舞踏会へ
「ぃっ・・・が・・ゃぁあああああ!!」
バリエのお城に響き渡る叫び声。
「ほらほら、これくらいでへこたれるようではルイス殿下のお相手など諦めるのですね!」小柄でふっくらとした体型の女性がエリサをたしなめるように囁く、アリエンヌだ。
「はぁはぁ、諦めばぜん…」苦しそうに声を絞り出すエリサ。
そんなエリサを見てアリエンヌはなんの躊躇もなく「では、もう一段締め上げます!!」
その言葉にエリサが目を丸くし「ぇ?」と思うのも束の間、腰に巻かれたコルセットの紐を力一杯に引っ張り上げられ、それと同時にエリサの顔が歪む。
「ゔっ!ゔぁ……ぅぉぇ…」声にならない悲鳴、むしろ嗚咽といった方が正しいような音がエリサの口から漏れだす。
エリサはお城の一室で舞踏会に出席するための準備をしている最中だ、聞いたことの無いようなエリサの悲鳴を聞きながらラウラはドアの外で支度が終わるのを待っている。
ラウラはエリサを会場まで案内するために待っているのだが、初めは楽しそうに聞いていた悲鳴も徐々にエスカレートする酷い悲鳴に少々申し訳ないような気持ちに襲われていた。
「はぁはぁ」締め上げられたコルセットのお陰で座ることさえできず直立不動のままふらふらと苦しむエリサ。そんなことは御構い無しにメイド達はドレスの用意をしている。
そして休む間も与えられず、ドレスはエリサの前へと運ばれてきた「さぁ足をお上げくださいまし」
着せ替え人形のようにされるがままにドレスアップされていく。こんな経験の無いエリサにとっては半ば拷問に近い体験と言ってもいい、エリサのドレスアップを任されたメイド副長のアリエンヌは第三皇子のルイス直々のお願いであるためいつも以上に気合が入っている。おかげで余計に拷問のような限界を超えたメイクアップをされることとなっていた。
エリサの為に用意された真っ白なドレスは金色の糸で細かく刺繍が施されており、肩から胸元にかけて大きく肌が露出されたものだ。そして手の傷跡を隠すために真っ白なグローブも用意してくれた。全てが慣れず、落ち着かない格好である。そもそもそれ以前に締め上げられたコルセットがきつく目眩がしそうなほどだ。
しかも今まで化粧などしたことも無く口紅でさえあれ程抵抗があったというのに、今回は顔中を化粧されることになった。さらに追い討ちをかけるかのように、目の周りをペンのようなもので塗られ、目に刺さるのでは無いかと本当に恐ろしくて目を思いっきり瞑っていたら怒られる始末だ。
髪はブロンドでサラサラな美しさを活かすためにサイドだけを編んで後ろで結ばれ、残りは背中まで綺麗に揃えられた。そして真珠と銀で作られた花の形をした髪飾りとネックレスを付けて完成……らしい…。
アリエンヌは冷静な眼差しをエリサに向けると「まぁ見た目は上等ね!」と自分のした仕事がうまくいき満足げに口角を上げた。
やっと拷問のような時間が終えホッとするのもつかの間、意識は虚ろな状態だ。
「エリサさん、大丈夫ですか?」着替えが終わり気がつくとラウラさんが目の前で心配そうに上目遣いに見ている。
そう言えばラウラさんが会場に連れて行ってくれるんだっけ……
「う、うん…だいじょ…ぉぇ…」
話そうとするだけで涙が出るほどキツイ…
エリサは涙で潤んだ目のまま頑張って笑顔を返した
「ああ、もうせっかくのお化粧が崩れちゃうじゃない!」すかさず駆け寄るアリエンヌはそのまま素早くエリサの化粧を直すと「はい、もっとお腹に力を入れて!」
「はい!」
「背筋を伸ばして!」
「はい!」
「顎も引く!」
「はい!」
あれ?少し楽になった?………
不思議そうな顔でアリエンヌを見ると「美しい姿を維持するためのコルセットよ、初めから美しい姿勢をしていればそれ程苦しくない筈です」
「あ、ありがとうございます」
「それとガニ股も禁止!!」
「ひゃ、はい」
「えっと、じゃぁエリサさん行きますよ」
「う、うん」
部屋を出ようとする二人を見送るメイド達、何故か残念そうな表情を見せていたアリエンヌがラウラを呼び止める。
「あのぉ、ラウラ様?………」
「はぁ?」振り返るラウラに笑顔のメイド達が見えた「よかったらラウラ様も今度ドレスアップしましょうよ!」
「はぁ?」ラウラが訝しい顔をするとメイド達全員が物欲しそうな表情を浮かべている。
「だってぇラウラ様ってお人形さんみたいに可愛らしいんですもの!私達が最高のメイクをして差し上げますわぁ!!」
メイド達の欲望丸出しの殺気にさすがのラウラも恐怖を感じ身の危険を察したらしく「いっ!!ぃや、けっこうです!!」足早に逃げるように部屋を出る。
お城の中は本当に広く、会場に向かっているはずなのにすでに数分間歩き続けている。ただラウラさんの後ろを歩いているだけなのだが、もし一人だったら完全に迷子だ!それに全ての規模が大きく圧倒されっぱなしだ。
城内の広さ、大きさはもちろん、先ほど支度のために用意された部屋なんかエリサが経営していた酒場の数倍の広さはあった。さらにエリサ一人のために5人のメイドがついて支度をしたのだ。
今なんて渡り廊下を歩いているが目の前に広がっているのはどう見ても森だ!
左側に見える鬱蒼とした森を横目にしばらく進むと離れのようになっている部屋が見えてくる。
「あそこの突き当たりの部屋が今回の会場です。私は部屋の外で待機していますから、もし何かあれば呼んでください」王国の騎士らしく丁寧にそして落ち着いた口調で話すラウラ。いつもと違う雰囲気のラウラさんを見て緊張感がさらに強まるエリサ。