・・・お母様
「エリサ!」
採寸が終わって部屋を出たところで呼ぶ声がする。
振り向く前から誰だかわかるこの声、呼ばれた瞬間嬉しくて自然と笑顔が溢れてくる。
城内という慣れない空間の中で不安なエリサの心を、もっとも安心させてくれる存在だ。
ドキドキしながら、その声がした方を振り向くとルイスが立っている。やっぱりルイスの声だ!
「ルイス!」さっきまでの苦痛などどうでもいいと思えるくらい、満面の笑みでその名前を呼ぶ。
同時にラウラはスッと二歩ほど下がり距離を置いた。
「なんだかすまない、大げさなことになってしまって」
「ううん、大丈夫。無事に採寸も終わったし、後は本番を待つだけだよ!」
全てがうまくいっているような口ぶりのエリサをじーっと見つめているラウラ。ウズウズと何かに我慢できなくなったようでクスクスと笑い始める「そうですねぇ〜本番までにぜい肉を落とさないとですねぇ〜」
「ぁ、なっ!!」キョトンとするルイスの前でエリサの顔が真っ赤になり慌て始める「ちょ、ちょっとぉラウラさん、余計なこと言わないで〜」
エリサに口を抑えられながらもケタケタと楽しそうに笑うラウラ。この不思議な光景を数人の兵士達が興味深そうに見ながらも足早に通り過ぎていく。
「おやまぁ、随分と賑やかですねぇ」何やら上品な声色が聞こえた途端に目の色が変わるラウラとルイス。
振り向くと淡い紫色のローブを身にまとい小柄で上品そうな女性が立っている。エリサがその女性を見つめていると被っていたフードをゆっくりと外し優しい眼差しがエリサに向けられる。
(誰?)どこか見たことのある雰囲気にエリサの視線は釘付けになった。その女性はとても若々しく見え、身につけている装飾品はどれも派手ではなく落ち着いた大人の女性らしさを滲ませている。何よりやっと頬にかかるくらいに切り添えられた髪とその色、少し赤みがかった色はルイスと同じだ。
彼女の輪郭とシルエットはどこかルイスに似ている…
エリサがまさか?と思ったとき…ルイスの口が開いた。
「母上、どうしてここへ?」
やっぱりだ、母上ということは…
ということは………
っ!!王妃様!?
「っ!!」すかさず背筋を伸ばし直立不動で固まるエリサ。
「あら、どうしてって?そんな寂しいこと言わないでよぉ〜」王妃はゆっくりとエリサに近づく「可愛い息子が連れてきた女性を一目見てみたいと思うのは母親として当然のことだと思うけど!?」
王妃はニコニコと笑顔のままエリサをよ〜く見つめる。頭のてっぺんからつま先まで、エリサの周りを一周すると少し下がって改めて見つめる。本当に品定めをするような目つきだ。
いきなり現れた王妃に挨拶することさえ忘れてしまうほどの緊張に襲われ固まったまま立ち尽くす。さらにそんなエリサに一歩近寄ると小さな声で囁く「息子の事をよろしくね」王妃は優しく微笑むとすぐにルイスの方へ向かった。
え?認めてもらえたの?…大丈夫…なの?
呆然とするエリサを気にもせず王妃はルイスに近寄るが笑顔は消えていた。そしてルイスの肩に手を乗せ耳元に口を近づける「あなたの気持ちは応援するわよ、彼女を大切にしなさい。…でも正室はちゃんとした家柄を選んでちょうだいね」
その言葉はエリサには届いていない、ルイスの顔色だけが険しくそして少し怒ったような目つきに変わったことにラウラだけが気がついていた。