2-17 孤立
「状況を確認しろ!」
これから一時間、のんびり待つのが仕事だと思っていたダンジョン入り口の自衛官たちは。その矢先に起こったダンジョン崩落の報告を聞いて慌ただしく働く羽目になった。
先の号令をかけたミオリは、起こってしまった不測の事態と崩落に巻き込まれたMULSドライバーに歯噛みしながら、現状の対策について指示を出していた。
「作戦は即刻中止。MULS隊はこの場で待機。無人探査機を用意、ダンジョン内の状態を確認しろ!」
そう指示を出すミオリの元へ、一機のMULSが近づいてくる。
A班の班長を務めていたMULSだ。
「あの、ミオリさん」
「む?ああ、お前たちは後退だ。ぐずぐずするな」
「いえ、そうではなく。崩落した際の記録映像があるのですが、それはどうすればいいですか?」
「何?ああ、いや。わかった。こちらに渡せ」
「了解です」
すぐさまデータがミオリのデバイスへと転送され、ミオリはその中身を確認する。
「……どういうことだ。これは?」
ミオリはしばらくして、そう呟いた。
記録にあったのは、MULSの足元が崩落し、それに巻き込まれて奈落の底へと落ちていくMULS。
そこまではまだいい。
気になったのはその先だ。
A班班長がその呟きに応える。
「他の奴らにも聞きましたが、やはり同じように見えたらしいので、記録のミスや私達の見間違いということではないようです」
その映像の中には、崩落した後の大穴が、見る間に修復されてもとの通路へと戻っていたことだ。
飲み込んだMULSたちのことなど、まるで最初からいなかったとでもいうように。
「状況から考えるに。それは事故ではなく、あらかじめ予定されていたことのように思います。」
「つまりあれか、お前はこう言いたいのか。これはダンジョンが用意した罠だと」
「おそらくは。何が問題が?」
そのことについてミオリは思案する。
実際、記録と証言を確認する限りそのことについては疑うつもりはない。
しかし、それを信じるには一つ疑問が残った。
「あそこは無人探査機で何度も確認を行ったところだ。音波探査による調査でそのような空洞があったという記録もない」
つまり、
「MULSの重量に反応する罠というわけではない。一体、どうやってこちらを認識した?」
それがわからなかった。
となると、取り残された彼らの探索は困難を極めるだろう。
ダンジョン内に歩兵は投入できない。戦車隊も数を確保できない。
その上、無人探査機では反応しないトラップの中をMULSドライバーたちに探索させるわけにもいかない。
(八方ふさがりか?)
ミオリがそう思ったときのことだった。
「少佐。一つ確認したいのですが」
こちらの様子をうかがっていた一機のMULSが声を上げる。機体名はアトラス。永水の機体だ。
「何だ」
「ダンジョンの暴走条件は覚えていますか?」
永水はそう聞いてきた。そんなもの、分かっているに決まっている。
「馬鹿にしているのか?月一の周期と、100を超える生命体がダンジョン内に侵入…」
そこでミオリは気づいた。
ダンジョンは、100を超える生命体が侵入すると暴走する。
つまり、ダンジョンは何らかの方法で生命体を認識しているということだ。
つまり、
「生体反応検知式のトラップか!」
無人探査機ではダンジョンは暴走しない。生命体と認識されていない証拠だ。
そして、MULSには人が乗っている。
他の可能性が無いとは言い切れないが、現状では思いつかないうえ、十分に有力な候補だった。
そして、原因がわかれば対処も可能だ。
「常駐している学者から実験動物をもらって来い!探査機に固定して落ちればそこがトラップの場所だ!」
素早くそう指示を出し、手早く体勢を整えていく。
ミオリは怒っていた。万が一にも自分の駒が死なないように、しっかりと準備を行ったはずだった。
しかし、実際にふたを開けてみればこれだ。ダンジョンはトラップを仕掛けて待ち構え、まんまと私たちはそこにはまってしまった。
落ちたMULSドライバーがどうなったのか、未だに不明。既に死んでいる可能性も否定できない。
その怒りは内へと向けてのもの。自分の無能の結果に対する憤りだった。
「ふざけるなよ。トラップの場所をしらみつぶしにしてやる」
ミオリはダンジョンを睨み付け、動かない。
その為、その後に起こったことに対し、対応することができなかった。
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「―――――クフッ」
そう軽くせき込んで、僕の意識は働き始めた。
どれだけ寝ていたのだろうか。鈍く未だ回転の遅い頭はその思考に対する回答を用意できていない。
まずは現状の確認からか。
まずは今、何が起こっている?こうなる前には何があった?
(ダンジョンの攻略を初めて、A班が拠点の制圧を開始。続いて僕たちがB地点の制圧のために移動を開始して、そこで僕は意識を失った)
なんでそうなった?
(MULSの全身から荷重がなくなった。それは機体を支えるものがなくなったから。つまり、MULSの足場がなくなった。僕は落ちた)
そして何で気絶した?
(落下の衝撃で気を失った)
そこまで考えて、ようやく朦朧としていた頭がクリアになってくる。
そうだ。僕たちはダンジョンの攻略中に落とし穴に落ちた。そして気絶した。
ここはMULSのコクピット。接続したデバイスの内部時計は、僕が気絶してから15分ほど経っていることを示していた。
気絶したせいか、MULSとの接続が切れていた。再接続する。
「……マジか」
接続して最初に認識したのは、MULSの左側の反応がないということだった。
コクピットも、その重力から左に傾いていることを教えている。
つまり、落下の衝撃で左半身のパーツが全て破壊してしまった可能性が高い。
「ほ、ほかの皆は?」
頭部カメラが接続され、外の様子が見て取れる。
生き残ったカメラで周囲を確認すると、僕の周囲にMULSたちが擱座しているのが確認できた。
それぞれ、落下の衝撃で何かしらの損傷を追っているのが確認できた。
僕は通信を開く。
「みなさん。大丈夫ですか?」
そう聞くが、反応はない。
「みなさん!?聞こえていますか?気絶してるんですか?起きてください、目を覚ませ!」
さらに呼びかけるも、応答がない。
「どういうことだ?」
僕は疑問に思う。だが、分からなければ確認すればいいことに気が付いた。
幸い、周囲に敵影はいない。
僕は、背部ハッチを開放した。
地面は骨粉に似た白い何かで、砂のような感じがした。
僕は、それを踏みしめて近くのMULSに近づく。
機体名は軍デレ教司祭。山郷さんの機体だ。
近づき、ハッチを外から叩く。
「山郷さん。無事ですか?起きてください」
それなりに強く叩く。音が周囲に鳴り響く。
しかし、それに対する反応は、ハッチの内側からは帰ってこなかった。
仕方がないので、ハッチを開放する。ハッチ横のカバーを外し、中のレバーを引く。
ハッチの開く音を聞いて、そこから何が出てくるかを確認した。
そこから出てきたのは、白い粉。
骨粉によく似た何かだ。それが、コクピットの中から大量に零れ落ちてくる。
僕はそれに怪訝な思いをしつつも、中を覗き込んだ。
中には山郷さんがいた。ハッチの開放に伴って引き倒されたシートに引っ張られ、こちらへと倒れ込んでいる。
「山郷さん。大丈夫ですか。………!?」
僕はその体に触れ、即座に手を引っ込めた。
そして、再びその体に触れる。
僕が触れたところからは、体温が感じられなかった。
「や、山郷さん。大丈夫ですか!?起きてください。返事をしろ!」
慌てて体の状態を確認するが、脈もない。呼吸もない。既に体温もなくなっている。
つまり、死んでいた。たぶん、心肺蘇生をするには時間がかかりすぎている。もう助からない。
「どういうことだよ。なんで死んでいるんだ……」
その状況に、僕は困惑した。
そして、別のことに意識を向ける。
「他はどうなんだ…?」
そこに思い至り、嫌な予感がした。僕は他のMULSも順次確認していった。
結果で言えば、嫌な予感通り。
全員死んでいた。
僕はMULSも壊れ、他のMULSドライバーも死んだ中。たった一人でダンジョンの未探査領域で取り残されることになった。
「どうやって帰ればいいんだ…。」
いや、違う。最初に考えるのはそんなことじゃない。
「なんで、僕だけ生き残ったんだ?」
そうだ。コクピットが破壊されて潰れ死んだわけじゃない。そうじゃないなら、たぶん死ぬことは無いはずだ。僕が生き残っているんだから。
つまり、何か別の要因があるはずだ。
けど、それを確認する手段が……ある。
僕は、再び山郷さんの元へと近づいた。
既に死んでいるそれに手を合わせ、ヘッドギアに手をかけた。
取り出したのは、山郷さんのデバイス。
MULSはその行動を記録する。それはデバイスに保存され、再生することができる。
元々はゲームプレイの記録用だったが、そのまま実機にも搭載されていた。
その中身を見れば、僕が気絶していた間、何が起こったかわかるはず。
とりあえず、自分のMULSの機体のそばへと戻り、山郷さんのデバイスに僕のデバイスを接続する。
そこから該当するデータを検索し、僕はそれを自分のデバイスにコピーした。
山郷さんのデバイスはもう用済みだ。が、故人の遺品だ。捨てるわけにはいかない。
僕は、それをコクピットの空いたスペースに大切に保管した。
そして、準備が整ってから、僕は吸いだしたデータに触れる。
再生を実行し、中身の再生が始まる。
僕は、その中身の確認に没頭した。