ドキドキの❤️
「はぁ…なんだったんだ?いったい…ラウラ様が来ることはクロードに聞いていたが、あの大男はいったい?とても八百屋には見えない…」
ラウラも帰り一安心したところで、また木陰に座り込むアラン。『門番なんて誰もこないから暇なだけだよ!』と言っていたクロードを恨むように思い出し、やっとドキドキしていた鼓動が落ち着いてきた。
「でもラウラ様は毎日エリサさんのところになんの用事があるんだろう?いつもドアは開けっ放しで話をしているし、とても大事な用事で来ているとは思えない…さっきの大男といいエリサさんのお客ってなんなんだ?」
今日は風もなくジリジリと焼けるような暑さのため水筒の水をがぶ飲みし一息つく。「ふぅ、今日はもう誰もこないだろう!あとはエリサさんが買い物に出ていくくらいなはずだ」
「なんだ、誰も居ないのか?不用心だな」
アランが気を抜いた途端、勝手に門を開け入ってくる人の声がしたため慌てるアラン。「だ、誰だ?」槍も持たずに急ぎ門前に向かうと町人風の格好をしているが見慣れた顔が立っていた。
「な、で、で殿下ぁ?」
「よう!便所にでも行っていたのか?」
「あ、いや、その…」突然のルイスの訪問にしどろもどろになり若干パニック状態のアラン。そんなことは御構い無しにルイスは屋敷へと向かう。
「あ、その…え、エリサはいるか?」歩きながらルイスはかなり恥ずかしそうに小声でアランに尋ねる。
「…?」
「だから、エリサは居るのか?と聞いている!」アランがかなり怪訝な顔をしたため今度は顔を赤らめながらもハッキリと言った。
なぜ?殿下がエリサさんに?愛人というのは本当なのか?幾つかの疑問を抱きながらアランは背筋を伸ばし「は、はい!ただいま呼んで参ります!」と大きな声で叫んだ。
「いや、待て!1人で行く大丈夫だ」ルイスはそう言うとアランを引き止め1人で屋敷に向かう。
なんなんだ、今日の門番は?とんでもない人達ばかり来るし、熱いし、最悪な日だ…
「ん?」ルイスがドアを開けようとしたとき内側からドアが開く。
「…ぁ…………」内側からドアを開けたエリサが驚き立ち止まる。ルイスと目が合い動きが止まる。この状況を理解できるまでに数秒はかかった。
暑い日差しと近くの木に止まった蝉の鳴く声だけがうるさく響く中でルイスが唇を絞め意を決する。
「え、エリサ…少し話がしたいんだが良いかい?」
「ぇ?…ぇえ?」状況は理解できた、ルイスが会いに来てくれたのだ。でも…気持ちの準備ができていない。
「ぇ、ぇえっと…」ルイスの顔を見るも恥ずかしくてすぐに目を泳がせてしまう、キョロキョロと視線のやり場に戸惑いながらもルイスの誘いに「はい!」と答えようと思ったその瞬間、怪訝な表情をしてこちらを見ているアランが視界に入る。
その視線が瞬時に愛人の疑いの眼差しであると推測できた。
エリサは急に恥ずかしくなりこの場からすぐに離れたい衝動に駆り立てられる。
「あ、わ・私は買い物があるので、あ、あ、歩きながらでも良いでしょうか?」そう言ったとほぼ同時にエリサは大股で急ぐように歩き出した。門番のアランとすれ違いざまに「行ってきます!」と軽く会釈をしてそそくさと門を出る。
「あ、」急いで門を出るエリサを追いかけるようにルイスが後を追う、かなり早足で歩くエリサに小走りで追いつくと並んで同じスピードで歩く。
1つ目の角を曲がった辺りでエリサの足がようやく止まった。
「あ、あの…」
エリサが何かを言いそうになったがその言葉を遮るようにエリサの前へ立つと照れ臭そうに、そして少し遠くに視線をやるルイス。
「いや、すまなかった突然…その…買い物に行くんだろう?ついて行ってもいいか?」
「……」人目から離れ、やっと落ち着いてルイスを見て、ちゃんとその言葉を聞くことができる。
しかも一緒に買い物に行く?それがとてつもなく嬉しく「うん!」と思いっきり答えた。
そしてすぐに買っておいたプレゼントを思い出す。
…ああ、しまったぁプレゼントを置いてきてしまった…
「ん?どうかしたのか?」
「う、ううん。そ、それじゃぁ行こうか?」ーーー 仕方ない帰りに渡すか、それかまた会える日の約束をしよう。そう思い、ひとまず市場へと向かった。
市場へ向かいながら2人は並んで歩く、しかしお互いに恥ずかしそうに少し下を見ながら一言も喋らない。
……どうしよう、嬉しいけど頭が回らない!隣にルイスがいる!!
聞きたいことや話したいことは沢山あったのに、どうして言葉が出てこないんだろう?
う〜〜落ち着け!私!!!
「ま、まずどこへ行くんだ?」
「ひぁっ!…あ…ぇ、えっと…」突然話しかけられしどろもどろになりながらも「ま、まず…八百屋さんに…」
「八百屋………」 まさか… 八百屋と聞いて不安な顔をするルイス。
そういえばヘルトからの定期連絡にラージュの人間が来ているって書いてあったな…バルサ達のことだろうから気にしていなかったが…
「あ、あのねすごく優しい人なんだ。この前ポテトサラダのレシピを教えたら評判が良いらしくてお礼にってジャガイモとタマネギを沢山持ってきてくれて、それでね、他にもまた教えて欲しいって言うから今度はカボチャのスープとラタトゥイユのレシピを今日は持って行くんだ」
『優しい』という単語に別の八百屋かな?と思うルイス。
「エリサのポテトサラダかぁ、旨そうだな!?」
その笑顔にドキッとするエリサ
「………ぁ、ぁの、ジャガイモ…沢山もらったし、いつでも作れるから…その、また…た、たべに…きて…」
エリサはかすれるような声でだんだん語尾が小さくなりながらも勇気を振り絞りながら話す。
「ああ、行く!バルサのお陰でやる事はほとんど終わったからな」
良かった、また来てくれる。それにやる事はほとんど終わったって言った、ラージュの復興も順調に進んでいるんだ!
ルイスのその一言で少し落ち着けた。
エリサは恥ずかしくてうつむいていた顔を上げ「ハイ!いつでも」と笑顔で答えた。
市場に入ると真っ先に八百屋へと向かうエリサ。肉や魚などは生物のためできるだけ最後に買うようにしているからだ。
…げ、マズイ…八百屋って、やっぱりヘルトん所じゃねぇか…ちょっと隠れるか?…
少しずつ困った顔になるルイスに気がつかずエリサは人混みの中をどんどん進む。
「ヘルトのおじさーん!」店が見えると元気よく叫ぶエリサ。
「おおエリサの嬢さん!いらっしゃい!」周りの人が振り返るほど大きく通る声で返事を返すヘルト。そしてすぐにエリサの横で隠れようとキョロキョロしているルイスに気がつき目が合う。
「げっ!」目があってしまったため隠れるのを諦め気まずそうに横を向いたまま素知らぬふりをするルイス。少し離れたところでエリサの買い物が終わるのを待っているが身体から変な汗が流れてきてとても生きた心地がしない。
早く離れたいのだがエリサを見ると何やらヘルトと話し込んでいて終わる気配が全くない、どうやらさっきのレシピの説明をしているようだ。
「ふぅ〜〜」胸いっぱいに吸った空気をゆっくりと吐き落ち着こうとするが落ち着けない。
「ところでエリサのお嬢さん、あそこの兄さんは彼氏かい?」レシピの説明と買い物が終わったとたんヘルトがわざとらしく尋ねる。
「なっ…」その声にドキッとし、顔を強張らせるルイス。
「……」エリサは顔を真っ赤にして固まってしまい返答できないでいる。
煮え切らない二人の態度にヘルトは肩の力が抜け、小さな吐息を漏らし首を傾げる。
はぁ〜〜こりゃまたラウラが言っていたように面倒くさそうな2人だ…
そして訝しい顔をした後ゆっくりとルイスへ近寄ると跼みながらニヤニヤと笑みを浮かべルイスに顔を近づける。ルイスは必死に目を合わせないように視線をそらす。
「いやぁいつもエリサのお嬢さんには世話になってるからなぁこいつぁお礼だ、食ってくれ!」
ヘルトはルイスの手を取りリンゴを手渡す。
「…?」ルイスが受け取ったリンゴを見ると小さく折りたたんだ手紙が添えられていた、慌ててヘルトを見るがもう視線を合わせないようにしている。
何かあったか?と思いガブッとリンゴにかぶりつくと同時に手紙を開く「な………」が、リンゴをひと噛みした瞬間固まってしまった。手紙には「ついさっきラウラから聞きましたぜ、エリサのお嬢さんは大切に相手せていただきます」と書いてある。
慌てて振り返るとエリサが買い物を終え笑顔で歩いてくる。しかしその後ろでヘルトがニヤニヤと笑っている、さらにその脇ではヘルトに隠れながらラウラが口に手を添えて面白そうにニヤニヤと笑みを浮かべいるではないか、『やられた!』…ルイスは頬張ったリンゴを力なくゆっくりと飲み込んだ。
「お待たせ、なんかゴメンね!でもヘルトさんとってもいい人なんだよ」ヘルトの行動を少し申し訳なさそうに誤るエリサ。
「あ、いや」恥ずかしそうに歩き始めるルイスとエリサ。
少し歩いたところで「ごめんエリサ」ルイスが突然誤った。
「……ん?」なんのことかわからず不思議な顔をするエリサ。
「あの、ヘルトは、その、知っているんだ…俺の事」
「……ぇぇぇえええ?」エリサの声が辺りに響く、その声に驚き周りの人間が振り向くほどだ。どういうことかわからずルイスを見た後もう見えなくなった八百屋の方を向く。「あの、知っているって、どういう事?」
「ヘルトは、あいつはラウラと同じような形で俺に仕えている一人なんだ」
しばらく考えた後小声で話すエリサ。
「あの、それってトランタニエの?」
「!?驚いた、ラウラが自分で話したのか?」
「え、ええ、詳しくは聞いてないけど何人か同じような仲間がいるって」
「ああ、みんなバリエの街で普通に生活をしている。そして定期的に街の情勢や変化を報告してもらっているんだ……他にも宿屋の主人や酒場の店主、鍛冶屋に道化師、音楽家、様々な形でこの街に溶け込んでいる」
「へぇ………あ、それで気まずそうに少し離れて待っていたのね」
「ん、ああ!まぁバレていたがな。でもまさかヘルトのところで買い物をしているとは思わなかったぞ」
「うん、初めはあの迫力に驚いたけど話すと気さくで優しそうだったからなんとなく足が向いちゃったんだ!」
「そうか?そんな事言ったらあいつ喜ぶぞ!」
その後も何気ない会話をしながら買い物を続けるエリサ。
良かった、落ち着いて話せるようになってきた。
うん
こうなってくると楽しい
私…やっぱりルイスのことが大好きだ!
この時間がもっと続けば良いのに
………
あとは肉と魚を買って屋敷に帰るはずだった。
でも…
それでも、もう少し一緒にいたい、必要ではなかったが調味料を買う事にして少し時間を稼ぐエリサ。
しかしもう買うものもなくなると仕方なく屋敷に向かう。帰りの足取りは重くだんだんと残念な気持ちが強くなってくる。楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうものだ。
まだ一緒にいたいという気持ちが強くゆっくりと歩くエリサ。そんなエリサに気がつき市場を抜けたところで不意にルイスが立ち止まる「エリサ、もう少し時間はあるかい?」
「え?う、うん、まだ大丈夫」
「この脇の坂は登った事はあるかい?」
その坂は2mほどの細い道幅で樹々が鬱蒼と茂っているため女性一人で行くには勇気が必要な雰囲気をしている。
エリサは「ううん」と小さく首を振る
ルイスは丘の上の方を仰ぐように見つめている「この先は小高い丘になっていて景色が良いんだ、君に見せたい」
『君に見せたい』なんて言われたら決まっている。エリサ迷うこともなく「はい!」とすぐに答えていた。
嬉しい、まだ一緒にいられる。もう少し、もう少しだけ一緒に!
坂はそれ程急でもなく10分もかからず登りきれる小さな丘だった、重かった足取りは軽くあっという間に登りきってしまう。そして期待通り景色は絶景だ。
バリエの街並みがよく見え街の彼方此方では夕食の準備をしているであろう煙が立ち上がっている、すでに空は赤く染まり始め昼間の暑さが嘘のように心地よい風が吹き始めていた。
エリサは買い物をした籠を繁った草の上に置くと50cm位高さのある岩の上へ飛び乗った。
「うわぁ、綺麗…」
「ああ、ここの景色は大好きなんだ。小さい頃はよくここから山に落ちる夕陽を眺めていたんだ」
これが……ルイスが子供の頃見ていた景色!また1つルイスのことを知った。そしてすぐ目の前にルイスがいる、嬉しくて嬉しくて笑顔が抑えられない……
「うん、今日は夕食の準備があるからもう行かなくちゃだけど今度絶対に見に来る」
何気なく振り向いたエリサのその笑顔にドキッとするルイス
「あ、でも今日はどうして突然来てくれたの?すごい驚いたよ」
「あ、ああ…」恥ずかしそうに頭を掻きながら「昨日ラウラに怒られてな『エリサを放っておくな』ってあいつにあそこまで言わせるなんて大したもんだぞ」
半分は自分の意思ではないような説明にバツの悪そうなルイスだが、エリサは気にする様子もなく、また嬉しそうに微笑む。
「…そうかぁ、ラウラさんにお礼を言わないとだね。ラウラさん、明日も来てくれるかな?」
しかしエリサの言葉に険しい顔をするルイス「………」
「ん?どうしたの?」
「いや、明日なんだが……えっと……少し時間とれないか?その…君を案内したいんだ、このバリエの街を!」
「え?」まさかの誘いに戸惑うエリサ。だが答えはもちろん「はい」だ。
少し間をおいて呼吸を整えるエリサ。少し俯き恥ずかしそうに「う、うん明日はエレナちゃんが夕食の当番だから、お昼が過ぎれば夕方までは大丈夫…その私も明日はルイスに渡したいものがあるから…」
エリサの返事にホッと安堵の息を吐く「よかった、それじゃぁ昼過ぎに迎えに行くよ」
「あ、いや、それは…」
今日のアランの表情を見れば変な噂になっていることは容易に想像できる。それにこれ以上変に思われると困るのも事実だ、もっと堂々としていればいいのだろうけどそんな勇気もない。
一応安全策をとって…
「あの…屋敷の外で待っていて貰えるかな?今日、一度立ち止まった角を曲がった辺りで」笑顔でそう言うと「ちょっと恥ずかしいんだ…」と付け加えた。
その顔はとても嬉しそうでもあり、本当に恥ずかしそうでもある。その赤らめた頬を傾きかけた夕陽が余計に赤く見せている。いつの間にか下ろしている髪は夕陽に照らされキラキラと輝き、優しく微笑むその笑顔にルイスの視線は釘付けになる、そして思わず小さく吐息が漏れる。
綺麗だ…
トクン、トクンとルイスの心臓が高鳴っていく
柔らかな風になびく髪を抑え気持ちよさそうに目を細めるエリサを見つめながらルイスの心の底から気持ちを後押しさせる勇気にも似た感情がこみあげる。
「エリサ…君が好きだ!」