ルイスの現実
俺は側室だの正室だのどうでもいい、オレは……オレは、愛した女性と一緒にいられたら…それだけでいいのに…。
ルイスは採寸の終わったエリサを送るために一緒に歩いている。リュカ第二王子がおこなっている予算の歳出に時間がかかっており余裕ができたためである、すでに陽は沈み薄暗くなった城内を二人だけで歩く、いつの間にかラウラの姿は見えなくなっていた。
「エリサ、今日は夕食の準備は大丈夫なのかい?」
「うん、エレナちゃんが全部任せてほしいって…なんだか申し訳ないなぁって思っちゃった…」
「そうだな、今度俺も謝りに行くよ」
「うん、でもルイスが来たらエレナちゃんビックリすると思うよ」
「そうか?でもお礼は言いたい」
「うん」
確かに今回のことは予想外だ、私が舞踏会に出ることをエレナちゃんは自分の事のように喜んでくれて「料理はなんとかしますから頑張ってきてください」と言ってくれた。
その一方で何度か見られたくない所を見られてしまったアランは「やっぱりエリサさんは愛人だったんだ!」と熱弁している所を聞いてしまった。そのあと舞踏会の話が出ると「愛人なんかじゃない、エリサさんは殿下のお妃候補だ!これからはエリサ様と呼ばないといけない」と言っていたので笑いそうになってしまった。ここまで話が跳躍するともうどうでもよくなってくる。今の私はルイスの隣を歩くことができている、でも、ただそれだけだ。それ以上のこともなければそれ以下でもない、不満というわけではなくこれで幸せなのだ。それに先のことなどまだ考える余裕が無い。
ふと隣を歩くルイスを見ると目が合った。
何気なく見ただけなのに目が合う、ルイスも私のことを見ていたということ…偶然ではなくお互いが惹かれあっている証拠だ!
なんだか嬉しくなって、エリサはそのまま恥ずかしそうにはにかんだ。
「なぁエリサ、夕食の心配がいらないなら何か食べて行かないか?」
「え?」まさかの誘いにまたルイスを見る、今度は恥ずかしそうに少し上を見ているため目は合わない。
でも嬉しい、まだ一緒に居られる「うん!行く」こちらを見ないルイスに向かっておもいっきり笑顔で答えてやった「あ、そういえばラウラさんはどこへ行ったの?」
「ああ、どこか離れたところで警護をしてくれていると思う」
「……」キョロキョロと辺りを見回すエリサ。
「また呼ばなくていいぞ!」
「ぇ?」
「あいつなりに気を使っているんだ、少しは気持ちを汲んでやってくれ」
「…そうかぁ、ちょっと残念だけど…わかった」
二人は城を出るとラージュの屋敷とは反対の方へと歩き出す。こっちにあるのはエリサがまだ行ったことのない商店街だ。
すでに陽は沈み暗くなった夜だというのに通りはランプで照らされ何も問題なく歩けるほど明るい。まだ営業をしている店舗も多くて歩く人も少なくないので驚かされる光景だ。
本当に毎日が賑やかで活気に満ちた街だ、さらに初めて出歩く夜の街並みはいつも以上にエリサの気持ちを昂ぶらせてくれる。
歩くだけでドキドキして、何かを見るたびにワクワクする。それが好きな人の隣を歩いているのだから余計に気持ちは高揚してしまう。
なんでもない夜の街並みはキラキラと輝いているように見え、周りの雑踏も美しい音色のように聴こえ、なんの不安も抱かずに、ただルイスの歩く方へと着いて行くエリサ。ルイスが連れて行ってくれる所だったら、ルイスと一緒だったら、どこでも嬉しいのだ。
商店街の中程まで進むと看板も無ければ窓もなく、重そうな扉の前で立ち止まるルイス「エリサ、この店でいいかい?」
エリサは「うん」と静かに答えるが店舗とは思えない店構えに興味が湧く(こんなお店でもお客は来るの?)窓が無くて店内が見えなければ看板も出ておらず何のお店かもわからない扉。ただ『OPEN』の札がドアに掛かっているだけだ、まるで異世界にでも通じているのではないかと思わせるような重そうなその扉をルイスがゆっくりと開ける。
薄暗い通りに店内の明かりが漏れると賑やかな話し声とピアノの音楽が聞こえてくる。中から漏れ出す光と音に誘われるように店内に入ると長いカウンター席と小さなテーブルが4つ置いてあるだけのこじんまりとしたお店だ。少し暗めの店内では美しい女性がピアノの演奏をしている。
「へぇ〜」興味深そうに店内を見渡すエリサ。バリエに来てはじめて入った飲食店だ、しかもエリサと同じく酒場のようだ。その場で奏でられるピアノの音は静かで落ち着いた店を演出している。
ルイスは何も言わずにカウンター席に向かうのでエリサもそのままついて行き隣に座る。
「あらルイちゃん久しぶり〜」サラサラなショートヘアーの女性は離れた場所からカウンター越しに手を振りルイスに挨拶をする、すでにアルコールが入っているらしく顔が赤くてご機嫌なのがすぐにわかった。
ルイスは軽く微笑み返す。
すると女性が小走りに駆け寄り「ねぇねぇこの娘がエリサちゃん?」
「い?」なぜ?私の名前を知っているの?この女性は誰?
エリサがルイスを見ると頭を掻きながら困惑している。
「ぁぁ…やっぱりもう聞いていたのか!まぁいい、とりあえず何か食べたいんだお願いできるか?」
「え〜?ちょっと、ちゃんと紹介してよぉ〜」女性は身体をくねくねとよじりながらチラッとエリサを見る。
「ちょっと待て、まだお前たちの事も話していないんだ。ややこしくなるから先に何か作ってくれ!その間に説明する」
「もう〜、ケチ!まぁいいわ…エリサちゃんまた後でねェ」店員の女性はエリサにウィンクすると奥へと向かった。
「あ、あの女性はいったい?」
「ああ、あいつは…その…ラウラやヘルトと同じだ」
「?…同じって…まさか?」同じという言葉でほとんどを理解できたエリサ。驚いた表情でカウンターの奥で作業をしている女性を まじまじと見る。年はアンネさんと同じくらいだろうか?やや垂れ目でニコニコしているのでとても優しそうな女性に見える。エリサの視線に気がついたらしくこちらを向くと笑顔で手を振ってくれた。
ルイスは彼女の笑顔を無視するかのように真剣な表情と小声で話す。
「ああ、街に出るときはいつもラウラがついてくれている、だけど……、昼間なら衛兵も多いが流石に夜はそうもいかなくてな、俺が出歩くときはこいつらがやっている店に行くようにしているんだ。それにエリサ、君を紹介しておけば何かあった場合こいつらが君を守ってくれる」
「はぁ…」さっきまで昂ぶっていた感情とは逆に改めて現実を感じた。それは自分の好きになった相手がこの国の第三王子だということ。自由に出歩くこともできず、いつも見えない敵に警戒する日々、そしてその見えない敵は自分にも向かってくるかもしれないという現実も…
エリサにさっきまでの笑顔が消え真剣な表情に変わったことにルイスは気がつきバツが悪そうに、そして申し訳なさそうに小声で続ける「彼女だけでは無い、ピアノを弾いている女性も、奥で調理をしている男性も、全員同じなんだ……すまないな、こんなところにしか連れて行けなくて……」
「うん、わかった!」
いつものように明るく元気な声が返ってきたので驚き顔を上げるルイス。隣ではいつものように明るい笑顔のエリサがいる。
「…エリサ?…」
「うん、私はそれでも大丈夫だよ。だってルイスと一緒に居られることが嬉しいんだから」
……「それに昼間だったらこの前のように色んな場所に行けるし、何も問題ないよ。だから気にしないで」
「ああ、ありがとう…」
二人に笑顔が戻ってきた頃、さっきの女性が飲み物を持ちながら近づいてくる。
「そろそろ大丈夫かな〜?」女性は笑顔で葡萄酒を二人の前に置くとカウンターに頬杖をついてエリサの顔をじぃっとみつめる「もうルイちゃんに私達のこと聞いたかな?」
「あ、はい」
「じゃぁ特に言うことはないわね、よろしくねエリサちゃん!私はフェイルよ」そのまま大きな口を広げてニカっと微笑む。年齢の割に無邪気な笑顔だ。
「あ、それと外にラウラちゃんがいたから裏から入ってもらっているわ。ついでにご飯も食べさせておくわね」
「ああ、すまんな」ルイスはフェイルに礼を言うとエリサの方を向いた「それにここにいるときはラウラも休む事ができるんだ」
「あ…そうか…うん、わかった!」