5-21 オマエの話は荒唐無稽だ
攫われて、目隠しされて、そう長い時間は経っていない。
しばらく乗せられた車に乗っていた後、止まったかと思えばモノのように担がれてどこかの家屋の中へと連れ込まれてしまった。
そして頭からかぶせられていた目隠しを外される。
最初に視界に入ってきたのは光だった。
目隠しをされた後に受けた光に目を瞬かせる。
「こんにちは。イツキ君」
正面に座っているだろう人物から声がかかった。
声の質は若くはないが、しかし女性であることは知らせてくれる。
「挨拶するだけの常識は持っているんですね」
とりあえず、いきなりさらったことに対して警戒と敵意を込めた言葉を叩きつける。
目の前の女性は僕の言葉に特にこれといった反応を返さなかった。
「ごめんなさい。でも安心して。貴方に危害を与えるつもりはないわ」
「僕の乗った車を轢いておいて?下手したらけがじゃ済まないですよね」
「貴方と話がしたかっただけなのよ」
僕の言葉を女は無視した。まあ、そう答えるだろうなとはわかっていたけど。
ようやく目が慣れて室内の様子が見えるようになった。
室内の明かりは上の照明だけ。地下室かとも思ったが、部屋の一面が布で覆われている。そこから漏れる光はそれが窓だということを表していた。
長方形型の室内と、その間取りから考えて、たぶんここはマンションか団地。そんな感じの集合住宅の一室みたいだ。
そして、この部屋にいるのは僕以外に3人。目の前の女と、僕と女の両脇に一人ずつ。
こいつらは男だった。
「それで、僕を攫っておいて何を話し合いたいんです?」
僕は女にそう言葉を投げかけた。敵意は隠さない。
別に女の主張を聞く気はない。人を拉致しておいて何言ってんだという話だ。
というか、何を言いたいかはうっすらとだが予測がつく。
「貴方は騙されている」
ホラやっぱり。
こちらからは何も言わない。とりあえず先を話せと促す。
それを理解したのかは知らないが、女は続きを話し始めた。
「あの穴を探索するために貴方たちが必要だなんて言っているけど、本当は違うの」
「ほう」
「あれは実は政府が作ったものなのよ」
「へぇ」
「貴方たちが連れてこられたのは、あのロボットを完成させるためなのよ」
「わお、それはすごい」
ごめん、ちょっと笑いそう。
あまりにも荒唐無稽過ぎて、よくそんなホラを信じたなとむしろ称賛したくなる。
素晴らしいなこの馬鹿女
僕がそう考えたのが表情に出ていたのだろう。女は少し口調を強めた。
「信じてないわね」
「そりゃ現地で戦ってますし。あれが人の手で作られたとはちょっと思えません」
生命認識の落とし穴。コアが骨粉を操るメカニズム。あとコアそのものの制御プログラム。
アレが今の人の手で作られているなら世界はもうちょっと平和ですよ。
「それだってからくりはあるはずよ。調べているのも自衛隊でしょう?捏造して原因不明にするのだってできるはずだわ」
「それはまあ、やろうと思えばできるでしょうけど。じゃあどうやってって話になりませんか?特にあの骸骨」
「あの魔女がいるじゃない」
「………ああ、成程」
こいつらがミコトさんのことを魔女だ魔女だと魔女狩りに精を出そうとしているのか、あまりに過剰なその反応がようやく理解できた。
ミコトさんがあの骸骨を操って僕たちや市街地を襲わせたと思っているわけだ。
同じ5m級の人型歩行物体。体の制御ができるなら、後はそこに指令を出すモノを付ければ、無人の歩行兵器『骸骨くん』の完成だと。
それなら確かにミコトさんは魔女だ。僕たち、自衛官、そしてこの土地の民間人をすべて踏みつぶして骸に変えた希代の悪女だ。
納得だ。もっとも、その納得は彼女には違うものとして伝わったらしいが。
「そうよ、あの女は貴方たちが死んで喜ぶ魔女なのよ」
「じゃあ、その骸骨がただの砂で動いてることについてはどう説明するんですか?」
「それだって何かからくりがあるに違いないわ。民間にも公開していない秘密のテクノロジーで動かしているのよ」
「ちょっと荒唐無稽すぎませんか?」
「あの穴が異世界とつながっていると言われるよりは現実的じゃないかしら」
「……まあ、確かに」
言われて納得。そりゃどこの小説だとツッコミの一つも入れたくはなるだろう。
ただなあ、僕自身はそれが事実だと知っているんだよな。
何でかって言えば、僕が最初の探索から生きて帰ってきた後にやった、ボーリング作業のせいだった。
何でわざわざ僕たちが行ったかといえば比較的安全だったからだが、じゃあ何故あんなことをしなければならなかったかといえば、要は政府も異世界なんて半信半疑だったからだ。
ダンジョンの上からボーリングを行えば、採取される試料には骨粉が含まれるはず。
つまりは異世界の存在ではないことを証明できる。
データもないし、じゃあ試そうと行われたのが、僕のやらされたボーリングだった。
そして、回収された試料から出てきたのはただの土くればかりだったのだ。
重要なのは、骨粉の一つも試料の中に確認できなかったこと。これはつまり、地下にダンジョンがない事を現している。
僕が行った場所は政府も、そして僕もデータとして手に入れていた場所である。地下にダンジョンが無いなどあり得なかった。
しかし、結果はそれである。
存在しないはずの場所に、存在しないものがある。
こうなると原因は不明でも、ダンジョンが異世界の存在であることを疑うことができなくなったのだ。
そして、それを行ったのが僕であり、その結果を目で見ている。
僕がそれを疑うには、その証明を行う方が難しかった。
まあ、それをこの女が信じるかは別問題だろうが。
「まあ、それを否定するつもりはありませんが。じゃあ何で僕たちをここに連れてMULSに乗せようとしたんですか?回りくどくないですか?」
僕は話を変えた。彼女の言い分が本当なら、僕たちは徴兵されなくても喜んでMULSに乗っている。
「あのロボットを堂々と開発するために決まっているじゃない」
成程。
MULSを軍用として開発するとして、この国でそれを行うのは確かに無理と言う他ない。
MULSの軍事的な有用性は別として、仮に必要というならこれくらいはしないとダメなんだろう。事実としてMULSは開発されているわけだし。
「仮にMULSを開発したとして、何のためにそんなことをするんです?」
だが目的がわからない。
軍事利用するにしても、MULSに何をさせたいのかがわからない。
戦争のために有効な兵器ならそれこそたくさんあるし、自衛隊が持っていない武器もある。
MULSにだってお金がかかる。それなら他の装備を拡充した方がいいに決まっている。
「朝鮮に侵攻するためよ」
「……なんとまぁ」
僕はちょっと驚いた。耳を疑った。
朝鮮国。僕たちの住む日本列島のお隣。大陸から飛び出したようにある朝鮮半島を統べる国家の名前だ。
先の大戦までは日本の植民地か一州か、とにかく日本の一部だったのがその大戦で独立した国。
もう少し言うと、その後内乱があって時の共産党勢力に全土を統一された経緯がある国だ。
その関係であまり日本との関係は良くない。
ちなみに、そのせいで当時軍隊の無かったはずの日本は軍隊を再編する羽目になったりしている。
そんなお隣の国。朝鮮に日本が進行するつもりだったとは思ってもいなかった。
「あの、何で朝鮮侵攻にMULSが必要なんですか?」
「解らないのかしら。あんなのを相手に人間が対抗できるわけないじゃない」
要は歩兵の代替として使うと思っているらしい。
いやまあ、確かに。歩兵の持つ火器でMULSに対抗することは難しいし、一人乗りだから同じ人数で戦車よりも多くを配備できる。
「そんな兵器を大手を振って開発できるの」
あれだ。どこかの機動戦士の宇宙勢力が地球圏の監視を逃れて作業機械を開発、軍事転用して猛威を振るったのと同じことがおこると考えているらしい。
その場合なら、確かにMULSのような無駄だが仕様要求を満たせた兵器を開発するに至るだろう。
「わかるかしら、この国は事故を装って、憲法にすら違反して再び戦争と侵略を行おうとしているのよ。そんなこと、許せるはずがないじゃない」
「そーですか」
「信じてないわね」
当たり前じゃないですか。声には出しませんけど。
言っていることの節々には筋が通ったことを言っている。あのダンジョンが異世界とか、部外者なら確かに信じられないだろう。
ただそれ以外がお粗末すぎる。朝鮮侵攻とか今のこの国でやる理由がないぞ。
「ちなみに、魔物との対話とか言っている人も貴方たちの中にはいますよね」
「いないわよ。それは他所の人達の主張ね。私たちはそんなこと言ってない」
やっぱあの基地外の人達はこういった基地反対派の寄り合い所帯だったらしい。
「まあ、今すぐに信じてもらおうとは思っていないわ」
あまりに信じようとしない僕の反応を見てか、目の前の女はそう言う。
「じゃあ、帰っていいですか?」
「ダメよ。あんな詐欺師たちのところに連れていくことなんてできないわ」
「じゃあどうするんです?僕が理解するまで話し合いでも続けるつもりですか?」
「そうよ」
僕の言葉に女は頷く。
「時間はたっぷりあるんだもの。ゆっくりお話をしましょう?」
そして続くその言葉。
「…?」
僕はその反応に内心で疑問を持った。
僕はここに攫われてきている。それも、警察の警備を破壊して無理やり拉致してきているのだ。
そんな状況になって、警察が放っておくはずがない。
事故を起こした人、監視カメラ。
すぐにこの場所を特定することはできないだろうが、調べればすぐにわかる代物だ。
少なくとも今日中には特定し、目の前のこいつらはお縄につくはずだ。
僕がこいつらの相手をしていたのも、時間稼ぎが目的だった。
こいつらには時間がないはずだ。だというのに、時間はあると余裕を見せている。
訳が分からない。言っている意味が理解できない。
こいつらの目的は何だ?何が目的だ?
「さあ、話し合いましょう?」
僕に目的を読ませないためか、目の前の女は僕には不気味にしか見えない笑顔でそう言った。