5-27 A.
目の前には巨躯がいた。
普段とは違う、18m級の巨大骸骨。
それは私の目の前に佇み、私がその大部屋に入るのを待っていた。
さながら、食卓に上がるディナーを待つかのように。
だけど、歩みは止めない。止めることはできない。
私は一歩、その大部屋の中へと足を踏み入れた。
巨大な骸骨は咆哮を上げる。
それは音として伝わるものではなく、こちらにその声を聴くことは叶わなかった。
しかし、応じた彼らは目を覚ます。
「…っ!やっぱり!」
それは椿の予想の通りだった。地面から、壁面から、呼び覚まされた僕たちが立ち上がる。
それは5m級の骸骨達だった。それ以上の巨躯はいないが、代わりにすべてが剣を持つ。
盾や杖持ちがいないことが幸いか。
距離はそう遠くないが、骨の王に集まるにはいくばくかの時間を要する程度には離れていた。
ならば、短期決戦でケリをつける。
私は機体を前進させた。
手にもつ武器は多目的砲。
マガジンには5発しか入らないが、一発で標準的な骸骨を倒せる。
道中の雑魚をそれで粉砕、リロードを挟んで、その狙いを骨の王へと向けた。
狙いは胸部、そこにあるはずの敵のコア。
発砲、命中。撃ち込んだりゅう弾は敵の胸部に沈み込み、その力を開放してその身を構成する骨粉を吹き飛ばす。
それは規模こそ大きいものの、しかし見慣れた光景だった。
ただし、見慣れたのもそこまで。
「…っ!早い!」
巨体故に小さいが、しかし目に見えて損傷と言えるほどに大きく開いた爆破痕。
それが、内側から盛り上がるように修復されていた。
現象そのものは普通の骸骨と同じだ。
たが、その速度は速かった。
当初の予想通り、その巨体を構成する大量の骨粉を操る骨の王。その修復力は、その体積に比例していた。
見る間に回復していく骨の王。
そうはさせまいと、私は多目的砲を連射した。
のこりの4発が敵の胸部に吸い込まれ、その暴力を開放する。
それは確かに効果を出した。設定された能力を開放した。
ただし、それは骨の王を倒すには足りなかった。
胸部は大きくへこみ、コアであろう蒼く、暗い光がそのへこみの底から透けて見えた。
つまりはコアまで皮一枚の厚みだ。あと一発、撃てば終わる。
しかし、マガジンにはもう残弾が残っていなかった。
リロード、装填、そして照準。
一連の動作は手慣れたもので、早かった。
しかし、それでも遅かった。いまにも修復を終えそうになっている骨の王。
装填したマガジンの弾を、全て胸部に叩き込む。
今度はコアが露出した、普段よりも大きく、そして強い光を放っている。
再びリロード。そして照準。
今度の弾はコアに届く。次の斉射で倒せるはず。
だからこそ引き金を引く。その為の指示を出す。
しかし、その攻撃は叶わなかった。
「きゃっ」
背部に衝撃、機体が前に押し出される。
「何!?」
いきなりのことに声を上げるが、すぐにその原因は判明する。
センサーが知らせるのは、5mほどの人型の何かが近くにいること。
それは敵が呼んだ骸骨だった。それは普段と同じ骸骨だが、手には剣を持っている。
質量は軽いがその一撃はなぜか重く、MULSにダメージを与えることができた。
その一撃が、私の機体に当たったのだ。
そして、それは剣を振った一体だけじゃない。
2体、3体、今まで無視していた骸骨たちが、今私を囲んでいる。
そのことに気付き血の気が引いた。
骨の王に気を取られ、僕を把握していなかった。
それはうかつで、後悔した。
そして、その後悔は遅かった。
囲んできた骸骨が剣を振る。狙いは私、その出どころは全方位。
私は回避しようとした。そして、それはできなかった。
右腕、胴体、左の肩、そして足。
思い思いの部分を強打され、その重い一撃は装甲を割り砕く。
一部はフレームにまで到達し、その機能を喪失した。
その中には、脚部のフレームも含まれている。
機体の足に力が入らない。入れて支える骨がない。
仰向けに倒れる。一瞬の浮遊感と、そして直後に衝撃がコクピットを襲う。
背中に感じる自身の体重。それは体が上を向いているということであり、MULSが仰向けに倒れたことを意味していた。
倒れたMULSは無防備だ。そして、そんな敵を骸骨が見逃すはずがなかった。
視界に映るのは、私を囲む骸骨たち。その手には剣を持ち、それを今にも私に振り下ろそうとしている。
そして、それはすぐに振り下ろされるだろう。
一秒も経たずに振り下ろされ、それはコクピットを破砕、その中にいる私を押しつぶし、殺すだろう。
死が目前に迫っているというのに、私は不思議と平静だった。
いや、平静じゃないのかもしれないが、しかし何も感じなかった。
あったのは、『なるようになったかな』と、納得している自分だ。
こうなったのは、すべて自分の行動の結果。
MULSのプログラムを作り、MULSが実現し、そしてそれに乗ってダンジョンに挑み、殺される。
それが私の運命だった。
これでいい、この結果で満足。
もう少し生きていたい。しかしそれはもう叶わない。
仕方がないと諦めた。何故がすっぱりと諦めきれた。
一抹の寂しさはあるが、残ったのはこの状況に対する納得だけだった。
剣が私に振り下ろされる。待っているのは私の死。
私はそれを受け入れて―――――――
「―――え?」
そして、それらはすべて薙ぎ払われた。
目の前を、板状の何かが回転しながら下へと抜けていった。
それは周囲の骸骨を巻き込み、その身を砕いて過ぎ去っていく。
振り下ろされた剣はその持ち主を失い、MULSの胸部を響かせるだけにとどまった。
その結果をもたらした板切れは、その役目を終えたとばかりに失速し、私の足元で墜落、その切っ先を地面に突き立てる。
そう、切っ先を突き立てた。
それは鉄の剣だった。
人が作った歩行兵器。MULSのための近接武器。
そして、それを使うのはこの基地ではただ一人。
「ミコトさんは、本当に無茶ばっかりするよね」
呆れた声は、ここ最近聞きなれた声。
「イツキ君!?」
発した声色にはいろいろな感情が混ざっていた。
生き残った安堵、助けてくれたうれしさ。そして、また巻き込んでしまった悲しさ。
それらは全てが私の中で渦巻き、彼になんて言えばいいのかを解らなくさせていた。
そして、そんな私の中でもひときわ強い感情が次の言葉を押し出した。
「なんで、ここに?」
その中にはいろいろな意味がある。
攫われたイツキ君がどうしてここに居るのかという意味。
永水さんたちよりも先にどうやってここに来たと言う意味。
そして、何で私を追ってここに来たという意味。
彼は一体どうして、ここに来たというのか
そんな私の問いに、彼は応えた。
彼は――――――――
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「関さん、ここまでで大丈夫です。引き返してください」
ダンジョンに突入した僕は、関に対してそう言った。
「嫌だよ。絶対についてって記録するんだから」
関の言葉に僕は内心呆れた。
理由は人それぞれだろうけど、そんな理由で付いてくるのか。ここからは一歩間違うと死んじゃうんだけど。
いや、こいつにとって記録は命令無視してでも大事なものだった。
もう考えまい。
ただし、関の随伴はやめてもらう。
「ちょっと裏技使うんで、関さんだと無理なんですよ」
僕は関にそう言った。
このまま進んでも、先行している永水さんたちが先に到達するであろうことは想像するに難しくはない。
何より、ミコトさんの救出に間に合わない可能性が十分にあった。
普通に走っても、それには間に合わない。
だから、ちょっとした裏技を使ってショートカットをするつもりなのだ。
それにはある条件が存在し、関はそれをクリアしていなかった。
「大丈夫。絶対についていくんだから」
しかし関は聞き入れない。
「―――知りませんからね」
聞き入れる気がない事は今までの行動が教えていたので、僕はもう放置することにした。
どちらにせよ、失敗すればついては来れないし、成功しても放っておいていいからだ。
だから僕は突き進む。目的の場所へと疾駆する。
その目的の場所は、ダンジョンの下層への入り口じゃあない。
ダンジョンの入り口からまっすぐ進み、1つ目の分岐路を進んだ所。
それは、僕がここに最初にやってきて、そして落とし穴に引っかかった所だった。
そして、それが僕の目的だった。
ポイントに到達すると同時に、脚にかかる荷重が消える。
落とし穴が作動したのだ。一瞬の無重力。そして重力が機体を捉え、僕の機体を引きずりおろした。
これが僕の言った近道だ。
初期の百錬だと足が壊れ、ショートカットとしては使えない。
しかし、僕の機体は別だ。
外見は同じでもその中身は強化され、何より自重がより軽くなっている。
それは落下に対する耐性を引き上げ、このショートカットを利用可能にしていたのだ。
ならばあとは落ちるだけ。これなら永水さんたちをも追い越して、ミコトさんの元にたどり着ける。
ただし関は例外だ。未強化のMULSにはこの落差はつらいものがある。
幸い、このエリアにはMULSを倒せる敵はいない。放置しても問題ないので、後で回収することに―――――え?
「さあさあ行こうボスのところに!ホラホラ立って立って早くいこうよ!」
そこには着地の衝撃から立ち直り、そして先行し始めていた関のMULSが。
僕は慌ててそれについていく。
「な、何で立てるんですか!?」
僕は混乱した。あの落とし穴に、普通のMULSでは耐えられない。
それは現状のように、最初期から脚部を強化した代物でも同様だ。耐えられるだろうが、ダメージによる機能低下は避けられない。
だけど、このMULSはぴんぴんしている。というか、機動性が上のはずの僕の機体よりも早く、気を抜けば置いていかれそうになる。
「イツキ君はさ、打撃支援についての認識が甘いみたいだね」
関は、混乱する僕に対してそう言った。
打撃支援。特殊技能のうちの一つで、狙撃手と同じガンナー系の特殊技能。
その役割は、指定地域に対する火力の投射だ。
それは特定の個体ではなく、そこを含むエリア全体を攻撃するモノであり、それはMULSの回避能力を無視してダメージを与える攻撃方法だった。
それは確かに効果的だが、しかし僕はこれが特殊技能の中に分類されることには疑問的だった。
「ただの面制圧じゃないんですか?」
「やっぱりその程度の認識だったんだね」
ちっちっち、と舌を鳴らして僕の認識の甘さを馬鹿にする関。
そして、そんな僕に対して関は解説を始めた。
「確かに僕たち打撃支援は面制圧をするだけ、敵を狙わずに持てる火力を投射するだけ。正面からの戦闘力はそこまで高くない」
関の言葉に頷く。そこまでは理解できる。
「だけど、ただ火力を投げつければいいってものじゃない。火力を叩きつけるのに有効な場所はあるし、タイミングだってある」
これも理解できる。
「つまり、戦闘の流れを見る戦術眼ですか?」
「違う。そんなものは全員が持ってないといけない」
僕の答えを、関は否定した。
「僕たちに必要なのは、打撃力が必要な場所に、必要な火力を投射すること。そしてその火力を叩きつけるために、最適な支援位置を確保することなんだ」
次の落とし穴が見えてきた。関はそこに突入する。
「必要な時に、必要な場所へ、必要な火力をお届けする。その為に必要なのは何か!答えはこれさ!」
落下、そして着地。先行していた分を差し引いても、着地からの行動は関の方が圧倒的に早かった。
「どんなところでも走りぬき、間に合わせる高い戦術機動性!これで僕は3位までのし上がってきたんだ!」
関は足る、僕より早く。
僕たちの進路に立ちはだかる敵を迎撃する余裕も持ちながら走る関を、僕は必至で追いかける。
「ホラホラ急いでイツキ君!今日は君を届けるんだ!脱落なんて許さないんだからね!」
関は僕を叱咤した。
僕は甘んじて受け入れた。
関のことを舐めていた。ただの姫と舐めていた。
成程、トップ3にのし上がるだけの秘密があったわけだ。
そしてそれは、僕にとっての助けになっていた。
僕一人では、ここまでスムーズに進むことはできなかっただろう。
最後の落とし穴にたどり着く。迷わず進み、落下する。
そして着地、そこはダンジョンの最下層。
目の前にはボスである18m級の骸骨が佇んでいた。
打ち倒され、随伴の骸骨たちに今にも叩き潰されようとしているミコトさんの乗るMULSと共に。
目の前の関が横へとズレた。状況を認識し、僕の邪魔にならないように避けたのだ。
何故かといえば。たぶん、それが画になるからだろう。こいつの考えだとそれくらいは考える。
お望み通り、僕がやる。
ミコトさんの周囲には5体の骸骨。
そのすべてを倒すにはどうすればいい?
爆弾は一体にしか対応できない。残りが叩き、潰される。
答えは何だ?
即決した。
僕は手にもつ剣を振る。爆弾は装填していない。投射機としては使えない。
剣を振っても間合いが足りない。
つまり、これはただの無駄な行動だ。
それが本来の使用用途なら。
振った剣は加速する。遠心力が剣にかかる。
それは剣の威力を上げて、更に速度も乗っていた。
その一撃と攻撃範囲は、骸骨の集団を倒すには十分な代物。
だから、それを投射した。
間合いが足りないなら、投げてしまえばいいのだ。
狙いは正確に到達した。
そこにいた骸骨どもを割り砕き、降りかかる驚異を排除する。
剣は落下し、MULSに落ちたが、その威力は残っていなかった。
間一髪。間に合った。
「ミコトさんは、本当に無茶ばっかりするよね、ホント」
呆れながらも、ミコトさんにそう言う。助けられた安堵も含めて。
「イツキ君!?」
僕の言葉に、ミコトさんは驚いたようにそう言った。
実際、そうなのだろう。続く言葉がそれを現していた。
「なんで、ここに?」
簡潔でありながら、しかしその中には複数の意味が込められた言葉。
さて、何と答えようか。
ミコトさんの問いの中にある疑問を吟味し、咀嚼し、そしてその答えを何にするかを考える。
そして、そのすべてに納得のいく答えを僕が思いつき、そしてそれを答えにした。
僕は———