スタンフィード家?
「道を空けろー!!」
舞踏会の翌日、険しい形相で髪を振り乱し馬を走らせる女の貴族に誰もが驚き道を開ける。その後には2人の兵士を連れていた。
もっと早く気がつくべきだった、街中であったときに気がついていれば…いや、見た目だけでは難しいか…くそっ…
人混みなど関係無いように速いスピードで走り抜ける、戦争でも起きない限り平和なバリエではありえない光景だ。街を行き交う誰もが驚きと疑問を抱く、しかも馬を走らしていた女性がミレーユ皇女殿下にソックリだったのだ。
「エリサはどこだ!?」
ラージュの屋敷に入ると同時に叫ばれた大きな声に休憩をしていた門番や兵士は驚き入り口に向かう。
「み、ミレーユ皇女殿下? 」
誰もがありえないお客に驚き戸惑った、そんな兵達を気にもせずミレーユは御構い無しに中へと入りエリサを探すように部屋を1つづつ開けて回る。
「あ、あのミレーユ様いったい何が?」やっと出てきたバルサが恐る恐る尋ねる。
バルサの声に気がつき振り向いたミレーユは普段見たことの無いような形相をしていて、そのままバルサを睨みつける。その顔は何か急いでいることは伺えるが何かに怯えているような焦っているような、いつものように人を揶揄う余裕が全く感じられない皇女殿下がそこにいた。
気でも触れたか?そう思ったとき、ミレーユがバルサに近づき襟を掴む「エリサはどこだ?」
「え?エリサさんですか?」何故?と思うのもつかの間ミレーユはさらにバルサに詰め寄り今度は両腕を力強くつかむ。
「バルサ、貴様!何故あの女がスタンフィード家だと黙っていた?」
「???スタンフィード家?いったい何のことで?」
「………貴様…シラを切る気か?」
「誰の話をされているのでしょう?」
バルサの態度にイラつきさらに腕を強く掴み「エリサはどこだ?」と強い口調で怒鳴るミレーユ。
仕方なくバルサはミレーユを厨房へと案内をする事にした。
「エレナちゃん、何だか慌ただしいわね?」厨房で昼食の準備をしているエリサがガタガタと聞こえてくる物音を気にし始めた。
「ええ、またお客様でしょうか?……もしかしたら、またルイス殿下ですかね!?」
「っ!…いや、まさか、…」
「ちょっと見てきますね」
「え、ええ」
本当にルイスかな?昨日の舞踏会は楽しかった。ルイスもそう思って会いに来てくれたのかな…
「きゃぁ」厨房を出ようとしたとき、誰かが勢いよく入ってきてエレナを突き飛ばした。
「っ?エレナちゃん? 大丈夫?」急いで駆け寄りエレナを起こそうとしたときエリサの右手が強く引っ張られ仰け反る。
「い、痛っ!」顔を歪めるエリサがその相手を見て驚いた、ミレーユ皇女殿下が私の手首を掴んで引っ張っているのだ。しかも恐ろしい形相をしている。
「え? あのミレーユ…皇女殿下…いったい?…」
「貴様!何故スタンフィード家の者だと黙っていた?」
「??」何のことだか全くわからない、スタンフィード?たしかダニエラ様も同じ事を…
「何のことですか?」痛みを堪え顔を歪めながらかろうじて答えるエリサ。
「昨晩の舞踏会でスタンフィード家の名を出したそうじゃないか?集まった貴族たちの間で噂になっているぞ!ファルネシオ国はスタンフィード家と繋がって何をする気だ?と、しかも第一皇子ではなく、何故第3皇子のルイスが連れているのか?とな!」エリサの右手をさらに強く握りしめ問い詰めるミレーユ。
「い、痛…あ、あの何の話だか私には…」
「申し訳ありません、ミレーユ皇女殿下!ここはひとまず落ち着いてご説明を願います」バルサが間に入り説明をこう。皇女殿下の行動を静止させたのだ、それ相応の処罰も覚悟の上での行動だ。
「貴様ら…?本当に何も知らないのか?」驚いた表情で全員を見渡し、その手を放す。
エレナとエリサは怯えてしゃがみこみ、他の兵士達も理解できていない表情で呆然とミレーユを見ていた。
「エリサ!、貴様の名は?」
「?」エリサがキョトンとした表情をしたためミレーユは苛立ち「名前だ!」さらに強い語気を放つ。
「え、エリサ・エル・アイーダ」静かにそして怯えながら声を出すエリサ。その名を改めて聞いたバルサとカロンは何かを思い出したような顔をし、驚きと信じられないと言った表情をしている。
「いや、まさか?何かの間違いでは?」
何かを信じきれない感じのバルサが一歩前に出るがミレーユはエリサを睨むように見下ろしている「エリサ!エルのスペルを言え!」そしてハッキリとした命令口調だ。
「…e」初めの一文字で明らかに顔色の変わるバルサとカロン「…l…l…e…です」エリサの言葉の後、完全に言葉を失うバルサとカロン。
「わかったか?バルサ! この女はスタンフィード家の女だ」
「あ、あの?スタンフィード家とは?」不思議な顔をするエリサ、しかもかなり怯えている。
「貴様…まさか自分の名の意味も知らないのか?」
「あの…いったい?…」
また何かの勘違いだ。怯えながらもそう思い込もうとするエリサの腕を掴み立ち上がらせるミレーユ
「来い!貴様には聞きたいことが山ほどある」
何かがおかしい?まるで罪人でも捕まえに来たかのような物々しさに『行きたくない』そう頭の中でハッキリと感じた。何かわからない恐怖が駆け巡り咄嗟にその腕を振り払ってしまうエリサ。
怯えるエリサを無言のまま睨みつけるミレーユ。その背後から2人の兵士が駆け寄り、今度はエリサの両脇を抱え込むと、半ば強引に連れて行かれるエリサ。
厨房の入り口手前でバルサと目が合ったがゆっくりと視線を落とし逸らされてしまう。
…うそ?
助けを請うように今度はカロンに視線を向けるも口を一文字に閉じたまま動く気配は全くない。
それと同時に深い絶望と悲しみがエリサに襲いかかった。それは今までに味わった絶望とは違い、まだエリサ自身が理解できていなかった。
「エリサさん!!」後ろで叫ぶ声、ハッキリと聞こえるその声はエレナちゃんだ。
「何かがおかしいです!どうしてエリサさんがそんな乱暴に連れて行かれるのですか?」
しかしそれをたしなめるように無言でその肩を抑えるバルサ。
「バルサ様、どうして何もしないのですか?エリサさんが、エリサ…さんが…」
しかし誰も動こうとはしない、ただエリサが手を引かれ連れて行かれるのを見ていることしかできないでいた。