5-28 ウォー・ラフタル
「ミコトさんが、僕のことを助けたから」
僕の答えに、ミコトさんが通信越しに息をのんだのが聞こえた。
思っていた答えとは違ったのだろう。だけど、これ以上の回答は無いと思った。
「ミコトさんが僕のこと助けなきゃ、僕はここで死んでたからね」
ダンジョンに突入し、落とし穴に引っかかり、そしてそのまま死にかけた。
それを助けたのはミコトさんだ。
その行動が無ければ、僕がここに来ることなんてできなかっただろう。
つまり、ミコトさんが僕を助けなければ、僕はここにはいない。
うむ。ミコトさんの問いに対して、これ以上の答えは無いだろう。
「死んだらここには来られない」
「そんなこと聞いてない!」
ミコトさんは激昂した。
「私はイツキ君を助けてない!私の責任を果たしただけ!貴方が私を助けるためにこんなこと頃まで来る義務なんかない!」
ミコトさんはそう叫ぶ。そこに嘘はないだろう。
全て本心。全力の叫びだ。
「私は望んでここに居る!だって私は――――――」
「『死にたいから』」
ミコトさんの言葉を、僕はそう続けた。
僕の答えに、先ほどの激昂も忘れて沈黙する。
「何で、それを……」
打って変わって震える声でそう呟くミコトさん。それは彼女の本心だった。
そうだろうなと僕は思う。それを予測することは、僕にとっては難しい事じゃなかった。
無理無茶無謀にフルダイブ。その行動の理由はとっても明確。
自分で自分は殺せない。そんな勇気は持っていない。
だからこそ、死ぬかもしれない状況に赴き、それに巻き込まれて死ぬ。
死ぬまで続け、死ぬまでがんばる。そして死んだら万々歳。
何のことは無い。ミコトさんの行動は、遠回しな自殺でしかなかったのだ。
「まあ、いつも見てればそれくらいは思いつくよ」
僕は彼女に近づいた。
「じゃあほっといてよ!死ぬ時くらい好きにさせてよ!」
僕の答えを聞き、とうとう泣いて叫ぶミコトさん。
死んでしまえと追い詰められ、そして自殺を決意して、それを阻止され。
自分の感情のはけ口を無くし、叫ぶことしかできない彼女。
「嫌だよ」
僕はそんな彼女の言葉に。冷たく感じるほど簡潔にそう答えた。
「何で!」
泣き、叫ぶミコトさん。
「ミコトさんが、僕のことを助けたからだよ」
僕はそんなミコトさんに対して、繰り返してそう答えた。
僕の言葉にミコトさんは一瞬だけ息をのむ。そして再び、声を発しようとして、しかしそれよりも先に僕が喋った。
「僕が今生きているのは、ミコトさんの行動の結果。」
ミコトさんの無謀が無ければ、僕はここにはいなかった。
ミコトさんの行動が無ければ、僕は死んで墓の中。
死んだら仏。仏は動かん。ミコトさんを助けようなんてしたくてもできない。
「わかる?僕がここに居るのは。ミコトさんの行動の結果」
だからこそ、僕はこう答える。
「ミコトさんを助けたのは、僕をミコトさんが助けたからなんだ」
僕はミコトさんの元にたどり着いた。
「私はそんなこと望んでいない」
ミコトさんはそう言った。実際、僕には彼女の死に方に口を出す権利は無い。
「だろうね」
だから僕も簡潔にそう答えた。そして、こう続けた。
「僕は僕で、好きにするだけだよ」
僕はもう少しだけ先に進み、そこに突き立った剣を引き抜いた。
骨の王が叫びをあげる。音としては伝わらないが、しかし叫びは伝わった。
彼らに意思があるとは思えないが、しかし空気を呼んでくれたかのような行動だった。
そのことに、意思の無い骸骨相手に少しだけ感謝する。
「ちょっと待って、イツキ君!一体、何をするつもりなの!?」
僕の行動にミコトさんは声を上げた。
これから僕が何をするのか?そんなこと、ミコトさんならわかるだろう?
「死にに行くんだ」
僕は簡潔にそう答えた。
これに矛盾を感じる人が居るかもしれない。
僕は昔、死にたくないと暴れたことがある。
だというのに、今は死ぬために骨の王と対峙している。
その行動には矛盾がある。自己保存が最優先。なのにぼくは死にに行く。
その矛盾は、一体どこから発生しているのか。
答えはとても簡単で、僕は一つ嘘をついていたのだ。
その嘘は『死にたくない!』。
もうちょっと誤解の無いように言えば、それの言葉には前文がついた。
それを繋げれば、こういう一文になる。
『こんなことで死にたくない!』
それが僕の、死にたくないと暴れた理由だった。
万物は滅びる。その在り方を変えるという意味も含めれば、すべて滅びる。
人や生き物、建物だって朽ち果て、大矢さんの説明では原子だってその在り方を変えていくらしい。
この世に滅びないモノなんてなかった。
人だって必ず死ぬ。死にたくないは実現しない。
じゃあどうするのか、死にたくない。生きたいというその意味は何か。
その答えは簡単だ。『臨んだ死に方をしたい』のだ。
物語の英雄として死ぬ。孫に囲まれて幸せの中で死ぬ。
目的はいろいろあるだろうが。結局、人がどう生きたいかというのは、結局はどんな死に方をしたいのかということでしかないのだ。
その為に人は生き、そして努力する。
望んだ死に様。つまりは生き様を得るために。
そして僕の場合、最初に提示された死に方が「ガキのおもちゃとして消費される」ことだった。
人としての人権すらなく、ただの消耗品として浪費される死に方。
そんな死に方は、さすがの僕にも耐えられるものではなかった。
だからこそ、僕は別の死に方を望んだ。
それは「犯罪者として死刑にされる」ことだった。
それは当時のいじめっ子たちの報復という形で起こったものだった。
どんな理由であっても暴力はいけない。そんな決まり事を無視して暴れ、殺しかけた。
それは犯罪者としての行動であり、今後の人生を潰す、ある意味での死と変わらない代物だった。
だが、それは『人として死ねる』だけ、とてもマシな死に方だった。
だから僕は文字通りの”死ぬ気”で暴れた。人として死ねると、喜んで暴れた。
しかし紆余曲折を経て結局僕は死にぞこない、犯罪者としても扱われなかった。
そして三度目の死の提示。骸骨との闘争の果ての死。
望んではいないが、しかし今までよりもマシな死に方。
要はお国の為に働いて死ぬわけだ。まあまあマシな死に方か?
これはミコトさんに阻止された。
そして今、僕は進んで死に向かう。
「待って、止まって。イツキ君!」
背後でミコトさんが叫ぶ。
だけど僕は止まらない。
「私はそんなこと望んでいない!」
そんなことを言っているが、しかし僕にとってはどうでもいいことだった。
僕も彼女の意思なんて知ったこっちゃないからだ。
僕にとって、ミコトさんが死ぬかどうかは本当はどうでもよかった。
本当にしたいことは、ミコトさんよりも先に死ぬことでしかない。
だから、ミコトさんの言葉は今はどうでもいい。その言葉は、二人仲良くあの世に行ってか、それともこの世に生き残ってか。そのどちらかで聞くべき言葉。
とにかく今は聞く意味がない。
「僕は貴女のために死ぬ」
僕は誰にともなくそう呟いた。
息をのんだのは、ここに居る一体だれか。
答える人は誰もいない。
「ふふ、ふははっ」
ただ、その言葉に笑った人が居た。
それは僕だ。僕はその言葉に笑った。
その死に方は、一体どうだ?
ガキのおもちゃよりもひどい死に方か?
犯罪者よりも惨めな最後か?
国の為に死ぬことよりも無意味な事か?
全て違う。そんなものより、この死に方はとても上等だ。
正直言って、生き残るだけなら骨の王を倒す必要はない。
ミコトさんをコクピットから引きずり出し、すたこらさっさと逃げ帰ればいい。
だけどそれを僕はしない。何故かといえば答えは単純で、そんなことをしてもミコトさんは救われないから。
そんなことをしても、彼女は死にきれなかったと嘆くだけ。
だから、僕があの骨の王を倒さなければいけない。
彼女に助けられた結果の僕があいつを倒せば、それはつまり、彼女の行動の結果になるからだ。
まあ彼女のことだ。こんなことじゃ納得できないだろう。
それならそれで構わない。その時は死ぬまで続けるだけだ。何度も何度も命を賭けて、ミコトさんより先に死ぬ。
死んだらどうする?
そもそも死ぬ気。
生き残ったらどうします?
あたりが出たからもう一回!
「あはははははははっ」
僕は笑う。口の端が吊り上がる。
当たり前だ、僕は一体何をする?
単純だ。自分の命の恩人に、命をかけての恩返し。
これ以上の死に方が、一体どこにあるだろうか!
「ふはは、あはははは、はははははははははは!」
僕は笑う。最高の、命の捨て時を今見つけた。
だから後は実行するだけ。
お待たせしました、骨の王。いや、キング・スカル・ゴーレム。つまり略してK、S、G。
はっきり言おうかこのカスが!
お前は僕らの踏み台だ!ミコトさんが胸を張るための踏み台だ!
その為なら、僕の命を賭けてやる!
僕はお前を叩いて潰す!話し合うより簡単だ!
「は は は は は は は は は!」
僕は笑い、そして突撃した。