セイクリッドガーデン
白い羽根が雪のように降り続いている。
青い空の下。
どこまでも続く草原に、少女が一人佇んでいた。
歳はアスキスと同じくらい。
成熟し切る前の少女特有の、儚さと艶やかさを危ういバランスで併せ持つ姿。
優美な白いドレスに輝く銀色の髪。
けぶるような睫毛に縁どられた紫の瞳。
黒いドレスで着飾るアスキスを、優しく見つめ続けている。
「よく辿り着いたわね。わたしが選んだ人だもの。必ず来てくれると思ってたわ」
「銀貨!」
歩を進めるのももどかしく、アスキスは飛び込むように抱きついた。
支えきれずによろめく銀貨を押し倒し、髪に顔を埋める。
甘く優雅な百合の香りが、胸いっぱいに広がった。
ずっとこうしたかった。いつまでこうしていられるだろう。
母親を見付けた幼子のように、銀貨の胸に顔を擦りつけ続ける。
銀貨は困ったような表情を浮かべながらも、優しく背中を叩いてくれた。
銀貨の膝枕で、抜けるような青空を眺めている。
降り続く白い羽根は積もることなく、草原に落ちるとすぐに、淡雪のように消えてゆく。
「すごく綺麗だ」
「ありがとう」
手を伸ばし細い銀の髪を弄ぶ。
自らを知る銀貨は衒い恥じらうことはない。
ただ受け入れ、柔らかいほほ笑みを返してくれる。
「どうしてあの時、あたしを助けてくれたの?」
「一目ぼれ、かな」
「ほんとは始末を付けに来たんでしょ?」
「ばれてた? 始まる前に終わらせちゃった、可哀想な巫女のなり損ないの顔だけでも、見ておこうかなと思って」
悪びれる様子もなく、銀貨はくすくすと笑い声を漏らす。
「でも、一目ぼれは本当よ。あのとき必死に手を伸ばしてたあなたを見て、ああ、この子なんだなって」
「何が?」
「わたしの運命の人」
ストレートな物言いに、急に恥ずかしくなる。
赤くなった顔を見られないよう、アスキスは寝返りを打つ。
銀貨は人としては規格外だが、全能の存在ではない。
偽りの巫女として名付けざられしものを召喚する触媒として、巫女候補のアスキスの存在が不可欠だった訳だ。
「孤児院から連れ出してくれた理由は? アビゲイルでも気付かないほど念入りに、作り直した心臓の痕跡を消したのも、銀貨なんでしょ?」
「それもすべて、ここでこうしてもう一度出会うため」
アスキスの顔を捕まえ、正面から覗き込む。
「わたしに預言は必要ないけど、何でも分かってたわけじゃないからね。この世界は、面白いほうにサイコロが転がるようになってるの。でも、ちゃんとこうしてもう一度会えた。でしょ?」
そのまま顔を近づけると、こつりと額を合わせた。
「わたしは人としては、ちょっと出来が良すぎたから。自分の終わりかたさえも、いやになるほど見通せてた。人の形を保っていられるのも、せいぜい二十歳になるまでだろうって。人が人として存在を続けられるよう、人の代表として神智研に肩入れしたぶん、わたし自身のわがままも通しておこう。そう思ったの」
なぜだか泣き出しそうな声をしている。
近すぎてアスキスには表情が見えない。
「……銀貨?」
「すごく素敵に仕上がったよ、アスキス」
額に柔らかい口づけの感触。
顔を上げた銀貨の目には、やはり涙が滲んでいた。
「お別れみたいな言い方しないでよ。銀貨と一緒なら、あたしはどこだってかまわない」
「それでもこんな狭い檻の中は、わたしたちには相応しくないでしょ?」
ゆるゆると首を振る銀貨。
徐々に世界が色あせてゆく。
「もう少しだけ強くなって見せて。まずは、この名付けざられしものくらい、ひとりでねじ伏せてごらんなさい」
「無理だよ! せっかく会えたのに。このままずっと一緒にいてよ! ねえ、ねえってば!!」
困り顔の銀貨は応えない。
買い被りすぎだ。あたしは銀貨とは違う。
それでも、銀貨はいつも正しくて。
彼女が信じたってことは、あたしならやり遂げられるってことだ。
出来ないのなら、それはあたしが手を抜いてるってこと。
「嫌だ! 銀貨があたしをあたしにしたんでしょ! 一人で逃げんな! 責任とってよ!」
「大丈夫。ちゃんと見ててあげるから」
ぐずるアスキスを口づけで黙らせる。
離れないよう強く抱いた銀貨の身体は、白い羽根になって舞い散った。
「銀貨!? う……あ……ああああああっ!!!」
白い羽根が降り続ける、何もない無彩の空間に。
取り残されたアスキスの慟哭だけが響き続けた。




