来訪者
突然姿を消したシエラの行方は未だわからないままだ。
わからないまま、今日で一ヶ月が経つ。
☆☆☆
【一ヶ月前】
あの後、病院中探しても、彼女は見当たらなかった。
一頻り騒いでやっとシエラがいないことに気付いたヒュースは、看護師と共に三階建の病院を捜索に回ったが、結局成果は無し。
建物内部はもちろん、敷地、各部屋に至るまですべて探しても、髪一本出てこなかった。
「一応、治安警察に連絡してみるが……ここまで見つからないとなると、病院には居ないと思った方が良い」
「……」
深刻な顔付きでそんなことを言うヒュースの顔を私はじっとりと見つめる。
パルーン看護師の叫び声で、私とヒュースはこの診察室を飛び出して行った。
……その隙に「やられた」のだ。
彼女を一人残した私にも非があったが、これはどうにも偶然とは思えない……というか、絶対、仕組んだだろう。
パルーン看護師がわざと腕を切り、私を診察室から遠ざけてその隙にシエラを攫う。どうしてそんなことをする必要があるのかわからないが、それしか考えられない。
疑心暗鬼になっている私には、それが最も高い可能性のように思えていた。
「……本当に中にはもう、居ないのか?」
「総出で探したよ!貴女も一緒に探しただろう?」
「……」
それは事実なので、黙る。
窓もない診察室から出て病院から姿を消す方法はひとつだ。
診察室のあの木の扉を潜って、廊下から病院の扉を出て行くこと。
診察室から病院の扉まで途中に窓はない。それ以外にあり得ない。
––––だが、受付の女性は怪しい人物は誰も見なかったと言っていた。
わからない。わからないから収まりが悪い。
「……わかった。治安警察への連絡、よろしく頼む」
私は混乱する頭でそれだけを答えた。
まあ……たとえこの場で誰かが誤魔化しても、すぐにわかること。何日もしない内に治安警察が入るだろう。
魔法があるわけじゃないのだ。必ずどこかにいるはず。すぐに見つかるだろう––––そんな甘い考えを持って、とうとう一ヶ月が経ってしまった。
・・・
「シエラちゃんがいなくなってからもう一ヶ月ねぇ……」
「……そう、ですね」
彼女が消えてからの時間は遂に、彼女と過ごした時間を越えようとしていた。
一ヶ月。短いようで長い時間だ。あの溌剌で、そのくせどこか危うい少女は、今なお姿を現さない。
家族がいない私にとって、たった一ヶ月とはいえ、共に暮らしたシエラの存在はかなり大きいものだった。
家族というには遠すぎ、友人と呼ぶには近すぎる。微妙なその距離感を、何と呼ぶのか私にもまだわからない。
「シエラちゃんとマリーさん、家族みたいに仲良しだったものねえ。あんまり気を落とさないで」
「はは……はい」
「大丈夫よ!きっと治安警察がすぐに捜査してくれるわ」
「……」
隣の奥様の励ましを受けても、私は寂しく笑うしかなかった。
その言葉は意味がないと、昨日立証されたばかりだから。
(まさか––––全部が揉み消されるとはね)
それが、警察の出した答えだった。
この国の治安警察はとても動きが遅い。その上、動いたら動いたでまた色んなものにがんじがらめにされて妙な動きばかりする。
……シエラを担ぎ込んだあの病院はただの町医者ではなかった。
どうもどこかの貴族が趣味で経営している病院の一つだそうで––––そもそも趣味で病院をやること自体どうかと思うが––––そこで人が消えた、という話になるとその貴族の面目を潰してしまうらしい。
––––だから。
事件そのものをなかったことにする。
シエラ・ロゼッタは自らの意思で姿を消したのだと……私やヒュースや他の看護師の証言があっても、どうしたってそうなるシステムになっているらしい。
これらは全て、ヒュースから聞かされたのだが––––
––––畜生。
虫酸が走る話だ。
「奥様……私はしばらく店を閉めるかもしれません」
「あらら。どうして?」
奥様の声は、そんなに意外そうでもなかった。
この奥様はとても勘が良いから。きっと、私がこれから言うこともなんとなく予測はついているんだろう。
しかし私は、意を決して口を開いた。
「私、自分であの子を探––––」
「あー!良かったぁ!やっと見つけたよ!!」
「……」
だがそれは、第三者による突然の大声で中断される。
「もう見つからないかと思ったあ」
「……誰?」
驚きと、少々の怒りを含めた視線を向けたその先には、明らかにこの辺りの人間ではない、人懐っこい笑顔の青年が立っていた。
明るい茶髪に、シエラと同じ紺碧の瞳。彼女より少し色素が薄い。
見るからに好青年という出で立ちだった。
「あ、すみません突然。俺、ギークって言います。ギーク・ヴィーラント」
「な……ヴィーラント!?」
忘れもしないその名前は。
シエラがロゼッタ邸を追い出された(と、私は解釈している)のちに身を寄せた奉公先である。
何故ここに、なんて考えるだけ無駄だ。いくら考えてもわかるわけないのだから。
ヴィーラントの姓を名乗った青年は、私の驚きなど意にも介さずただ、屈託無く笑った。
「あのう、シエラさんが働いてたお店って、ここで合ってますかね?」
(感想もいただけると今後の創作活動への大きな励みになります……!)