1-1 ランカーになる
「っはぁ…はぁ………」
呼気が荒い。激しく動いたからじゃない。極度の緊張によるものだ。
カメラを通してみる視界には、いくつもの火線が流星群のようにこちらへと向かってくる。
火線の発生源は粉塵に包まれて見えない。ただその発生源は高速にこちらへと近づいている。
敵がこちらへと近づいてきている証拠だ。
ローラーを回し、車両を後退させる。
装甲板はその身の疲労と破壊を引き換えに、火線を懸命に弾きこの身を延命させている。
ローラーは必死にこの身を後退させ、接近する敵の接触を遅らせる。
しかし距離は縮まってくる。20……19……18……。
ALLERT:正面の装甲板が割れたらしい。そうたいした時間もなく、僕の車両は撃破されるだろう。
もう残された時間はない。一か八かの賭けにでる。
廃墟と化したビル街。曲がり角はそこら中にある。
その中の一角に、僕は車両を後ろから突入させた。
ローラーの片輪を急ブレーキ。そして逆転。左右のローラーをそれぞれ正転、逆転させる。超信地旋回だ。
後ろへと進むベクトルを、無理やり回転ベクトルに切り替える。
「ぐ……っはぁ!」
代償は自身にかかる強大な慣性と遠心力。意識を放り出しそうになるが、ここで失神すればこちらの負けが確定する。
意識は持った。車両が一周、まわり終わった頃に先ほどこちらを追い立てていた“敵”が姿を見せる。
ドンピシャだ。
敵との距離は1mもない。敵はこちらが目と鼻の先にいるのを認識し、止まる……ことなく前進しようとした。
停止して慣性を殺している間に、こちらの火器が敵を撃破するからだ。止まれば今度は慣性が邪魔をしてろくに動けず回避もできない。その間に撃たれる。
だから敵は前に進もうとした。手遅れだったけど。
旋回した勢いに身を任せ、遠心力の乗った右腕を叩きつける。それは敵機の背面へと吸い込まれ、激突した。
敵機はその衝撃でバランスを崩す。前へと進むベクトルに、こちらの力が上乗せされる。
人型車両の背面に当たったベクトルは、敵機に縦回転の運動を与えた。それは前へ進もうとしていた敵機には抗えるものではなく、つんのめる。
代償は大きかった。殴った衝撃で固定用ピンが破断し、右腕がひじからすっぽ抜けて飛んで行ったのだ。腕一本の重量は意外と無視できない。機体バランスを調節しないとこちらも転倒する。
だがまあ、手間だが払った代償としては安い部類になるだろう。敵は頭から転倒して無防備なケツと背中をさらしている。
重心位置を調節しながら、僕は倒れた敵を睥睨する。
そいつの外見を簡素に表現するならば、足のついた対空戦車というのがぴったりといえる。
箱型の胴体の横から突き出した4門の機関砲。人なら頭部にあたる部分には、対空レーダーと兼用のメインカメラ・ユニットがある。
脚部は鳥足を模した逆関節で、非常に俊敏な運動性能と加速性能を併せ持ち自分の有利な距離を維持した攻撃がしやすい機体構成をしている。
その手のゲームならザコ中のザコ的な外見だが、先ほど自分が追い詰められた通りものすごく強い。
アトラス。それがこの車両の持ち主の名前で、僕が倒すべき敵だった。
立ち上がる隙は与えない。僕はその無防備な背中へと左手の機関砲を向け、射撃する。
ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド
連続する重厚な射撃音とともに、背面、腰部の装甲がひしゃげていく。完膚なきまでに破壊したとき、僕の視界は暗転した。
一拍の静寂。そして、盛大なファンファーレとともにWINNERの文字が目の前を踊る。
「っはぁ……ぷはぁっ……。やった、やったぞ……」
それは自分がアトラスとの対戦で勝利したことの証明であり、
「やったーー。これで僕もトップランカーだぁーー」
VRMMO「メタルガーディアン」の全国ランキング100位入りを果たした証明であった。
―――――――――――――――――――――――――――――
「♪〜。♪♪〜〜。」
今日は朝から機嫌がいい。鼻歌なんか歌っちゃうくらいには機嫌がいい。
「よー樹。今日ご機嫌じゃねえーの。どうしたん?」
そんな僕に話しかけてくるのは幼馴染の南雲疾風(なぐもはやて。180ある高身長がとてつもなく恨めしいが、本人はよく馬の合ういいやつだ。
「おはようハヤテ。ふふん。昨日はイイコトがあったからな。」
そういいながら、少しハヤテの前に走り出て目の前で仁王立ちする。
「聞いて驚け。昨日のマッチングでトップランカー入りしたのだ。ハァーッハッハッハッハッハ!」
「そうかー。頑張ったんだなーイツキー。今日も小さいのー。」
「撫でんなコラァー!ちっちゃくないわぁー!」
こちらのドヤ顔もどこ吹く風で、ハヤテはこちらの頭を撫でまくる。女子より低い身長と童顔は、油断すれば女子とも見分けがつかない。僕がどれだけ男らしい仕草や行動をとろうとしても、そのすべてが台無しになっていた。
その容姿と無理に男らしい行動をとろうとする仕草のせいか、男女区別なく僕のファンがいて、秘密裏にファンクラブがあるらしい。大変不愉快な存在だが、残念ながらそれは僕の知らないことであった。
「…っで?そのトップランカーってのは、やっぱ“あれ”か?」
ひとしきり犬を扱うかのように撫でさすっていたハヤテが、僕を解放してからそう言う。
「グルルルルルル……。そうだよ。他に僕がやってるゲームなんてないの知ってるだろ。メタルガーディアンだよ」
「はっはー。そりゃおめでとさん。全国4万の中の100位か。よーやるわ。」
「お前が言うな。」
そういいながら、俺たちは校門へと駆けていく。ホームルームの
予鈴が鳴っていた。
メタルガーディアンというのはこの世界にあるVRMMOの中の一つのゲームだ。
身長6M前後の鉄の巨人に乗り込み、様々なミッションやら対戦やらをこなしていく。
「超科学はもう飽きた」がキャッチコピーで、非常に挙動は重く、鉄砲やミサイル砲で戦うゲーム。
かなり玄人受向けのゲームであり、完全にその手の人間以外お断りなゲームだった。
が、このゲームが発表された当時、その手の人間達は狂喜した。「待っていた」と。
はっきり言って、飽きていたのだ。人と全く同じ動きをするスーパーロボット。魔法かと見紛う派手なエフェクト。超科学によって縦横無尽に飛び回る機動兵器たち。
「最近のゲームはメカの皮をかぶった“何か”だ」というのはどこかの誰かの言葉だったろうか。
それくらい、そこらのVRMMOと大差ない出来のゲームしか出回っていなかったのだ。
対してこのゲームはどうだ。動きは鈍重、弾薬庫に被弾すれば誘爆必須。飛行?戦車が空飛ぶの?
MBTと正面からかち合えばそのまま挽き潰されるし、クリアリングが甘かったり、随伴もなく孤立してしまえば歩兵にだって簡単に制圧される。
ヘリくらいなら何とかなるが、戦闘機など来ようものなら敵機のキルマークになるくらいしかできなくなる。
人型戦車、通称MULS。余りにも貧弱で難解なそれは、スーパーロボとはとても呼べないものであった。
だ が そ こ が よ か っ た。
普通のゲームに飽きていた彼らにとって、それはとても魅力的に見えたのだ。
僕も、和水 樹もその一人だ。
一日かけて、最初の一歩を踏み出した。
何度もコケて、立ち上がり方と歩き方をマスターした。
さらにコケて、重心機動と走り方を覚え、走りながら的を撃つ練習を始めた。
ゆっくり、ゆっくりと、まるで赤子が成長するように、鋼の巨人が自分の肉体となっていく一体感。
華奢な肉体にコンプレックスを持つ僕にとって、それだけでこのゲームをやる理由は十分だった。
そして昨日、その集大成として“100の壁”を倒して全国のプレイヤーのNO.100になったのだ。僕の喜び具合がよくわかることだろう。
僕はこのゲームを非常に気に入っていた。高校を卒業しても、社会人になっても、それこそ死ぬまでサービスが続く限りプレイしようと思っていた。
それは、思わぬ形で実現することになる。