疲労
最近は1人で料理を作っているエレナ。朝早くからキッチンに立ち、そして夜遅くまで仕込みをする。毎日懸命に働いていた。
その手にはナイフによる切り傷や調理時の火傷が増え、顔に現れる疲れは隠せない。それでもエリサの帰りを信じ毎日を送っている、今日も気合を入れて買い物中だ。
「こんにちはヘルトさん」目の下にはクマを作っているが笑顔を見せるエレナ。
「よう、エレナのお嬢さん。今日も1人かい?」いつものように大きな身体を屈めて陽気に挨拶をするヘルト、しかしエレナの疲れた顔と絆創膏だらけなその手には自然と視線が移ってしまう。
そんなことには気がつかず野菜を手に取り吟味するエレナ「今日はトウモロコシが欲しいんだけどどれがいいかな〜?」
ヘルトはそんなエレナを観察するように見つめる。
この前ラウラからの報告でエリサの嬢さんがスタンフィードの血を引いている可能性があり城に連れていかれた…と聞いているがその後の連絡が全く無ぇ…。
この様子だと嬢さんはまだ城の中か……しかしフェイルの奴はまだ動くなと言ってやがるし…
「おじさん、これお願いします!」
「ぁ…」考えている途中でエレナがカゴいっぱいに入れた野菜を持って来た、トウモロコシとカボチャに人参、トマトにキャベツと細い腕に目一杯力を入れてかなり重そうにしている。ヘルトはすかさず笑顔を繕った。
「おぅ、すまねぇな!…しかし随分買い込むねぇ?」
するとエレナは少し恥ずかしそうにはにかむ「私、不器用なもので結構失敗が多いんです、この前も作った料理を焦がしちゃったり、落としてしまったり…なので作り直せるようにちょっと多めに…へへ…」
「そうかい…」ヘルトは1人で料理を作っているエレナの頑張りを察し、繕った笑顔は自然と優しい笑みに変わった「それにしてもこれを運ぶのは大変だろう?後で俺が運んでやろう!」
「え?良いんですか??」
「ああ、いつも買ってもらっているお礼だ!」
「ありがとうございます!!」
…………◇………
「コンコン」といつものようにドアをノックする音がする。
最近はこの音を聞くと嫌な緊張感に襲われる…エリサは無言のままジッとドアを見つめているといつものように「私だ!」と一言だけ聞こえる。
やっぱりだ…と諦めにも似た気持ちでミレーユの来訪を受け入れる半面、ルイスではなかったという残念な気持ちとまた同じような質問をされるのかという恐怖のような怯えた感情が生まれる。
そんなエリサの脇をラウラがゆっくりと通り過ぎ「はい!」と静かに答えるとドアは開けられ食事が運ばれる。今日のミレーユ様は昼食と一緒にやって来た。
ミレーユは毎日エリサのいる部屋を訪れていた。それも必ず食事と一緒にだ、それは朝食のときであったり、昼食のとき、夕食のときと決まっているわけではなかったが多いときは1日3回ともやって来る。もううんざりだ…
私達が食事をしている間はいつもソファーに腰掛け目を閉じて休んでいる。今日も同じ…
食事中に何かを言われたことなど無いのだがミレーユ様が目の前にいるというだけで重苦しい気持ちになり食事も喉を通らない。最初はこの国の皇女殿下という畏れ多い存在に緊張したものだが最近は全く違う、毎回聞かれるスタンフィード家とエルについてだ…
何度聞かれても知らないものは知らないし、無い物は無い!それなのに『忘れているだけで何かを思い出したか?』と毎回尋ねられる。時には半ば強引に質問されることもあり嫌な思いを何度もした、でもそんなときはラウラさんの咳払いや壁を蹴飛ばす音に救われた。
そんなミレーユ様が今日もやって来た!どんよりとした重い曇り空のお陰で憂鬱になっている気持ちをさらに憂鬱にさせてくれるミレーユ皇女殿下だ。
「さぁエリサ、何か思い出したことはあるか?」
やっぱりいつもと同じ質問から始まった…
私の答えも毎回同じだ「いえ、何も…」