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ワルプルギスガーデン  作者: 藤村灯
ワルプルギスガーデン
20/26

銀貨

 産毛が逆立つほどの危険を感じ、全力で足刀を入れる。

 根を張る大木でも蹴るような手ごたえ。

 まるでダメージを与えた様子はない。

 肩を掴む手がわずかに緩んだ隙に、アスキスは転がるように間合いを取る。


 スケアクロウの右手は黒い瘴気を吹き出し、異形と化している。

 四角い瞳孔を持つ山羊の瞳。

 蹄を持つ黒い脚。

 蝙蝠の羽根。

 それらが瘴気と共に無尽蔵に溢れ出し、廊下を塞ぐほどの大きさに膨れ上がる。


 スケアクロウの手から産み落とされた黒い異形の肉塊は、複数の脚を縒り合わせ、巨体を支えるに足る三本の脚を形成すると、牙を持つ複数の口から、唾液と咆哮を撒き散らした。


「Bheeeeeea!! Bheeeeeea!!」


「黒い……仔山羊!」


 ジジの放った短剣はスケアクロウの右手で受けとめられ、そのまま黒い瘴気に呑まれた。

 瘴気の中から溢れ続ける異形の器官が組み合わさり、さらにもう一体の仔山羊が産まれ落ちる。


「儀式も供物も無しに呼び出せるのか!? こいつ自身が化け物じゃねえか!!」


 枯れ枝のようにねじくれた触腕が、でたらめに振り回される。

 狭い廊下に逃げ場はない。

 辛うじて腕でガードするも、馬鹿力で薙ぎ払われ、アスキスは壁に叩き付けられた。

 かわした二撃目が壊した穴から外へ転がり出ると、黒い仔山羊は壁の穴を広げ追ってくる。


 この黒い瘴気と蹄持つ脚は見覚えがある。

 いや、忘れようがない。


「10年前のスペイン、カルモナを覚えているか!?」


 アスキスの問いに、黒い仔山羊越しに見えるスケアクロウは、わずかに表情を曇らせた。


 瘴気の中から次々生み出される蹄持つ脚の群れ。

 空を駆け上がりながら形成される長大な黒い柱。

 圧倒的な質量に踏み砕かれる巨大な翼持つもの。

 墜とされるそれが巻き起こした、断末魔の悲鳴にも似た暴風と、崩れ落ちながらも踏み砕くことをやめない、黒い異形の柱に押し潰され、一つの街が消えた。


「お前が!!」


 間違いない。

 あたしのパパとママを殺しやがったのはこいつだ!


 体力精神力ともに少しは回復している。

 この場所では魔術は封じられていない。

 振り下ろされる触腕を避けながら、アスキスはスケアクロウに狙いを付ける。


 轟音とともに礼拝堂の壁をぶち抜き、黒い仔山羊の触腕に薙ぎ払われたジジが、庭園に投げ出される。

 アスキスの姿を目にした瞬間、飛ばされるまま三本の短剣を投げ付けた。


「邪魔すんな!」


 アスキスは振り払う腕に風を纏い、苛立ちのまま跳ね除ける。


「よそ見をしている場合ですか?」


 背後からの声に振り向きもせず飛びのくも、スケアクロウの右腕から伸びる、異形の群れが形作る巨大な棍棒は避けきれない。

 着地したばかりのジジに叩き付けられ、そのまま諸共に地面を転がる。


 格が違う。確かに、よそ見しながら勝てる相手じゃない。

 追い打ちで振り下ろされる、黒い仔山羊の脚に踏み砕かれる前に、ジジを突き飛ばし反動で飛び退いた。

 距離を取り立ち上がったジジが睨み付けているのは、アスキスなのか黒い仔山羊か。どうにも表情が読みづらい。


「クソッ、構ってられるかよ!」


 わずかな時間で集中し、疾く速く放った無数の風の刃。

 ジジは同時に短剣の雨を放つ。

 仔山羊をすり抜けた風刃と短剣は、相殺され互いの身体に届かない。

 間に立ち、双方の攻撃のほとんどを一身に受けた黒い仔山羊は、膝を付き動きを止めた。


「念のため、殖やしておきましょうか」


 迫るもう一体の仔山羊の向こうで、スケアクロウが呟きを漏らす。

 黒い瘴気を纏いながら大きくなる肉塊の群れ越しに、鐘楼から見下ろす白い人影が見えた。


「銀貨!!」


 天屍てんしから、無数の白い羽根が降り始める。

 楽し気にほほ笑みながらアスキスを見下ろす少女の背後に、目を閉じたままのもう一つの人影が歩み寄る。

 同じ形の二つの影は、そのまま重なり一つになった。


「いつものアストラル投射でのお遊びではない! 目覚めてしまったのですか!?」


 銀貨に気を取られていたアスキスは、黒い仔山羊の触腕に絡めとられてしまう。

 スケアクロウは仔山羊を産み出し続けていた右腕を、銀貨に向け振りかざした。

 無数の脚を生み出しながら、黒い異形の肉柱は駆け上る。

 規模は違うが、10年前、神である名付けざられしものを砕いたのと同じ力。


「やめろ!!!」


 アスキスは、目を開けた銀貨が小首を傾げ、何かを呟くのを見た。

 ――「こうかな」、か?


 指し示す細く小さな指に従い、舞い降る羽根は無数の短剣の雨に変わる。

 黒い異形の柱が駆け上がる速度より早く、細切れの肉片に変えてゆく。


「オサリバン先生!」


 叫ぶジジの背後に、滲み出るように巨大な甲冑の右腕が現れた。

 使い魔というには強すぎるが、神とも言えない何か。

 アスキスの知らない地球の小神か、あるいは神智研しんちけん製の人工精霊か?

 腕は空から大剣を掴み出し、銀貨に向けて振り下ろした。


 銀貨が立てた人差し指をくるりと回して見せると、巻き起こされた黒い旋風は、剣ごと甲冑を掻き消した。


「あたし達の戦いを眺めていただけで、見よう見まねで同じことをやって見せるってのか?!」


 剣の雨をに肩口まで肉を削り落とされ、スケアクロウは右腕を失っている。

 銀貨だけに注意を向け、焦りの表情を浮かべているが、それは二人の少女も同じこと。

 白い羽根が降りしきる中、足元から振動が伝わり始めた。


「これは……地震じゃないな」


 崩れた学舎が地面に飲み込まれるのが見える。

 礼拝堂の庭園にも亀裂が走り、巨大な縦穴が広がってゆく。

 地下に隠されていた構造物が崩れた影響か。

 もはや結界の効果も消え失せてしまったただろう。

 鐘楼が傾き、崩れながら縦穴に飲み込まれてゆく。


「銀貨!」


 考えるより先に体が動いた。

 巨体を支える足場が崩れ、拘束を緩めた黒い仔山羊の触腕を振りほどき、アスキスはそのまま穴へ身を投げた。


 地下から浮上してくる、巨大なものの気配。

 周囲の物を黒い風に変え、姿を現したその存在は、空に浮かぶ天屍と相似形を為している。

 毀されたハスターの肉体。


「銀貨! 銀貨!」


 落下しながら、夢中で小さな身体を抱きしめる。

 増殖を始めたハスターの白い羽根が、二人の身体を飲み込んだ。

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