・・・お姉さま
商店街の1番端まで行くと大きな広場があり、その真ん中には大きな噴水、周囲は木々に囲まれ落ち着いた憩いの場になっている。
ここは人もまばらで静かな場所だが行商人などが露店を出していて人集りのできている所もある。
意外と食べ物を売っている露店も多く、私たちは喉を潤すために冷たいミントティーを2つ注文し、木陰で一休みをすることにした。
同じ場所で同じ物を口にする、ミントティーの味なんてどうでも良い、むしろ味なんてわからない。同じ時間を共有できているこの瞬間が幸せなんだ。
「いつもね、ラウラさんがハーブティーを飲みに来るの」
「ああ、そうらしいな。あいつがハーブティー好きだったとは知らなかったよ」
「うん、なんだかディベスに来た時にアンネさんが淹れたハーブティーがすごく美味しかったみたいで…それでね、私の淹れるハーブティーの味がそれに似ているらしいの?」
「へぇ」幸せそうに笑顔でエリサの言葉を聞いているルイス。
何気ない日常の近況を喋るだけの会話、どうでもいいようなそんな会話が二人の間にある見えない壁を少しずつ崩してくれる、その目を直視できないような照れ臭さや、手を握れない恥ずかしさ、遠慮して素直になれない気持ちなど、ゆっくりだが崩れていくのを感じていた。
お互い自然と笑顔が止まらない、そんなエリサの視界に突然人影が入ってきた。
「よぉルイス!こんなところで何をしているんだ?」
見上げるとシャツの胸元を開け、ラフな格好でたたずむ女性。
背は高く背中まで伸びた長い髪はルイスと同じような赤みがかった色をしていて、癖っ毛が綺麗にウェーブして、まとまっている。
「ね、姉さん!?」
「ひぇ?…」姉さんって?この人がミレーユ皇女殿下?……綺麗なひと…
間の抜けたように開いた口がそのままのエリサ。その美しい立ち居振る舞いは気品と余裕を感じさせる。
「いつバリエに戻ってきたのですか?それより何をやっているんだ護衛もつけずに一人でうろうろと?」周囲を警戒するようにルイスの目つきが殺気立つ。
しかしそれを瞬時にたしなめるようにルイスの頭に手を乗せると子供をあやすかのごとく優しく撫でる「まぁ心配するな、私がこの街の治安を任されているんだ安全に決まっているだろう!それに、もし何かあってもこの街では衛兵が直ぐに駆けつける……私はそういう街を創ったのだ」
「ま、まぁ…」確かにそうだミレーユが治安を任されてからバリエの街は変わった、街中を歩く衛兵の数は増え大きな悲鳴でも上がれば直ぐに駆けつける、お陰でバリエでの犯罪は激減し女性が一人で出歩いても危険なことは皆無である。
だからこそルイスも安心して街中を出歩くことができているんだ。
「あ、あの初めまして!」エリサは慌てて立ち上がりとにかく挨拶をした。しかしそれは皇女殿下に対する挨拶にしては余りにも失礼で品のない挨拶であった。
ミレーユは「ああ」と軽く返事をすると、チラッとエリサを見るだけで興味がなさそうにルイスへ視線を戻す。
町娘か…まぁこいつはかなり頭が堅いからな、女遊びの1つもしておいた方がいい…
ミレーユは当たり前のようにルイスの隣に座ると「ふぅ〜ん…まさかお前が女を連れているとは思わなかったぞ」
恥ずかしそうにするルイスを横目で見るが気にせずに続ける。
「つい先ほど、昼過ぎにバリエに戻ってきた、国境近くの貴族たちとの交渉はすでにレミ兄に報告してきたところだ。それで久しぶりのバリエだ!ちょっと様子見に出てきたところだったんだが…まさか女連れのルイスに会えるとはねぇ」ミレーユはエリサを気に止めることもなくむしろ眼中に無いかのように淡々と話を進める「まぁ後で話そうと思っていたが丁度いい、今はグライアス国の動きが活発になってきた。直ぐにどうこうなるという訳ではないが頭に入れておけ、それと10日後だが交友のため近隣の貴族たちを集めた舞踏会がある。お前も参加しろ!」
「はぁ?舞踏会って…いや、待ってくれ 」かなり慌てているルイス
「もう参加者に入れてある」そう言うと立ち上がり席を外そうとするミレーユにルイスが駆け寄り真剣な表情を見せる「姉さん、エリサを…彼女を舞踏会に連れて行く!」
「ぇ?」突然目の前で進められる会話の内容がエリサの日常とはかけ離れすぎていてついていけない。
いや、問題は…私を舞踏会に連れて行く?どういうこと?
「…はぁ?」
こいつは何を考えているんだ?こんな町娘を舞踏会に連れて行くのか?遊びで付き合っているわけでもないのか…
ミレーユは改めてエリサを見ると「ふん」と鼻で笑い「エリサと言うのか…まぁ良いだろう側室の一人くらいいたところで文句を言う奴らはいないだろう」
…へ?側室?なに?
また日常からかけ離れた言葉が投げかけられる。
ミレーユが再び自分の前に立つ弟のルイスに目を向けると真剣な表情をしている。
ルイスとミレーユは産まれてから一緒に育った家族だ、どこまで冗談でどこから本気なのかは手に取るようにわかる。今、目の前で話をしているこいつはかなり本気だ!
ミレーユは面倒臭くなりそうな予感がしたが「まぁ良いだろう、あまり恥をかかないようにはしてくれ…」反対すれば余計に面倒臭そうだったので諦めることにした。
………そのままルイスの肩を軽く叩くとミレーユはお城とは反対の方へ歩いて行った。もうしばらく城下の町を見て回るらしい。
残された二人の間に気まずい雰囲気が漂う。
「あ、あのすまないエリサ…聞いての通りだ…その…舞踏会に参加してくれないか?」
かなり申し訳なさそうにしているが何故か必死に見える。でも…エリサはルイスから目をそらした、ありえない話だと思ったからだ。
「へ?ぃや、私なんか…」私が舞踏会に参加する?しかもバリエのお城で開催される舞踏会にだ!街のお祭りとはわけが違う。
私は自分で言うのもおかしいかもしれないが礼儀作法も何も知らない酒場の女だ…
ルイスは完全に萎縮してしまったエリサの横に座り困ったように、そして静かに話し始める。
「その…親睦を深めるための舞踏会なんていうのは表向きで実際は程のいいお見合いの場なんだ…」
「…っな?…ぉ、おみ…ぁ…」お見合いという言葉に驚くエリサ。
「別になにもしなくていい俺の側にいてくれるだけでいいんだ」




