英雄エル・スタンフィード
かつてこの大陸全土を平定し巨大な国家を形成していたウィルベルム国。しかしそれは今から500年以上も昔の話、現在はファルネシオ国が大陸の半分近くを治めている。そのファルネシオ国の北にあるもう1つの大国グライアスは強大な軍事力でトランタニエを滅ぼし今はファルネシオ国と休戦状態が続いている。
さらにグライアス国の西、海峡を挟み大きく突き出た半島のような大地を治めているのがウィルベルム国だ。かつてのような力は無いものの優れた武具を作る製造技術は他国が喉から手が出るほど欲しい力だ、しかし古の大国が持つ本当の力は武器だけでは無い。
かつてこの大陸を平定した時の宰相、未だに英雄や平和の女神として語り継がれるその名前がエル・スタンフィード。
当時のウィルベルム国王の妹でありながらスタンフィード家を継いだエルは自ら戦場に赴いきどんな状況下であっても戦いを勝利に導いたと言われている。
長い争いを終わらせ大陸に平和をもたらした功績を称え当時普及し始めていた教会信仰はエルの名をスタンフィード家の女性のみが語ることのできる洗礼名とした。
その後エルの名が知れ渡り協会信仰も普及し始めるとエルという名前を洗礼名にできるのは未来永劫スタンフィード家の直系に産まれた女性のみが名乗れることと定められ今に至る。
それからも教会とスタンフィード家は密な関係を築き今では「エル・スタンフィード」という名の存在は神のように崇められ、『スタンフィード家が動けば教会も動く』と言われるほどだ。今や大陸全土に広がっている教会の数は数えきれないほどにまでになっており〈教会の勢力≒ウィルベルムの勢力〉という見方をする人も多い。
もしスタンフィード家がエルの名を使い聖戦を掲げたなら各国の教会とその信者は立ち上がるだろうとも言われるほど、実質ウィルベルムは教会を通して未だにこの大陸全土にその力を広げているのが実情です。
「まぁ政治的な意味合いが強い部分ですので一般市民は気にしていない部分だとおもいます」
城の一室で監禁されるように閉じ込められたエリサにラウラが、屋敷ではバルサがエレナに、それぞれがエル(elle)の名前の意味を説明していた。
「へぇ〜〜」まるで他人事のように聞いているエリサ。神話のような昔話を信じられないというか自分との接点を見出せないといったところだろう。
ラウラはそんなエリサを見ながら拍子抜けした感じで説明をつづける。
「 まったく…まさかエリサさんがスタンフィード家の人間だったとは思わなかったわ…」ラウラはジト目でエリサを見つめ、未だに信じられないといったところだ。
「はぁ…」エリサ自身も生乾きな相槌しかうてないでいる。
「まったく!ルイス様もバルサさんもどうして気がつかなかったものか?」
…………◇……………
「これがエリサさんの名前の意味です」バルサは布教活動をするかのように1つ1つ丁寧に説明をしていた。
しかし全く信仰の無いエレナにとってはどうして伝説の英雄とエリサが繋がるのか理解ができないでいた。
「でもどうしてバルサさんは気がつかなかったのですか?」
「うっ…それは…」当たり前のような質問をするエレナにバツが悪そうに視線を逸らした「確かに…初めて聞いたときは何かおかしいと思いました。しかし洗礼名が長かったり気に入っていないなどの場合、省略して頭文字のアルファベットのみを言うことは多いいのです。
それにエリサさんからは全く信仰心を感じることが無かったのでスタンフィード家の事を知らずにただ省略して『L』と言っているものだと…思い込んでいました。
あと…初めて会ったときエリサさんは私達を国王軍だとわかって声をかけてきました、もしelleであるなら名乗るのはおかしいからです」
「……」バルサの答えに不満そうな眼をするエレナ
「そ、それにルイスも全く気がついていないようだったし…ま、まぁあいつは元々、信仰心なんて無かったから気にもしていなかったと思うけど…」
「バルサ様、なんとかして下さい!エリサさんを助けて下さい」
「ああ、そのつもりですよ。しかし…何をどうしたら良いものか…」
考え込み無言の時間が流れているときアルミンが開けっ放しのドアを叩く「失礼します。バルサ様、レミュール男爵の使いがいらしております」
「父上の?」バルサは驚きと不安、それとエリサが関係していることだと確信があり様々な感情の入り混じった気持ちで立ち上がった。
…………◇…………
エリサはベットに腰掛け思い詰めた表情を隠せないでいた。バリエに来なければ良かったのかもしれない、そんな後悔に似た気持も浮かんできていた。
「あ、あの…もしスタンフィード家が動けばって…この国の騎士達は教会信仰を崇拝しているよね?戦争なんて起こったらこの国はどうなるの?」
「それが問題なんです。もともとはファルネシオ国もグライアス国もウィルベルム国の一部でした。ですからほとんどの騎士は教会信仰を崇拝しています。もし…」真剣な表情で少し間を置くラウラ。
「もし聖戦なんて起こったら大陸各地で謀反や反乱、国民の暴動などが起きて世界中が荒れてしまうでしょうね!」
「っそんな…」予想外の返答だった、皆が同じ信仰であれば教会のもと平和的に解決するのかとも安易に考えてしまった。
「だ・か・ら!有力な貴族ほどスタンフィード家には関わりたく無いんです。それに、数年前、スタンフィード家に接触し世界を平和に導こうとした国が1つ滅んでいます。まさに触らぬ神に祟りなしですからね…」
ますます自分とは遠い存在の話をされている気になった。でもここまで大きな話になると絶対に自分とは関係ない話だと確信できてくる。