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記憶を失ったある侯爵令嬢の数奇な運命  作者: 美月木壱
記憶を失った侯爵令嬢
7/28

後悔先に立たず

昨日ミートパイ食べに行きました




☆☆☆


「……貴女の話を聞いて、少し不可解なことが出てきた」

「?」


突然そんなことを言い始めるヒュースに私は首を傾げる。

不可解なこと?

先程「おかしい」と呟いたことだろうか。


「まるで彼女はつい最近まで山の中にいたような言い方だが……」


椅子をギシリと軋ませ、ヒュースは脚を組む。老獪な雰囲気と相俟って、その様子は医者というより学者といった方が近い。


「……シエラ・ロゼッタは、事件を起こした後すぐに遠戚のヴィーラント家に奉公に出されているんだよ」

「遠戚の?」

「そう」


詳しく聞いた。


ヴィーラント家とは、シエラのあの従妹の叔母の……とにかく彼女が会ったこともないような、地方の豪農なんだそうだ。

爵位は持っていなくて、貴族ではない。


シエラは事件を起こした三ヶ月後、体面を考えたロゼッタ侯爵家によってそこに使用人として奉公に出されたらしい。貴族の娘が花嫁修行の為に奉公に出されるのは珍しいことではないようで、奉公先のヴィーラント家も彼女がまさか問題を起こしたから厄介払いされたとは思わなかったようだ。


「僕が驚いたのは、彼女がボロボロの姿で貴女のカフェに来たというところだ。ヴィーラント家では上手くやっていたようだし、あの人達は気のいい人達だから、まさか彼等がそんな手荒なことをするとは思えないけど……」


それも覚えていないということかな?と首を傾げるヒュースの言葉の影で、私はさっきの女の一言を思い浮かべる。


『山に捨てて死んだ筈なのに!』


医者は知らないのに、看護師の方は知っていた。


……今考えればおかしな話だ。

山に「捨てた」なんて言い方。


「……先生」


意を決したように声をかければ、ヒュースは私の目を見つめてくる。


「先生は、シエラが山の中に放り出されていたことは知っていたのか?」

「……」


そこで黙るのか。


「山中、ということまでは知らなかったがね。行方不明になっていたことは知っていた」

「!な……」

「だがさっきも言った通り、彼女はヴィーラント家では大きな問題を起こしてはいない。むしろ好かれていたくらいだ。僕だって、彼女が姿を消したのは駆け落ちか何かだろうと思っていた」

「……」


駆け落ちか何かだと思っていた。

要するに、心配すらしなかったということ、か。

いや、他人であるヒュースはまだいい。

だが家族であるロゼッタ侯爵家は、そして仲良くやっていたはずのヴィーラント家は?心配もしなかったというのか?


「……」


胸糞悪い、というか異様な話だ。

そもそもヴィーラントという名自体私は初めて聞いた。そんなに仲良くやっていたなら放っておくはずがないだろうに。この一ヶ月、誰々が探しているという噂すら聞かない。


私は色々なことが気になり始めていた。ひとつ気になってしまうと、きりがなくなる性分である。


てっきり私は、シエラが毒殺未遂事件を起こして二年謹慎し、その後記憶を失ったものだと思っていた。少なくともついさっきまではそう思っていた。

……が、何かおかしい。違和感がある。


上手く言い表せないが、一つのモノの断片を別々に見せられているような、なんとも言えない気持ち悪さがあるのだ。

シエラが奉公先のヴィーラント家で何かがあって家出したところを、毒殺未遂事件を恨みに思っている誰か……例えばあの看護師の女が、捕らえて山の中に捨てたと考えるのがもっとも筋が通っているが。


だが、何故侯爵家となんの関わりもない看護師がそんなことをする必要がある?

あの看護師は何者なんだ?


「……先生、もうひとつ聞きたいことが……」

「先生っ!パルーンさんが……!」


私の質問は、診察室に駆け込んできた看護師の声で中断されてしまった。


「パルーンさんがっ……!」

「どうした!?」

「パルーンさんが腕を切って!」

「!」


私とヒュースは同時にガタリと立ち上がった。

慌てた様子のヒュースに続いて私が診察室を飛び出す。誰もいない診察室に……シエラを一人、後に残して。



・・・


「どうしてこんなことを……」

「すみません、先生……」


結果からいえば、パルーンさんとやらの腕は大事には至らず済んだ。


パルーンさんとは例の薄幸そうなヒステリック看護師だった。


腕の傷は表皮だけにとどまっていて出血も多くはない。だが、廊下で泣き喚きながら腕を切っている看護師を見て、正直関わりたくないなぁと思ってしまったのは私だけではないだろう。

実際、ヒュース達も戸惑っている様子だった。


「……疲れてるのかな? 今日はもう帰った方がいいんじゃないかい?」

「ええ……そうします」


そんな会話を横目に、診察室に帰る。よく考えれば私が来なくても何の問題もなかったな。

診察室の扉を開ける。木造りのドアは、手をかけただけで音を立て、触れるような力で軽く開いた。


そして。


「……!そんな……」


診察室に入って、その中を一目見て、私は絶句した。

診察室は何故かとても荒らされていて、ベッドに眠っていたはずのシエラの姿はない。


「うわ……!?なんでこんなに荒らされてるんだ!?」


後から来て、彼女の姿がないことより診察室が荒らされていることばかり気にかけるヒュースをよそに、私は立ち尽くす。

ヒュースの大声を聞いて追いついてくるほかの看護師の驚く顔を惚けたように眺めながら、私は頭の隅でふと考えた。


シエラ・ロゼッタは……彼女は一体何に、巻き込まれているのだと。


彼女に何があって、そしてどこに行ってしまったのか。狭い診察室と慌ただしい人の声の中、戸惑いながらぐるぐると考え込んでいた。




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