2-10 決闘 格闘訓練
先に動いたのは山郷さんの方だった。
まずは軽く一当てといった感じで、振り上げた剣を単純に振り下ろしてくる。
僕は上半身ごと剣を横薙ぎに振るい、振り下ろされた剣を横殴りに打ち、その軌道を自機への衝突コースから外す。
慣性で僕の百錬。機体名“ベッセル”の上半身は横を向く。
だが、“軍デレ教司祭”の剣はその外側にあり、ちょうどベッセルはその懐に入った形になる。
無防備なBodyが、僕の真正面に晒されていた。
それを狙わない理由がない。振りぬいた剣を、返す刃で切りかかる。狙いは胴体。その下の、旋回軸に繋がる細い隙間。
腰を壊せば決着がつく。コクピットよりも破壊しやすい。防ごうとしてもどこかしらで攻撃を受けなければならず、何かしらのダメージは与えられる。
だからそうした。ベッセルの剣は軍デレ教司祭の胴体へと吸い込まれていく。
軍デレ教司祭の反応は早かった。即座にしゃがむ。打点がずれる。
ベッセルの剣の軌道は軍デレ教司祭の正面装甲への衝突コースになった。
構わない。そのまま叩いて正面装甲を割ってやる。
止まらない切っ先。それは軍デレ教司祭の胴体に吸い込まれる。
それは当たった。しかし、望んだ結果は得られなかった。
百錬の正面装甲。その両サイドから張り出した、可動式のサイドユニットと挟み込まれる形で装着されていた板がその斬撃を食い止めていたのだ。
多分、その為の装甲材なのだろう。正面装甲より前に張り出したそれは、横薙ぎの斬撃に対して正面装甲よりも早く接触し、そのダメージを受け持って正面装甲のダメージを肩代わりする。
厄介な代物だ。
僕は舌打ちする。必殺の一撃が受け止められ、勢いを殺されてしまった。
次は軍デレ教司祭の番だ。
軍デレ教司祭は、剣の切っ先を既にこちらへと向け終えていた。
その切っ先は、ベッセルの頭部に向けられている。
MULSの頭部はセンサー類の塊で、破壊されたら殆どの外部情報を遮断される重要な部位である。
しかし、それに比べて装甲はあまり施されていない。
統計的に、MULSの頭部が小型で狙われる場合がそこまであるわけではなく、あったとしても小径火器によるものが殆どなので、そのまま小型化による被弾率の低下と軽火器に対する防御のみで十分だったからだ。
だが、この場合ではそれは当てはまらない。刺されれば破壊される。
ベッセルは盾を掲げる。盾の表面に衝撃感。頭部の破壊は免れた。
しかし安心はできなかった。
コクピット内に衝撃。
剣はBodyに受け止められ、盾は頭部を守るために掲げたまま。
軍デレ教司祭は剣を盾で防がれているものの、開いた盾はフリーのまま。
軍デレ教司祭は、その盾でベッセルのBodyを殴ったのだ。
衝撃を逃すために機体を後方へと下げる。軍デレ教司祭は追ってこない。
機体間の距離が空いた。仕切り直しだ。
僕はベッセルの状態を確認。よかった。特に問題はないみたいだ。
じゃあ次は僕の番だ。ベッセルを前進させる。
上段から切りかかった。軍デレ教司祭はそれを盾で受け止める。
ただ受け止めるだけではない。装甲の上を滑らせ、僕と同じように機体の外側へと僕の攻撃をそらしていた。
最初とは逆の構図。
軍デレ教司祭は再び剣の切っ先をこちらに向けている。狙いは胴体。
刺すつもりだ。両サイドから薙ぐと張り出した板装甲に阻まれる。上段から振り下ろすには振り上げるワンモーションがいる。
速度さえ乗ってしまえば武器そのものの運動エネルギーでこちらの胸部装甲を破壊できる。
突き攻撃は効果的だ。
その為には、狙った場所に突き刺せるだけの機体制御能力が要求されるのだが、軍デレ教司祭はそれを難なく行ってくる。
ベッセルはその切っ先に対し、剣の横っ腹を叩く形で盾を使って殴りつけた。
剣の軌道がそれ、軍デレ教司祭の剣はArmとBodyの間の空間を突き抜ける。
ベッセルの剣は外側。盾はBodyを守るように正面へと掲げられる形になる。
軍デレ教司祭の剣はベッセルの腕と機体の間。盾は上部を守るために掲げられている。
両方とも、そのまま攻撃に移るための機会を失い、一息だけ膠着する。
次に動いたのはベッセルの方だった。
ArmをBody側へ寄せる。軍デレ教司祭の剣は腕と胴体に挟まれる形になり、そこへ固定された。
ベッセルは盾を少し引き、慣性を乗せるためのスペースを確保する。
そして、ベッセルは再び盾で殴りかかった。
狙いはBodyではない。
ベッセルに固定された剣を持つArm。その指先部分だ。
機体の大きさ的に、この部分は強度が確保できず、また複雑な機構を持つ手首から先は、MULSの中で最も弱い部分になる。
そのくせ、破壊してしまえば手持ち武器は装備不可になるため、狙えさえすれば優位に立てる。
この距離、盾の質量、指の強度。
破壊するには十分だ。
だがそれは叶わない。
軍デレ教司祭はあっさりと剣を手放したのだ。
そのまま後ろへ大きく下がり、ベッセルから距離をとる。
軍デレ教司祭は攻撃手段を大きく失った。こちらが圧倒的に優位に立てた。
ベッセルはその距離を詰める。剣は大きく振りかぶる。
軍デレ教司祭は盾しか持っていない。その攻撃は剣のリーチを上回らない。
振り下ろす。狙いは当然、コックピット。
軍デレ教司祭は動いた。盾を持つ手を前方に。機体そのものを横へとずらし、打点をずらそうとしている。
構わず振り下ろす。というか、もう慣性で止められない。
激突。剣は結局Bodyに到達しなかった。
盾が横っ腹に殴りつけられ、軌道が胴体の外へと流される。
そのまま軍デレ教司祭はこちらへと前進してくる。剣は軍デレ教司祭の腕と胴の間に滑り込んだ。
そして、軍デレ教司祭はその振りぬいた剣。それを保持するベッセルの腕に手を伸ばす。
相手の意図を察し、僕は背筋に悪寒が走った。
即座に剣から手を放す。腕を引く。
軍デレ教司祭の手は空を切った。
危なかった。あのまま握っていたままだったら、腕を丸ごと持っていかれていた。
こちらは剣を手放した。攻撃能力が大きく減じる。
それは相手も同じ。
装備しているのは盾のみとなる。
この状況で盾で殴りかかるのは得策じゃない。最悪、盾ごと腕を持っていかれる。
アタッチメントを開き、固定されていた盾を廃棄する。こうなったらもう、盾は意味を成さない。攻撃力も素手よりはまし程度なうえ、素手で殴れば殴りかかった指が破損するから。
組みついて関節を破壊するのが一番確実だ。
軍デレ教司祭も盾を廃棄。素手での関節破壊をするつもりだ。
お互いに身構える。
緊張して時間の間隔が無くなる。長時間そうしたかと感じれば、まだ一瞬の出来事とも感じる。
動いたのは同時だった。
お互いに前進し、その両手を前へと構える。
それはお互いの指を掴み合い、ガッシリと固定し、そこから先は機体のパワーに任せた力押しだ。
お互いに一歩も引かず、じわじわと腕の出力を上げていく。
お互い瞬間的にフェイントをかけ、相手のバランスを崩そうと躍起になる。
機体の正面には、軍デレ教司祭。
僕は、気づかぬうちに口角をあげていた。
じわじわ、じわじわと腕の出力を上げていく。
視覚情報としては見えない攻防。
しかし、それは長く続かなかった。
いきなりの破断音。力を失う両の腕。
前傾姿勢の機体は、その姿勢の支えを失うことで大きくバランスを崩した。
抱き合うような形で、その場に擱座する2機の百錬。
「あー、する奴がいると思わなかったから詳しくは言わなかったけどさ」
機体名“スミス”と表示された百錬が出てくる。
なぜか一緒に訓練していた大矢さんだ。
「百錬は格闘戦ができるように作ってないぞ」
大矢さんはそう言った。
「…ふふっ。引き分けです」
通信で声が聞こえた。
目の前の軍デレ教司祭。その中の山郷さんの笑い声だ。
「いや、こっちの負けでしょう。」
僕は山郷さんの判定を否定する。
切り、突き、関節技。
多彩な攻撃手段は、確実に僕を追い詰めていた。技能そのものなら山郷さんの方が一枚上手だ。
「いやあ、結果は結果。引き分けは引き分けですよ」
機体を初期化し、立ち上がりながら山郷さんは言う。
「次に持ち越しです」
それはもう一度決闘をするという意味である。
軍デレ教司祭は手を差し出してくる。
「次は勝ちます」
僕はその手を叩いた。
結局引き分け。戦闘描写は難しいデース