5-26 おれたちゃMULSドライバー
「はぁー」
一通り身の安全を確保してから、ようやく僕はため息をついた。
転がっているのは男二人女ひとり。三人の四肢はみなあらぬ方向を向いており、叫び声をあげられないように部屋や当人が身に着けていた衣類でその口をふさがれていた。
意外に時間を喰ってしまった。だけどコイツら処理しないと背中から襲われかねないんだよな。
おまけに外にもこいつらの仲間がうようよいるだろうしな。
僕は潜入ゲーでは片っ端から殺していくスタイルなんです。殺さないだけましだと思え。
デバイスがあれば警察を呼べたんだが、コイツら僕のは捨てるし自分たちも持ってないしで手に入らない。
仕方がない。外に出て徒歩でここから抜け出さないといけない。
心もとないので、何かないか部屋を物色する。
「……お?」
ペンが見つかった。樹脂製の量産品。武器としての機能は本来持っていない代物。
「仕方がない」
無いよりましだと考えることにした。ドアへと向かい、まずはドアに耳を当てる。
まずは外の様子の観察だ。
何も聞こえなければいいなと思ったが、そううまくはいかなかった。
こちらへと近づいてくる足音。
いや、むしろ好都合なのか?
とにかく扉から耳を話し、部屋の奥へと戻っていく。
ドアの陰に身を潜め、待つこと数秒。それは狙い通りに部屋の中へと入ってきた。
荒々しくドアを開け、こちらめがけて突き進んでくる。
足音は二つ。うち一つはかなり乱れたテンポ。おそらくもう一人に無理矢理引っ張られている。
それはすぐそこにまで迫り、そして僕が隣に控えているドアを開けて侵入した。
「ネズミがいたぞ」
そう言いつつ、荷物か何かみたいにもう一人を床に投げ捨てた。
だが残念。それを見る人たちは全員床に這いつくばってます。
「なっ!?」
敵の混乱は見逃さない。投げ捨てたその男めがけて僕は突進。
狙いは敵の足の腿。相手が反応するよりも早く、僕はそこへとペンを突き立てた。
全力で突き刺し、そして折る。
僕が握っていた部分が男から分離し、埋没した部分が男に残る。
これでこいつは逃げられない。肉体的な損傷に加え、埋没した杭が筋肉の動きを阻害する。引き抜こうにも抜くための握りは僕が破壊している。
だから次に対処するのは敵の頭。
「ぎゃ――――――!」
身体をくの字に折り曲げた男、叫び声をあげる前に、僕はその頭をけたぐった。
誰がやったのかもわからないまま、敵は衝撃で倒れる。
混乱を回復させるつもりはない。跳躍。狙いは敵の肘。
全体重をかけてそれを破壊。ついでに顔面を蹴りたくる。
動かなくなるまで蹴りつけて、もう一つの腕をへし折ると、余っていた布きれで口をふさいで、ようやく僕はこいつを無効化することに成功した。
手間がかかりすぎだ。もうちょっとどうにかできないかな。
そんなことを考えながら、残りの一人、男に引きずられてきたそいつに注意を向けた。
状況と敵の言葉から、こいつはキチガイ共の仲間じゃない。
そう思って見てみれば――――――。
「さすがイツキ君。ありがとう!ボクのために!」
そんなことをのたまいながら僕の腰に抱き着いてきたのは、何でここに居るのかわからない関その人だった。
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「で?なんで僕がここに居るってわかったんですか?」
助けに来たのか捕まりに来たのかわからない関に対し、僕はそう聞いた。
取り合えず抱き着いてきた関に肘鉄をかまし、強制的に落ち着かせての言葉だ。
「あいたたたた。イツキ君の愛が痛い」
「もっとあげましょうか?」
「ちょっと落ち着いてよ。敵じゃないからさ」
そうは言うが安心できない。
あの状況から関が仲間じゃない可能性は高いが、じゃあなぜここを特定できたのかわからない。
万が一にも攫った奴等とグルの可能性があるなら、僕は安心できなかった。
「で、なんで僕がここに居るとわかったんです?」
「それな。イツキ君、自分の服の襟の裏を触ってみてよ」
「?」
関の言葉に疑問を思ったが、しかし従って襟の裏を指で探る。
そして確認できたのは、豆粒大の何かがそこに張り付けられていたという事実だった。
指で剥がし、目で確認する。
それは機械質であり明らかに何らかの道具だった。
「それね、発信器」
関が言った。
「発信機?」
「うん。こうなるかもって思ったし、じゃあ用意しとこうかと、知り合いに頼んで仕込んじゃった」
「仕込んだって、いったいいつ———?」
「今朝、イツキ君見送った時」
「―――あれかっ!」
移動を開始する直前だ。あの時関が過剰なスキンシップをかけてきたが、その時にこいつは発信機を取り付けていたらしい。
「なんでまた勝手にそんなことをしたんですか」
「敵を騙すにはまず味方からっていうじゃない?」
「―――ほんとは?」
「イツキ君のピンチに駆けつけて好感度アップアップ!ついでに動画にもとって視聴率アップアップ!」
「まったく…」
まあ助かったので今回は目を塞ぐことにした。
「予備のデバイスとかあります?僕のデバイス捨てられちゃって」
「だと思って、回収してるよ」
コイツ手際よすぎないか?ほんとにグルじゃないんだよな。
内心そう思ったが、とりあえず心の奥にしまっておくことにする。
デバイスを受け取る。目立った損傷は無し、データの破損も無し。
これなら大丈夫そうだ。
「あ、警察には連絡しない方がいいよ」
だからとそうしようとした僕を、関はそう止めた。
やっぱりコイツ―――。
「警察に連絡したら事情聴取とかで時間とられるよ“そんな時間は無い”でしょ」
わざわざそう言うということは、僕がミコトさんの状況を知っているということだ。
監禁されている中でそんな情報が手に入るとは思えない。
「僕の状況を何で知ってるんですか?」
「その発信機、盗聴機能付き」
「なんとも犯罪臭漂うお友達を持っているようですね。誰ですか?これ持ってた人」
「知らない方が幸せだよ」
関は僕にそう言った。
とりあえず、移動を開始する。
クルマを用意していたようで、僕たちはそれに乗って基地に向かう。
「ただ、基地に帰ると僕のことさすがにバレますよね。そうなったらダンジョンに突入どころじゃ無くなるんじゃないですか?」
移動の途中、僕は関にそう聞いた。
関が言うには、ミコトさんの回収には永水さんと関の小隊たちが追っているらしい。
僕が今から突入しても、成否にかかわらず間に合わないことは明白だった。
状況が状況だ。僕たちが基地に帰り付いたとしても、僕をダンジョンに突入させるかはわからなかった。
むりやり圧し通るのも難しい。
「ああ、それは何とかなるよ」
ただ、関はそれにあっけらかんとそう答えた。
「何でですか?」
僕の問いに、関は簡潔にこう答える。
「今、基地それどころじゃないからさ」
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西富士駐屯地。別名、ダンジョン基地。
今までも何かと騒ぎになっていたこの基地であるが、今回もまた、しかし普段とは違う騒ぎになっていた。
騒ぎの場所は訓練所、射撃場。MULSや兵器のテストを行う場所であり、標的代わりの骸骨たちが拘束されている場所だ。
そこにMULSの集団がいた。
1機2機どころか40機ほどのMULSが動いている。
彼らの目的はそこに標的として拘束されている骸骨たちだ。
彼らはその骸骨たちに接近し、近づいたせいで殴りかかってくる骸骨の攻撃を延々と避け続けていた。
「やめてえええええええ!たあああすけてええええええええ!」
そのMULSの両手に、明らかにこの基地の人間ではない民間人を引っ掴んで。
それは基地の外にいた、基地の外で活動する平和団体の集団だった。
僕が基地を出発した後、何故かこのMULSの集団は基地のゲートを破壊し、基地の外で抗議活動を行っていた集団に強襲。その大多数をその手に引っ掴み、今の状態になったらしい。
何でこんなことをしているのかは、そのMULSたちが声高に叫んでいた。
「さあさあようこそ、ようこそ西富士駐屯地へ!お望み通り、元気な声で話し合いをしましょう!」
「今日も元気に対話、対話ぁ!死ぬかもしれないけど話し合いだああああ!」
「ダイジョーブ私たちがお守りします!指一本触れさせません!」
「だから元気に対話、対話ぁ!触れ合う距離で話し合いだああああああ!」
「あはははははははははは!」
基地の外の平和団体は、よくよく骸骨との話し合いを要求していた。
そして、それを聞いた彼らはつまりそう考えたわけだ。
曰く「じゃあ話し合えば?」と。
故にMULSドライバーは平和団体の集団を引っ掴み、半ば強制的に話し合いの場を構築したらしい。
結果はご覧の有様である。骸骨たちは話など聞かず殴りかかり、民間人は目の前の状況に泣き叫ぶばかり。そしてそんな状況を作っているMULSドライバーはそんなもの知ったこっちゃないと面白おかしく動き回っている。
「何がどうしてこうなったんですか」
関に連れてこられ、目の前の状況を見せつけられた僕はそうツッコミを入れずにはいられなかった。
MULSドライバーたちは元気に踊り狂っている。それを自衛官たちは見守っているだけ。
これはある意味仕方がない。10t超えの重質量が徒党を組んで暴れまわっているのだ。生身では対抗できないし、かといって戦車砲などで吹き飛ばすこともできない。
おまけにその手には民間人を掴んでいるうえ、その近くには敵性体の骸骨君。仮に攻撃してもMULSが倒れ、その衝撃で民間人が死亡、仮に生き残っても骸骨が踏みつぶして死亡。もしくは流れ弾に当たって死亡。
かの民間人たちは行動こそアレだが民間人だ。つまり、保護する対象だ。
そんな彼らを死なせたとあっては、自衛隊にその責任を問われることは確実で、故に自衛隊は彼らの狂行を止めることができずにいた。
参加していないMULSドライバーたちも、彼らの行動に呆れてこそいるものの、しかし止めるという選択肢は無く、静観を決め込んでいる。
一体全体、どうしてこうなった。
「まあ、原因はイツキ君が攫われたからだね」
関は僕の質問に、そう答えた。
「僕のせいですか?」
「いやきっかけ。まあ自業自得じゃあるんだけど」
「どういうことです?」
「イツキ君が攫われた時、結構派手に轢かれたじゃん?」
「ええ」
「で、その犯人たちはあの平和集団たちと同じだってばれちゃったんだ。つまりはご同類だよね」
「ええ、まあ」
「で、彼らの主張では僕たちの味方のつもりらしいよね」
「そうですね」
関の言いたいことがなんとなくわかってきた。
「つまり」
「あいつらは下衆。僕たちにそう思われたんだよ」
関ははっきりとそう言った。
下衆という。その意味は世間一般では人の道を外れたことをする人たちに使われる。
僕たちMULSドライバーたちも同じ意味で使うのだが。僕たちMULSドライバーの中では、それに加えてもう一つの意味を持っている。
その意味は、『味方の背中を撃つ奴』だ。
VRMMO「メタルガーディアン」ゲームとしての話だが、システム的に禁止されることは無いと言ってよかった。
つまり、ゲーム内に置いてシステム的に想定されていないオブジェクトを例外として、攻撃指定にされていないキャラクターに対する攻撃も許可されている。
分かりやすく言えば、無敵キャラがいない。
システム的に禁止されてどうしても壊せないモノというのが存在しないのだ。
それはもちろん、味方に対する誤射も同様だ。
それはゲームにおけるリアリティを引き上げさせたが、同時に問題も引き起こしていた。
その問題が、意図的な誤射だった。
ゲームとしては敵味方に分かれて戦うこのゲーム。そのシステムにはこまごまとしたルールはあるが、基本的にはランダムに選定し、指定の戦場で特定の機数ごとに敵味方に分かれて戦うものになる。
ゲームにおいて、プレイヤーの数は重要になる。
プレイにおけるプレイヤーの腕はもちろん勝敗に重要なのだが、それも結局は生き残り、敵に対して数的有利を得るためという理由からだ。
そんな中で、意図的に誤射をする味方が出たらどうなるか。
つまり味方が一機、敵になる。
10vs10の戦場から、11vs9の戦場になる。
最初から数的不利な状況で戦うことになる。こうなると、個人の腕が頭出でもしていない限り、勝つことは不可能に近い。
故にそれをやった人は下衆と呼ばれ、蔑視の対象だった。味方の背中を撃つ、敵として戦う相手以上に憎い敵として。
それは重大な問題で、ゲームそのものが成り立たなくなる可能性を秘めていた。
だが、現実としては4年も続く長寿ゲームに成り立っている。
それは偶然ではなく、そしてそれはその問題に対して対策を立てていた証明でもあり、MULSドライバーが民間人を襲った理由だった。
「僕を轢いたのは攻撃で、そのくせ味方だと言ってはばからない。だから下衆で、そんな下衆たちには“お仕置き”が必要ってことですね」
それはつまり、全員で袋叩きにすることだった。
ゲームをゲームとして成り立たせるために、それを破壊する下衆は敵も味方も関係なく制裁という名の袋叩きにされるのだ。
ここで注目されるのは、誤射をしたかしなかったかのみだ。意図的か事故かは判断されず、隣の例外を除いて誤射をすれば袋叩きにされる。
僕たち徴兵組の中にそんなことをする奴はいない。僕たちはランキングのTOP100。誤射をする奴は袋叩きにされて、それはポイントがゼロになるまで続く。故に僕たちトップランカーの中に背中を撃つ奴はいない。
そしてそんな僕たちからすれば、背中撃ちをする下衆はシステムを改ざんするチーター以上に憎たらしい存在だった。
理由を聞いて納得した。やりすぎとは思わなくもないが、やることに対しての抵抗は一切なかった。
「ついでに言えば、ここ最近基地の外に出歩けなかったからね。あいつらのせいで。そのあたりの腹いせもあるんじゃないかな」
ますます納得だ。いっそ事故でも起こしてしまえ。
僕は彼らから興味を無くした。必要なのは基地が混乱しているということだ。
その混乱に乗じ、基地内に侵入。MULS用のスーツに着替え、格納庫に移動。
関の手引きもあり、実にスムーズに事が進んだ。
「おい!そこのお前!何してる」
とうとう歩哨にバレる。だが、既に手遅れだった。
コクピットに侵入しハッチを閉鎖。手慣れた手順を、手慣れた動作でなぞっていく。
しばらくして、暗かった視界が明るくなった。
そこに映るのはガレージ内部。それを映すのは僕のMULSだ。
機動が完了。これで誰も止められない。
いつもの剣を引っ掴み、基地の中を疾駆する。
目的はダンジョン入り口、それを囲む城壁のゲートだ。
そこは僕たちが使う武器弾薬の管理場所であり、集積所でもあった。
そこにある、並べられたMULS用の弾薬箱。
その中から、二つの弾薬箱をかっぱらう。
それはカタパルト用の弾薬箱。中身は鉄球ではなく爆弾だ。
それは、自衛隊のボス攻略に向けて準備されたものだった。
腰に装着し、そして出発。
今度こそ、向かうのはダンジョンの入り口だ。
そこに至るまでの妨害は存在しない。止めるためには戦車がいるが、しかし戦車の砲撃では過剰過ぎた。
ちゃっかりついてきた関と共に、ダンジョンの入り口までたどり着く。
それは間に合わないのかもしれない。
無駄になるかもしれない。
それでもやめる気は一切無かった。それはやめる理由にはならなかった。
僕にはミコトさんのもとに駆け付ける、明確な理由を持っていた。
だから僕は突き進む。そこに迷いは一切ない。
だからボクはダンジョンに突入し、その最奥めがけて突き進んだ。