2-12 この世の理
「というわけで、量子コンピューターっていうのは複数の計算を同時に行うことができるより小型のコンピューターってだけなんだよね。それはそれですごいことなんだけど、それを使って天気情報を正確に観測したりっていうのは結局は人が作った構成式が必要になる。よく漫画とかにある量子コンピューターで未来予知とか人工知能が作れるっていうのは、量子コンピューターの本質を理解していないんだよ。そんなものは普通のコンピューターでもできるんだから」
大矢さんの講習は続いていた。
「へえ」
「量子テレポーテーションについてもねー。なんか物質を運ぶものって考えてる人もいるけど、それそのものは時間差無しで通信ができるってだけのモールス信号でしかないんだよね。そもそも量子テレポーテーションっていうのは―――、っと」
いきなり、大矢さんが話の途中で止めた
「どうしました?」
「いや、もうこんな時間なのか」
大矢さんはそういう。気づけば、始まってから既に結構な時間が経っていた。
「今日はもうこのくらいにしておこうか。続きは明日から」
「はい。ありがとうございました」
僕は大矢さんにお礼を言う。教えてもらったらお礼を言うくらいの常識は僕だって持っている。
実際、知識欲が満たされるというのは結構な楽しさを覚えていたし。それをくれたことに対しては感謝していた。
「どういたしまして。私も熱心に聞いてもらえて気持ちがよかったよ」
美冬なんていつも聞き流してばっかりだし。と大矢さんが愚痴る。それについては知ったこっちゃない。
しかしまあ、量子コンピューターや量子通信。空間圧縮式慣性制御装置に抗重力バラスト、反重力ジェットエンジン、屈曲ブリッジ式空間跳躍機関、崩壊炉。挙句の果てには無重力式地球破壊爆弾。
「よく、人はこんなものを思いつきますよね」
僕はそう呟いた。その半分はまだまだ実験段階で、中には理論のみで実験すらできないものもある。
だが、物理学ですべて説明がつくもので、既に民間へと流されているものもある。
それらはすべて、人類が発明した。または発明するものだ。
僕は続ける。
「もしかしたら、人の発明には限界なんかないんじゃないかな」
「いや、それはないよ」
その呟きは、目ざとく聞いた大矢さんが否定した。
「どうしてですか?なんで断言できるんです?」
大矢さんはその問いに応えない。
ふむ。と少し考えた後、口を開いた。
「もう少しだけ続けるかい?多分、何の役にも立たないし、私見も多いし、宗教的な話も出てくるけど」
大矢さんはそういう。どうにも胡散臭そうな話だ。
「是非」
だけど、僕は即決した。この人は馬鹿なことばかりするが、頭の中は決して馬鹿ではないのだ。
絶対、何かしらの理屈に基づいた考えのはずだ。
大矢さんはこちらの要求に応え、口を開く。
「そうかい。じゃ、今日最後の授業。始めるかね」
そう言い、一呼吸。
「僕たちは、実は何も発明なんかしていないって言ったら、どう思う?」
大矢さんは、いきなりそう言った。
「…どういうことですか?それ。人類が何も発明していないってことですよね。いや、してますよね。蒸気機関から始まり、飛行機、コンピュータ。果ては核。どれもこれも、人類が発明したものですよね?」
「まあ、そうだ。人類の中で、特定の人間が発案し、作り上げたという意味では、発明したとは言える」
「なんか含みのある言い方ですね」
「正直、どう説明すれば理解できるかわからないからね」
さて、どうしようか。と言いながら、ぽつりぽつりと大矢さんは言葉を紡ぐ。
「ここから遠い、別の宇宙に知的生命体が文明を起こしました。彼らは蒸気機関を発明し、飛行機を作り、コンピューターを作り、核の力を手に入れました。」
けど、と続く。
「それらは僕たちも発明しているものだ。ここで疑問に思うのだけど、じゃあその技術はいったいどっちの発明になるんだ?」
大矢さんの問いに、僕は先に作った方と言おうとして、ちょっとそれを保留する。
多分、大矢さんが言いたいことはそういうことじゃないはずだ。
「何が言いたいんです?」
「私はね、それらの技術は発明されたんじゃなく、発見されたって考えてるんだ」
大矢さんはそう言った。
「発見。ですか?」
「そう、発見。蒸気機関も、飛行機も、古い技術も最先端の科学技術も、すべては発明したものではなく、見つけたものだって考えている」
「どういうことです?」
「ちょっと、物理法則について話を変えようか」
大矢さんはそう言った。
「テレビとかでよく言うだろう?重力波の観測!マルチバース理論の証明!宇宙の果ての解明!とか。まあ、僕たちはこの世の物理法則に縛られてる。それは僕たちが作ったものじゃなく、最初からこの世界にあったものだ。だから、それらについては、基本的に『見つけた』って表現する。これについては数学とかでも言えてね。科学者にとって、それらは基本、作り出すものじゃなく。発見するものなんだ」
「発見するもの…」
「そう。発見するもの。なんでそうなるかといえば、…まあ、非論理的だからあまり言うべきことじゃないけど、この言い方が一番しっくりくる」
そこで大矢さんは一息区切る。
「すべては神が作りたもうた。物理学っていうのは、神理学なんだよ」
大矢さんは、いきなりそう言った。
「神理学ですか?」
「そう。神理学。神の理を学ぶ。まあ、要はこういうことさ。この世界は神様が作りました。神様はこの世界に秩序を作りました。理を作りました。そのルールとは何ですか?神様は答えてくれません。じゃあ、自分たちで学びましょう。と。それが物理学」
「神様っているんですか?」
「証明できないから何とも言えない。というか、神の定義自体人それぞれだから照明のしようもない。この場合、この世の創造主のことを神といっているのだけど、その創造主もいるかどうか不明だね。まあ、今回は世界の擬人化と考えてちょうだい。私、世界ちゃん。この世界そのものだよ。よろしくね」
即席の、銀河頭の世界人形を作ってそういう大矢さん。
「その世界ちゃんが作ったルール。ニュートンの法則や光の速度といったものを解明して学ぶのが物理学なんだよ。だから、宇宙の法則や理屈っていうのは、発見するモノなんだ。何せ、世界は創られたものだから。」
大矢さんは続けて言う。
「で、その延長線上で、私はこう思ったのさ。『すべては定められている』って。アカシックレコードって知ってる?」
「いえ。なんですか?それ」
「簡単に言ってしまえば、預言書だね。この世界のことが全て記録された書物で、この世界の過去、現在、未来が全て記されているって代物」
「そんなものがあるんですか」
「うん。まあ、想像上の代物だけどね。ただ、私は似たようなものなら現世にあると考えている」
「そうなんですか?それって何なんです?」
僕は聞いた。
「量子コンピュータ」
大矢さんはそう言った
「量子コンピューター?」
「そう、量子コンピューター。さっきは同時に計算を行うって言っているけど、実際は違ってね。量子コンピューターが作られたときに、そのコンピューターで行われる計算は既に完了しているのさ。量子コンピュータにおける計算っていうのは、その結果を得るための計算式の入力ってことになる。既に答えは決まっていて、その答えを導き出すために条件付けして検索を行うことなんだね。はて、どこかで聞いたことがあるような」
大矢さんはとぼける。要は僕に答えろと言っているのか。
「アカシックレコードですね。すべてが定められた神の書物。既に答えがあるという意味では、確かに預言書です」
「その通り。もっとも、量子コンピュータは複数の可能性を同時に内包している代物だから、きっちり誰々が何したとかまでの正確性は望めないけどね。ただまあ、だからこそ私は発明を発見と考えるようになったんだけどね」
「どうしてです?」
「いつ誰がやったかは分からなくても、何が起こるかは量子コンピュータで求められるからさ。蒸気機関は作れ、飛行機は作れ、コンピュータも作れる。それを量子コンピュータは導き出すことができる。575の文字の組み合わせを総当たりして、万人が感動する素晴らしい川柳を作ることもできる。そこに人の手が介在する必要性はない」
わかるかい?と大家さんは聞く。
「『全ては定められている』。誰がやる。いつできる。それは私たちには解らない。だけど、それができるということは、既に定められている」
大矢さんは一度深呼吸する。
「そう考えるとね。結局、無限に等しくても、必ずそのできることっているのは限られていると思うんだよね。それを超えるということは、まさしく神の領域に足を踏み入れることになると思う」
その時食堂の時計が鳴った。そろそろ消灯時間だ。
「そろそろお開きにしようか。明日も早い」
大矢さんはそういう。
「あ、はい。ありがとうございました」
「はい。どういたしまして。じゃ、明日からもよろしくね」
「はいこちらこそよろしくお願いします」
そうお互い挨拶を交わし、分かれる。
そのまま就寝用意をし、布団の中に潜り込む。
(『すべては定められている』。か)
寝る前に、大矢さんが言った言葉が思い出される。
(要は、なるようになるってことだよな)
蛇口をひねれば水が出る。マッチを点ければ火を起こせる。明日の朝食はハムエッグ。
それらは当たり前のことで、決まっていることだ。そうすれば、そうなる。
(なるようになる。か)
ダンジョンが出てきたことも、MULSが現実に出てきたことも。そして、僕たちが徴兵されてきたことも。
(すべてが決まっていた結果、なるようになったのかな)
眠る前のまどろみの中、僕はふとそう思う。
そしてそのまま、僕は意識を手放した。
ちょっと宗教的でややこしいと思うけど、ごめんね
よくよく考えたら別に量子コンピュータである必要性はなかったかも