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歩行戦車でダンジョン攻略  作者: 葛原
チュートリアル
22/115

2-18 邂逅


落下して最初に感じたのは、脚部からのエラーだった。


「何が起こりました?」


手早く機体の状況を確認。脚部のフレームが破断。完全に壊れてしまったことが確認された。


「嘘でしょう…。これでは歩けないじゃないですか」


しかし、それに愕然とする余裕はない。


「ミオリさん。聞こえますか!?」


通信で外へと呼びかけるが、応答はない。ダンジョン内からの無線は外には届かない。

先行偵察用の無人探査機も、落下の衝撃で完全に壊れていた。


「ほ、他の皆さんは大丈夫ですか!?」


私は通信で呼びかけた。帰ってきた応答は2つ。ここにあるMULSは5つ。

二つ返事が返ってこない。


「こっちは…」

「こっちはダメだ。もう死んでる」


応答のあった一人から答えがあった。応答の無いMULSは胴体を地面にめり込ませており、壊れたフレームがコクピットを貫いていたらしい。

中の人間も同様に、だ。

なら、残りの一人はどうだろうか。


「樹君。大丈夫ですか?」

「ぐ、………う……」


幸い、こちらは反応があった。声にはなっていないが、どうやら意識を失っているだけらしい。

私はほっと胸をなでおろした。

とりあえず全員の安否の確認は終わった。

今度は機体の状況か。


「皆さん、機体の状態はどうですか?」

「両足全損。歩行不能」

「左足全損。歩行不能」

「分かりました」


樹君の機体は左半身が地面に半ば埋没している。右足、右腕はまだ動くだろうが、胴体から左はもう無理だろう。


「こういう時、機体とドライバーのバイタルが確認できると楽なんですけどね」

「ゲームの仕様に似せすぎた弊害ってか」

「戻ったらそのあたりを改良してもらいたいですね」


戻ったら、か。

誰にも言わず、私はそれに現実感を感じていなかった。

機体の全てが歩行不能。移動不能。救援が来ることは難しいだろう。


状況は絶望的。


だが、それを言っても意味がない。ほかの三人も意識してその話を避けている。

幸い、ここは落ちた距離からして一層下の階層だ。

数日中にここへ救援がやってくる可能性はないこともない。

敵も、暴走したばかりだから絶対数そのものは少ないはず。どれだけ残っているかわからないが、希望が持てる程度には楽観視できるはずだ。


「救援を待ちましょう。幸い、ここは小部屋で、入り口は一つだけ。火力を集中すれば持ちこたえることもできそうです」


私の提案に、他のMULSが応答する。

樹君は未だ目を覚まさないが、ここに留まる以上は無理に起こす必要性もない。

まずは陣地の構築だ。


そう思い、未だ辛うじて動く残った足パーツと両腕を使い、もぞもぞと動いた矢先のことだった。


そいつらがやってきた。


「…っ。敵が出たぞ!」


MULSドライバーの一人が叫ぶ。見ると、5m程度の骸骨が壁から湧き出すところだった。

いや、壁だけじゃない。地面から、天井からも湧いて出てくる。

数はそう多くはない。しかし、僕らよりは圧倒的に多い。


「チッ。応戦してください!」


その言葉と同時に、3機のMULSが射撃を開始する。一体、一体と敵はその数を減じていく。

しかし、敵を倒すたびにじわじわと敵との距離が縮まっていく。

あと残り少し。もう5体ほどしか残っていない。

もう二体、倒れた。残りは三匹。


「クソが、離れろ!」


しかし、そこで敵が取りついた。

一体に一機。三機のMULSそれぞれに骸骨が組み付く。

こうなるともう、味方への誤射を恐れて撃つことができない。残りの敵は自分一人で倒さないといけない。

丁度、私のMULSは弾切れを起こした。

手早くリロードしようとする。

しかし、敵はその腕に取りついてリロードの邪魔をする。


「っく。邪魔をしないでいただきたい」


取っ組み合いが始まるが、なかなかリロードが終わらない。


「…なんだ。これは。」


そこで、コクピットの内部の状況に気がづいた。


腹部に溜まる、白い粉。

それはコクピットの各所に開いた、通気口から侵入していた。


「骨粉?でも、何故?」


原因がわからない。いや、骨粉が入り込むのは理解できる。しかし、ここまで大量に入り込むような状況は理解できなかった。

リロードにもがき、侵入する骨粉の原因を追究する間も、みるみるそれは機体の中に入り込んでいく。


そして、私の胸まで上昇してきた時、それが起こった。


「っ!」


骨粉が、まるで生き物のように蠢き、ある形を作り上げる。

私の目の前で形作られたそれは、見目麗しい女性の上半身だった。


「何ですか、コレ。一体何が起きているっていうんです…」


一糸纏わぬ姿に思わずあっけにとられるが、そんなことより目の前の骸骨を倒さないと生命の危機だ。

目の前の現象はとりあえず置いておいて、骸骨の殲滅に集中しようとする。


「ええい、しゃらくさい。こうなったらいっそ殴り潰して…っ」


そこから、私は一切の声が出せなくなった。

目の前の骨粉でできた女性が、私の口へとキスをしてきたからだ。


(この非常時に何なんだこいつは)


私は手を振り払い、それをはねのけようとする。

そうなる前に、彼女が動いた。


口の中へ、何かを流し込む。

ざらざらとした感触から、それは多分先ほどから侵入してきている骨粉のものだ。

押しとどめようとするが、その抵抗は叶わなかった。

口腔内へと侵入し、その奥、喉の奥へと侵入する骨粉。

そのまま、それは私の呼吸器、気道を通り、肺へと到達した。

異物である骨粉はその表面で肺の中をこすりつける。毛細血管の塊のそれは、あっという間に傷つけられ、その中身を肺の中へとまき散らした。


「お……ご……あ……っ」


息ができない。骨粉に口をふさがれ、肺を満たされ、更に出血した自身の血液が私を窒息へと誘う。


目の前のソレが口を放し、こちらを見た。

そこには邪悪な笑みを浮かべていた。


(クソ、クソ、クソ)


既にMULSの上の骸骨は暴れるのをやめていた。

こちらがもう手遅れなのが分かっているのだ。

あたりを見回すと、残りの二機のMULSも動くのをやめていた。

多分、私と同じ状況になったのだろう。


私は視線を、別の方へと向ける。

手つかずに放置された一機のMULS。その中の樹君には、敵は攻撃の意思を持っていなかった。


(よかった)


なぜ、とも思ったが、私は最終的に安堵した。

敵は樹君に攻撃の意思がない。たぶん、生きていると認識していないのだ。

なら、まだ彼には希望がある。

一人で何とかしなければならないだろうが、それでも生きているだけましだろう。


私たちは、もう助からないのだから。


意識が遠のく。呼吸ができず、自身の血で肺を満たされ。溺れる。


そして、私は、死んだ。



-----------------------


「ガハッ!…ハッハッハ……」


映像記録を見終えたとき、僕は自身が呼吸をしていなかったことに気付いた。

慌ててむせ込み、肺へと酸素を送り込む。


(少し、呑まれかけた)


記録に集中しすぎて、それが現実ではないことも忘れ、それが現実に起こっていると錯覚した。

その為、呼吸できないと思い込み、息をするのを忘れていたのだ。

しばらく、荒い息を整えることに集中する。


(敵襲にあって、殺されたのか)


コクピットを開放したときに零れ落ちた骨粉が、その時のものなのだろう。


「…ちょっと待て」


そこまで考え、はたと気づく。


「その時の敵はどこに行った?」


あの時MULSを襲った敵は、残り三体に数を減らしたが結果的に彼らを殺した。

その三体は、未だに倒されずにどこかにいるのだ。

そのことに気づいたとき、そいつらは動いた。

近くの壁から3体。そいつらが湧出する。

そいつらは明確にこちらを認識し、こっちへ向かって移動してきていた。


「クソ。こいつらやっぱり殺すつもりか!」


ハッチに飛び込み、MULSと接続。

即座に動き、落ちていた銃を右手で掴む。

掌の非接触型電極から銃の状態が伝わる。弾は満タン。状態も良好。

幸い、敵はこちらの正面からやってきていた。倒れ、動けない状態では非常に助かる。

引き金を引いた。

まずは一体。骨粉をまき散らして胸部を破壊され沈黙。

二体目も同様だ。

最後の一体。三体目。


「……弾切れ!」


1マガジンでは、三体の骸骨どもを制圧することができなかった。

リロードしようとし、そこで左腕が壊れているのを思い出す。

これではリロードができない。

判断を切り替える。マガジンを排出し、機関砲そのものを機体に寄りかからせる形で寝かせる。開いた手で腰の弾薬庫からマガジンを引き出し、それを機体へ預けた機関砲へと叩き込む。

その間も、骸骨は接近し、そしてあることを行っていた。


「こいつら、再生するのか!?」


見る間に、穿った銃創が修復され、撃たれる前の状態へと再生する。

これでは、完全に破壊するまで砲弾を浴びせなければならない。

幸い、あと一体。マガジンの弾は、いったい倒すには十分な量が入っている。

とうとう自動で給弾され、再び射撃ができるようになる。

砲を構え、敵へと向ける。


僕にできたのはそこまでだった。


骸骨どもの最後の一体が、僕の目の前までやってきていた。

そのまま組み付かれる。


「クソが、死ねよ!」


そう喚きながら砲を向けるが、骸骨は抵抗して砲口を向けさせない。

その間にも、敵はこちらへ攻撃を続けていた。

さらさらという音と共に、通気口から骨粉が侵入する。

慌てて通気口をふさごうとするが、手でふさいでもその隙間から洩れ入ってきた。

見る間にコクピット内を骨粉が満たしていく。


「クソが、クソが、クソが、クソが、クソが。クソがぁっ!」


もうなりふり構っていられない。肩の損傷も気にしてられない。

力任せに、砲口を骸骨へと向けようとする。

そのことに気付いた骸骨は、僕のMULSの頭部へと手を伸ばし、体重をかけてそれを破壊した。

一瞬で視界を奪われ、その情報が制限される。サブカメラ群はすでに壊れているのか、反応しなかった。

もう構うものかと、引き金を引く。敵の姿を認識しない状態で、僕は引き金を引き続けた。

そして、マガジンの弾薬が尽きて再び弾切れになる。

外の様子は見えてこない。骸骨が倒れたかわからない。


「やったか?」


答えは、目の前に起こった。

十分に溜まった骨粉が、見覚えのある女性の形を形作る。

先ほど、山郷さんを殺した骨粉人形と同じものが目の前に現れた。

その先も、たぶん同じだ。


「…っ!離れろ!」


思わず殴りつける。さしたる抵抗もなく、それははじけ飛んだ。

しかし、すぐに再生しこちらへと向かってくる。

何度も何度も、殴りつけては霧散し、しかし再生して近づいてくる。

僕は恐怖に震えながら、生きたい一心でそれを殴り続けた。


「ふざけんなっ。こんなところで死んでたまるか。まだ死んでたまるかっ」


そう言いながらも、敵は少しずつ近づいてくる。

僕の抵抗もむなしく、それはちょっとづつこちらの唇にとりつこうと近づいてくる。


(クソが。ここまでか…)


そして、もう間もなくそれが体内に入り込もうとした直前。


大きな衝撃が機体の外で巻き起こった。そして、機体の外で何かはじける音が響き、機体の表面を衝撃波が叩いて、コクピットの中身をシェイクした。


目の前の骨粉人形がその衝撃で崩れ去り、そして今度は再生しない。


「ゴホッ、ゴホッ。…何が起こったんだ?」


答える人は誰もいない。骨粉は沈黙したまま、骨粉人形は作られなかった。

MULSのカメラはすべて死んだ。外の様子は、カメラ越しにはうかがえない。

残る手段は、上部ハッチを開いての目視による確認のみ。

それしか、確認する方法は残されていなかった。


僕は上部ハッチに手をかけ、そこで止まった。


(敵がいるかも)


原因はわからないが、攻撃は止んだ。

もしかしたら、敵はこちらが死んだと思っているかもしれない。

もしそうだとしたら、ハッチを開けたら僕が生きていることを証明することになる。

ここまで壊れたMULSでは、碌な抵抗もできずに殺されるのは明白だ。

開けるべきか、あけざるべきか。


僕には、その判断をすることができなかった。


そして、悩んでいる間にも状況は動いていく。


最初に感じたのは、振動だった。

定期的に、テンポよく振動が続いていく。


(歩いている?)


それはそのまま、少しずつ強く、はっきりとこちらへと伝わってくるようになった。


(近づいてきている!?)


それが何かはわからない。しかし、それは、僕のMULSの目の前へとやってきて、そして停止した。


(……。何だ?なんで攻撃してこない?)


僕は困惑した。敵だというのなら、もう気づいていないということは無いだろう。そして、もしそうなら何もしない理由がない。先ほどのように骨粉人形で溺死させるなり、引きずり出して踏みつぶすなりするはずだ。


(……味方?)


そこまで思い至り、即座にそれを否定する。

ここに味方はいない。ともに落ちてきた仲間は全員死んだ。

何より、落下の衝撃にMULSは耐えらない。歩いている時点で、それはあり得ないことだった。


(じゃあ、一体何なんだ?)


困惑する僕をよそに、外の状況はさらに進む。


「……っ!」


僕は声にならない声を上げた。

僕のMULSの表面に衝撃。そして、ゴンゴンと近づいてくる音源。

小型の何かが、僕のMULSの上を歩いているのだ。

そして、僕のMULSの頭部。上部ハッチの前へと辿り着いて、止まる。


僕は、声も出せずに固まるしかなかった。


そして、上部ハッチが開かれる。開いたのは、外にいた何かの方だった。


最初に僕の目に飛び込んできたのは、非常に強い無機質な何かの光。


その発生源は目の前ではなく少し離れた場所。ちょうど、僕のMULSの目の前の距離。


「……MULS?」


それは、MULSが装備するLED照明の物だった。

ということは、乗っている人がいる。

それは今、僕の目の前にいた。


「大丈夫?」


高い声。女性特有のそれは鈴を鳴らしたような澄んだ声。

僕はその声に応えずに、僕の網膜を焼くLED照明から顔を背け、手をかざした。

その僕の様子に、安堵したようなため息が女性の口から漏れ出てきた。


「よかった、生きてた」


LEDの光に目が慣れていくにつれ、その女性の詳細な情報が手に入る。

もっとも大きな特徴として、その女性は若かった。

非常に若い。ヘッドギア越しの表情は、まだあどけなさを残す少女のものだ。たぶん、僕とそう大差のない年齢だろう。


「…君は?」

「とりあえず、そこから出た方がいい。手を貸す?」


その言葉と共に、手を差し出される。

一瞬だけ悩み、僕はその手を取った。

僕は体の固定を外し、僕はMULSの外へと身を晒す。

目の前には、助けてくれた少女がいる。


それが、僕と彼女の、初めての邂逅だった。


ヒ ロ イ ン 登 場 !

長ああああああああああああああああああああああああああああああああああい!

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