阿呆?
罪人のように手を引かれて城内へ連れて行かれるエリサ。
二人の兵士を護衛に連れてミレーユはエリサを引っ張りながら先頭を歩く。
いつもこうだ…何かがうまく行き始めると根底から崩されていく。
穏やかな日々は突然の両親の死によって失い、軌道に乗り始めた酒場は海賊に壊され、やっと再開できた酒場は燃えてしまい住む場所も失った。
今度こそ幸せになれる、愛せる男性と一緒に…そう思えたところで、まただ…
何なの?エルって……スタンフィード家って何?
いつも私を助けてくれたアンネさんはここには居ない……
何かの間違いだ…しかし今回のミレーユから感じる威圧感は今までのそれとは違う、王族の風格を醸し出したものではなく、完全に敵意を剥き出しにしたものだ。
でも…助けてアンネさん…
恐怖、理解不能、虚ろな目、誰に助けを乞うわけでもなくエリサは呆然と項垂れ涙目のまま力無く歩いている。
本当にこいつはスタンフィード家の人間なのか?もしそうだとしたら何故こいつは自分の事を知らない?ルイスに近寄ったのも本当に偶然なのか?
エリサを睨みつけるも不思議そうな目で見るミレーユの視界の脇を蒼白い影が素早く通り過ぎた。何かが来た?そう思うのも束の間エリサを引っ張っていた手を強く叩き弾かれ瞬時に背後から蹴り飛ばされる。
「ぐばぁ…」地べたに倒れ込み砂を噛むミレーユ。護衛をしていた兵士達はとっさの出来事に動けず蹴り飛ばした相手を見たまま身構えるだけしかできなかった。
しかもその相手は誰もが知っている人間だったからなおさらだ。
その場に居合わせた兵士達は驚いたもののすぐに反逆と判断、剣を抜きミレーユの前に立ち塞がる。
「大丈夫ですか?エリサさん」
しゃがみ込んでしまったエリサに向けて差し伸べられる手、いつものアンネさんと同じように私を引っ張ってくれる手だ!
あんねさん?…違う…
「らうら、さん?」エリサの虚ろな目に優しく微笑むラウラが映った。
エリサを起き上がらせるとラウラは直ぐに振り向き剣に手をかけ威嚇をする。
「私から離れないでくださいエリサさん」
「は、はい…」
「貴様!何のつもりだ」一人の兵が叫ぶ
「ついに本性を現したかトランタニエの残党が!」さらにもう一人の兵が叫ぶ
「……」ラウラは一言も発せずエリサの前に立ち塞がる、そして剣に手をかけ威嚇をするラウラの背中がエリサの瞳に映る。
はじめて見る表情のラウラさんだ、全てを破壊しそうな殺気だった目つき、全身の神経が研ぎ澄まされ一歩近づいただけで切り刻まれそうな威圧感を感じる。
瞬く間にミレーユ皇女殿下の周りに兵士が集まり、すでに10数人の兵に囲まれている。
ミレーユは噛んだ砂を「ペッ」と数回吐きゆっくりと立ち上がる、しかし怒った表情ではなく呆れた表情をしていた。
「やれやれ、ルイスの差し金か?」
ミレーユの問いに「違う」と一言だけ答えるラウラ、左手は短剣、右手を長剣にかざし完全に臨戦態勢に入っている。
「まぁ待てラウラ!何もその女を拷問にかけたり切り刻んで苦しめようという訳ではない」ミレーユは服についた砂を叩きながらゆっくりとラウラをたしなめるように話す。「この女の素性をハッキリとさせたい、もしスタンフィード家の人間でないのであればそれでいい、しかしそうであればその事実を消すだけだ」
『消す』という言葉に反応したラウラは少し腰を落とした。
数人の兵がそれに気がつきミレーユの前に出て身構える。今にも剣を抜きエリサの目の前で殺し合いが起きそうになっている。
しかもエリサは自分が原因らしいことは理解できている、さらにラウラさんを巻き込んでしまっている。
止めなくちゃ!…でもどうしたら?
「待て!お前達は退がれ!!」ミレーユはかなり強い口調で兵達を遠ざけると砂の付いた髪をほぐしながら一歩前へ出る。
「……ああ、言葉が悪かったなスタンフィードの人間ではなかったという情報を流すだけだ。今のところこの事を知っている人間は舞踏会に出た人間だけ……あぁ、それと今この場にいる人間だ」
「それを信じろと?」
ミレーユはラウラの目を見ながら「ああ、弟の恋路を邪魔するつもりはない。何より、単身でグライアス軍へ乗り込むような阿呆とはやり合いたくは無い」
「……」無言のままミレーユを睨み続けるラウラ。
「そんなに心配なら阿呆なお前が側に付いていればいいだろう?誰も文句は言わんよ」ミレーユは今にも剣を抜きそうなラウラに背を向け歩き始めた。
「エリサ、付いて来い!お前には聞きたいことが山ほどあるんだ」
え?どうしたらいいの?………エリサは怯えながらラウラに助けを乞うような瞳を向けた。
ラウラは肺にためた空気をゆっくりと吐くと少しづつ殺気立つ表情が消え落ち着いていく「行きましょう…私がついて行きますから安心してください」