酔っ払い
数種類の果実酒を混ぜてフェイルさんが作ってくれるお酒は口当たりが良くてついつい飲み過ぎてしまう。
さらに大道芸のように酒瓶を投げたりするパフォーマンスは生まれて初めて見る光景だ、それが楽しくて…
また見たくて…
またおかわりを頼んでしまう。
エリサ自身も久しぶりに飲むお酒だった事もあり、ほろ酔いとはいかなかった。
「ん〜〜〜っ!!この鴨のスモーク美味ひぃ!」
「ちょっと大丈夫か?エリサ?」いつもと違うテンションのエリサに戸惑うルイス。
「うん!だいじょうぶだよぉ…ちょぉっとくらくら…するくらい…」とても楽しそうに身体を揺らしながらヘラヘラと笑っている。
「……」あまり大丈夫そうに見えなくなってきているためフェイルはさり気なくエリサのお酒をジュースとすり替える。
さらにエリサのお酒を飲むペースが進んだ理由はもう1つあった。ディックの作る料理が美味しいのだ、鴨のスモークや豚肉のリエット、何より最高だったのがトリッパのトマト煮込みだ。どれもエリサが普段作らないような料理ばかりで珍しかった上に絶妙な味わいでついついお酒も進んでしまったのだ。
つい数時間前にアリエンヌからダイエットするように言われたことなどすっかり忘れてしまっていた。目の前に美味しくて珍しい食べ物とお酒があればエリサが我慢できるはずがない。
そんな楽しそうなエリサを面白そうに見つめるフェイル「随分楽しそうね!?エリサちゃん!」そしてカウンターに頬杖をついて嬉しそうに微笑む。
目の前でフェイルに見られているにもかかわらずヘラヘラと楽しそうに笑っているエリサ、声をかけられてやっとフェイルの存在に気がついた様子だ「あ、フェイルさん〜…」焦点の合わない瞳でフェイルを見つめ微笑み返す「なんだかぁ、フェイルさんってラウラさんとアンネさんを一緒にしたような女性ですねぇ…」
「…ん??…アンネさんってだぁれ?」エリサに合わせて間延びした口調と笑顔で返すフェイル。
「え〜〜?アンネさんはアンネさんだよぉ〜…えへへ…」
全く会話になっていない状況を楽しむフェイルに対し少し困ってきたルイス「あ、ああ、アンネさんっていうのはエリサのお姉さんみたいな人なんだ」
ルイスの補足で理解しながら面白そうにエリサとの会話になっていない会話を楽しむ「ふぅ〜ん、ありがとう。でも私はラウラちゃんと似てるかなぁ?男の好みなんか全く違うわよ〜!」常にニコニコと微笑みながらエリサの前から離れないでいる。
「え〜〜?似てるよぉ、ねぇ?ルイス?」
突然話を振られても「あ、ああ」と曖昧な相槌しか打てないルイス
「ほらぁ〜、アンネさんはとぉってもやさしいんだよぉ」
「そうなんだぁ、ありがとうエリサちゃん」
「へへへ…」ありがとうと言われて意味もわからず照れるエリサ
「それじゃぁ私とラウラちゃんはどこが似てるのかなぁ?」
そう言われて首を傾げるエリサ「なんだっけ?…」思考がうまく回らずぼんやりした意識の中で記憶を辿る「あ、ラウラさんの好みってだぁれ?」
唐突な質問に苦笑しながら「ラウラちゃんはねぇ年下の可愛い男の子が好きなんだよぉ〜」
「ガンっ!!」
途端に裏の厨房の方から何かを蹴飛ばすような音とともに凄まじい殺気を感じて振り向くフェイル。
厨房の入り口でディックが激しく怯えている、それはそこにいるラウラが怒っているからだとすぐに理解できた「はははぁ〜、えっとねぇ」
「あ、そうだぁ…」エリサは大きく息を吸い「らー…っ!…ぅ…あ、むが…」とっさにルイスがエリサの口を塞ぐ、息を吸った時点でラウラを呼ぼうとしたのがわかったからだ。
「む〜〜!!何するの?」かなりムッとしているが酔っているので眼の焦点が合っていないエリサ。
しかしルイスはかなり慌てて「いや、エリサ、それは止めてくれ!!」
「え〜? 直接聞いた方が早いよぉ」
「いや、ほらエリサ、そうだ!明日の朝食は何を作るんだ?」
「ん?〜…ちょう…しょく?」仕事の話題を出されて少しずつ我に戻り始めるエリサ「ん〜?う〜………朝食…うん…そうか…何を作ろうかな…」
………「エレナちゃんと…相談…しなくちゃ…ぁ…」我に戻り始めると同時に激しい睡魔がエリサを襲い、カクンとそのままカウンターに伏せってしまった「…zzz」
「ぁあ〜あ」フェイルはヘラヘラと笑いながら残念そうにその場を離れる。
酒場はその後も盛り上がっていた、入れ替わりでお客様が出入り賑わう店内。
盛り上がる酒場の雑踏はエリサにとって久しぶりで、懐かしくて、とても落ち着く雰囲気だった。
うつらうつらと夢見心地の中で耳に入るお客の話し声はラージュの酒場を自然と思い出させてくれるには十分だ。エリサは伏せっていながらもラージュを思い出し自然と涙が溢れてしまって起きることができないでいた。
ルイスとの関係が近くなればなる程、遠くに感じてしまうラージュの町、一人になると必ず思い出すアンネさんとカイさんの優しさ、街の人達、ラージュの海風、笑顔で溢れていた酒場の店内。
でも…
もう抑えきれないんだ…
このルイスへの想いが!
エリサが目を覚ましたのは、正確には顔を起こしたのは2時間くらい経ってからだった。いまだ店内は盛り上がっておりピアノの演奏はいつの間にか終わっていていた。
「エリサ!? 大丈夫かい?」ルイスが心配そうに優しく声をかけてくれる。それが嬉しくて心地よくて、自然と笑顔になってしまう。しかも片時も隣から離れないで私が伏せっている間ずうっと待っていてくれたこともわかっている。
「うん、ごめんね!せっかく連れてきてくれたのに…へへ…」
いつもと変わらないエリサの笑顔にルイスも安心し笑顔になる「そろそろ行こうか?」
「うん、そうだね。もうかなり遅くなっちゃったし…」いまだに賑わっている店内を懐かしむような瞳で見つめるエリサ、夜もかなり更けてきているのがわかる。
「クラース!」ルイスが声をかけると接客中の笑顔のままこちらへ向かってくるクラース「もうお帰りで?」
「ああ、久し振りに楽しかったぞ」
「はい!ありがとうございます」クラースは軽くルイスに頭を下げるとエリサの方を向いた「エリサさん、今後とも私達をよろしくお願い致します」そして同じように軽く頭を下げた。
「え?…あ…」こんな挨拶は生まれて初めてなのでしどろもどろになるエリサ、気がつくとカウンターの中でフェイルさんとディックさんとアニタさんも笑顔でこちらを向いている「いえ、こちらこそ…今日は恥ずかしいところを見せてしまってすいませんでした」
今日初めて出会った人達、私と同じで酒場で働いている人達だ。みんなには私の事がどんな女性に見えただろうか?変な女だと思われただろうか?初めて訪れたお店で眠ってしまったのだ仕方ない。
でもすごく楽しかった、今日はありのままの私だった、どう思われても仕方ない素直な自分を見せることができたのだから良しとしよう!
「エリサ、歩けるか?」薄暗い夜道、少し先を歩くルイスが心配そうに振り向く。
「うん、大丈夫だよ」笑顔で答えるエリサの前に自然と差し出されてたルイスの手。エリサはその手をしっかりと握りしめ、とても幸せそうな顔をしている。
まだ酔いが残っているお陰で恥ずかしさも照れくささもかき消してくれる。強く吹き始めた夜風が気持ち良く火照った身体を包み込んでくれていた。