5-25 深淵の淵
事の起こりは中学時代の末期だった。
二年生も終わりかけ、もうすぐ3年に上がろうとするその境。
教師のせいで、そのころには僕に対するいじめはその障害となるものが残っていなかった。
だからこそ、暴力に加えて理不尽なまでの差別と無視も黙認されていた。
先生がやっている。だからこそだれも止めず、それどころかもろ手を挙げていじめに加担する人間が複数人。
一応言っておくが、別にクラスの全員が、学校の全員が僕に対していじめを働いたというわけじゃあない。
無視もいじめというが。そういった、いわゆる消極的ないじめの加担者はその中に入れていない。
状況が状況だからだ。僕に対するいじめを異常だと声を上げた人間は、積極的にいじめに加担する彼らにとっては攻撃の対象だった。
常識において止めるべきことだとはわかっていても、自身に危害が及ぶならその身を守ることが優先される。
彼らにとって、僕はあくまでも無関係な赤の他人であったのだ。つまり、死んでも問題がなかった。
立場が逆なら僕がその立場にいなかったとは言い切れない。だから、僕はそれをいじめだとは言わない。
そんな彼らを無視して言えば、僕をいじめる人間は学校内でもごくごく一部の中のさらに一部であり、その数は件の教師と、そしてクラスメイトの3人だけでしかなかった。
もっとも、その4人。たった4人のおかげで僕の精神は大分疲弊させられていたのだが。
殴る蹴るは当たり前。遊びと称し、更に軍人の息子とハンデを付けられ、ロープで手足を拘束されたうえでの喧嘩を無理やりやらされたりも日常茶飯事。
こいつらが何か問題を起こせば、それはすべて僕がやったことになり。担任だった教師はそれを全面的に信じて僕の立場を悪くした。
僕の言葉は聞き入れられず。暴力に反撃したら、どんな理由であれ反撃することは許されないと、一切の抵抗を禁じられた。
そんなことを繰り返されるうち、僕の味方はいなくなっていた。いじめていた奴らの問題は僕が責任を取らされ、しかしその問題に巻き込まれた人間は実被害を被っている。責任は僕にあるということなので、当然彼らは問題行動をやめもしない。ゆえに被害はさらに拡大する。
巻き込まれた人たちはどうするか、乱暴者に物申す?キチな教師に異を唱える?
答えは簡単。無抵抗の僕にすべてを押し付ける。
お前のせいで被害が出てる。お前がしっかり何とかしろ。
これは普通の対応で、むしろ喚くだけで済むのでまだ理解のある人たちの方だった。
つまり、僕に対するいじめは留まるところを知らず、じわじわとその規模をエスカレートしていた。
そんなときのことだった。
理由は多分存在しない。その時にはもう、可笑しい事が常態化。つまりは普通のことだった。
思いついた。やってみた。たぶんその程度の考えしかない。
僕が階段を降りようとしたその瞬間、そいつらは僕を全力で突き飛ばしたのだ。
強い衝撃に体は吹き飛ばされ、僕の身体は宙を舞う。押された影響か僕の身体は空中で前転気味に回転し、それは僕を突き飛ばしたそいつらのことが確認できるまで続いた。
そして、その姿勢で僕は地面に叩きつけられた。
腰から落ち、受け身もとれない不利な姿勢。
落下の衝撃が全てそこに集中し、僕の腰はそれを受け止めきることはできなかった。
落ちた衝撃に体は悲鳴を上げる。僕も叫び声をあげる。
そして、僕の下半身は一切の声を上げることができなくなっていた。
それが神経がつぶれたせいだと教えられたのは、病院で検査を受けてからのことだった。
ただ、ここまでは耐えられた。むしろ、けがをしてよかったとさえ思っていた。
半身不随は大事故だ。誰も黙ってはいないはず。
やった本人だってやりすぎたことは自覚しているはずだ。
けがは大きいが、幸いにしてこの時代だと治る傷だった。
だから、これで良かった。怪我をしてよかった。これでいじめも少しは落ち着く。
ぼくはそう考えていた。
そして、その考えがとことん甘えたものだったと突きつけられた。
流石に問題の大きさから、警察が事情聴取を行った。
そこで僕は打ち明けた。いじめられていたと、これはその結果だったと。
だけど、それは採用されなかった。
採用されたのは彼らの方だった。
曰く、「遊びのつもりでやりすぎた」と。
彼らは反省しているとして、厳重注意で済まされた。
むしろ、やり返さないお前が悪いと、僕の方が注意される始末。
それは彼らをさらに増長させるのに十分な言葉だった。
「ちょっと骨折したくらいで大げさだ」
「受け身の取り方を忘れたお前の自己責任」
「嫌なら抵抗しろよ」
口々に罵るそいつらの罵詈雑言。
ただ、こいつらの言葉も教師の言葉の前には霞んで見えた。
「治る傷だ。それくらいで喚くな」
担任の教師はそう言った。ベッドの上で、下半身の動かない。シーツの感触すら伝わらない。ただ、何もない虚無しか返してこない下半身を抱えた僕に対し、その教師はそう言った。
繰り返せと、
死にかけろと、
こんなことを、死ぬまで続けろと。
教師は僕に、そう言ったのだ。
その言葉は、僕には効いた。
心が折れた音が聞こえた。
自分の基盤が壊れた音が聞こえた。
その言葉は、僕を挫けさせるには十分すぎる代物だった。
そして、僕は実際に挫けた。
挫けてしまった。
僕は父の仕事を尊敬していた。
軍隊は暴力装置だ。いざというとき、暴力でしか対抗できないとき、その力を行使する暴力装置。
だからこそ、その力は制限される。私利私欲のために行使されることは許されない。
それは、言ってしまえば当たり前のことであり、当然の代物でもある。
だけど、僕にはその在り方が強い憧れになって見えた。
それは、言ってしまえばヒーローの在り方だ。弱気を助け、悪を挫く。そんな普通の、よくあるヒーローの在り方。
僕は、父の仕事にその憧れを重ねていた。
だから、そうありたいと願った。そうありたいと行動した。
体格的に、自衛官にはなれないかもしれない。
でも、その姿勢をまねしたいと思っていた。
だから、いじめられても暴力には訴えなかった。
暴力に反撃しても、禁止されたらすぐにやめた。
可能な限り、対話による平和的な解決をと努力した。
父のようにありたいと、ヒーローみたいになりたいと、そう願って、努力した。
だけど、僕は挫けた。
諦めたのだ。その夢を。
ヒーローになりたい、そうありたい。
僕はそう願い、努力した。
僕はそう考えていた。
そう、過去形になってしまった。
もう、そんなことはどうでもよくなった。
残ったのは動かない、反応しない虚無の足。
この程度、何でもないと言われた。
もう一度、されろと言われた。
死ぬかもしれない危険なことを、またすると言われてしまった。
入院している間。失った下半身から、心の中にあったものが何もかもが抜けて行くのを感じた。
時間だけは有り、それを使って何度も何度も考える間にも、いやだからこそその現象は止まらなかった。
残ったのはたった一つの願望だけ。
『死にたくない』
それだけしか、僕の中には残らなかった。
死にたくない、ならどうする。
死ぬ原因を除けばいい、その原因は一体なんだ?
要はいじめだ。いじめをする奴らを排除すればいい。
どうやって?
簡単だ。叩いて殴って、物理的にできないようにすればいい。
殴っただけじゃ止まらない。よりいじめが強固になる。
苦しめればいい。死ぬ方がマシな苦痛を与えればいいだけの話だ。
どうやって。僕は効率的な戦い方を知っているけど、苦しめ方は習っていない。
いいや、僕は習っている。僕はいじめを受けていた。
その苦痛はどうやって受けた?何をされてそうなった?
人の身体は共通だ。同じことをされれば、同じだけ苦しい。
僕はいじめを通して学んだのだ。人を苦しめる方法を。
それは正しい事なのか?やってはいけないことじゃないか?
そうかもしれない。いやそうだ。
だが、よく考えてみろ。僕の目的は何だった?
死にたくない。それだけだ。それをよく考えろ。
おまえは一体何がしたい?
“僕は絶対死にたくない。それ以外はどうでもいい”
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XXX:名無しのストーカー
かくして希代の化け物、イツキ君が爆誕ってね。
いやー。凄かったよ。退院、登校。即、着☆火ってね?学校に灯油持ち込んで、とりあえず最初に教師に振りかけて着☆火!ってね
XXX:名無しのストーカー
いじめ問題に燃える教師(物理)ってな具合。イツキ君もこれには笑顔。高笑い。
XXX:名無しのストーカー
?
XXX:名無しのストーカー
おーい。どうした?皆いないの?
XXX:名無しのストーカー
いや、居るけどさ。
XXX:名無しのストーカー
あの子、そんな目に遭ってたの?
XXX:名無しのストーカー
悲惨すぎて草不可避wwwwww。
XXX:名無しのストーカー
草生やすな。
XXX:名無しのストーカー
スマソwwwwwwwww
いやけどさ、ふざけてないとまともに見れねえよ。何だよコレ、胸糞すぎる。
XXX:名無しのストーカー
いやまあ、そうだがよぉ。というか、話題の三人組はどうなったんよ?
XXX:名無しのストーカー
結果だけ言えば二度とできないように、両手両足の関節を砕かれて、その上で肉も潰すように何度も何度も踏みつぶされてたね。絶対に死なないけど絶対に何もできない。正直、あれよりはマシだって思った。
XXX:名無しのストーカー
マシって何が?
XXX:名無しのストーカー
いやさ、このいじめっ子共。流石にヤバいって思って逃げ出したんよ。俺たち盾にして。
俺らとイツキ君の関係は無関係。無関係な人間を巻き込むわけにはいかないからな。
イツキが俺達相手に手間取ってる間に何とかしようと考えたんだろ。いつものことだよ。
復讐……というか二度とされたくない恐怖心だろうけど、暴走するイツキ君とそんなあいつらとの間に立たされた俺らはどうなったかっていう話。
XXX:名無しのストーカー
そう言うってことは……
XXX:名無しのストーカー
そう、邪魔だからって半殺し。邪魔にならなければどうでもよかったみたいで、おとなしく逃げた奴は無傷だったり突き飛ばされたりだけど、逆に止めようとした奴は半殺し。僕もその一人。
XXX:名無しのストーカー
Oh……
XXX:名無しのストーカー
イツキ君、このころから見境ナッシンだったのNE。
XXX:名無しのストーカー
それがイツキ君にとっては普通になったんだろうな。
XXX:名無しのストーカー
実際、スポーツ推薦で推薦もらっていた奴とか、これで怪我して推薦取り消しかけたりとか、いたらしいな。
俺の場合はまあ、嫌気がさしてて退部する理由にちょうどよかったし、勉強に集中できて結果的に今良い生活してるから結果オーライだけどさ。
まあ、悲惨な奴には悲惨な結果よな。
XXX:名無しのストーカー
お前は恨んでないの?
XXX:名無しのストーカー
さあ?恨んでないとは言えないんだけど、別に復讐するほどじゃないって感じ?
自業自得というか。まあ、なるようになった結果だよなって。
XXX:名無しのストーカー
なんで?
XXX:名無しのストーカー
当たり前じゃん。俺らあいつのこと“無関係の第三者だからどうなっても構わない”って思ってたんだぜ?
そんな俺らを、あいつは一体どう思うよって話。
わかるだろ?俺にとってあいつは“無関係の第三者”なんだぜ?
じゃ逆は?あいつにとって俺は“守るべき親友”か?違うよな?
あいつにとっても“無関係の第三者”だろ。
な?わかるだろ?つまり、“どうなっても構わない”んだよ。