別れ
エリサが城に連れてこられてすでに一週間。
ルイスはバルサと共にエリサを助け出すことだけを懸命に考えて動いてきたが、これといった有効な手立ては無く、ドア越しに話すエリサの声は確実に元気が無くなっていた。その覇気の無くなっていく声を聞くたびに焦りだけが募っていく。
その間にもミレーユはカミーラに早馬を走らせ、ラージュへ向かわせる。
ラージュにある教会の神父へ書状を送り説明を求めたのだが、返答は『何も知らない』ということだ。エリサが住んでいた場所や酒場のあった場所も調べたらしいが予想通り燃えた炭しか残っておらず何も分からなかったらしい。他にも領主の屋敷にある住民の記録も確認したがスタンフィード家との繋がりは書かれていなかった。
交友関係など考えられる場所をいくら調べてみてもエリサとスタンフィード家を繋げる証拠は1つも出てこなかったのだ。
もちろんその詮索はカイとアンネの元へもおよんでいた。
…………◇◇…………
真夏の日差しに向かって元気に咲き誇るヒマワリ、レモングラスやタイムなど夏のハーブが多い茂りその香り漂うカルラの庭先で漁に使う網の手入れをしているカイとアンネ。
「しかしどうして王国の騎士様が嬢ちゃんについてあんなに調べているんだ?」額に流れる汗をタオルで拭いながら一息つくカイ。
「でもおかしいのよね、聞いてくる質問はエリアスお祖父さんの事ばかりで…」アンネは黙々と綻んだ網を紡いでいく。
「ああ、どうして今更あんな爺さんの事ばかり聞いてくるのか?まぁハンスさんとモニカさんの事も聞いてきたが少しだったしな…」
「ええ、それも何か預かってはいないか?とか、産まれについて知っている事を話せとか…」
「でもこれって嬢ちゃんが上手くやっている証拠なんじゃねぇか?わざわざ身辺調査に来るくらいだこのままお姫様にでもなっちまったら俺っちも鼻が高いってもんだぜ!」縁側に置いてあるお茶を一気に飲み干し作業に戻るカイ「それに、嬢ちゃんが幸せになってくれなくちゃ、世話んなったハンスさんとモニカさんに申し訳ねぇや!」
「そうね…」不安そうに返事を返すアンネ。
…………◇◇…………
どこかに記録があるはず、ミレーユはそう言って詮索を進めていたが何時迄も出てこない証拠を詮索することに危機感をおぼえるようになってきていた。
何より建国祭を直前に控え、兄のレミ第一王子の王位継承を発表する準備もある。
「もういいだろう?」第二王子のリュカが面倒くさそうに頬杖をついている。
「いや、しかし絶対にスタンフィードの人間であるはずなんだ」ミレーユが珍しく身振り手振りを大きくしてアピールしている。
「ああ、分かっている、だからこそだ…わかるだろう?」レミはいい加減にしろと言わんばかりに語気を強めた。
その言葉に俯くミレーユ「……」もし彼女が本当にスタンフィード直系の人間であるなら今のスタンフィード家は何者か?ということになる、それと同時に今のスタンフィード家が教会を通してエリサの存在に気がついていてもおかしくはない。ミレーユはゆっくりと俯いた顔を上げレミを見た「ああ、この城に監禁していることが知れたら我々が危険だ」
「これ以上スタンフィード家に関わるな、これ以上の詮索はスタンフィード家に気がつかれる可能性がある。もしそうなったらウィルベルム国との関係も拗れてしまう」いつもは淡々と話をするレミだが今回は真剣な表情をしている。
「ああ…わかっている」ミレーユは納得できていないでいた、エリサの存在は危険だがハッキリとした事実を知っておくことは今後の外交に大きな意味を持つからだ。
「じゃぁエリサはもう出してもらえるのだな?」ルイスが嬉しそうに立ち上がる。
しかしレミの言葉はその喜びを覆すものだ「ああ、ただし…二度と会うな!」
会うな?何かの言い間違いかと思いレミを見るがその表情は冗談を言っているようには見えない。
「いや、まてレミ兄、どうしてた?」
「はぁ〜、何度も言っているだろう?彼女はほぼ間違いなくスタンフィード家の血を引いている。これ以上関わるな!!」リュカが面倒くさそうに話しに入ってくる。
「だからこそだ!!スタンフィード家ほどの血筋なら俺が迎え入れても何も問題ないだろう?」
嬉しさと戸惑いを混ぜたような顔をするルイスに向かってレミはいつものように表情を変えずに淡々と続けた。「そうだな…仮にも神格化され平和の女神なんて言われているくらいだ、うまく迎え入れることができれば俺たちファルネシオ国はこの大陸をほぼ掌握したようなものになる」
その内容にルイスも嬉しそうに「そうだろう?」と同意を求める。
しかし全員が首を振った「ただし、これは諸刃の剣だ!一歩間違えれば私達はウィルベルムとグライアスの両国と戦争をしなくてはいけなくなる。いや最悪なのは国内外各地で内乱が起こるかもしれない。この問題は表に出してはいけないのかもしれない…」最後はミレーユによってたしなめられた。
………………◇◇………………
「エリサ、ラージュの屋敷に戻れ!」
いつもの様に部屋に入ってきたミレーユは挨拶もなく大きな声をあげた。
散々監禁しておいて戻れと命令口調なところが気に障ったがこちらの精神状態も限界に近い。来る日も来る日も同じような質問の繰り返し、ラウラさんがいなかったらおかしくなっていたかもしれない。
力なく「はい…」と頷くエリサに2つの条件が出された。
1つ目は「今後エルの名前は捨てろ!絶対に口にするな」だ。
言われなくてもそのつもりだ、おじいちゃんにもらった思い出の名前だがこんな思いは二度としたくない「はい」と再び力なく頷き承諾をした。
「もし必要ならリアナとかルースとかLが頭文字の名前を使え、そうすれば今までエルと聞いていた者達も納得するだろう」
……「それともう1つ……」ミレーユは少しためらいながらもハッキリと言う「…今後一切ルイスには会うな」
それは予想外だ
そんな…
しかし城に連れてこられてから一度もルイスに合わせてもらえていない、毎日ドア越しに話はできていたが一度も顔を合わせてもらえなかった。
「…ど、どうして?…」
しかも今後一切会うなって…
ミレーユは呆然とするエリサに向かって「ルイスのことは忘れろ、もう二度と会うことは許さない!!」かなり強い口調だ。
確かに触らぬ神に祟りなしとラウラさんに言われたがそんな話は寝耳に水。証拠がなかったのだから無罪放免なはずでは?
いや、何も悪いことはしていない、無罪というのもおかしな話だ…
「イヤです!」焦燥しきったエリサだったが自分の気持ちは変わらない、今ここで諦めたら後悔しか残らない。気がついたらミレーユ皇女殿下を睨むようにハッキリと言っていた。
「すまないな…」
「っ?」予想外の言葉が聞こえた。謝った?
「お前達の恋路を邪魔するつもりはなかった。むしろ真剣なルイスを見て、お前を迎える心構えはしていたつもりだ。だがな以前にも話したが私達は王族だ、自らの欲望に負けて国に混乱を招くわけにはいかないのだ分かってほしい」
皇女殿下が謝っている? 私に…
しかし、だからと言って簡単に諦めることができるものではない。
「……」無言でたたずむエリサ。
「お前がスタンフィードの血さえ継いでいなければ何も問題はないんだ…確実な証拠はなかったが十中八九それは確実なもの。ただのラージュの田舎娘なら何も問題はないんだ、百歩譲って娼婦であってもルイスが本気なのであれば許せたかもしれない。
だが、スタンフィード家だけはダメだ、我々だけではない、国民が、いやこの大陸全土の平和が崩されてしまう可能性がある、色々と強引なことをしたことは後ほど詫びさせてもらう。後は素直にラージュに帰ってくれエリサ」
納得はできないが妥当な選択だった「……」ラウラは無言のまま2人が話しているのを見ている。何もすることはできずに、手も口も出さないでおとなしくしている。
でも…気に入らない…
エリサは素直にハイとは返事はできなかった。勝手に流れてくる涙を抑えることもできず息を震わせその場にしゃがみ込み大粒の涙がポタポタと床に落ちていく。
夕陽が差し込みエリサの震えるすすり泣く声だけが聞こえる部屋をミレーユはそっと静かに出て行った。