プロローグ
『シエラ・ウェル・マイルストン・ロゼッタ––––お前との婚約を破棄する!』
居丈高にそう叩きつけられてから、今日で丸一日が経つ。
☆☆☆☆☆
私の名はシエラ・ウェル・マイルストン・ロゼッタ。
ロゼッタ侯爵の次女である。
そして、昨日の晩突然婚約破棄してきたのは幼い頃からの許嫁、デニス・ヴェルータ伯爵様だ。
ヴェルータ伯爵様……先月顔を合わせたばかりのあの人は、初めて会った時に私をこう評した。
「噂通り綺麗だけど、なんだか悪役って顔してる」
……なんだか悪役って顔してる。
それどういうことですか?
そんなことを言う前に、いつの間にか双方の親の間で勝手に縁談がまとまり、あれよあれよと式の日取りまで決まっていって。
もちろんお互いに不満があるわけでもないから、任せていたら結婚式がいつのまにか明日にまで迫っていた……そんな時だった。
寝室に呼ばれ、挨拶も無しに突然言われたのだ。
「シエラ・ウェル・マイルストン・ロゼッタ––––お前との婚約を破棄する!」
「……え?」
まさか結婚式の前日にそんなことを言われるなんて。
驚いて言葉を失っているうちに、伯爵様はそれを容認ととったのか、あっさりと私との婚約を反故にしてしまった。
どんな手品師も腰を抜かす早業だった。
「……はあ」
けれど一日経った今日、結婚式の準備は滞りなく行われている。
結婚式自体は、執り行われるのだ。もちろん、私のじゃない。
今日結婚式を挙げるのは、私のお姉様、リリア・ロゼッタ姉様と、かのデニス・ヴェルータ伯爵様。
私に婚約破棄を言い渡してきたその人だ。
昨日の夜、リリア姉様に一目惚れしたと伯爵様は仰っていた。だから、リリア姉様に色々と劣る私と結婚するのは嫌なんだという。
確かに、リリア姉様は美人だし頭も良い。教養も身なりもどんな女性にも引けを取らない。
そのリリア姉様が、結婚式の直前に「私、本当は伯爵様に恋していたんです。結婚してしまう前に想いだけでも伝えようと思って」なんてしなだれかかりながら言ったら、そりゃあ誰だって堕ちる。
だから伯爵様は悪くない。
悪いとしたら、それを見越していなかった私だと、両親にはそう言われた。
まあ、結婚相手が次女から長女に変わっただけだから、家同士の約束という意味では何の問題もないものね。結局私の味方なんてどこにもいないのだ。
「だからって、ねえ……」
本来侯爵令嬢であるはずの私を、結婚式の料理番にまで駆り出すのはどうなのかしら。
そんなに人手が足りてないのだろうか。それともこれも、リリア姉様の差し金?
あの人は何かにつけて、私のことを目の敵にしている気がするのだ。
証拠があるわけではないが、この結婚のことみたいに、姉様は私が幸せになろうとすると必ず邪魔してくる。理由はわからない。わからないから、気がするとしか言いようがない。
本当に、どうしようもない。
「お姉様の大好きなミートパイを作ってあげましょう」
私はキッチンでミートパイを作っていた。
料理は得意。貴族の教養には料理も含まれているし、もちろん侯爵令嬢ともなれば、ミートパイのひとつやふたつ、当たり前のように作ってみせないといけない。
みんな喜んでくれるといいな。そう思って、にっこり笑って––––
––––次の瞬間、私は山の中にいた。