5-19 ショートカット
蒼く薄暗く光るダンジョンの中を、MULSの一団が進んでいく。
その数は総数18。6機編成の小隊が三つ。
そこは第4階層の入り口付近であり、そこから4層の深部…ではなく、入り口から伸びる袋小路へと続く細道へと入っていく。
その間にも戦闘が行われるが、対応するのは戦闘の1小隊のみである。
「ここか」
MULSドライバーの一人がそう呟き、立ち止まった。
それに合わせ、残りのMULSも行軍をやめる。
「ここですか?」
「ああ、ここだ」
最初に立ち止まったMULS。その搭乗者である大矢さんが、そこにある壁を見てそう言い切った。
今僕たちはミコトさんの情報が世間に漏れたことで活動停止を言い渡されているのだが、少々事情がありここまで探索を行う羽目になっている。
ミコトさんは事情が事情なので連れてきていない。5機で出ても要らぬ疑いをもたれるので、適当なMULSドライバーを連れてきている。
でまあ、僕たちが何故ここに居るのかといえば。それはこの間ダンジョンの探索を行い、おそらくボスであろう存在を確認したことが今僕たちのここに居る原因になっている。
正確に言うと、深部まで到達した際に制作された、第4階層のマップが原因だ。
今までとは違い非常に入り組んだ形状の第4階層。その深部にいるボスは自衛隊が倒すことにはなっているのだが、そこまで自衛官の乗るMULSが移動するにはダンジョンの入り口から深部までを無事に踏破する必要がある。ついでに言えば、弾薬の消費を抑えるという縛りもつけて。
幸いにして、カタパルトという弾薬再利用型の射撃兵器と2小隊同時運用のおかげで弾薬の消費を抑えるという目的は何とか達成可能だ。
少なくとも、第3階層までは。
問題は第4階層だ。近接攻撃と魔法を使って迫ってくる骸骨どもを自衛官のMULSドライバーにとっては少々厄介であり、そいつらを相手にしながら第4階層一杯を歩き倒す程度の移動距離を踏破するのは非常に不安であると言わざるをえなかった。
そこでどうにかできないかと考えていた人たちが第4階層のマップを見ながら、とあることに気が付いたのだ。
それはつまり、マップ上において、ダンジョンの通路間が非常に近しい位置にあるということ。
早い話が、通路同士の距離が近いということだ。それこそ、骨粉で出来た壁一枚隔てた向こうに通路があると言った近距離で。
そう言ったポイントがいくつか確認され、それを使えば第4階層入り口から深部までの移動距離を短縮できないかと考えたのだ。
その為に僕たちがここに連れてこられていた。
正確に言えば、連れてくるまでの護衛兼案内が僕たちの仕事。
それは僕たちの小隊、その後詰の関の小隊以外にここに居るもう一つのMULSの小隊。
「じゃ、後はよろしくお願いします」
「了解です」
爆薬を大量に背負った、自衛隊の小隊だった。
その小隊は大矢さんの声にそう応え、散開してその先に通路があるであろう壁面に取りついていく。
MULSに積んだ各種機材で壁面の状況を測定し、観測すると、壁面に機材で穴をあけてそこに爆薬を詰めていく。
一通りの作業を終えた自衛官たちは、腰からワイヤーをたらしつつ僕たちに合図を送ると来た道を引き返していった。
僕たちもついていき、たどり着いたのは第4階層の入り口。
「それでは始めます3、2、1」
僕たちがここに居ることを確認して、自衛官の一人がそう言う。
最後の1を言った直後、くぐもった爆発音が先ほど作業を行った通路から響き。白い煙が遅れてこちらへと流れてくる。
もうお分かりだろう、ダンジョン内の壁面を爆破して、通路のショートカットを作成しているのだ。
これならいちいち回り込まずに、直接ボスの元へと辿り着くことができる。
まあ、ダンジョンの特異性上、すぐに修復される可能性もあったのだが、しかしやってみる価値はあった。
そしてやってみた結果、それは成功と言えた。
爆破現場に向かうと大きく口を開けた大穴と、その先にある通路。
そこを通って確認する、最深部にいるこの階層のボスらしき18m級の巨大骸骨。
後日再確認を行い通路が修復されていないことが確認できたので、晴れてボス攻略は自衛官の任務となり、そのための準備を始めていくことになった。
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さて、末端として、ダンジョンの対策としての仕事は順調そのものではある。
じゃあ、今話題のミコトさんについてはどうなっているのかといえば———
「とりあえず、今のところは大丈夫よ」
少しやつれたミオリさんがそう言った。
取り合えずの報告として、僕が呼び出された矢先の言葉だ。
報告を聞くべきミコトさんは、状況が状況で聞ける状況にないので僕が代わりに伝えることになってしまった。
「大丈夫ですか?」
ミオリさんの様子に、思わずそう声をかける。
「対応には追われているけどね。何とか大丈夫よ」
「そうですか」
「それで、ミコトさんについてだけど」
「何とかなりそうなんですか?」
「ええ。今のところ、彼らもミコトさんがダンジョンに入っていることは確認できていないみたいなのよ。つまり、状況証拠だけで決定的な証拠がないの。なら、ミコトさんがこの基地にいるのはMULS関連の支援として何とでも言い訳が経つわ」
ミオリさんの言葉に僕は首をかしげる。
「証拠がないんですか?」
「ええ」
「関さんの動画を見ても?」
関が投稿している動画は僕たちの小隊の活動記録でもある。
当然ミコトさんも映っているはずなのだが、そこはどういうことなのだろうか。
「あなた、それを見たことは?」
「無いですけど」
「記録しているのは動画だけで、貴方たちの小隊の通信記録は意図的に消しているみたいなのよ。声が流れなきゃ誰が乗っているかわからないから」
「それは解りますけど。なんでまたそんなめんどくさい事を関はしたんですか?」
「炎上防止の観点から、許可がないのに個人を特定できる情報は出さないようにしているって言っていたわ」
「ああ、成程」
「まあ、貴方のことは大々的に宣伝してるけど」
「何でまたあの人は…。プライバシーはどこに?」
「世にイツキを広めるためって言ってたわ」
「訳がわかりません…」
何がしたいんだあの馬鹿は。
「とにかく、ミコトさんがダンジョンに出入りしていることはまだ疑惑の段階で、そうである内は何とかなるわ」
「それは解りましたけど。活動記録を見れば、すぐにバレるんじゃないんですか?」
「だから今のところ、ね。調べられたらどうしようもないわ」
「どうしましょうね、ソレ」
「……いっそのこと、ばれてしまってもいいんじゃないかしら」
「…え?」
一体何を言い出すんだ。この人は。
「冷静に考えれば。これがばれて問題視されるのは自衛隊の管理体制の方なのよね。あの基地の外の人達の言い分、覚えているかしら」
「そりゃまあ、“ミコトさんのせいで僕たちが徴兵され、死者が出た”でしたっけ」
「そう。そしてミコトさんがダンジョンに侵入したことがばれたとして、その理由を聞かれたとして、その時彼女が何を言うか、分かるでしょう?」
「ええまあ、その責任を取る為に潜ってますしね。あ」
そこまで言って気が付いた。
「そうなのよ。仮にバレた場合、その原因が彼らの行動の結果になるのよね。そうである以上、ばれた場合にミコトさんのことを彼らは強く非難できなくなるのよ」
「理屈ではそうですけど、彼らがそんなおとなしい行動をとるとは思えないんですが」
「だから思ってもしないわよ。とにかく、この件に関しては私たちの管理体制の甘さが招いたことだから、何があってもミコトさんに非がない事を知らせておいて頂戴」
「ダンジョンに突入しているのはミコトさんの勝手じゃないんですか?」
「その勝手を防ぐのも管理者の仕事なの。だから気にしない」
「解りました。伝えておきます」
ミオリさんも仕事があるので、それ以上は必要ないと僕もすぐに部屋を出た。
ミコトさんに伝えるために廊下を歩いている間、ミオリさんの言葉を自分の中で整理する。
法的にミコトさんが何か罰を受けることは無いとは思う。
ただ、それが自衛隊の管理体制に闇を落とすことになったのは否定できず、それを理由にどんな責任を取らされるかはわからない。
そして、その管理下にある僕たちにもその影響は降りかかってくる。
仮にこのことで責任を問われないとしても、そこから出た問題でミコトさんが責任を感じることは容易に想像ができた。
何とかしたいけど、ミコトさんの行動の範疇だ。僕には何もできない。
なるように任せるしかないか。
「ん?」
そんな時、僕のデバイスに反応がった。確認してみると、それはメールの着信を知らせるものだった。
中身は何かと確認すると、そこには見ず知らずの人からのメール。
中身を要約すればこういうことになる。
曰く“私はダンジョンの中で死んだ人の遺族である。当時の状況を知りたいので、会って話がしたい”。
問題ごとというのは、まとめてやってくるらしい。