ちがはやるが、機体の速度は遅々として進まなかった。

対して、敵は悠々と歩き、こちらへと近づいてくる。

急ぐ。しかし、急げない。

私は焦った。それがいけなかった。

膝から聞こえる破断音。それは、関節のロック機構がとうとう壊れ、破断した音だった。

脚部の固定がなくなり、機体が安定を失う。

そのまま、前のめりに転倒した。

それでも、それでも前へと進もうと、両手を使い這ってでも進もうとする。

衝撃。機体が前へと進めない。もがくが、それは近くに地面の砂をかき集めるだけだった。

後部確認用のセンサーがその原因を教える。

骸骨が、私の機体を上から押さえつけ、動けないようにしているのだ。

追いつかれた。


「っ! 離して!」


思わず叫び、両手を振り回す。MULSの肩は軸構造のモーター駆動。その気になれば、腕を真後ろへと向けることができた。

しかし、それをもってしても、骸骨を押しのけることは叶わなかった。上を取られ、その重力を味方につけた骸骨を、格闘技能を持たない私のMULSでは押しのけることは叶わなかった。

諦めて機体を起こそうとしても、MULSの両手は機体の質量を持ち上げるようにはできていなかった。

それでももがいた。生きたい一心で、死にたくなかった。

しかし、骸骨はそれを許さない。

さらさらという音がする。通気口から零れ落ちる白い粉。

骸骨が、コクピット内へ攻撃を始めたのだ。

このままでは、いずれ窒息死に追いやられる。

見る間に骨粉の量は増えていく。

機体を捨てるしかない。もう、考える余地もなかった。

コクピットの上にあるハッチに手をかけた。そのまま開き、開放する。

上部ハッチが解放され、私はそこから外へと這い出した。

ほうほうのていで機体から脱出し、地面へと転び出る。

何とか、生き延びることはできた。

が、それは寿命を数十秒伸ばしただけだった。

視線を感じる。私はそれに、全身の肌が鳥肌を立てるのを実感した。

見たくない。恐怖が体を動くなと縛り付ける。

しかし、体は動いた。見る恐怖よりも、見えない恐怖の方が上回った。

首の筋肉が強張っている。それを無理やり動かす感覚が嫌でも伝わる。

私は見た。目の前の光景を。


暗い双眸が、こちらを見ていた。

何もない穴のはずなのに、それが私を見ていると理解した。

骸骨が、全長5mもある巨大な化け物の、その髑髏頭の巨大なそれが、こちらをじっと見つめていた。

その口には表情は無いはずだ。筋肉もない。皮もない。そんなものがあるはずもない。

しかし、その表情は、何故か笑っているように見えた。

もう何もできないぞと、もう抵抗しないのかと、無機質で、無感動で、なのに喜びの、嘲笑の笑み。


「嫌ぁあああ!」


声が挙がる。

後悔の声。こんなものに敵対するんじゃなかったと、後悔する声。

恐怖の声。目の前の光景に、その将来に、黙ることすらできなくなった恐怖の声。

絶望の声。もう助からない。それを理解したが故の絶望の声。

それが自分の声だと気づいたのは、目の前の骸骨が、私を叩き潰すために右手を振り上げた時のことだった。


―――――――――――――――――


「せいっ!」


その掛け声の元、骸骨の一体が腰から断ち切られた。

下半身が粉になり、上半身は地べたを這いずる。

僕はその胸部に足をかけ、その中にあるコアを破砕した。

碌な抵抗ができる敵は、これが最後だった。

残りは僕が丁寧に四肢を吹き飛ばし、コアを弾き飛ばし、そう簡単には再生しない。

逃げるための時間は、十分に稼ぐことができただろう。僕の仕事は終わりだ。

ミコトさんは、既に上層への入り口近くへと辿り着こうとしていた。

僕もミコトさんに追いつこう。そう思った矢先のことだった。


僕とミコトさんの間で、地面から何かが起き上がる。

それは僕が以前見た光景。忘れない。僕が初めて骸骨どもをダンジョン内で見た時の光景だ。

そして、そこからは予想通り、骸骨が姿を現した。


距離はミコトさんの方に近い。

だからか知らないが、そいつはミコトさんのMULSを狙い、歩き始めた。

ミコトさんを襲うつもりだ。

最悪だ。今の彼女に武器は無い。おまけに、脚部を損傷していて全力で移動することができない。

追いつかれるのは時間の問題だった。


「っ! させるかよ…!」


僕はそれを阻止するため、歩き始めた。

スケールの大きな、けど滑稽な追いかけっこが始まる。

僕の機体は全力で移動している。みるみるうちに骸骨とミコトさんに距離を詰めていく。

しかし、ミコトさんの機体は遅々として進まず、骸骨の速度は僕ほどじゃないが、ミコトさんよりは早い。

僕が追いつけるかは、ぎりぎりの時間だった。

そして、その均衡を崩すように、悪い方へと話は転がる。

大きな破断音が響き、聞こえた。それと同時にくずおれるミコトさんのMULS。

とうとう脚部が壊れ、歩行不能に陥ったのだ。

そこに後ろから捕り付き、抑え込む骸骨。

ミコトさんは抵抗するが、骸骨の拘束を剥がすことはできなかった。

そのまま、おそらくは骸骨によるMULSドライバーへの攻撃が始まったころ。

骸骨に動きがあった。下げていた視線が、頭部が、上を向く。

まるで、そこに何かがあるかのように。


(機体を捨てたのかっ!)


そう予測した僕は、その後の敵の行動に、それが正しいのだと確信する。

骸骨は、右手を振り上げ始めていた。


「っ! っく!」


叩き潰すつもりだ。僕は機体を急がせた。

しかし、既に機体は全速だ。これ以上早くはいけない。

もう目の前まで迫り、あと数歩だが、そこへたどり着いた時には骸骨はその振りあげた手を下げ、ミコトさんはその質量で押しつぶされているだろう。


(急げ、何とかしろ! 助けてもらった癖に。その逆はできないのか!)


自分で自分を叱咤し、どうにかして急ごうとするも、これ以上は急げないことも事実だった。


(だからどうした、何とかしろ! 何ができるか考えろ!)


そう考えるが、思いつくいいアイデアもない。考えるが、そのすべては不可能だった。

そう考えるうちに、ふと、記憶の淵からどうでもいいことが浮かんできた。


(全ては定められている(アーカシックレコード))


それは大家さんに勉強を教えてもらった、最初の授業であった与太話。

誰がするかはわからない。けどそれは決まっている。


(なるようになる)


僕はそう解釈した。すべては決まっている。起こることが起きる。それは決定されている。


(彼女が死ぬのも、決まっていた…?)


間に合わないのも、手遅れなのも、先に行かせてしまったのも。すべては決まっていた?

成程。彼女のせいで僕たちは徴兵されるハメになり、現に人が死んでいる。

その報いを、今彼女は受けることになるのだ。ザマーミロ。あっはっはっはっは。


「嫌ぁあああ!」


彼女の声が響く。骸骨は腕を掲げ切ろうとしていた。


「ふざけんなよ?」


無意識に漏れた僕の声は、驚くほどに冷え切っていた。

僕は操縦桿を強く握りしめる。

強く、強く。それこそ、砕けて壊れてしまっても構うものかと強く握りしめた。

たったの一瞬でも、そんなことをした自分に腹が立つ。

頭に血が上る。僕は今何を考えた?


(運命を受け入れようとした)


違う!


(諦めた! 彼女を見捨てようとした!)


僕は何で生き残った?


(彼女が助けてくれたから!)


それは運命だったか?


(違う! 彼女の行動の結果だ!)


その行動を、勇気を。運命の一言で終わらせるつもりか!?


(ふざけるな。そんな簡単な言葉で、片づけられてたまるか!)


じゃあ考えろ! できることを考えろ! “全ては定められている(アーカシックレコード)”それはどういう意味だ!?

すべては決まっている。起こることが起こる。なるようになる?


(違う!)


じゃあ何だ! 大矢の言葉は何だった!


(誰がするかはわからない。けど、それができることは既に定められている!)


それはどういう意味だ!


(できることはできる。できないことはできない。いいや違う!)


じゃあなんだ!


(できることはできるんだ!)


じゃあなぜできない!


(僕がそれを、できると気づいていないだけだ!)


僕は機体を沈ませた。

膝を曲げ、腰を曲げ、腕を地面すれすれまで下げる。

剣は捨てる。重量物は可能な限り排除する。

僕は油圧のリミッターを解除する。

ポンプが全力で回転し、シリンダーへと全力で中の油を送り込む。

それで起こるのは、機体の上昇。

加速度は小さいが、引き下げた機体と、それによるシリンダーのストローク長の増加により、その時間が引き伸ばされる。

シリンダーが悲鳴を上げ、油を伝えるホースが膨らみかけ、今にも壊れそうな嫌な音をまき散らす。

構うものか。これくらいはしないと、彼女を助けることなんかできなかった。


僕は大矢さんとの講習であった、一つの授業を思い出していた。


―――――――――――


『MULSでも飛べるって言ったら、どう思う? ああ、飛行って意味じゃなくて、跳躍って意味で』

『できるんですか? どうやって?』

『ふふん。重力加速度って知ってる?』

『ええまあ、万物は、大体10m/s (2)で落下する。でしたよね』

『そうそう。で、その理屈で言うとね、5m/s以上で上に飛び上がれば、一秒は滞空できるってことなんだよ』

『けど、それって現実的じゃないですよね。瞬間的に、それだけの速度まで加速できるんですか?』

『瞬間的である必要はないんだよ。最終的に、5m/s以上に加速すれば、後は勝手に上へと飛び上がるのさ。たとえ毎秒1mの加速度でも、5秒かければ立派に空を飛べるんだよ。MULSも同じさ、全力で、しっかり、ゆっくり加速すれば、実はMULSも飛べるんだよね』

『百錬も、ですか?』

『そうだよ? あ、だからって試さないでね? 壊れるから』

『しませんよ』


――――――――――――――


できることは決まっている。

良くも悪くも、神の作った理屈は絶対だ。

だからこそ、彼女を助けることができるなら、それは必ずできることなのだ。


後は僕が行動するだけ。

なるようになる? これは、そんなちゃちなもんじゃない。


(為せば成る。それができることならば、それは、できることなんだ)


僕は機体を発射した。


機体の荷重がゼロになる。重力の鎖から解放され、MULSが宙を突き進む。

それは長くは続かない。重力がこの身をからめとり、下へと引きずり下ろそうとする。

それにあらがう術はない。しかし、その行動は、無意味なものではなかった。


あと数歩。本来なら必要としていた距離を、跳躍は一歩へと短縮し、時間もまた同じことだった。

骸骨は腕を振り上げ、今にも振り下ろそうとしている。

しかし、振り下ろされてはいなかった。

寸前のところで、骸骨の横へと着地する。足に衝撃、機体が横滑り。

辿り着いたが、手に武器は無い。攻撃手段が残っていない。

んな訳あるか。ちゃんとある。


腰の旋回軸(タレット)を回す。腕の関節を全力で動かす。

その先にある手は、しっかりと握られ拳を形作っていた。

機体の勢いを旋回に乗せ、僕は拳を敵の胸部へと叩きつける軌道を取った。

遠心力と、慣性が僕の意識を刈り取ろうとする。

そんなこと、許すはずがなかった。


「さ せ る かあああああ!」


それは、狙い違わずに骸骨の脇腹へと吸い込まれた。

指のマニピュレーターがひしゃげ、ちぎれ、ボロボロに使えなくなっていく。

しかし、それはもう問題じゃなかった。

目的は、達成できた。


ボロボロになりながら、拳は目当てのものに到達した。

それは敵の心臓部。コア。


僕は、力任せにそれを振りぬいた。

骸骨を構成する骨粉を弾き飛ばし、引きちぎり、コアが摘出されて宙を舞う。

それは、飛び出た先の壁に当たって地面へと落下した。


確認できたのは、それまでだ。

脚から大きな破断音。

跳躍と着地。それに、落とし穴の落下での少なくないダメージに、長時間の探索の疲労。

無理をさせすぎた結果。僕のMULSも、その両足を完全に破壊してしまったのだ。

殴った衝撃を逃がしきれず、そのバランスを崩して倒れる。

このMULSはもうだめだ。機体を捨てるしかなかった。


上部ハッチを開放。そこから、僕は機体の外へと転げ出た。


「樹君!」


そこへ、ミコトさんが駆け寄ってくる。


「大丈夫!?」


心配そうに、そう声をかけてくる。


「ミコトさん。大丈夫?」

「あ、うん。こっちは平気。樹君は?」

「大丈夫」

「そう、よかった…」


その声に、心底安堵したようにため息をつくミコトさん。


「ねえ、ミコトさん」


僕は彼女に声をかけた。逃げては困るので、肩も掴んでしっかりと固定する。


「何。どうしたの?」


ほっとした様子で、彼女は聞き返す。彼女はそのことに気付かない。


「君は何も悪いことはしていない」


僕は彼女に、そう言い切った。


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