2-8 指揮官のカリスマ
翌、早朝。
「はぁ、はぁ、はぁ―」
僕は駆ける。ペースは落とさず、急ぎもせず、淡々と一定のペースで走り続ける。
ゴールが見えてきた。あと20、15、10、5。
僕はゴールを超えた。
「お疲れさん」
先にゴールしていた永水さんがそう声をかけてきた。
今の僕たちは基礎体力訓練中だ。
何故と思う理由はないだろう。僕たちは自衛隊に入隊しているのだ。
望んでいないという差はあっても、そこは変わらない。
言ってしまえば僕らは新兵。当然、新兵には訓練がいる。
そして軍隊というものは体が資本だ。
というわけで、僕らは大絶賛筋肉造りに精を出しているのだ。
「思ったよりも早いね」
永水さんはそういう。実際、未だにほとんどの人はマラソンでヒイヒイ言っている。終わっているのは僕を含めて数人か。
「まあ、実家が実家ですから」
「ふうん?どういうことだい?」
「和水家の人間は、皆自衛官なんです。おかげで、家でよく鍛えられてました」
僕の兄も、父も、祖父も、曽祖父も。みんなこの国の自衛官だったらしい。
詳しい役職まではわからない。けど、おかげで家の中身は完全な軍事系だ。
それに伴って、僕自身それなりに鍛えられている。
といっても、小説やゲームとかでよくある“幼少期から血反吐を吐くような地獄の訓練”といったことにはなっていない。
日常に鍛練が組み込まれている程度のゆるーい感じだ。
「そうなんだ」
「それよりも、個人的にはあっちの方が気になるんですけど」
そう言って、僕はそちらの方を指さす。
そこは、このマラソンで早くも体力切れを起こしてへたり込んでいる人たち。
「そらどうした!誰が休んでいいといった!?」
の、前で盛大に罵倒している女性。
ミオリさんだ。
「何だ、もう限界なのか。たった3キロ走るだけだぞ。もう限界なのか?」
「もう、無理です」
「何が無理か馬鹿者。まだ話す元気があるじゃないか!怠けているんじゃない!このクソ虫が!」
「く、クソ虫!?」
「そうだ。お前たちはクソ虫だ!ただ飯を食ってクソを垂れるだけのクソ虫だ!違うというなら3キロくらい走れ!」
昨日までとは打って変わって、某映画の軍曹みたいな光景を目の前で見せている。
「あれ、なんですか?」
「陸自式新兵教育?」
「思いっきりアメリカ海兵隊仕様じゃないですか。どこのハー〇マン軍曹ですか」
そうツッコミを入れる間も、ミオリさんは罵倒を続ける。
「貴様はダンジョンでMULSが破壊されたとき、どうやって生き延びるつもりだ?別の誰かに乗せてもらうつもりか?素晴らしいな。貴様は誰かに助けてもらえる価値があると?まったくお花畑すぎて笑うしかない。お前たちは仲間の足を引っ張る自覚があるのか?」
その言葉を聞き、僕は永水さんに聞く。
「実際、ダンジョン内でMULSを撃破されたときって生きて帰れると思います?」
「さあ?まあ、無駄にはならないんじゃないかな?」
永水さんはそう答えた
「お前たちは仲間じゃない。ただのお荷物だ。いや、ただの荷物ですらない。仲間の足を引っ張り靴を汚す。正真正銘の ク ソ 虫 だ!」
そこまで罵倒したかと思えば、
「ああ、やりたくなければやらなくてもいいぞ。MULSは貴重だ。高価だ。クソ虫にくれてやるにはもったいないな。ああ、だから帰れるとは思わない方がいいぞ。そんなことをしたら皆は走らなくなるからな。お前たちはここで雑用係としてこき使われる。」
やはり罵倒が続く
「うわぁ、えげつねぇ。」
永水さんがそう呟いた。僕もうなずく。
MULSに乗れるのは、今回の徴兵で得られる僕たち唯一のメリットだ。
それがなくなるとなれば、僕らのモチベーションはだだ下がりだろう。
「貴様らはずっと、MULSの装甲磨きでもさせられるのだろうな。ああ、ダンジョンに入る連中と同じ扱いを受けると思うなよ?何せ貴様らは ク ソ 虫 だからな。危険なダンジョンに入る連中と立場が等しいわけがないな。貴様らは、目の前で、MULSに乗って、ダンジョンに入る、あいつらを、惨めな気持ちで毎日見るのがお似合いだ」
へたり込んでいる人たちはまともに口も開けない。その中の何人かはミオリさんをにらみつけている。
「何だ。悔しいのか?なら走れ!たかが3キロ。走って見せろ!」
「クソが、やってやる。ほら、爺ちゃん、がんばれ!」
「うわぁ、マジでやる気出すんだ。あれで」
様式美じみたやり取りに、僕はちょっと感動した。
「ふ、ふ、ふ、…ふぅ。やっと終わりました」
そんな時、山郷さんがようやくマラソンを終わる。
「あ、お疲れ様です」
「お疲れ様です、皆さん早いですね」
「まあ、鍛えてますから。それよりも山郷さん。アレ、どう思います?」
「アレ?…ああ、あれですか」
そう言って、僕は未だに最後尾を罵倒しているミオリさんを指さす。
「羨ましいですね」
「……はい?」
山郷さんの即答に、僕は思わず聞き返した。
「だから、羨ましいですって。若い女性。しかも、思わず守ってあげたくなるような背の小さくて童顔な可愛らしい女性。」
その言葉に、ミオリさんを見る。確かに、背は小さいし、顔も童顔で整っている。
まあ、可愛いかどうか。聞けばほとんどの男性がYESと答えるだろう容姿をしているのは間違いない。
「そんな可愛らしい女性に叱咤激励されるんですよ。悦ぶべきことでしょう?」
「喜ぶの字が違いますよねソレ。ていうか、激励ですか?いやいや、罵倒でしょう?」
その言葉に、山郷さんは「わかっていませんねぇ」と否定する。
「彼女の言っていることをまとめてみてくださいよ。『ダンジョン内で一人になったらどうするの?このままだと死んじゃうんだよ?みんなを危険にさらすんだよ?そんなのダメだよ。死んじゃダメ。だから走って。体力付けて』ですよ。これのどこが罵倒に聞こえるんですか」
「いや、言い方ってもんがあるでしょう」
「だから考えていっているんでしょう。あんなかわいい娘に口汚く罵ってもらえるなんてご褒美以外のなんだというんですか」
「あダメだこいつ変態だ」
というか、既に走り終えている人や走っている人の中にもチラホラと羨ましそうに見ている人がいるし、罵倒されている人の中には「ぶひぃ」「ぶひぃ」と悦ばしそうに喚いている人もいる。
「よし、全員走り終わったな。では引き続き腕立て腹筋スクワット。各50回。始め!」
そんな様子を知ってか知らずか、ミオリさんは声を張り上げ続きを促す。
その間も、ミオリさん式ブートキャンプは続いた。
「そんな腕立て伏せが為になるものか!肘を曲げろ!体を落とせ!それでは腕立て伏せではなく腰上げ下げだ!」
そう言いながら、腕立て伏せの甘い人の肩を押し、
「ありがとうございます!」
と言われたり。
「誰が寝ろと言った!頭を地面につけるな!気を休めるな!腹筋に負荷をかけ続けろ!」
そう言いながら頭を小突き、上から見下ろし、
「ありがとうございます!」
と言われたり。
「膝を曲げろ!腰を曲げるな!鍛える場所を意識しろ!」
そう言いながらスクワットをしている人の腰をつかんで下におろそうとして、
「フヒィ!?ありがとうございます!」
そう言われたりしていた。
「よろしい。これで調練を終わる。各自朝食をとり、0900に集合するように!」
『ありがとうございました!』
訓練が終わるころには、MULSドライバーの大部分が身も心もミオリさんの指揮下に入っていた。
「す、凄い。ミオリさん凄い。」
そう僕は言う。あっという間に彼らを掌握したミオリさんの人心掌握術に、僕は尊敬の念を抱いた。
「あっという間に彼らをまとめ上げてしまいましたよ。ミオリさん」
「お、おう。まあ、何人か漏れた人もいるみたいだけどな」
永水さんがそう言う。
「時間の問題じゃないですか?いずれみんなミオリさんに従うと思いますよ」
僕はそう反論した。
「うん。樹君も掌握されちゃったね」
永水さんはそう僕に応えた。
ゴメンナサイ。軍デレ書きたかったんです。
追記。ヤベェコレ軍デレじゃねえ!ただの軍だ!デレがねぇ!
…。ま、次の機会ということで。
頑張ります