髪飾り
朝早くからエリサが閉じ込められている部屋へミレーユ皇女殿下が朝食と多くの書物を持ってやって来た。
そして朝食を食べ終えたところで質問のような尋問のような話し合いが始まる。
ミレーユがエリサの向かいに座るとラウラは立ち上がり、少しだけ空いていた窓を全開に開けた。心地よい風が部屋の中に入ってきて気持ちが良い。
部屋の中には私とラウラさんとミレーユ皇女殿下の3人。
昨日のようにお供を連れていないのは何故だろう、私を威圧しないためだろうか?ラウラさんに気を効かせているのだろうか?それとも…
これからする話を聞かせたくないのだろうか?
緊張するエリサを他所にミレーユはいつもの様に落ち着いていた「では、エリサ!スタンフィード家とエルについてラウラから少しは聞いたか?」
「は、はい…」警戒しているためか小さな掠れるような声で答えるエリサ。
「ではいくつか質問をさせてもらう。教会で洗礼を受けたのは何歳だ?」淡々と質問を投げかけるミレーユ。ラウラさんは窓辺で気持ち良さそうに風を浴びながらこちらを見ている。
「7歳です」
「エルの名前は誰が決めた?」
「祖父です」
「祖父の名は?」
「エリアス・ダン・アイーダ」
「祖父母は今は?」
「祖父は8年前に亡くなりました、祖母は私が産まれる前に亡くなっています」
「その時の神父の名は?」
「確か…イェンス…だったかと。いつも神父様と呼んでいたのでハッキリとは…」
「その神父は今もラージュの教会に?」
「いえ、3年前に亡くなっています」
「今の神父の名は?」
「…わかりません、今は全く教会に行かないのでほとんど面識は無いです」
一問一答で話は進む。こんな質問で何がわかるというのだろう?
「ではお前の両親は?」
「4年前に漁に出たっきり…二人の乗っていた船だけが見つかりました」
「そうか…両親の名は?」
「父はハンス・ヤン・アイーダ、母はモニカ・ピア・アイーダ」
本当にこんなことで何がわかるのか?第一私がスタンフィード家の血を引いているわけがない…早く返して欲しい…
ミレーユは持ってきた書類と照らし合わせるように、答えた内容を確認している。
「よし、では祖父についてもう少し聞こう!祖父がラージュに移り住んだ理由は知っているか?」
「いえ」
「何歳の時にラージュに来た?」
「さぁ?」
「一人で来たのか?」
「さぁ?」
何も答えられないエリサを見て口をへの字に曲げ頭を搔くミレーユ。
そんなミレーユを肩をすぼめながらやや上目遣いにエリサは視線を送る。
「本当に祖父や両親から何も聞いていないのか?」
「はい…」
始めのうちは一問一答だったが、次第にエリサの知らない質問が多くなっていく。
そこでミレーユは少しづつ質問の内容を変えていき、次第に話題は酒場のことや漁師達のこと、料理のことなど質問は多岐にわたっていた。
時折ミレーユは自分自身のことを話すなどいつの間にか世間話しのような感じで話は進み、気がついた時には酒場の売上から数年前に気になった男性の話までしていた。
エリサ自身もフランクに接してくるミレーユにつられてリラックスしており完全にミレーユのペースで話は進む。
「……ぁ…」あまりにも自分のことを話すぎるエリサを見てラウラが間に入ろうとするがミレーユにうまく遮られ話に割り込むことができない。
誘導尋問の様に様々な角度から話題を切り出すミレーユの話術にかなうものなどなかなかいない。
しかし…
おかしい……
エリサからスタンフィードに繋がるパーツが出てこない…
何故だ?
何故こいつに名前の意味を教えていないのだ?明らかにこいつの祖父はスタンフィードと繋がりがあるはずだ…
しかし祖父も両親もスタンフィード家と繋がらない。当たり前だが名前は変えている。
何かあるはずだ、そう…スタンフィード家である証が無ければ教会がエルの名を授けるはずがない。
「エリサ…何か祖父か両親から譲り受けたものはあるか?」
譲り受けたものと言われても考え込むエリサ…「あ…」ふと何かを思い出す。
その顔を見てミレーユが目を細め「何かあるのだな?」少し声のトーンが低くなる。
「い、いえ、でもあんなもの…」
「なんでも良いぞ石ころでも蝉の抜け殻でも!」
あえてゴミの様なものを例えに出されて答えやすくなったエリサ「は、ハイ、洗礼を受けた時に、髪飾りを…鳥のような形をしていた古臭い物でした」
「鳥?」この時ミレーユの頭の中で1つのパズルが組み上がった、バラバラになっていたパーツが1つにまとまりはじめるように。そして疑念は確信に変わる。
勢いよく目の前の書物をめくり始めたミレーユ、数冊目でその作業は止まり興奮気味に落ち着きのない態度を見せはじめた。
そして何も言わずに開かれたページをエリサの前に置いた。
「っ!?」エリサがそれを目にするとありえない絵が描かれている…
うそだ…
そう心の中で呟くエリサ。
「これなのだな?」明らかに驚愕の色を隠せないでいるエリサに向かって語気が強まるミレーユ。
違う…似ているだけ?… 思わず目線を逸らせてしまうエリサ。
「よく見ろ!」久しぶりの命令口調だ。
いやだ…
見たくない…
「この髪飾りはどこにある?」
「……」いつの間にか同じテーブルを囲んで座るラウラも心配そうな顔をしている。
「どこにある?」
追求するミレーユの言葉に全身が強張る、握っている拳は汗ばみ鼓動は強く高鳴る。
違う…私じゃない…私は関係ない……
でも、あれは…
「……も…燃えました」ポツリと囁く様に答えるエリサ。
「なっ?」まさかの答えだった。今や神として崇められている存在のエルが当時つけていたであろう髪飾り、もしそれが本物であれば国宝級のお宝だ。それが燃えた?「どうしてっ!?」
エリサはそれと同じものを持っていたことを認めたくなかった、答えれば持っていたことを認めたことになる。
しかしこの状況でシラを切れるほどエリサに度胸はない、諦めた様に俯きながら小さな声で話し始めた「…クラウスの反乱で私の住んでいた場所も持ち物も、全て無くなりました…」
ミレーユが確認するようにラウラに視線を送る「はい、嘘ではありません。エリサさんの住んでいた港付近は壊滅状態です、探しても炭しか出てきませんよ」
「他には何か無いか?」
「……何もありません」
「両親の残した物などは?」
「…全部…燃えました…」
そう、全部燃えたのだ。もし親の持ち物で証明するようなものがあったとしても、もう何も無い。髪飾りも…
証明するものなど何もない。だから、私は関係ない!
恐る恐る顔を上げるエリサ
その目の前には本が開かれたままだ。そのページには鳥をモチーフにしたスタンフィード家の旗印と剣を持ち法衣を纏った1人の女性が描かれている、その女性の名は『平和の女神エル・スタンフィード』そう書かれていて女性の髪にはエリサが祖父からもらった物と同じ髪飾りがつけられていた。
そう、全く同じだった。