2-22 突破
「さてと、ようやくここまで来た」
僕たちは、第二階層から第一階層へと昇るための入口へとあと一歩のところへと辿り着いていた。
目の前には曲がり角。もう一つ二つの角を曲がれば、僕たちは第一階層へと上がることができる。
「うん。けど、」
ここまで来たが、とうとうこの時が来てしまった。
「敵も、居る」
ミコトさんがそういう。僕もそれを知っている。
この曲がり角から先へと出ていかない理由。
それは、その先にダンジョン内から生まれる化け物。魔物が徘徊しているからだ。
ここはダンジョンの階層を移動する唯一の通過点。骸骨どもにとって、待ち伏せにはもってこいのポイントだった
幸い、まだこちらには気づいていない様子で、未だに周辺をうろうろしているだけだ。
だが、上へと昇るには、彼らの排除は必要不可欠だった。
「強行突破するしかないよね。これ」
「うん。それしかないと思う」
罠にはめるには罠になる材料がないし、そう都合よく敵を一網打尽にできるギミックなんて存在しない。
必然、手に持つ火器でごり押すしかない。
「武器の状態は大丈夫?」
ミコトさんにそう聞く。手に持つ武器は僕とは違う多目的砲。
僕の20㎜機関砲の状態は問題なし。
「大丈夫」
ミコトさんからの返答。
「機体の状態も?」
「大丈夫」
そちらも問題なし。僕のほうも、深刻なエラーは吐いてこない。
こちらの状態はもうできた。
あとは、そこにいる化け物を粉にするだけだ。
深呼吸。吸って、吐く。
目の前の敵は、罠にはまった僕が、壊れたMULSとはいえ戦って、そのMULSを壊され、殺されかけたやつと同じ存在だ。
僕が恐怖心を持ち、トラウマになりかけているのは当然のことだった。
「近づかれたら、入り込まれて殺される。」
銃で撃てば倒せるが、組み付かれれば骨粉がコクピットに侵入し、中の搭乗員そのものに危害を加え、死に至らしめる。
「取りつかれる前に殲滅する。いいね?」
「わかった」
ミコトさんと装確認する。後は動くだけだ。
手が震えている。怖い。またあの時と同じ状況になるかもしれない。
けど、このままここで待っていても何にもならない。逆に敵の数は増えていき、より不利になるだろう。
どっちにしろ、もう一度戦うことになる。やるしかなかった。
僕は通路へと飛び出した。
飛び出したことで、その通路にいる魔物どもがこちらへと視線を向ける。
数は20。大きさは5mくらい。
二人に対してあまりにも数が多いが、敵は近づかないと攻撃できず、こちらへ来るまでにこちらは一方的に攻撃できる。
距離はある。敵も通路の向こう側に集中していて、火力の分散を心配する必要もない。
十分に対処はできるはずだ。
僕は、まず最も近い位置にいる骸骨へと照準を合わせた。
発砲。
放たれた弾丸は骸骨の胸部へと吸い込まれ、その表面を弾け飛ばした。
骨粉が飛び散りその詳細は確認できないが、10発ほど打ち込んだ所でその全身を崩れさせ、物言わぬ骨粉の塊になった。
一体倒すのに約10発。効率的に打ち込めば、1マガジンで3体は倒せる。
そのまま、僕は二体目へと照準。発砲。それを倒したら三体目。
三体目を骨粉に変えたところで、マガジンの残弾が0になった。
「リロード!」
そう言い、マガジンを排出。新たなマガジンを機関砲に叩き込む。
その間、敵の接近を許すことになるが、そうは問屋が卸さない。
砲声。同時に、こちらへ向かって来ていた骸骨の一体の胸部で小さな土煙、いや骨粉煙が上がる。
ミコトさんの持つ多目的砲から発射された、84㎜遅延榴弾が撃ち込まれたのだ。
撃ち込まれた骸骨はしばらくはそのままこちらへと向かってこようとしていたが、1秒後に内部の榴弾が破裂。その上半身を弾け飛ばして物言わぬ骨粉になった。
そのまま、ミコトさんは立て続けに4発の榴弾をそれぞれ骸骨に打ち込み、そのすべての骸骨はその胸部を弾け飛ばして絶命した。
「リロード」
ミコトさんがそう言い、マガジンを排出して新たなそれを叩き込む。
僕は彼女が攻撃を行っている間に補給を済ませていた。次は僕の番だ。
機関砲が火を噴いた。
そのまま僕たちの攻撃は続き、敵はこちらへと辿り着くことができずにワンサイドゲームのまま通路での戦闘は終了した。
KILL数は僕が9匹。ミコトさんが11匹。
1マガジンで倒せる敵の量の違いの結果だ
弾薬の消費量は僕がマガジン3、彼女がマガジン2つに1発。
成程。彼女の持つ多目的砲、新たに開発されるだけの価値はあるようだ。
「敵は?」
「動いてるのは見当たらない」
お互い確認し、敵の全滅を確認する。
しかし安心はできない。敵を倒すためにぶっ放した砲は、爆音を周囲に響かせる。
それに骸骨どもが気付かないとはとても思えなかった。
「急ごう。この先を曲がれば上への道があるはずだ」
「うんっ」
僕たちは通路を進む。もう目の前の曲がり角を曲がれば、そこには上層への入り口があるはずだ。
僕たちはその角を曲がった。
曲がった先には、確かに上層への入り口があった。
センサーが周囲の地形をマッピングし、それがデータのそれとつながったのを確認した。
いい報告は、たぶんそれ位か。
「あ、…ああ…」
ミコトさんが声になっていない声を上げる。その声の原因は、目の前の光景だ。
何のことは無い。二つの並んだ暗い穴の組が複数並んでいただけだ。
骸骨の眼孔がこちらを見ていたのだ。
これもまあ、予想できたことだ。さっきも骸骨たちはいた。ここも同じだったとは十分に考えられた。
「は、はは…は…」
僕もその光景に、乾いた笑い声をあげた。いつか読んだ漫画でも言っていたな。人間、どうしようもないことに出会うと、笑うしかなくなるって。
僕の笑いも似たようなものか。
目の前には、通路いっぱいに並ぶ眼孔と、それを構成する骸骨たち。
その数は、ゆうに100を超えていた。
敵の骸骨が一体。一歩こちらへと歩を進めた。
それに続く、その他大勢の骸骨たち。
「っ! 死ねぇ!」
その動作を確認した僕は、反射的に機関砲を敵に向け、発砲した。
「っ!樹君!?」
「ミコトさん。話は後!まずはこいつらを倒さないと!」
「でも、危険!逃げた方がいい!」
「僕たちの速度じゃ振り切れない!ダンジョン内のどこに逃げれば安全なんだ。袋小路に追い詰められて死ぬだけだぞ!」
その時に骸骨どもとどれだけの距離があるかわからない。後退しながら距離を稼いで射撃することもできるはずもない。
今ここで倒すのが、一番生き残る確率が高いはずだった。
「っ!…わかった!」
ミコトさんの応答と共に、射撃を開始する。
敵は見る間にその数を減じていくが、僕たちの弾薬の残りも見る間に減っていった。
そして、起こってほしくなかった事態が起こる。
「っ!弾切れ!」
機関砲の弾が切れた。
「下がって」
ミコトさんの方は残弾があるらしい。僕の前へと前進する。
敵の数は、もう20体も残っていない。
しかし、それを殲滅することはできなかった。
「っ。こっちも、弾切れ」
敵の数が5体になるのを最後に、僕たちの火器は沈黙せざるを得なくなった。
もう僕たちに戦う術は残っていない。
「いや、まだできる」
僕は機体の腕を背後へと回す。そして、そこにあるものを掴んだ。
それは『お守り』。
山郷さんが持ってきた、剣型の近接武器だった。
「ちょっと待って。本気なの!?」
ミコトさんが慌てて引き留める。
そりゃそうだ。剣のリーチは銃より短い。それだけ、敵に近づかないと攻撃できない。
そして近づかれれば、骨粉をコクピット内に侵入されて窒息死。
はっきり言って無謀でしかない。
「もうこれしか残ってないんだ!やるしかないだろ!」
しかし、それ以外に僕たちに残された手段は無かった。これがダメなら、もう殴るしかない。
それよりは、リーチの面でマシだった。
僕はミコトさんの静止も聞かず、機体を前進させる。
目標は敵集団の先頭。他より突出して孤立気味になっているやつを狙う。
標的へと進路を変更。相対速度に注意し、敵との距離を把握する。
「くらえっ、死ねえぇ!」
僕は剣を振り上げ、袈裟気味に振り下ろした。
結論から言えば、それは効いた。
敵の首筋から入った刃は、通り、断ち切り、脇腹へと抜けた。
想定よりも抵抗が少なく、僕はそれに拍子抜けしたが、それよりも重要なことが目の前で起こっていた。
敵は断ち切られ、断ち切られた左側、頭部と左腕と胸部の一部を骨粉へとその姿を変え、宙に舞っていた。
それはいい。気にはなるが、それは置いておく。
「何だ、コレ」
“それ”は、切断面から顔をのぞかせていた。
“それ”は青く光り、冥く光っていた。
“それ”は丸く、まるで宝玉のようであった。
内側から光を放つ宝石は聞いたことが無い。それは、明らかに異質の“何か”だった。
そして、この骸骨どもを構成するための重要なファクターであると予想ができた。
“それ”は、再び沈み込み、骸骨の中へと潜り込もうとしていた。さしずめ、僕からその姿を隠そうとするように。
逃がすわけがなかった。右手を伸ばし、沈みかけた“それ”を掴む。
その途端、骸骨が急に暴れだした。“それ”を離せ、こっちへ来るなと僕の機体から逃れ、“それ”を守ろうとする。
だがもう遅い。MULSは既に、“それ”をしっかりと掴んでいた。
力任せに奪い取る。
“それ”が骸骨から完全に離れた時、骸骨はその身を骨粉へと変えた。
「なっ!?」
目の前の光景に、思わず驚愕する。
骨粉と化した骸骨は、その姿を再び骸骨へと形作ることは無かった。
目の前の現象が、なぜ起こったのかはわからない。
構造も、原理も、それを確証づけて説明することは僕にはできなかったし、説明してくれる人もまたいなかった。
けど、似たような現象を起こすモノは、空想の産物だが、存在した。
「ゴーレム…」
魔法で動く泥人形。
原典はまた別の作り方だったそうだが、今となっては風化し、ゲームなどのフィクション作品では別のあり方が主流となっている。
曰く、体内に核を持ち、それを破壊されるとその機能を停止する。
細部については物語ごとに違うが、その点に関してはある程度共通化されていた。
そして、目の前の現象を説明するのにぴったりだった。
骸骨たちは黄泉から帰ってきた亡者のなれの果てでも、怨念を持ったアンデッドでも無かった。
その姿を人の骸骨に似せただけの、ただの骨粉でできた砂人形だったのだ。
「樹くん!」
ミコトさんの叫びにも似た声に我に返る。
目の前に、倒されずに残った骸骨が迫っていた。
「っ!っく!」
僕は剣を振る。下から切り上げるように横へと薙いだそれは、骸骨の腰を断ち切った。
下半身が骨粉と化し、上半身が地に落ちる。
僕は、残ったそいつの胸部に足を置き、踏みつけた。
MULSの重量に耐えられず、胸部の中へとMULSの足が埋没し、そして中にあるコアを砕く。
抵抗がなくなり、残った骨も骨粉と化した。
次が来た。同時に二体。並んでこちらへ襲い掛かる。
返す刃で左の敵へと切りかかった。同じように胴を薙ぎ、上半身を地べたへ這いつくばらせる。
同じように踏みつけ、粉にした。
そこで右の敵が取りついた。このままでは殺される。
問題ない。既に殴って3体殺した。敵がどんなものかは大体わかる。
右足の力を抜く。両足でバランスをとっているので、必然的にバランスが崩れる。
倒れる。方向は右側。骸骨の捕り付いた側。
細く、骨しかない骸骨へ、MULSの質量がのしかかってくる。
金属のフレームと装甲を纏い、部品のみっちり詰まった明らかな重量物であるそれを、骸骨が支えることはできなかった。
バランスを崩し、たたらを踏む骸骨。こちらから離れ、わずかだが距離が開いた。
それが狙いた。右足に力を籠める。MULSのバランスを再び支え、上半身を安定させる。そして、動かすのは右手、上半身を引き上げ、腰の旋回軸を回し、右手の盾へと速度を乗せる。
盾がぶつかる。剣による線の荷重ではない、面による殴打は敵を断ち切ることはできなかった。
しかし、その力は余すことなく伝わった。衝撃にあおられ、転倒する骸骨。
踏みつけて、砕く。
残った敵はあと一体。そいつは恐れず、こちらへと向かってきた。
ゴーレムはいわばフィクションにおける機械だ。そこに感情は無い。恐れもしない。
しかし今の僕には、現状を理解できない哀れな人形にしか見えなかった。
敵の突撃に合わせ、僕はその胸部を剣で刺し貫く。
それは狙いを違わずコアへと届き、それを砕き、貫いた。
瞬く間に人の形を失い、骨粉へと崩れ落ちる骸骨だったなれの果て。
全ての敵は、これで物言わぬ骨粉へとその在り方を変えさせることになった。
沈黙と、静寂があたりを包み込む。
「樹君、大丈夫?」
ミコトさんが聞いてくる。僕にはそれを答えることができなかった。
目の前で、先ほどの戦闘を反芻する。
敵はアンデットではなく、ゴーレムだった。
その中にはコアがあった。それを壊せば、倒せた。
その肉体は骨粉を集めて形作られているだけであり、それを破壊することは容易であった。
それに銃は必要なかった。
殴れば倒せた。
素手で倒せた。
知 っ て さ え い れ ば
彼 ら は 死 な ず に 済 ん だ の だ
誰かが殴れば判明したことだった。
誰かが調べればわかるはずのことだった。
誰か一人、疑問に思えば未然に防げたかもしれないことだった!
もう死んだ。生き返らない。後悔は先に立たない。たらればの話でしかない
でも、そう思わずにはいられなかった。
「樹君?」
そんな中、センサーに反応があった。
曲がり角の向こう側。僕たちが来た道からだ。確認すると、骸骨どもがこちらへと向かって来ていた。
数は10。射殺するには多くは無いが、切り殺すには少なくない。
右手には骸骨のコアを持ったままだった。地面に捨てたら何が起こるかわからない。砕いて捨てるのは貴重な情報が得られるかもしれないのでしたくない。
僕はそれを、空になった弾薬庫に放り込んだ。
「ミコトさん」
声をかける。ここから先に、付き合わせるつもりは無かった。
「僕があいつらを抑え込む。その間に、上へと先に行っててほしい」
「樹君はどうするの!?」
「あいつらを倒したらすぐに行く」
「一人で? 無茶しないで! それなら私も…」
「ミコトさん。君は格闘技能持ちなの?」
「…っ」
彼女は黙り込む。MULSによる近接格闘は、少なくない技量がいる。ましてや百錬は格闘戦ができない。僕はそれを無理やり行っているにすぎないのだ。
彼女にできるとは思わなかった。
よしんばできたとしても、敵集団に囲まれて殺される危険があった。
連れていくことはできなかった。
「死ぬつもりはないよ。君が上へ行ければ、僕もすぐに逃げる。」
安心させるためにそう言う。実際死ぬつもりは毛頭なかった。
「でもっ…」
ミコトさんはしばらく逡巡する。
置いていけないらしい。優しい子だ。
だけど、だからこそ連れてはいけなかった。
だから、卑怯だけど、それを拒否する。
「その足で、付いては来れないでしょ?」
「……!」
彼女のMULSは脚部に損傷を負っていた。
それが先ほどの戦闘で限界に達したのだろう。目に見えて動きが悪くなっていた。
格闘戦は、足回りを酷使する。そんな状態ではとても連れていけなかった。
「…わかった」
ミコトさんはそう答えた。
「じゃあ、行って!」
「…気を付けて!」
そう言い、彼女は上層への入口へと歩いていく。
僕は振り返った。目の前には、今まで散々僕たちを嬲り殺そうと襲い掛かってきた化け物共。
僕はミコトさんに聞こえないよう、通信を切った。
「ふざけるのもいい加減にしろよ。この人形共」
僕はそいつらに切りかかった。