2-20 彼女は
「ここも行き止まり。と」
幾度目かの曲がり角を曲がり、そしてまた幾度目かの行き止まりを確認して、僕はそう言った。
ダンジョンに突入してから、かれこれ2時間。僕たちがダンジョンの探索を初めて1時間経つ。
その間、僕たちは上への階層を目指していた。
ちなみに、第一階層の地図自体は既に存在している。
この一年、自衛隊もダンジョンの暴走を抑え込むだけをやっていたわけではなかったのだ。
無人探査機による調査により、ダンジョンの第一階層だけは詳細な地図を作製することに成功していた。
もっとも、作製に成功したのは一階層だけ、一階層から、二階層への降りる入り口を確認しその出口を確認し、それ以上は手に入っていない。
何故かといえば、ダンジョン内の魔物どもが、無人機たちを悉く破壊するからだ。
ダンジョン一階層から、二階層へ降りる入り口はこの一つだけ。
どうあがいてもそこしか入り口が存在しないため、敵にとっては格好の待ち伏せポイントになる。
その為、小型で武装も施されていない探査機ではそこにたむろする魔物たちを突破することができなかったのだ。
無人化し、有線ラジコン化した戦車による突破も試みられたらしいが、たどり着く前に動かなくなり、一発の砲弾も撃たずに失敗したらしい。
おまけに武装した無人機による攻撃を行った結果、それまでは半ば放置気味だった魔物どもが積極的に無人探査機たちを排除し始めたために一階層の探索すら困難になる始末。
結果、二階層以下の探索は未だ成していなかった。
人工知能を搭載した無人機の投入も検討されたらしいが、こちらの計画も結局は頓挫。
結果として僕たちが駆り出される羽目になり、そしてデータ不足により絶賛迷子中というわけだ。
まあ、第二階層の入り口に目星がついているのは不幸中の幸いか。
第二階層を第一階層と重ね合わせて検討すると、僕たちが落ちた場所は第一階層の入り口付近だ。
逆に、第二階層の入り口は、その入り口に対して地図のちょうど反対側。
第二階層における第一階層の入り口へたどり着くには、そこまでいかなければならなかった。
だから、今はそこへと向けて直線に進んでいる。
進んでいるのだが…、
「さすがにうんざりするな」
「うん、さすがに、多い」
僕の背後で、ミコトさんが肯定した。
とりあえず一階層への入り口目指して最短になるよう選んで進んできたものの、その悉くで行き止まり。通路を片っ端からマッピングしている状況へとなり果てていた。
未だ敵との遭遇がなっていないのが救いではあるが、それも時間が経てばたつほどに確率が上がるのは目に見えていた。
時間をかけていられる状況ではないのに、この結果はあまり悦ばしい事ではない。
「次、行こうか」
が、それしか取れる手段は無かった。
「うん」
ミコトさんの応答を聞き、再び歩を歩める二機のMULS。
「………」
「………」
その間に、会話は殆どなかった。
「………」
「………」
そう、何も話さないんだよ。僕も、彼女も。
僕は女性との話し方なんて知らないし、彼女は少ない会話から、そこまで口数が多い方じゃないことが伺える。
そして、僕たち両方が、この沈黙に対して特にこれといった不快感を持っていないのが問題だった。
おかげで話をしようとか、何か話題をとか、そう言ったことは考えるけど実行には移らない。
結果、この二時間弱、ほとんど会話らしい会話は成立していなかった。
別に、お互いがお互いを嫌いあっているわけでも無い。事務連絡程度なら普通にこなすし、先ほどのように細かい事なら普通に会話が成立する。
単純に、話題になる話が無いのが問題だった。
もちろん話したいことは山ほどある。特に彼女のことには大変興味がある。
MULSに乗って操縦しているくせして徴兵されてここへきているわけではない。ということは、他に何らかの理由でここへ来たということだ。僕とそう歳の変わらない彼女がここへと連れてこられたのは、何らかの理由があるのは間違いない。
それには興味がある。
が、それを聞くのははばかられた。
少々、彼女についてずかずかと踏み込みすぎた話だ。探索の合間に聞くような話じゃなかった。
かといって、特に関係のない当たり障りのないことを話すのも考え物だ。
僕たちはピクニックでここにきているわけじゃない。一歩間違えば即、死が待ち受けるダンジョン脱出するための行動中だ。
女子校生みたいな仲良しこよしで騒ぐような状況ではなかった。
「………」
「………」
が、この沈黙は何とかしたかった。
すぐそこに敵か罠がないか注意しながらの探索に加えて、彼女のことも気にしなければならないのは僕にとっては負担だ。
彼女にとっても負担だろう。そうに違いない。
だから、何かしらの話がしたい。が、話題がない。
僕は探索に並行しながら、残ったリソースで何か話題がないか考える。
「………」
「………」
何か無いか何か無いか何か無いか何か無いか何か無いか何か無いか何か無いか何か無いか。
――――――あ。
「ミコトさん」
「!? な、何?」
あまりにも過剰な反応で返された。若干の怯えのようなものが感じられる。
まあ、今までずっと黙っていたのにいきなり話しかけられたのだから、反応としてはこんなものだろうか。
僕はとりあえず、当たり障りのない、共に話ができる気になった話題を振ることにした。
「その、ミコトさんのMULSって、僕たちのとは何か違うの?」
「ちが、…え?………何が?」
「えーと、僕たちのMULSが上から落ちてきた時、脚が壊れて動かなくなったでしょ?けど、ミコトさんのMULSは壊れてないから、何でかなって。脚部の形状もなんか違うし」
そうだ。僕はそこが気になった。
僕たちが落ちた時、MULSの足パーツはその悉くが落下の衝撃で破壊され、歩行することが不可能になった。
しかし、ミコトさんのMULS、3510は落下したときから足の形を保っている。歩行機能も健在。
つまり、それだけ落下の衝撃に脚部パーツが耐えられたということだ。
たぶん、膝から下の形状が僕たちのように細くなっておらず、大腿並みに大型化しているのでそれが原因なのだろう。
が、それを装備しているというのが再び彼女の存在を謎にする。なんで彼女はそれを持っていたのか。
まあ、そっちは聞けなくても構わない。コミュニケーションをとるのが目的だから。
「ああ、それ?…うん、そう。脚部、膝から下の構造が、樹君たちとは違うから。」
それについては秘匿する理由がないのだろう、すらすらとそのことについて話し出すミコトさん。この話題の選択はよかったらしい。
「樹君たちは膝から下を一本のシャフトで支えていると思うんだけど、私のはそこにN字型の関節構造が入っていて、N字の開いている部分を繋ぐようにアブソーバーがついているの。N字の一本線の両端がそれぞれ膝とくるぶしに繋がっていて、上下動の衝撃をアブソーバーとN字型にしたシャフトの両方で支えられるの」
「へえ、それで落下の衝撃に耐えられた。と」
「うん。けど、一本のシャフトで支えるのと、三本のシャフトで支えるのとじゃやっぱり強度が違うけど。やっぱり落下の衝撃に耐えられたのはアブソーバーによるストロークの存在が大きい」
「そうなの?」
「うん。そのストローク分だけ動くってだけだけど、それだけ落下の衝撃を逃がす時間を稼げるってことなの。それは一秒にも満たないけれど、一瞬ですべての加重を受けきるのと、わずかな時間でも衝撃を分散できるのとじゃやっぱり違うから」
「へぇ」
若干早口でそう答えるミコトさん。成程ね、衝撃に対する強度を上げた機体か。
だが、落ちた距離は家屋一戸分くらいはある。それだけの距離を落ちて、大丈夫だったのだろうか。
「けど、少なくとも10m位は落ちてるよね、大丈夫なの?」
「…実は、落下の衝撃でアブソーバーが壊れた」
「大丈夫なの!?」
「だ、大丈夫。下腿関節部はロックしているから、今は樹君たちと同じシャフトでの支持だけ。歩くだけなら問題ない」
「そ、そうなんだ」
ちょっとヒヤッとした物言いだったが、実際に歩いているし、その様子に異変は無いように見える。
しかし、壊れているというなら移動速度を落とした方がいいだろうか。
が、3510は歩く様子に違和感もないため、結局はこのまま進むことにする。
今の僕たちには、安全よりも時間の方が大切なのだ。
「他に、何か聞きたいことはある?」
ミコトさんが聞いてきた。
よかった。僕は安堵した。彼女もコミュニケーションをとる意思があるという証拠だ。
僕は安心して、もう一つ気になったことを聞いた。
「じゃあ、ミコトさんの持ってる武器って何なの?僕の機関砲とは違うよね」
3510の持つ武器は僕のそれとは大きく形が異なった。
口径は20㎜以上は確実にあるし、砲身とグリップ、その他のパーツが一体化して一つの銃を形作っている。
僕の20㎜機関砲のように、既存の物を流用したものじゃなく、専用に作ったものだということだ。
「これは84㎜多目的砲」
彼女はそう簡潔に答えた。
「多目的砲?」
「そう。煙幕とか、焼夷弾とかの特殊弾頭を装填して、可燃性ガスのガス圧や燃焼ガスによるガス圧で射出する砲。弾頭が特殊で扱いづらいものでも遠くに飛ばせるように作られた」
彼女はそう言う。言われたことをかみ砕き、分かりやすいように変換し、聞く。
「グレネードランチャーみたいなもの?」
「うん。そんな感じ」
彼女は頷いた。
「てことは、弾もやっぱり特殊なの?」
「うん。遅延信管式の榴弾。スカルたちの胸部に埋没して、効率的に破壊するための専用弾」
スカルというのは、彼女における骸骨たちの呼称なのだろう。
「普通のグレネードだとダメだったの?」
「触発式だと表面ではじけてエネルギー効率が悪い。スカルたちはそれに対して自壊して表面だけで済ませるから、体内に打ち込んで全部はじけさせる方が効率がいい」
「砲そのものがMULS用に作られているみたいだけど、何で?」
「専用で作らないと無かったから。35㎜以下と105㎜以上の火器しか無かったし、小さい口径に合わせると威力不足だし、大きい口径だとMULSじゃ扱えない。無いなら、作るしかない。」
「成程ね」
「だけど、専用で作るのも非効率。だから、歩兵用の無反動砲でも使えるようにこの口径で作られた」
「ああ、歩兵に合わせれば、歩兵の攻撃でも骸骨どもが倒せるようになるからか」
「そう」
成程ね。20㎜を十発近く打ち込むよりも、こいつを一発打ち込んだ方が効率がいい。弾薬庫の中に入る容積は、20㎜弾十発分よりも、84㎜を一発分の方がはるかに小さく、ゆえに大量に持ち運べる。
それだけ多くの骸骨どもを倒すことができ、深く探索できるということだ。
「なんでこれを僕たちにくれなかったのかなぁ」
誰にともなく、そう言う。与えられて使いこなせるとは思わなかったが、言わずにはいられなかった。
脚部パーツは、それがあれば山郷さんたちは死なずに済んだかもしれなかった。
過ぎたことだけど、そう思わずにはいられなかった。
「…ごめん。用意するには、間に合わなかった」
その声に対して、謝罪の声が飛ぶ。
声の主は、二人しかいない空間の中ではもう一人しかいない。
ミコトさんが、そう言った。
「間に合わなかった?」
「うん。あなたたちに回すための装備が生産され始めたころには、この装備たちはまだ図面としてしか存在していなかった。この装備たちが形になった時には、量産するには時間が足りなかった。だから、ごめん。間に合わなかった」
そう謝罪の言葉を口にするミコトさん。
「…成程ね」
僕はそこの答えに、彼女に対する疑問の一つが解消されたことを知った。
「つまり、ミコトさんは…」
「…そう。現実に出てきたMULSの、実機試験のテストパイロットをしていたの」
MULSは電脳空間に存在していた時から、材質データをいじっているとはいえ現実に即した空間で動けるように作られていた。
そして、ダンジョン素材と技術の集結により、それを現実の世界へと召喚することに成功した。
しかし、物理法則を電脳の中で再現しているとはいえ、現実でMULSが動き、使えるという保証はない。
そんな状態でMULSをダンジョン攻略に使えるとは判断できないだろうし、僕たちを徴兵するという選択も選べなかっただろう。
僕たちを徴兵する前から、現実でも使えると確認する必要があった。
その為には実機を作り、動かす必要がある。
彼女は、その最初のMULSのパイロットだったわけだ。
僕が見かけないはずだ。試験を行うなら工場の方が都合がいいだろうし、それはこのダンジョンの近くにある西富士駐屯地とは違う場所にある。物理的に、僕が彼女を認識する距離にいなかったのだ。
彼女の乗るMULSも同様だ。おそらく、僕たち用のMULSが生産開始された後も、新しい構造や武器の試験で改良を重ね続けたのだろう。百錬は最初の攻略のためにいろいろ切り捨てている。完成されているとはとても言えなかった。
彼女が乗っている機体は、僕たちに回すには未だテストが必要な試験機だということなのだろう。
「黙っていて、ごめんなさい」
彼女はそう謝罪する。
「いや、謝らなくていいよ」
僕は、それを否定した。
「それは誰かがやらないといけないことだよ。そして見かたの問題だ。ミコトさんたちがしっかり試験を行っていたから、僕たちはMULSを安心して動かせる。それも事実だ」
「でも、結局は壊れて、動けなくなったのに」
「当然のことじゃないか?僕たちは10mの高さから落ちて耐える訓練を行っていない。たぶん、僕たちの百錬が耐えられなかったのは、仕様なんだよ。そう決まっていたんだ。だから壊れた。それは、君のテストが甘かったからじゃない。技術的な限界だ」
「けど、私の機体は耐えられた。そういう構造だったから。それだったら、耐えられたんじゃないの?」
ミコトさんは僕の言葉を受け入れられないようだった。頑なに、自分のせいだと思っている。
僕はそうじゃないと伝えたかった。
「それが必要になるなんて誰も思わなかったんだよ。僕たち含めて。僕たちが落とし穴にはまるなんて、誰も想定していなかった。10m以上の高さから落ちることなんて誰も想定していなかった。歩いて銃が撃てればそれでよかった。誰もがそう思っていた。それは、君の責任じゃない」
だから、はっきりと言う。
「君のせいで、僕たちがこうなったわけじゃない」
僕は彼女にそう言い切った。
「………………」
彼女は、僕の言葉に返事をしない。気づけば、僕たちの足は止まっていた。
「いつの間にか止まっていたね。急ごう。」
僕はそう言って歩き出した。
聞きたいこと自体はまだまだある。彼女は未成年だ。なぜ彼女がテストパイロットを務めていたのか、それは気になる。
だが、今の僕たちには生きてダンジョンを出るという第一目標がある。その疑問は、目標達成には必要のない事だった。
気にはなるが、それだけだ。
だから、いま必要なのは足を動かすことだ。早くマッピングが終われば、それだけ早く脱出できる。
「………ミコトさん。どうしたの?」
気づくと、ミコトさんはその場を動いていなかった。
「…………………」
呼びかけても、ミコトさんは沈黙を貫いたまま。
「大丈夫?」
僕は彼女に呼びかける
「………でも」
彼女は、小さな声で何かを言った。
「うん?」
僕が聞き取れないと判断したのか、彼女はそれよりは大きな声で言う。
「それでも、私のせいでこうなったと言ったら、貴方はどう思う?」
彼女はそう言った。言葉自体は聞き取れた。
しかし、その言葉の内容は理解できなかった。
「どういう意味?君はテストパイロットでしょう?機体に不備はない。君がしっかり検証してくれた結果だ。なのに、何で君のせいになるんだ?」
僕はごく当然の疑問を口にする。よしんば彼女に責任があったとしても、彼女一人に集中するとは考えられなかった。
「……MULSを実機で運転するには、機械的な、物理的な、ハードだけの問題をクリアすればいいというだけじゃない」
ミコトさんは、唐突にそう言った。
「ソフトウェアにも改良を加えないといけない。ゲームで再現した物理環境と、実際の物理法則では、やっぱり大きな違いがある。ゲームでは仕様として均一化して修正できた問題も、現実では個別に対応できるようにしないといけない」
「ミコトさん、何を言っているんだ?」
僕は、彼女が何を言いたいのかわからなかった。
が、彼女はそれに構わず、話を続ける。
「それは、実機に乗って修正をかけないといけなかった。微細な誤差を検出し、データを取り、ソフトウェアに自己診断させて修正させるためのパッチの作成を行う必要があった」
彼女の言葉に、僕はかける言葉を失った。
彼女の言っていることをまとめると、一つの仮説が思いつく。
「私は、その為にテストパイロットを兼任していた」
彼女の言おうとしていることは、つまりはこういうことだ。
「私は、MULSの制御プログラムの制作者。あなたたちを、ダンジョンに送り込む手助けをした張本人」
彼女は、僕に対してはっきりとそう言った。
「それでも、貴方は私のせいじゃないって言ってくれるの?」
彼女の声は、どこか投げやりにも感じた。