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酒場のエリサ  作者: smile
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脱出

 今は、ただ、溢れてくる涙を抑えることができない…


 声を殺して…


 肩を震わせ…




 どれくらい泣いたのだろう…




 なにも考えることができない…


 呼吸をすることさえつらく感じる…




 閉店した薄暗い店の隅でうずくまるエリサ。


  ルイスが好きだ、自分の気持ちに気がついたと同時に叶わぬ相手とわかってしまった…


 胸が苦しい…



 ………薄暗い店内にたった1人。何かを考えるわけでもなく、何かをするわけでもなく、ただただ時間だけが静かに過ぎていった…………


 ……ふと気がつくと、いつの間にか外からは鳥たちの声が聞こえるようになっていた。もうすぐ夜が明けようとしている。


 涙というのは枯れるのだろうか?いつの間にか涙は止まって、窓から見える空の色が紫色に変わってきている『また1日が始まる』とただそんなことが頭の中をよぎった。


「ふっ…ぁ…っ……は…」息を震わせながらフラフラと立ち上がり店の裏から外へ向かうエリサ、いつものように空の酒樽に腰掛け壁にもたれかかるように空を見上げた。

 しかしその身体には力が入ってなく脱力状態だ、口の中は渇き、呼吸が震えている。


 どんなにつらく悲しくても残酷にも朝はやってくる、エリサは22年の人生で何度も経験したことだ。しかし今回は頭の中が真っ白だった。


「そろそろカイさん達が漁に出る時間かな…」明るくなっていく空を見上げ意味もなくそんなことが頭に浮かんだ。


「1日が始まる…」澄み切った夜明けの空気を吸い、明るくなった空を見ているとそんなことが漠然と頭に浮かぶ。


「今日もお店を開けなくちゃ…」そう思う気持ちは感情や意志とは違った。ただ毎日続けている義務感のようなものだ。実際はなにも考えてはいない、いつもと同じ行動をなぞるように今日もやろうとしているだけだ。


 ぼんやりと空を見上げていると鳥達の声に混じり人の叫ぶような声が聞こえてきた。それは段々と多くなり一人ではなく数十人いや数百人…もっと多いかもしれない。


「…何?」壁に手をつきゆっくりと立ち上がるエリサ


 それは中心街の方だ。


 多くの人の叫び声…


 まだ記憶に新しい…


 そう討伐軍と海賊が戦っていたときと同じ…


 戦争の叫び声だ!


「っ………!!」エリサはすぐに昨夜の話を思い出した、ルイスがラージュの領主クラウスの刺客に襲われたこと。


「たぶんルイス達だ…」


「エリサちゃ〜ん」中心街の空を見ていると自分を呼ぶ声が聞こえた、アンネさんだ。


「…アンネ…さん…どうして?」


「はぁ、はぁ…良かった無事で、早くこっちへ」訳もわからず手を引かれて走り出した。


「あ、あのいったい何が?」通りへ出ると住民達が街はずれへ避難し始めている。


「ハァハァ…反乱よ…夜明けとともに領主のクラウスが国王軍に攻め込んだの!!」


「……」やっぱりそうだった、複雑な気持ちがエリサを襲う。


 漁港へ着くとカイさんが船を用意して待っていた、他の漁師達も次々に出港している。


「このまま海に出る!嬢ちゃん早く乗って」カイは慌てるようにエリサの手を引っ張った。


 遠くで銃声も聴こえる。


 エリサは二人に誘導されるがまま、そのまま沖へと避難した。


 そしてカイはひたすら船を漕いだ。


 沖へ沖へと。


 


しばらくするとラージュの町が遠くに見えるほどの距離まで沖に出ていた。エリサの耳には波の音だけが聴こえるようになり、気がつくと町からは煙が上がっている。


「ハァ、ハァ…」エリサは精神的にも体力的にも参っていた、昨夜は一晩中泣き、悩み、一睡もしていない上にいきなり走らされたのだ。船の上で両手をついて今にも倒れそうにしている。


「エリサちゃん…」アンネはエリサの服装が昨夜の仕事服のままであることや、自宅ではなく店に居たこと、何より覇気のない顔を見て何かあったのだと思った。


「エリサちゃん、これからディベスへ向かうわ。私の叔母が住んでいるからひとまずそこに避難しようと思うの、いきなり連れてきてしまったけど一緒に行きましょう。お願い…」アンネはエリサの手に自分の手を優しく重ねた。


 …その手の上にポタポタと涙が落ちてきた。


「………ぅ…」エリサはまた涙を我慢できなくなってしまい大粒の涙が溢れてきていた。


 アンネが優しく抱きしめるとエリサはアンネにしがみつくようにして大きな声で泣き始めてしまった。

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