はじめての・・・おでかけ
バリエに来てから9日目の午後、私は居ても立ってもいられず、昼食の片付けが終わると同時に支度をして外へ飛び出した。もちろんそんなに早く待ち合わせ場所へ行ったところでルイスが来ているわけもなく真昼の強い陽射しを浴びながら小一時間待つことになるのは分かっていた。
それでも屋敷でそわそわしているよりはよほど落ち着いていられる。待ち遠しいと言うこともあるが昨夜の失態のせいでエレナちゃんがヤケに心配してくれているのだ。
それが気まずいということもあるし、さらにいつもと違う格好をしていたら明らかに怪しまれてしまう。
今日はギャザーのある全体的にふわっとやわらかい感じのブラウスで首回りがいつもより空いているためネックレスを着けているのがよくわかる。それと少し長めでサラサラな感じのプリーツスカート、腰にはベルトを巻いていてウェストが少し細く見える。最後に、若干抵抗があったものの、あの口紅を塗った。こんな服や口紅なんてアンネさんが借してくれたときは絶対使わないだろうと思っていた。
でも今はなんの躊躇もなく全てを身にまとっている。ルイスの前だと大胆にそして積極的になれるもう一人の私がいるのだ。
でも着飾った貴族の女性達と比べたら『ふんっ』と鼻で笑われるような質素な格好だろう、しかし、これが今の私にできる精一杯のお洒落だ。
………この格好を屋敷の人達に見られるのはまだ恥ずかしいので隠れるように出てきたのは仕方ない。
約束通り角を曲がったところに立ちルイスを待つ。そして待っている間に考えることは決まっている、ルイスのことだ。
1日経った今でも『エリサ君が好きだ』といったルイスの言葉が頭の中で何度も繰り返される。その度に一人でモジモジしたりソワソワしたり挙動不審な素振りを見せながら一人でルイスを待つのだ。これがまた嬉しいやら恥ずかしいやらで時間などあっという間に過ぎてしまう。
ふとプレゼントの為に買っておいたペーパーウェイトが入った袋を取り出し見つめるエリサ。「これ…喜んでもらえるかな?…いや、そもそもどうやって渡そう?」歩きながらさり気なく渡す?昨日告白した(された)丘の上で渡す?最後別れ際に渡す?
「う〜、こんなこと始めてだしわからないよぉ〜」
どうしよう…
「もう来ていたんだ!待たせてゴメン」
「ふぁあっ!!」
来ていることにぜんぜん気が付かなかった、今私の横にルイスがいる?
トクン、トクン、早まる鼓動。
ゆっくりと視線を移動させ声がした方を向くと本当にルイスが立っている。
恥ずかしそうに肩をすぼめ、やや上目遣いになるエリサ。
顔を赤らめジッと見つめるエリサはドキッとするほど可愛らしく、不意に生唾を飲み込むルイス。
「………」目と目が合っただけで無口になってしまう二人。
「と、とりあえず商店街へ行こう」いつもと違う雰囲気のエリサに目を奪われながらも恥ずかしそうにゆっくりと歩き始めるルイス。
昨日と同じようにしばらく無口のまま歩きはじめた。
エリサはルイスの隣を恥ずかしそうにうつむいたままゆっくりと着いて行く。
あんなに会いたかったのにいざ会うと頭の中は真っ白だ……でも…私達って恋人同士でいいんだよね?……うん!
確認するように一人で小さく頷くエリサ。
手、くらいは繋いでも良いのかな?………いや、恥ずい!むりぃ〜
じゃぁ…何を話したらいい?……あれ?たくさん話したいことあったのに思い出せない……
「はぁ…」自分のダメっぷりに小さく吐息をつくエリサ。
でもこうしてルイスの隣を歩くことができているんだ、今はそれで十分だ、いや十分すぎるくらいだ。
エリサは気を取り直し顔を上げた。
うん、まずはプレゼントを渡そう!
「あ、あの、るルイス…」
「ん?なんだ?」
緊張のため若干裏返るエリサの声を気にもせず、いとも自然に振り返るルイス。その顔を見ただけでドキッとする、その顔を直視することもできずにモジモジとしながら小さな袋をそっと差し出した。
「あの、これ…」
ルイスは小さな袋を受け取ると思ったよりズシッとする重みに首をかしげる。エリサが渡すものといったらクッキーか何かの食べ物だと思ったため余計不自然に感じた。
そして袋から出てきたものは木の枝に葡萄の房がついた形をした可愛らしいペーパーウェイトだ。
「これは?」なぜこれを渡されたのか鈍感なルイスは理解できずそのプレゼントを不思議そうに見つめる、しかし葡萄の実がガラス玉でできているため夏の陽射しに照らされて鮮やかに煌めいている、手の上に乗せたまま天に仰ぐとさらに輝いて見えた。
「綺麗だなこれ、どうしたんだ?」
エリサはネックレスを見えるように摘み上げる。
「うん、このネックレスのお礼!」
ルイスは驚いた顔をしたが直ぐに嬉しそうに笑みを我慢できずにニヤニヤとし始めると「ありがとう、すごく…すっごく嬉しい!」
「う、うん!」良かった、この笑顔が見たかった!
ルイスの声、ルイスの笑顔、今まで望んでいたものが現実になった。
そして手を伸ばせば届く距離にルイスはいてくれる。それがエリサにとってとてつもなく幸せなことだった。
プレゼントを渡せたことで落ち着くことができたエリサ。商店街へ着くと相変わらずの人の多さに圧倒される。何もない普通の日だというのにこの人の数はラージュしか知らないエリサにとって理解し難い状況だ、しかも昨日から続く猛暑のお陰で街は熱気に包まれていた。
「ぅ…相変わらず凄い人の数……それに……」
人混みと暑さに躊躇しているエリサとは違いルイスは慣れた感じで人混みをすり抜けていく「エリサ、こっち!」慌ててルイスの後ろについて行き、なんとか人混みをくぐり抜ける。気がつくとルイスに手を引かれスイスイとすり抜けていくのがなんとも言えず楽しく感じた。
「エリサ、何か見たいものはあるかい?」
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見たいものと言われてもバリエの街はよく知らない、どこでもいいと思ったとき数日前の散歩を思い出す「……ぁ、オルゴールのお店に行きたい!」
別に行ったからといって買えるわけではないのだがオルゴールの音色がとても素敵だったのでもう一度行ってみたかった、一人ではなくルイスと一緒にだ。
ルイスは人でごった返した道路を器用に渡ると、すぐ目の前にオルゴールのお店が見えた。
「ここのお店で良いのか?」
「あ、うん」
いつの間にか握られた手は離されていたがまだ温もりは残っている、そして離された手を残念そうに見つめながら店内へ入った。
店内はこの前と同じく幾つかのオルゴールのネジが巻かれていて複数の曲が奏でられている、この前と同じように曲と曲が重なり不思議な空間が作られていた。
「この前ね、見つけたんだこのお店。私、オルゴールの音色って好き…」エリサは1つ手に取り耳を近づけると、幸せそうに目をつむり曲に聞き入る。
「俺はこの店は知っていたが入るのは初めてだ。オルゴールというのも結構良いものだな」
「そうだエリサ、どれか1つさっきのお礼にプレゼントさせて欲しい」
そう言うと1つづつ手に取り吟味し始めるルイス。「これなんかどうだ?」そしてすぐに店員のところへ向かおうとしたのだ。
「ちょっと、まっ……」慌てて追いつきやっとのことで袖を掴んで制止させる。
こんな高価なもの貰えない、それにいつももらってばっかりだ…
「ううん、大丈夫。オルゴールは欲しいけどこれは自分で買いたいんだ」
でも本音はプレゼントしてほしい、ちょっとだけ嘘を言ってしまった…
「そうか…」残念そうに諦めるルイス
オルゴールの音色に癒され、外へ出るといつもより強い陽射しが照りつけている。それにこの人混み、熱された空気に身体を包みこまれているようで、息苦しさも感じる。
「それにしても暑っいなぁ」ルイスが手で陽射しを遮るように空を仰ぐ。
「うん、そうね…」ルイスの前なので平静を装うがかなり暑い、背中など汗でびしゃびしゃだ。下ろした髪のお陰でうなじも蒸れて気持ち悪い。
「………ぁ…」隣で平然としているエリサを感心するように見たときエリサの頬に汗が流れる。
……ルイスは何かを探すように辺りを見渡すと急にエリサの手を引き始めた。
「エリサ、あそこの店に行こう!」
「え?あ、はい」手を引かれ暑い陽射しの中、今度は内側から体温が上昇していく。
少し汗ばんだルイスの手。温もりが、体温が、伝わってくる。
そのまま人混みを縫うように道の反対側にある店に飛び込む。店内は陽射しと人混みを避けれるため幾分楽に感じることができた。
「ここは?」
「帽子を売っている専門店だ、今日は暑い!帽子を被った方が良いだろう!?今度こそ何かプレゼントさせてくれ」そう言うとルイスはすぐに帽子を吟味し始める。
………はぁ〜、驚いた…確かに、今日の暑さは正直キツかったんだよな。そういうところは気がつかないと思っていたのに…「くすっ……ありがとう、ルイス…」
「なぁこれなんかどうだ?」
「な?」ただルイスが選び見せられる帽子には驚愕する。薄い紫色のすこし小さめの帽子、しかもシルクで高級品だ。立派なドレスを着ていたら似合うだろう…
そういうセンスはイマイチなのかな……と思うのもつかの間
じゃぁこれは?
これは?
どれも趣味の悪そうな色や形をしている帽子ばかり選び出す。
「お客様、そちらは先日、子爵婦人のダニエラ様がお買われになりました。お目が高いですね!」高そうな帽子ばかりてにとっているせいか、店主らしき細身の男性が話しかけてくる。
その男性の言葉に嫌な顔をするルイス。
「ダニエラ様とはコルベール領の?」
「はい、なんでも近々お城で舞踏会が開かれるそうで、そのために買われていきました、今ですとダニエラ様とお揃いでございますよぉ」
…コルベール領といえばバリエに隣接する有力な貴族だ。その子爵婦人のダニエラと言ったら憧れる女性も少なくないらしい。
しかし、あいつはダミ声にどぎつい香水の匂いをプンプンさせている記憶しかない。
ふとエリサが同じ帽子を被っているところを想像してみるルイス。
「ゔぇ〜…それはやめよう!」
…うん、やめて……その言葉にホッとするエリサ。
……しかしネックレスのお礼にペーパーウェイトをあげたのにまたそれにお礼なんて気がひける…でも強い陽射しを気にしてくれた優しさがすごく、すごく嬉しい!
ルイスの優しさに甘えちゃっても良いのかな?
だって、彼女なんだし…
一人で赤面しながら店内をうろつくと1つの帽子が目に飛び込んできた。
つばがそれほど広くない小降りな麦わらの帽子で綺麗に白く塗られている。淡い水色のリボンが結ばれていてエリサ好みで値段も手頃だ。
「ん?それが良いのか?」
「……うん」恥ずかしそうに頷くエリサ、するとルイスは何も言わずに店員のところへその帽子を持って行く。
また買ってもらってしまった!…
やばい、すごく嬉しい!
どうしよう、このままルイスに飛びつき抱きつきたいくらいだ。
う〜、抑えろ、抑えろ、私・・・
どんどん大胆に、そして疼く身体を必死に抑え込もうと我慢するエリサ。
「大丈夫か?暑さにやられたか?」モジモジしているエリサを不思議そうに見るルイス。
満面の笑顔でごまかそうとするがいつか自分の中の欲望が爆発するかもしれない。
「ううん、大丈夫。暑さにはやられてないよ。うん!暑さには…」
「そうか、良かった」エリサの笑顔を見て安心したようにルイスは微笑み買ったばかりの麦わら帽子を頭に被せてくれた。
ネックレスを掛けてもらったときのようにルイスが近い。
「あ、ありがとう」
嬉しくて恥ずかしくて、でも苦しくて、自分はどうしちゃったんだと思うくらいにルイスに惹かれていく。
片時もルイスの側を離れたくない。
手…手くらいは握っても平気かな?さっきは手を引かれたし……本当は……腕を組みたいのだけど、あのカイさんを軽々と持ち上げたあの力強い腕に…
ぶんぶん、と1人で思いっきり首を振るエリサ。