八百屋さん?
「お〜〜い、誰かいるか〜〜い」翌日の午後、ラージュの屋敷の前では大きな箱を2つ軽々と肩に担いだ大男が大きな声で叫ぶ。
庭先の木陰で門番をサボっていたアランがその大きな声に驚き焦った顔つきで槍を持ち門前に向かう。
平和なバリエの街中ということもあり気を抜いていた。しかもその男を見たアランは騎士としてあり得ないことに怯えてしまったのだ。「な、何の用だ?」男の鍛え抜かれた身体と堂々とした男の迫力に押し負け、腰が引けながらも精一杯の声を出す。
「ん〜〜?なんじゃ、若いの!八百屋のオヤジごときにビビってちゃ騎士なんぞ勤まらんぞ!」男はハッキリと通る声でそういうと肩に乗せていた大きな箱をアレンの前に『ドカッ』と降ろす。
アランは驚き二歩ほど後ろへ退がる。
「あ、おじさーん!おはようございます!こんな時間にどうしたんですか?」大きな声に気がつき外へ出てくるエリサ。
「おぉう!エリサのお嬢さん、この前のお礼にジャガイモと玉ねぎを持ってきたんだ使ってくれ」
「うわぁ、こんなに沢山、でも良いんですか?」
「おうよ!あのレシピは評判が良くてな、お陰で野菜が良く売れる、よかったら他にも頼めねぇかと思ってな、それで今日は来たって訳だ」
「はい、そんな事で良ければ喜んで!」
………◇◇………◇◇………
バリエに来て3日目の市場。
エレナちゃん!これこれ、ジャガイモがすごく美味しそう。ポテトサラダ作ろうか!?」
「はい、良いですね。じゃぁあとは玉ねぎとキュウリを…」
「…お嬢さん達見かけない顔だねぇ」沢山並べてある野菜の奥に座っていた坊主頭の男が立ち上がると野菜を選んでいた2人の視線はその男に釘付けになった。その背丈は2m以上はあり、視線はまるで二階の高さから見下ろされているようだ。男の腕は成人男性の太ももよりも太く、さらにその胸板は本当の板が入っているかのような厚みを持っていた。屈強な兵士でも軽々と投げ飛ばしてしまいそうなそのいでたちに一歩後退りをしてしまう。何も悪いことをしていないのにだ。
「はっはっは、驚かしてしまってすまねぇな。初めての客はみんなそうなっちまう、悪い悪い」男はそう言うと、また座り直しエリサ達と向き合う。それでも目線は男の方が高いので迫力がある。
その男が八百屋の店主だという事は容易に想像できた。しかし…
何もしてないのに謝られてしまった、失礼だよね…やっぱり。
「ふぅ…」エリサは呼吸を整えると改めて姿勢を正し前へ出た。
「あ、いえこちらこそ失礼致しました。美味しそうなジャガイモに気を取られていましておじさんに気がつきませんでした」
「……お嬢さん達はどこから?」見慣れない2人の女性を怪しむように見る男。
エリサは酒場でガラの悪い客に絡まれることもしばしばあった、いま、目の前にいる大男は恫喝するわけでも刃物を持っているわけでもない、問題ない!
そう頭で自分に言い聞かせてなんとか気持ちを落ち着かせるエリサ。
「はい、ラージュから来ました」
「ほう」少し怪訝な顔をする。
「それで、私達は新しい領主様のお付きでバリエまで来たんです」
「……」観察するように2人を見る男
「で、今日はポテトサラダに決定したところです!!」両手にジャガイモを1つづつ持ち笑顔で話すエリサ。
「…そうかい、俺はこの八百屋の主、ヘルトだ。ところでお嬢さん名前は?」
「はい、エリサです。それとエレナちゃん」
「しばらくバリエに滞在致しますので、よろしくお願いします」エレナも姿勢を正し挨拶をする。
「領主様のお付きって事は、さぞかし美味しいものを作るんだろうな」ヘルトはそう言い少し考えると、八百屋らしく大きく元気な声で言った。「おう、そうだそのポテトサラダの作り方教えてくれねぇか?良くお客さんに美味しい作りかたってのを聞かれるんだがな、俺ぁ料理はからっきし駄目なんだ。お礼にジャガイモは安くしておくぜ!」
「はい、私のレシピで良ければ!」
………◇◇………◇◇………
あれから数日が経つ、ほぼ毎日野菜を買いに行っているのですでに顔馴染みである。
「今度は何か使いたい野菜があるんですか?」
「いや、夏野菜ならなんでも良い!できるだけ野菜をいっぱい使う料理が良いな、そうすりゃ野菜が沢山売れるってもんだ!」
「はい、じゃぁカボチャのスープとかラタトゥイユはどうでか?」
「おお、良いね!それじゃそれで頼むよ!」
「はい、今度お店に持って行きますね」
そんなやりとりをアランは何もできずにポカンと見ていた。ヘルトは帰り際アランの背中をバシッと叩き「若いの頑張れよ!」といつものように大きな声で言った。八百屋らしからぬ態度だ。
ヘルトが門を出ようとしたとき入れ違いにラウラが入って来る。ヘルトとラウラはすれ違いざまにお互いを見るがそのまま気にもせずにすれ違う。
しかしその身長差は50cm以上はあり、大人と子供というより巨人と小人だ。
「エリサさん、ハーブティー飲みたいです」今日も挨拶よりも先に笑顔でハーブティーの催促をするラウラ。
エリサはいつもと変わらないラウラの訪問とその態度に「はい!!」と嬉しそうに返事をした。
キッチンに行くとエレナはいなくラウラと2人でお茶をする。
…そういえばエレナちゃんは部屋の掃除をするって言っていたっけ!?
ルイスからの返事、今日は何が書いてあるかな?そうだ、今度家族のこととか聞いてみよう。兄弟いるんだよね…
エリサは手紙が待ち遠しくニコニコしながらハーブティーを出す。
しかしラウラは「ありがとう」と一言だけいい飲み始めるが手紙を出す気配がない、焦らしているとわかっていても落ち着かないエリサ。でも一向に手紙を出す様子がないのでソワソワしていたエリサの表情が曇り始め不安な表情に変わってくる。
あれ?もしかして……もしかしたら今日って手紙…ない?…忙しいのかな?…それとも…
「……ぁ…」不安そうな表情のエリサを前に気まずくなるラウラ「今日、私は休みだから…手紙は…ないの。ルイス様にも会っていない。その、今日はハーブティーを飲みたかっただけ」
「……」残念そうな顔をするエリサ。
その表情を隠せないエリサを横目にハーブティーをすすりながら「多分別の人が持ってくると思うわ」というとそそくさと立ち上がる「それじゃぁ、ご馳走さま!」
「うん、あ、休みならゆっくりしていったら?」
その言葉につられハーブを抽出したポットに目をやるとお湯を注げばまだ数杯は飲めそうなほどのハーブが中に入っている。本当はまだ飲みたい気持ちを抑えながら「ええ、そのつもりだったんですけど用事を思い出したので」と視線はポットに向けたままだ。
エリサはいつものように外へ出てラウラを見送る。笑顔でエリサに手を振りながら出ていくラウラをアランは恐縮した趣で挨拶をする。
別の人…来るのかな…
ラウラを見送ったあと不安になるエリサ。
ラウラはラージュの屋敷を後にすると少しだけ早足で進んだ、1つ目の角を曲がると八百屋のヘルトがその大きな身体を壁にもたれ掛かけ休んでいる。
すると何も言わず、ヘルトの隣に並ぶように立つラウラ。
「まさかお前に会うとは思わなかったよ!」
「ええ」
「で。珍しくお前がなついてるじゃねぇか、エリサってお嬢さんに」
「………あの人は大切にしなさい」
「ああ、言われなくたってそのつもりだが…そんなに気に入っているのか?」
……『そうね!』と言いかけたが「あの人はルイス様の大切な人よ!」と静かに答えた。
「おや、おや、あの娘がルイスのダンナのねぇ、はぁ〜、そいつぁ驚れぇた、へぇ、ほぉう、はぁ〜」大きな身体を屈めてニヤニヤと笑ながらラウラを見る。「そんなに大事な情報早く回してくれよぉ」そして少し悲しそうな顔をラウラに近づける。少し鬱陶しそうにするラウラ
「ああ、まだ情報を流して無かったわね、色々と面倒くさいのよあの2人は!それよりヘルト、久しぶりに近くで見るけど、あんたトランタニエにいた時より身体が大きくなってない?それと顔も!」
「ああ、勿論だ!!毎日鍛えてるからな!いつ戦争が始まったってダンナのために戦えるぜ!」
「……」顔が大きいと言ったところはスルーされて不満そうなラウラ。
「いやいやそれよりラウラ…………オメェこそ背ぇ縮んでねぇか?」
「っ!」すかさず全力で放たれたラウラのパンチはヘルトのボディにキレイに入った「おっきなお世話よ!」しかし微動だにしないヘルト。
「うん、相変わらず早ぇな。見えなかったよ!うん、うん」安心したような顔で叩かれたお腹をさするヘルト。
「ふん、効かなければ意味はないわ」殴った拳を摩りながら不満そうにするラウラ。
「いやいや、オメェがナイフを持っていたら俺はイチコロだ!どんな怪力でも当たらなければ意味がねぇ」
「全く、あんたのせいで面白いものを見れなくなったじゃない!」
「ん?面白いものってなんだ?」
「……もうすぐルイス様が来るはず」
ゔ〜 ルイス様が来た時のエリサさんの挙動が見たかったのに…
「まじか?ほんじゃま久しぶりに挨拶に行くか」急に立ち上がり、大きな身体を揺すりながらラージュの屋敷に戻ろうとするヘルト。
「やめなさい!!」それを止めようとラウラは壁を使い、すかさず三角跳びでヘルトの首に飛びつき全体重を乗せて後ろに倒そうとする。さすがに倒す事は出来ずよろけるヘルト。
「っ!っとっっぉっ!」後方に二歩下がり踏みとどまる。
「この脳筋!!あんたは店に戻りなさい」