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記憶を失ったある侯爵令嬢の数奇な運命  作者: 美月木壱
記憶を失った侯爵令嬢
3/28

シエラ・ロゼッタ




☆☆☆


彼女は自分の名を「シエラ・ロゼッタ」だと言った。


これは略名で、本名は「シエラ・ウェル・マイルストン・ロゼッタ」という。

ウェルは隠し名、マイルストンはミドルネーム、ロゼッタがファミリーネームらしい。大変驚いたことに、彼女は貴族……それも侯爵とかいうかなり良い家柄の出なのだそうだ。


「侯爵令嬢とあろうものが何故……といった顔をしてるわね」


シエラは暗い声で微笑みながら呟いた。

私は肯定も否定も出来ず黙り込んだ。


「良いのよ、本当のこと言って。私も同じことを思っているから」


シエラは店のカウンターから顔を上げた。シャワーを浴びさせ、服を着替えさせたり格好を整えればまあまあ可愛い顔付きだ。


一番に目を惹くのは金髪と碧眼。あの雨の夜では古びた人形のようだった髪も、こうして整えれば艶が出て、美しい絹のようだ。

瞳は深く碧く、思わず吸い込まれそうな快晴の碧だった。その碧が、ほんの少し翳る。


「それに、私も知らないもの」

「……は?知らない?」

「ええ。知らない。……わからないの」


シエラは再び顔を伏せた。珈琲の水面に悲しそうな顔を映す。


「本当に知らないのよ。何も覚えてなくて……最後の記憶が二年前。姉様の結婚式で料理を作っていた筈なのに、気付けばたった一人で山の中にいたの」

「……!は……?!」


私は絶句した。あまりに予想外の言葉だった。てっきり家出か何かだと思っていたからだ。


「それは……本当なのか?」


それが同情を誘うための嘘ではなく本当のことなら、この少女の苦労はまったく想像もできない。

彼女は「ええ、本当のこと」だと言った。どうにも嘘のようには思えない。

慰めの言葉も持たない私は、必死に搾り出そうとして結局月並みなことしか言えなかった。


「そうか……それは……大変だったな」

「ええ。……大変だった」


シエラは重々しい口調でそう言った。やたら実感の籠った言葉だ。

年端もいかない、せいぜい16、7歳程度の少女が一人きりで山の中に放り出されることの重大さは私にもわかる。


「一人きりで放り出されて、私は自分が如何に世間知らずのお嬢様だったかが身に染みたわ。大事なアクセサリー、少しは持っていたお金。3日もしないで全部奪われてしまった」

「……」


淡々と、何でもないことのように話すシエラを私は黙って見つめる。

シエラは私の感情を鋭く察したのか、慌ててフォローし出した。


「ああ、でも悪いことばかりじゃなかったのよ!今の貴女みたいに、家に泊めてくれた人もいたし!」

「……泊めてくれた人?」

「え、ええ。街に降りたあと私は邸に帰りたかったんだけど、道もわからないし困っていて。その時親切に助けてくれた人がいたの」

「……念の為聞くが、そいつは女性なんだろうな」

「………………勿論よ」


男だったらしい。


頭が痛くなってきた。それはそうだ、お金も持たない世間知らずのお嬢様なんて変態どもの格好の餌食だ。

つくづく不幸の星の下に生まれている。


「……珈琲もう一杯要るか?」

「ええ?! でも悪いわよ、そんな……」

「今更何言ってんだ。今日は遠慮しないでいい。お礼はあんたが家に帰った時にでも請求するよ」


私はその言葉を何の気なしに発したつもりだった。

だが、どうしてかそれは彼女を大変傷つけたらしい。突然ぼろぼろと大粒の涙を零す彼女に私は仰天した。


「だ、大丈夫か?」

「……ああ……ごめんなさい。だ、大丈夫よ。ちょっと、辛くて」

「辛い? すまない、そんなつもりで言った訳じゃなかったんだが」


請求するというのを本気に捉えられたのかと思って私は焦った。だが彼女の涙の理由はそんなことではなかった。


「違うの、貴女は悪くなくて……家のことを考えたら悲しくて……」

「ああ。ちゃんと帰れるといいな」

「違うのよ」


そして彼女は決定的な一言を叫んだ。


「もう……帰れないのよ私!」

「……何だって?」


帰れないと言ったのか?

シエラはぽつぽつと話し始めた。


「人に道を聞いたり、色んな所を点々として、なんとかお邸に帰ろうとしたの」

「…………」

「私がいた山とお邸は街三つ分程度しか離れてなかったわ。だからすぐに着いたんだけど……」


珈琲にポトリと涙が落ちた。

私は黙ってこの不幸な少女の話を聴く。


「入れてくれなかったのよ……!姉様も義兄様も、優しかったみんなも!!まるで人が変わったみたいだった!扉の中にすら入れなかったの!」


シエラは叫ぶ。


「あんな目をする姉様初めて見た……理由を聞いても教えてくれなかったし!あんなこと言われてもわたしだってわからないわ!」

「……なんだそりゃ。本当に家族本人だったのか?」

「当然よ!私が間違える訳ない!」

「ふうん……」


私は自分の為に入れた珈琲を飲みながら、内心憤っていた。

……そんな冷たい話があるか。


「ひょっとしてあんただとわからなかったんじゃないのか?ボロボロだしさ。わたしも最初は貴族だなんてわからなかったくらいだし」

「……そうかしら……」


私はとりあえず慰めの言葉をかけてみた。

シエラは納得していない様子だったが。


「まあそういうことにしときなよ。……じゃああんた、ひょっとして帰る所がないんじゃないか?」

「…………そ、そんなことないです」

「嘘だ」

「…………」

「あんた、私がそんなに薄情に見えるか?今の話聞いてそのまま放り出せる訳ないだろ」

「……でも、悪……」

「悪いとかそういうのいいから」


なけなしの人情は意外と深かったらしい。

そういう訳で、私は記憶を失った侯爵令嬢と共に暮らすことになった。




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