2-21 探索
(ミコトさんが、MULSの制御プログラムの開発者。か)
成程。確かに彼女のせいだと言えはする。彼女の協力がなければMULSがリアルで作れたとしても、ソフトのエラーで動かせなかったということだ。
実質的にMULSの実用化ができず、僕たちは徴兵されることもなかった。
彼女のせいで僕たちが徴兵されたというのは、まあわかる話だ。
僕は、そのことを聞き。
「聞かなきゃよかった」
そう呟くことしかできなかった。
「どうして?」
ミコトさんは、僕の言葉の意味が理解できなかったらしい。
「君の問いかけに、僕には答えることができないからだよ」
僕は、はっきりとそう言った。
「確かに、君がMULSのシステムの開発をしたのかもしれない。不具合も調整し、現実でも動けるようにし、結果として僕たちが徴兵される下地を作ったのは間違いないかもしれない」
それは、彼女の言い分を信じるならば、確かに僕が彼女を恨む理由にはなるかもしれない。
「けどさ」
僕はそう続けた。
「君が僕を助けに来たのも、事実なんだよ」
僕が骸骨に捕り付かれ、あわや殺されかけた直前で、彼女は僕の元へと駆けつけ、助けてくれた。
それも、まぎれもない事実だった。
「それで、僕に君を罵れと?山郷さんたちが死んで、僕が死にかけたのは君のせいだって?お前がいなければ僕たちは徴兵されずに済んだって?君がいなければ僕は死んでいたのに?のうのうと助けられておきながらそう罵れと?ふざけるな。僕はそこまで恩知らずじゃない。」
彼女に恩義はあっても、僕自身に恨みは無かった。
しかし、山郷さんたちは死んだ。それが彼女のせいだと、それを否定することができなかった。
「僕は君を恨まない。けど、山郷さんたちが死んだことを無視することもできない。だから僕には何も言えない。君を恨むことも、感謝することもできない。そんなこと、今の僕に聞かないでくれ」
「………ごめんなさい」
ミコトさんは、そう謝罪の言葉を口にした。そこには、自責の念がありありと感じられた。
今の僕には、それを拭いさる手段は無かった。
「…行こう。今はそんなことを話している場合じゃない」
「…うん」
その言葉と共に、僕たちはダンジョンの探索を開始する。
その間には先ほどまでと違い、重い沈黙がまとわりついていた。
(しくじった)
移動を再開しながら、僕は早速後悔していた。
コミュニケーションを取ろうとした結果、より悪化して雰囲気が悪くなった。
彼女の言い方にも問題はあったが、僕にも配慮する余地はあったはずだ。
彼女がここにやってきたのは、たぶん自分のせいで僕たちがこんな目にあったと、自分を責めているからだ。
自分のせいで、僕たちがMULSに乗せられダンジョンに押し込まれ、そこで事故に遭遇し、孤立した。
そこへと行くにはMULSがいる。ミコトさんにはMULSがあり、僕たちよりも装備は良い。技能自体も問題はないようだ。
自分のせいで生死の境に陥った人が目の前にいる中で、それを打開する術を自分は今持っている。
それが、ミコトさんがここに来る前の状況だ。
そして、その中で何もしないという選択を、彼女は取ることができなかったのだ。
言ってしまえば、僕は彼女の自責の念によって命を長らえることができたわけだ。
それを無視して、山郷さんたちの死に引きずられ、そして先ほどの僕の返答だ。
(クソッタレ)
僕は心の中で自分をそう罵った。終わってから、ああすればよかった、こうすればましだったと、たらればの話がどんどん湧き上がってくる。
後悔先に立たずというが、成程、よく言ったものだ。
だが、もう言ってしまったことは仕方ない。今更撤回しても、彼女はそれを素直に受け取ることができないだろう。
覆水盆に返らず。はは、昔の人の言葉はこういう時にばっかり役にたつ。
…ダメだ。このままじゃ自問自答で精神が落ち込んでいく。
(急いでダンジョンから出ないと。このままじゃ、僕自身彼女に何を言うかわからない)
ストレスで何を言うかわからない。彼女に落ち度があることをいいことに、手ひどく当たり散らす可能性も捨てきれない。
だけど、僕はそんなことはしたくない。
「少し、速度を上げるよ。大丈夫?」
「…うん」
ミコトさんからの元気のない声。
彼女の方は、僕よりもかなり精神が消耗しているみたいだ。
けど、僕には何もできない。今彼女に何かを言っても、彼女自身がそれを素直に受け取ってくれるとは考えにくかった。逆に、気を使われているとさらに落ち込むかもしれない。
なら、可能な限り急いでここを出るようにするしかない。
僕たちは、沈黙のままダンジョンの中を進んでいった。
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幾度目の行き止まりに引っかかり、分岐路にたどり着いた時のことだろうか。
「………何だアレ」
僕たちの目の前に、それがあった。
一言で言い表せば、青く光る骨粉の山だ。
大きさ的にはMULSよりも小さいが、人一人くらいの身長がある程度の高さがある。
青く光っているのは、たぶん僕たちの足もとが光っているのと同じ理由だ。
重いものがあってその圧力で光ってる。
それが、目の前だけじゃなく、ぽつぽつと目の前の通路にいくつかの島のような感じで点在していた。
大きさはさまざま。先ほどのような身の丈ほどのものが一番大きく、小さいものはひざ下ほど。
何かのトラップだろうか。
「ミコトさん、これが何かわかる?」
「わからない。何、コレ」
ミコトさんもわからない。当然か。
しかし、目の前に広がる光景は。今までの何もない、凹凸すらないダンジョン内の光景とはあまりにもかけ離れすぎていた。
ここには絶対何かある。うかつに進むわけにはいかない。
「どうしようか」
「迂回する?」
「うーん」
ミコトさんがそう提案する。確かに、引き返して別の分岐路を進んでいくことも選択肢としてはアリだ。
しかし、僕にはそれは何か違うような気がした。
理屈じゃない何か。感のようなものが、ここに何があるかを確認しろと囁いている。
だが、トラップがあるかもしれない。
危険だ。
「どうやってか確認したいな。せめて、トラップの有無がわかれば…」
どうしようか悩み、立ち往生すること30秒。
「あ」
思いついた。
「どうするの?」
「コイツでちょっかいかけてみる」
そう言って掲げてみせるのは、左手に持った20㎜機関砲。
コイツを撃って、何もなければ近づいても問題はないはずだ。
問題があるとすれば…
「大丈夫なの?敵が湧いたりしない?」
撃った時にトラップが発動することか。
だが、
「リスクは承知の上。今でも危険な橋を渡り続けてるんだし、これくらいはしないと何も得られないよ」
ダンジョンの内部にいる時点で、安全などどこにもなかった。
「…わかった」
ミコトさんの同意も得られた。
僕は機関砲を目標へと向ける。狙いは手近な位置にある、一番大きな骨粉の山。
一発、機関砲の射撃音が鳴り響き、骨粉山の一部を弾き飛ばした。
トラップの類は何もない。
「……」
「……」
しかし、僕たちは予想外の光景に無言で顔を見合わせた。
銃撃をかました骨粉山へと近づいていく。
そこには砲撃で弾き飛ばされた山の一部から、その内部にあるものの一部が顔をのぞかせていた。
それは緑色で円筒形。明らかな人工物で、色は暗い緑色。
その円筒は内側がパイプのように中空になっており、その内径は120㎜あった。
それは120㎜砲の砲口部。戦車の主砲の砲口だった。
「どうするの?」
「とりあえず、中に何があるのかちゃんと確認しよう」
「わかった」
僕たちは近づき、そこにある骨粉山をMULSの手で払いのけていく。
払いのけていくほどに、日本の主力戦車の姿が露わになっていく。
それがしっかりと確認できたところで、僕たちは払いのける手を止めた。
「戦車だ。でも、何で?」
ここにはMULSしかいないはずだ。戦車が随伴しているという情報は聞いていなかった。
しかも、骨粉の山に埋もれている。理由がわからない。いや、一つだけある。
「行方不明の、ダンジョン攻略隊」
ミコトさんが、僕と同じ予想を口にした。
この戦車は一年前にあったダンジョン攻略作戦。その時に投入されたものだ。
そして、近くに散らばっている小さな骨粉山の意味は…。
「降りて確認する。ミコトさん。警戒をお願い」
「わかった」
ミコトさんの返事を確認し、後部ハッチを開いてMULSの外へと踊り出る。
手近にある小さな骨粉山へと向かい、それを手で払いのけた。
中から出てきたのは、白くつるりとした、なめらかな質感を持つそれなりに大きな球体。
そこには二つ大きな穴が開いており、それはちょうど目玉位なら入りそうな大きさをしていた。
それは年月により腐敗が進み、白骨化した人の頭蓋骨だった。
ここにあるすべての小山は、たぶんすべてこんな感じなのだろう。
なぜ彼らがここにいるのか、想像するのは難くなかった。
「…この人たちも落とし穴に引っかかったんだ。」
そして、二階層から上へと向かう道を探し出せず、ここで力尽きた。
音信不通で帰ってこないはずだ。帰るための道がわからなくなったんだから。
「ミコトさん。ここで何か得られるものってある?」
僕は目の前の遺体に手を合わせ、ミコトさんに聞いた。
すかさず、返事が返ってくる。
「デバイスがあれば、彼らの探索データが得られるかもしれない。探す?」
「了解。探すのは僕がやる。ミコトさんはそのまま警戒を」
「わかった」
そうして、僕は死体の間を見て回り、彼らの持つデバイスを一つ一つ改めていった。
そして、目的の物を見つける。
「あった」
「どんな感じ?」
「今送る」
そう言い、ミコトさんにデータを送りながら、僕自身もそのデータに注目していた。
データの中身は、今僕たちが進もうとしていた場所の地図だった。
「この先は行き止まりみたい」
そこには、その先の全てが袋小路になっており、出口へと辿り着けないということを示すものだった。
「引き返そう。この先に行っても意味がない」
「わかった。この人たちはどうするの」
ミコトさんがそう聞く。この人たちというのは、目の前の、ダンジョン内で倒れ朽ちた自衛官たちのことだ。
「連れてはいけない。今は置いていくしかない」
今の僕たちには、それをどうこうすることはできなかった。
「……わかった」
ミコトさんもそれを理解した。
手早くMULSに乗り込む。もうここでできることは無い。することもない。
「……」
僕は目の前の光景を見る。そこにあるのは、力尽きた自衛官の慣れの果て。
彼らのおかげで僕たちは時間を無駄にせずに済んだ。死んでは元も子もないが、彼らの行動は今僕たちを助けていた。
少しだけ、彼らのために黙祷する。
「行こうか」
「うん」
僕たちは来た道を引き返した。
探索を再開した。