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酒場のエリサ  作者: smile
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久しぶりの帰宅

ミレーユは鍵をかけずにドアを少し開けたままにした、部屋の外へ出てもエリサのすすり泣く声が聞こえ胸を痛ませる。

結果として弟の選んだ女性を引き離したのだ、理由はどうあれ気持ちの良いものではなかった。それとは別にルイスへの嫉妬のような感情も生まれていた。

「ちっ…」ミレーユは無意識に舌打ちをして歩き始める。


どうしてルイスは面倒な事ばかり引き起こすんだ?

いや、そもそも……どうしてあいつの側には人が集まる?よりによってスタンフィード家のエルだと?…バルサやカロン、アレフだって優秀だ、あいつらはどんなに高待遇を提示してもルイスの側を離れようとはしない。

それにラウラだってトランタニエの…


「……」見えないプレッシャーのような物を感じて食いしばった歯には自然と力が入る。


5年前もそうだ…


……………◇◇…………


「貴様、勝手に軍を動かすとはどういうことだ!」戦場から帰ってきたルイスにものすごい剣幕でまくし立てるミレーユ。しかも目の前には滅んだはずのトランタニエの兵士を連れてきている。


「すまない姉さん、グライアスの奴らと一戦交えた」


その言葉に驚愕するミレーユ。あり得ない事だった。すでにわずかな残党を残し抵抗しつつも事実上滅んでいたトランタニエ国。そんな所の援軍のため勝手に兵を出したのだ。さらには我が国からグライアスに攻撃を仕掛けただと?その破天荒な報告に卒倒しそうになるミレーユ。

言葉を失ったミレーユの前に一人の女騎士が膝まずく。



「私はトランタニエ国近衛兵団、大隊長フェイルと申します。くしくも我がトランタニエはグライアスの侵攻により滅びました。しかし我がトランタニエの誇りと意思は滅んではおりません、それを救っていただいたのがルイス・デオ・ファルネシオ殿下であります。生き残った我ら全近衛兵団、血の一滴までもルイス殿下へ捧げその忠誠を誓います!」

フェイルの透き通る声が場内に響くと近衛兵団全員がその場に膝まずき頭を下げた。


ミレーユに取って信じがたい光景だった、屈強な上、血の結束とまで言われたトランタニエの兵がルイスに忠誠を誓っているのだ。数々の外交をこなしているミレーユに取って目の前の人間が嘘を言っているのか上辺だけで話しているのかは、ある程度理解できる、今目の前にいる此奴らは本気で言っている!


なぜだ?


不思議に感じると共にすでにミレーユに反論する気力はなかった、自分の常識を超えた現場についていけなかったという表現があっていたかも知れない。



…………◇◇……



呼吸を整えエリサとラウラのいる部屋を振り返り見るミレーユ。


もしかしたら本当の王というのはルイスのようなカリスマを持った……


いや、バカなことを考えるのは止めよう。すでにレミ兄さんの王位継承は決まっているのだ…




………………




エリサはその日のうちにラージュの屋敷に送り帰された。


全く理解できない数日間。こんな思いはもう、うんざりだ!


ラウラと共に城を出てラージュの屋敷へと向かうエリサ。その顔に覇気はない。

『ルイスに二度と会うな』そう言われて散々泣いた後だけに眼は赤く充血し、自分の足元にある石畳が流れていくのを虚ろな瞳で見ていた。

歩くその足取りは重く、数歩(すうほ)歩く度に立ち止まり、自分の意思とは関係なく(こぼ)れてくる涙を手で拭いながらまた進む。


そんなエリサの側を離れることなく無言でゆっくりと歩くラウラ。

その優しさが嬉しくもあり、辛くもあり、また涙が(こぼ)れてくる。


20分もあれば着くような距離を1時間以上かけて歩いてきたエリサとラウラ。随分前に陽は落ちていて、辺りは暗い闇夜に包まれていた。月も出ておらず、すれ違う人も少ないその静かな暗闇はエリサの悲しい気持ちを我慢させることなく瞳を滲ませる。


ようやく屋敷に着くとその涙を必死に堪えるエリサ、しかしその涙の跡は消すことはできない。

そして屋敷の前で躊躇して立ち止まる。


さすがに気まずい…どんな顔をして戻れば良いのかな?…果たしてこんな怪しい素性の自分を以前のように暖かく迎えてくれるのだろうか?

ふとミレーユに連れて行かれるとき視線を逸らされたバルサの顔が蘇る。それと同時に様々な不安が脳裏をよぎった。


エリサの気持ちを察してかそのままラウラも一緒に立ち止まる。


屋敷の中ではちょうど夕食の時間なのかもしれない、トウモロコシの甘い夏の香りが外へと流れてきている。その匂いを嗅いだ瞬間エレナが1人で料理を作っているんだとすぐに想像できた。匂いを嗅げばすぐにわかる、絶対に美味しい!


この数日間、自分は一体何をしていたのだろうか?私のせいでエレナちゃんにも迷惑をかけて……エレナちゃんが1人で頑張っているのに…

急に自分が恥ずかしくなり後ずさりしてしまうエリサ。逃げだしたくなる気持ちを抑えきれず屋敷に向かって背を向けた瞬間、手を掴まれる。


「っ!?」久しぶりに感じる人の体温、手を掴まれるのはミレーユ様に手を引かれていたとき以来だ。でも今回は優しく暖かな温もりが伝わってくる。自分より小さなその手、しかしそれは若い女性とは思えないほど硬くゴツゴツとしている手だ。一体どんな生き方を送ってきたらこんな手になるのだろう?と思う反面、とても暖かく優しい気持ちが伝わってくる。


「ら、ラウラ、さん…」声を震わせながらその名前を呼ぶエリサ。ラウラは「はい」と一言だけ優しく答える。


そのまま立ち尽くすエリサ。ラウラはエリサの気持ちが落ち着くまでそのまま付き合うつもりでいたが屋敷の入り口でガタガタと物音がしてきた。


「おれ、ゴミ捨ててきますね〜!」玄関の内側から聞き覚えのある声が聞こえてきた、アランだ。


エリサが気まずそうに背を向けると同時にその入り口は開けられた。


大きなゴミ箱を抱えドアを開けて出てくるアラン。

すぐに目の前の人影に気がつきラウラと目が合う。その状況を理解できず硬直するアランだったがすぐに「ぅわぁああ!!」と大きな叫び声を上げてゴミ箱をその場に落っことした。


玄関に散乱する生ゴミ。その向こうでアランが驚いている「ら、ら、ら、う、らうらさま?」すぐさまもう1人の女性に眼を向ける。

うな垂れながら背を向けている女性、暗い闇夜でもわかる鮮やかなブロンドの髪は見間違えることはない「え、エリサさん?」


その名を呼ばれてビクッとするエリサ。まだ心の準備ができていない。

しかしそんなことは御構い無しにアランの叫び声を聞いて全員が集まってきた。


「どうしたアラン?」真っ先にバルサが駆けつけた。その先にラウラと背を向けているエリサに気がつく。


二人に声をかけようとしたときバルサの脇をエレナが駆け出す。


「エリサさん!!」


そのままエリサの背にしがみつくように抱きつくエレナ「良かったぁ!……ぁわぁああ…」無事に戻ってきたことが嬉しくてそのまま泣きじゃくる。しかしエリサは困ったように背を向けてうな垂れたままだ。 まだ一言も発していない。


明らかに様子のおかしいエリサを見てバルサは状況があまり良くないのだと感じた。

「エレナさん、エリサさんは少し疲れている様子だ。取り敢えず中に入りましょう」


「あ、は、はい」慌てて顔を上げるエレナ「すいませんエリサさん、私、嬉しくてつい…」涙を拭うエレナ。

いつの間にかラウラの手は離されていて、その手はエレナに握られている。変わり果てた絆創膏だらけのエレナの手に引かれ歩き始めるエリサ。


以前と変わらず自分のことを慕うエレナの態度が嬉しい。そのまま手を引かれて行くものの何かに怯えるような儚げな表情をラウラに向けた。ラウラは大丈夫というように微笑み返すとエリサはそのまま屋敷に中へ入っていった。






「ラウラ、話を聞かせてくれるか?」エリサが屋敷に入るとバルサの顔つきが変わる、暗い屋敷の入り口で嫌な緊張感が漂う。


しかしラウラはすぐに返事をしなかった。それは集まった人の中に見知らぬ人間がいたからだ。はじめに出てきたのはアラン、次にバルサとエレナ。その後すぐにルークとクロード。最後に一番後方から周囲を警戒しながら観察するように見ていた二人の騎士がいる。その二人はバルサの言葉の後に続くように「私達にもお話を願います」興味深そうに会話に割り込んできた。


「お前達には関係ない!」バルサが強く言うが二人の兵は全く動じることなく胸を張っている。

そしてゆっくりとバルサとラウラの元に近づいてきた「私達はレミュール様に報告する義務がございます、それはバルサ様も了承済みなはず」



ここまでの会話で状況は理解できた、要はバルサの監視か……

くだらない…

ラウラは鋭い眼光で睨みながら二人の騎士に近づいた「お前達の義務など関係ない!!男爵ごときの私兵が強気になるなっ!!」ラウラの迫力に戸惑いその歩みを止める2人の騎士にゆっくりと歩み寄る「……今の私は機嫌が悪い、怪我をしたくなかったらこの場から失せろ!」


ラウラの殺気立つ言葉に怖気ずくも一人の兵は声を震わせながら前に出た「わ、我々にも…」見知らぬ騎士が言葉を発した次の瞬間ラウラはスッと背を向けたかと思うとそのまま勢いよく反転し高くまっすぐ伸びた右脚の(かかと)はその騎士の右顎にめり込んだ。

「ゴッ!」という鈍い音とともにラウラはその右脚を振り抜き目の前に立つもう一人の騎士を睨んだ。


回し蹴りを喰らった騎士は自分よりかなり小さなラウラに数メートル蹴り飛ばされ倒れている。口からは血を流し白目を向いていた、歯が数本折れている様子だ。


突然の出来事にバルサの顔が引き攣る。


しかしラウラは御構い無しに語気を強める「消えろと言っている!」

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